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召喚勇者の結末  作者: 稲荷竜
召喚勇者の末路
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トラサカキツトの場合5

 男は疑問に思っていた。

 なぜ、大臣は国王を人質に交渉しようと思ったのだろうか?



 いや、予測はできる。

 彼は普通の人が考えることを予測するのは、得意なのだ。


 きっと、国王よりもディーネの方が、警備は薄かったのだろう。

 もちろん、目的が『殺す』場合だ。

 包囲や拘束などの場合はまた探すべき『警備の粗』が変わってくる。


 ディーネに対しては暗殺を企てる。

 王女死亡の報が入れば、王宮は少なからず混乱するだろう。

 まして王女が懐妊中ともなれば、ニュースバリューはかなりのものになる。

 その混乱に乗じて国王を私兵で包囲してしまえばいい。

 手順としては、きっと、その逆よりも簡単だ。


 だから問題は一つきりで。

 なぜ、大臣は、国王が自分に対して人質の価値を持つと判断できたのか、彼にはわからない。




 錯綜する情報の中から、信憑性の高そうなものだけを引き上げた。

 国王は謁見の間で人質にとられている。

 大臣もそこにいて、自分――次期国王と目される元勇者と交渉し、王権を得ようとしている。


 しかし、彼はそれら情報にはまだ足りないピースがあると判断していた。

 そもそも、彼が人質をとった側なら、わざわざ人質の姿をさらすようなへまはしない。


 もしも国王に本気で人質の価値があった場合、彼は国王の助命を最優先に考えて行動しなければならないだろう。

 だが、大臣と同じ場所にいるのならば、救助は簡単になってしまう。


 目にも止まらぬ速度で反逆者たちを皆殺しにしてもいい。

 隠密スキルでこっそりと国王だけを助け出すことも可能だ。


 だからきっと国王と大臣は別な場所にいるのだろうと彼は判断した。

 が、どのみち謁見の間に行くべきだろう。

 大臣が交渉を目的としているならば、それ以上にふさわしい場所はないからだ。


 慣れた王宮内を歩く。

 混乱している兵士たちの横を通り過ぎる。


 その足取りは確固たるもので、その歩みは堂々たるものだ。

 けれどすれ違う者は誰一人として彼に気付かない。

 卓越した隠密スキルによるものだった。

 その気になれば、正面から堂々と歩いて相手の心臓を突き刺すことも可能だ。



 大きな扉を開けて謁見の前にたどりつく。

 隠密歩行はもう使っていない――もっとも、さすがにドアを勢いよく開ければ、いくら卓越した隠密スキルがあったところで気付かれないわけはないのだけれど。



 謁見の間には、予想通り大臣の姿があった。

 巨魁、ヴィリグート。


 そのようにあだ名される、国家の重鎮の姿がそこにあった。

 巨魁というのは何も、権力的な大物であることを表わすだけのあだ名ではない。

 その姿。

 あまりにもでっぷりと太り、脂肪なのか人間なのかわからない物体が、高級なガウンと大きな宝石つきの錫杖を振り回すその様を揶揄してつけられたあだ名でもあった。


 そいつは、玉座に座っていた。

 否、埋まっていたと表現すべきかもしれない。

 自らの脂肪でおぼれそうなその男が、彼を見て肉の隙間を――口を開く。



「これはこれは勇者様。お早いご到着ですな」



 余裕ぶった口調。

 しかし呼吸はどこか苦しげだ。



 彼はずんずんとヴィリグートに近付いていく。

 その歩みに迷いはない。

 ヴィリグートは慌てたように叫ぶ。


「それ以上近付くな! 国王の身柄をあずかっているのだぞ!?」


 彼は止まらない。

 謁見の間にいた兵士たちが、槍を構える。

 ヴィリグートがさらに叫ぶ。


「止まれ! 出自もわからぬ下民が、貴族の言葉に従わぬのか!」


 彼は、止まらない。

 ついに左右から兵士たちが槍を持って襲い来た。

 彼はつぶやく。


「悲しいな、立場に従うだけの人を殺すのは」


 無表情で。

 感情さえうかがわせぬ平坦な声で、言った。


 その瞬間、兵士たちの首が飛ぶ。


 彼は剣により、左右から迫り来る、四人の槍兵の首を断った。

 見えた現象からはそのように推察されるが、いつ剣を抜いたのか、いつ槍をかいくぐったのか、いつ抜いた剣を鞘に戻したのか――誰にも見えなかった。


 兵士たちがおののく。

 ヴィリグートが激昂した。



「いいのか!? 勇者が人を殺しても!?」



 彼は。

 足を止めた。

 そして、ようやく理解する。


 なるほどヴィリグートが国王を人質にとった理由がようやくわかった。

 それはきっと、自分が勇者だからなのだ。


 彼は勇者というものの定義をどうやら間違えていたらしいことを知る。

 悪を殺す正義の味方――勇者はそのような存在だと思っていた。

 ところが、どうにも違うらしい。

 勇者とは、人を殺さない者のようだった。


 なるほど、今まで自分がしてきた行為を思えば、そのように誤解されても仕方がない。

 魔獣を殺した。魔王を殺した。

 冒険者を巻きこまないように自分が行く先から遠ざけさせた。

 世界を救った。

 魔獣被害により死ぬ人をなくした。


 なんという人類の守護者っぷりだろう。

 思い返して――寒気がした。

 まるで聖人のようだなと、自嘲的な笑みすらこぼれたぐらいだ。


「俺はそんなんじゃない」


 恥ずかしさから、つい、はにかんでしまう。

 彼は言う。

 過去の痛々しい行動に対する弁解を。


「ただ、悪をこの世からなくせればそれでよかったんだ。結果として人を守るみたいになってしまったのはお恥ずかしい限りだけど、もともと、俺は人殺しだったんだ」


 出自を語る。

 彼が、この世界に来る前の正体を。


「十五人を殺した連続殺人鬼で、十年の刑期の末に死刑になった」


 死刑囚。

 そう、彼は名乗る。


「殺人鬼っていう評価はまあ正直、傷ついた。俺は、死んだ方がいいやつしか殺さないよ。汚職政治家とか、悪徳企業の社長とか――俺が殺したのはそういうやつらで、全部、世界をよりよくするためのことだった」


 歩き出す。

 ヴィリグートに近付く。


「だから、別に、人間も魔獣も、俺の中では変わらない」


 剣を抜く。ことさら、ゆっくりと。


「ディーネはあれで、頑固なところもあるからさ。嘘をつけないし、綺麗すぎるし。だからきっと誰かにとってディーネが悪だった可能性も、あるとは思うんだ」


 嘘だ、と叫びたい気持ちもあった。

 ディーネが悪いはずなんかない。

 彼女は何も悪いことなんかしていないのに殺されたのだと、小さな、けれど必死の抗議が心の中で起こった。


 けれど彼は、ディーネを殺した側の気持ちに立つことを拒絶できない。

 正義の味方は、正義の味方で。

 人の味方ではないから。

 ディーネの命と同時に、人間らしい自分は活動を休止する。

 だからあくまでも、一般論のように、彼は語る。



「――でも、産まれる前の赤ん坊に罪はない。罪なき者を苦しめるのは、悪だ」



 それゆえに殺す。

 彼は、人並の幸福に浸っていた自分を、一筋の涙とともに床に落とす。

 そして、自らの足で踏みつけた。


「悪は殺す。それが勇者だろ」


 捨てきれなかったものが残る。

 それは、愛した人から初めて呼ばれた呼び名だった。



 首を撥ねる剣筋に迷いはない。



 ヴィリグートの醜い頭部が宙を舞う。

 彼は背を向けた。

 憎しみでの殺しではないから。

 死体をなお突き刺すとか、首を失い間抜けに噴き出す血しぶきを見て溜飲を下げるだなんて、あってはならない。


 産まれた時から、自分には使命があって。

 それを遂行するためだけの人生だった。


 彼はそのように感じているし、そのように行動してきた。

 だから彼は思うのだ。

 正義とは、賞賛されないものだ。

 善い行いとは、共感されないものだ。

 悪を誅したところで、誰にも理解されないものだ。

 そのように思いこんでいた彼は、世界を挙げての大歓迎に対し首をかたむけざるを得なかった。



 そして、正しかった。



 正義とは賞賛されてはならない。

 善い行いで共感されたことは一度もなく。

 悪を誅したところで人の理解を得られたことなど、ありえなかった。


 彼は謁見の間を出て行く。

 国王は助け出されるかもしれないし、助け出されないかもしれない。

 彼にとってはもはやどうでもよかった。


 ただ――善政を布く、善い王だ。

 こんな自分を実の息子のように扱ってくれた。

 王がこの件で『悪』とならないことを、彼はひそかに祈る。



 ――これ以降、彼が王宮に戻ることはない。



 彼の人生はこの世界で続いていくのかもしれないし。

 あるいは、他者から共感も理解もされない殺人者の末路はそうであるべきとして、人知れず、無様に終わるのかもしれない。

これ以降は書けたら書きます。

書けたとして、同じ世界、別主人公でまた数話かけて最初から最後まで書いたり、他の主人公とからめたりしたい予定です。

シリアス系は書くのに結構大変なので連載は不定期で、書けそうな物書きパワーがたまったら書きますので、お待ちくださる方がいれば気長にお待ちください。

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