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召喚勇者の結末  作者: 稲荷竜
少女と化け物
14/15

○○○○の場合4

「ねえパパ、最近ね、街で怖い噂があるの」



 帰って来た娘が、唐突に切り出した。

 彼は首をかしげる。



「どんな噂だ?」

「森に入ると、帰ってこないっていうお話」



 娘は真っ直ぐに彼を見ていた。

 彼は、困ったような顔をする。



「……怖い噂だ。コレットも、気をつけるんだぞ」

「わたしがお世話になってる酒場の娘さんも、そうだったんだって」

「……」

「もう数年前だけれど、わたしぐらいの歳の娘さんが、森に薪をとりにいったら、そのあと、まったく帰ってこなかったんですって」

「……そうか」

「ねえ、パパ。その森って――ここよね」



 コレットは、どこまでも真っ直ぐに、彼を見ていた。

 彼は、話の流れを無視して言った。



「街に帰れ。お前は人間だ」

「パパは化け物なのよね。……あのね、ここ数年は、森に入ったって、大丈夫だったんですって。でも最近急にまた、森に入った人が帰ってこなくなったの。最近――わたしが、修行で街に入り浸るようになってから」

「……街へ、帰れ。そして、二度と、来ないでくれ。頼むから」



 彼は懇願する。

 ――きっと、コレットはとっくに確信をしている。


 懸案事項。

 彼が子育てをしていく中で抱えていた、二つの大きな問題。


 一つは、娘が化け物の子として迫害されてしまうかもしれないという懸念。

 そしてもう一つは。


 彼は、娘にだけは知られたくなかった。

 それでも。

 聡い子だ。


 ……それに、街では、色々な情報を聞く機会があるだろう。

 意図的に彼が隠していた情報だって、コレットは仕入れているかも、しれない。



 やめてくれと叫びたいほど恐怖して。

 同時に、ようやく楽になれる、もう隠し事をしなくていいという安堵があって。

 彼は黙って、コレットの言葉を待つことにした。



 コレットは。

 やっぱり、真っ直ぐに彼を見たまま、言う。




「パパは、人間を食べるのね」




 確認というよりは。

 確信という声だった。


 彼は脱力感に包まれた。

 娘が物心ついてからは、一切の『食事』を絶っていた。


 ひょっとしたら。

 自分は、人間の肉以外でも我慢できるかもしれない。


 そう思って、試したけれど。

 無理だった。



 それでも、空腹に耐えた。

 人並の倫理観を持つ彼は、娘にだけは食人の化け物であると知られたくなかったから。



 日に日に娘は大きくなっていった。

 日に日に肉付きがよくなっていった。


 日に日に。

 美味しそうに、なっていった。




「トロールっていう、食人の化け物――そう街で呼ばれてる存在が、パパよね」




 彼は力なくうなずく。

 でも、これだけはわかってほしかった。



「俺は、お前を食べようと思って育てては、いないんだ。お前を娘としてかわいく思っていたんだよ。これだけは、どうか、信じておくれ。俺は、お前の幸せを、それだけを本当に願っているんだよ」



 愛を疑われたくはなかった。

 空腹をこらえてまで貫き通した愛だった。

 愛している。

 だからこそ、遠ざかってほしい。

 コレットが街に出て幸せに人として生きていけるなら、それが一番だと、そう思っていた。



「わかっているわ。わたしは、パパの娘だもの。パパがわたしを食べないようにがんばっていたのは、信じているし、疑ってもいないわ」



 証明するように。

 コレットは彼に抱きつく。


 柔らかな少女の肉の感触があった。

 彼は唾をのみこむ。

 牙を突き立てたらどんなに幸福だろう――そう思ってしまうことは、止められない。


 化け物の本能を。

 ヒトの理性で押さえ込む。

 理性には愛情が味方した。

 そんな数年間だった。



「あのね、わたし、嬉しいの。……ようやくパパに満足してもらえそうなんだもの」

「……どうやって。俺は、人を喰うことでしか、満腹になれないのに」

「もう人を襲うことはやめて。そのうち、ばれるから。わたしがどうにかするわ」



 コレットは冷静に言う。

 むしろ、その申し出に彼がおどろいた。



「どうやって」

「……なんとでもなるわ。わたしは、人里に出入りできるんですもの。新鮮な死体なら、きっとパパも食べられるでしょう?」

「まあ、そうだけど」

「だったら、用意できるわ。その代わりに、本当に、生きた人を襲うことだけは、もうやめてね。もしもばれて、パパが討伐されてしまったら、わたしはとっても悲しいもの」

「……コレット、お願いだ。無茶はしないでくれ」

「パパの方がよっぽど無茶をしているわ。……わたしからもお願い。信じて。わたしに任せて」



 こういう時。

 彼は、娘のお願いを断れたことがなかった。

 だから。



「……わかった。お前に任せるよ」



 彼は、彼女の言葉にゆだねた。

 コレットは、力強くうなずく。



「任せて。大好きなパパ。きっと、わたしが、どうにかするから」



 強く抱きつく。

 想いは無垢で。

 気持ちは純真で。

 愛情は本物だった。

 親に尽くす子という美談。



 ただし。

 これはおおよそ、ヒトの理解を得られる関係ではなかった。


 ただそこだけが彼と彼女の間違いで。

 たったそれだけが、彼と彼女の行く末を決めた。

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