○○○○の場合3
コレットは街で職を見つけたようだった。
「酒場でね、雇ってもらえることになったのよ」
嬉しそうに、彼に抱きつく。
彼は、コレットの頭を慎重になでた。
強すぎる力を持つ体だ。ふとした間違いで重大なケガを負わせかねない。
「ご主人が子供を亡くしてて、わたしを引き取ってくれるんですって! ……あ! 大丈夫よ! いちおう、職に就くために親がいないっていうことにしてるから、そういう話になっただけ。わたしのパパは、パパ一人だもの」
嬉しい反面、困りもした。
彼女には、普通の人間として人生を送ってほしかった。
「パパは、わたしの幸せを願ってくれてるの、すごくわかるわ。でもね、わたしに『帰ってこなくてもいいよ』って言う時、とっても寂しそうな顔をするの。わたしはそれが、気がかりよ」
そんな顔をしてしまっていたのか、と彼は反省する。
ほとんど表情もないような、凶悪な顔立ち。
それでも、娘には伝わってしまうらしい、感情のわずかな機微。
「明日も、時間を見つけて来るわ。なにか食事を手に入れて、来るわね。パパはやっぱり、今日もお腹が空いてるみたいだもの」
コレットは、本当に毎日のように来た。
そのたびに違う食べ物を持ってくる。
彼は『美味しいよ』と言って、コレットの持ってきた物を食べた。
でも。
「パパはわたしに気を遣ってるみたいね。だって、食べても食べても、お腹が鳴ってるんだもの。なにか、パパを満足させられればいいんだけれど……量じゃないのよね。だって、森でとった動物を、まるまる一頭食べたって、パパはお腹が空いてるみたいだもの」
コレットには、見抜かれていた。
……本当に鋭く、聡い子だ。
彼は怯えた。
いつか娘に、自分の内心を見抜かれるのではないかと、彼は、怖がった。
だから。
「……ごめんなさいパパ。しばらく、帰ってこれないかも」
コレットが街で働いて数ヶ月。
そんなことを言い出した時、彼はひそかに、安堵した。
「別にいいけれど……どうして急に?」
「酒場の親方がね、本格的に料理の修業をつけてくれるんですって。それでね、わたし、パパの話に出てきた、パパのいた時代の料理を作るために、腕を上げようと思ってるのよ」
「コレット……」
「だから、その修業に集中するために、しばらく、来れないかも……」
彼女はしゅんとする。
彼は、娘の頭を優しく撫でた。
「気にしなくたって、いいんだよ。ちょうどいいから、コレット、お前は料理人として、街で生きていくんだ。その方がきっと、お前のためだ」
「嫌だってば。わたしの幸せはね、パパと一緒に生きていくことなのよ。……今はまだ難しいでしょうけど、きっと、街の人にだって、パパはいい人なんだって、認めさせてやるわ。だから、待っててね。すごい料理人になって、まずはパパを幸せにするから」
コレットは力強く宣言する。
彼は、娘の申し出を認めた。
娘と過ごす日々は、たしかに幸福だったから。
彼女と一緒にいられるならば、そんなに幸せなことはないから。
娘の好意に甘える。
それが駄目なことだとわかっていても。
……それが。
きっといつか、不幸を呼び寄せるのだと、うすうす思っていても。
今の幸福にあらがう強さを、彼はもっていなかった。
娘は料理人の修行にでかけた。
毎日、時間を見つけて娘と会っていたが、それも数日はなくなるだろう。
だから彼は、次に娘と会った時に思いあまってしまわないように、行動を開始する。
――この森は。
彼が選んだ住処だ。
人里から離れている。
でも、人里が見える。
滅多に人は来ない。
でも、たまには人が来る。
彼は行動を開始する。
そして。