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召喚勇者の結末  作者: 稲荷竜
転生者の幸福
10/15

フリートの場合5

 どうにもできなかった。

 誰に聞いても、同じような反応だった。


 大臣ヴィリグートなる者が起こしたクーデターへの対応。

 女王の死を嘆く国民。

 そして、行方をくらませた次期国王――勇者。


 そんな話題ばかりで。

 そんな、彼には何の関係もない話題で、みんな、慌ただしくしていて。

 誰も。

 話さえ、聞いてくれなかった。


 ボロボロの心と体を引きずるように、集落を目指す。

 取りすがり、服をつかみ、殴られ、蹴られ、それでも衛兵の集団を止めるべく、体を張った。

 話だけでも聞いてほしいと、叫び続けた。

 でも、見向きもされなかった。



 何が悪かったのだろう、と彼は考えた。

 きっと、何も悪くなかったのだろうと結論した。



 クズである自覚があったから。

 前世は友達の一人もいなかったし。

 葬式だって、ほとんど遺族の世間体のためみたいにやられてしまったのを、見たから。


 今度こそ、うまくやろうと思った。


 無闇に他者を見下してはならない。

 人に優しくした方がいい。

 差別は誤解から生まれるし、解けない誤解のせいで人と人はこじれる。

 だから忍耐強く言葉を尽くして、誰にも誤解されないように、みんなと仲良くできるように、生きてきた。



 そう心がけて。

 成功した、と思う。



 傲慢ならば神童と呼ばれ驕り、一人ぼっちになっていただろうし。

 身勝手ならば仲間を教導しようだなんて思わなかっただろうし。

 独りよがりでなかったからこそ、ただの人となった今、仲間たちからそれでも『先生』と呼んでもらえるのだと思っていた。


 何も失敗していなくて。

 何も悪くなくて。




 でも。




 一人きりで集落に帰った彼は、見た。


 うち捨てられる仲間の死体。

 陰惨な陵辱痕の残る、少女の死体。

 苛烈な拷問をうかがわせる、少年の死体。

 山のように積まれた老人の死体。

 川に捨てられた子供の死体。


 笑い声が耳についた。

 兵士たちが、車座になり笑っている。

 休憩しているのだろう。

 楽しげに談笑している。


 薪のように火にくべられているモノを見た。

 そいつは、うつろな目で、こちらを、

 大事にしていた弓が、一緒に、

 パチリパチリ、爆ぜて、




「僕はたぶん、間違ってなかった」




 彼はつぶやく。

 人生も。

 対応も。

 行動も。

 どこかにミスがあったか。

 いや、ミスがあってくれ。

 願いながら、失敗を探す。


 だって、ミスがあったら、自分が悪者で済むから。

 仲間は悪くないと証明できるから。

 救われる可能性があったのだと、後悔できるから。



 でも、失敗はなかった。



 できうる限りの最善を尽くして。

 最善の結果、今、こんな結末を迎えている。



 ――軍靴の音が耳に障る。



 軍団が近寄ってきているのが、彼にもわかった。

 彼は立ち尽くしたまま動けない。

 声が、かけられる。



「なぜ戻った?」



 誰かも知らないそいつの声。

 たぶんそれは純粋な疑問なのだろう。


 確かに戻る理由は、なかった。

 結果的に、戻ったところで、何もできなかった。

 仲間を救える結末など、最初から用意されていなかった。


「まったく汚らわしい……手間が一つ増えてしまったではないか」


 そいつは心底面倒くさそうにため息をつく。

 払うような手つき。

 周囲を囲む兵士が動く。


 このまま自分はゴミのように処理されるのだろうな、と彼は思った。

 抵抗する気も起きない。



 ようやく思い知った。

 今回の人生は、自分のための人生ではなかったのだ。



 仲間がいて。

 彼らの成功を見ていて。

 それだけで幸福な人生だったのだと、今になって、思い知った。


 だからもう、彼はとっくに死んでいて。

 もう何もかも無理なのは、すでにわかりきっていて。

 ぐしゃぐしゃで。

 めちゃくちゃで。

 もう彼が人生を懸けて育てた仲間たちは元に戻りっこないというのは一目でわかって。


 

 ああ、そうなのか、と彼は理解した。



 この時のために神様は力をくれたのだと思った。

 こういう事態を想定して、解決するための力をもらったのだと、今になってようやく理解した。


 だから、彼は笑う。

 軍団長は気味悪がって、言った


「……なんだ、この獣人は。頭がおかしいのか?」


 おかしくなんかない。

 おかしいのは今の状況だ。


 ようやくもらった力が役に立つのだからおかしくないわけがない。

 あれ、でもおかしいな。


 あの力は。

 そんなに都合のいいものではなかった気が――



 彼は、ズキリ、と脳が割れるような痛みを覚えた。 



 ……何かよくないことを思い出しかけて、彼は首を横に振る。

 おかしなことなんか、何もない。

 自分の力ですべてが救われるのだと、思い出すおもいこむ



 彼は。

 今までどうしてその力を使うのを忌避していたのかを、どこかに忘れ去った。

 だから、絶対に使いたくないと望んで、絶対に使わないために手を尽くしてきたその力の名称を、語る。




死霊術士ネクロマンサーが命じる」




 それは忌避し封印していた力だったはずなのに。

 蘇生でも治癒でもなく、ただ死肉を動かすだけの禁忌だと充分に理解していたはずなのに。


 ――たとえどのようなことになっても。

 仲間の死を冒涜するようなことだけはしたくないと、心の底から思っていた、はずなのに。



「マル、アダム、アレク、バルドー、レオ、モニカ、クラウス、サンドラ、シャーロット、エダ、ヨナ、ミラ、レナ――さあ、そろそろお目覚めの時間だよ」



 仲間たちの名前を呼ぶ。

 こうして。

 彼は、彼自身が抱き続けた願いを、自分の手で粉砕した。




 ――死体が起きる。




 ソレは物体でしかない。

 拷問された少年が。

 陵辱された少女が。

 山積みにされた老人が。

 うち捨てられた子供が。

 むくりと起き上がり、ふらふらと動き出す。


 ……到底、『生き返った』などと表現できる挙動ではない。

 誰の目にも明らかだ。


 ソレらに生気は欠片もなく。

 ソレらに意思はまったくなく。

 ソレらは声すら発することなく。

 ソレらは主の命令を受けて動く、肉の人形でしかなかった。


 けれど、彼は笑う。

 心底から嬉しそうな顔をして、優しい声で言う。


「ああ、よかった……いや、実は僕も気にしてたんだよ。みんなは『先生』『先生』って呼んでくれるけどさ、やっぱり何一つ誇れる特技がないっていうのは気にしちゃうものでさ」


 照れたように笑う。

 そして、喜ばしそうな声で。


「君たちを助けることができて、本当によかった」


 その声音を聞いて。

 軍団長は、今さらながら違和感を覚えた。


「お前は、何を、何を言っているんだ」


 声には恐怖がにじみ出ていた。

 表情には嫌悪が隠されてもいなかった。

 あとずさる。

 本能的に危機を覚えた動物がそうするように、軍団長やその配下たちは、ごく自然に彼から距離をとった。


 彼の視線が軍団長の方向を向く。

 そして彼は、無邪気な疑問を口にする幼児のように、告げる。



「おかしいな。みんな助かったのに、どうして襲ってきた君たちがまだいるんだ?」



 彼は考える。

 きっと、自分がどうにかして、集落に迫った驚異を遠ざけたから、みんなは助かったのだと。

 それは幼いころ集落にほどこした数々の備えが役立ったからかもしれないし。

 あるいは、様々な方面で力を発揮する仲間たちの尽力があったからかもしれない。


 彼はとにかく違和感を覚えた。

 あいつらが生きているのはおかしい。

 あいつらが生きていると、矛盾が生じる。



 まるで誰も助かってないみたいじゃないか、と。



 彼は、疑問に思った。

 そして、結論する。

 あいつらを『なかったこと』にすれば、この疑問は解決するのだと。


 時系列が多少めちゃくちゃで、状況が多少取り返しがつかなくて、前後が多少矛盾するかもしれないが、帳尻を合わせることは可能だろう。

 冴えた思いつきだと彼は感じた。


 むしろ今までの自分はこういう素晴らしい発想がなぜできなかったのか不思議に思えた。こんなにもいいことを思いつくような自分だったら、きっともっと集落を発展させて、みんなの能力を開花できたことだろう。

 惜しい。

 だが、やり直しは可能だ――時系列も状況も前後も関係ない。後からでも帳尻は合うものだ。


 でも、一応、意見を求めることにした。

 彼は自分の能力がさほど高くないと知っているから、困った時は素直に仲間を頼ることにしている。

 こういう、難しい話が得意なのは――


「モニカ、どうだろう。僕はあいつらを消しちゃえば全部の問題がまるまる解決すると思うんだけれど、もっとうまいやり方はないかな?」


 死体が答えるはずはなかった。

 けれど、彼は何かを聞いてうなずき、何かに対して相づちを打つ。


「なるほど、それはいい考えだ。僕では思いつかなかったアイディアだよ。さすがだねモニカ。君はやっぱり、僕なんかよりずっと教師向きだ」


 仲間の出した素晴らしいアイディアに満足して。

 彼は。



「じゃあ、あいつらも僕らの仲間に入れてあげよう」



 殺せ、と。

 死体に命じた。

 

 死体が動く。

 その速度は猛禽のごとく。一瞬で獲物に接近して、瞬時に急所を刈り取る。

 その力強さは凶暴な熊のごとく。素手で金属製の鎧を突き破り、肉体なかみをぐしゃぐしゃにした。


 皮肉にも。

 死体たちの動きは生前よりずっと優れたものとなっていた。

 現に、鍛え上げられているはずの貴族の私兵たちが手も足も出ない。


 もっともそれは、『動く死体に襲われる』という事態に対する恐怖のせいかもしれなかったが。

 何にせよ、彼は無邪気に喜んだ。


「おお、すごいや。また弓の腕を上げたねクラウス。ヨナもさすが、兵士として国に仕えるだけのことはある。見事な槍さばきだ」


 彼は拍手する。

 素手で臓物を抜き出すクラウスに。

 鎧をまとった人間を振り回し叩きつけるヨナに。

 まるで死体らが武器を持ち、文明的に戦っているかのような賞賛を浴びせた。


 兵士はあっという間に平らげられた。

 残ったのは――兵士たちを壁にして逃げようとしていた、軍団長だけだった。


 皮肉にも、今まで軍団長を守っていた兵士たちは、今、その四肢を掴んで拘束していた。

 軍団長は叫ぶ。


「やめろ! やめてくれ! 私が悪かった! 許してくれ!」


 喉を嗄らせながら命乞いをする。

 その必死の嘆願を聞いて――

 彼は、苦笑した。


「うーん……いや、そういうのよくないですよ。確かに僕らは獣人族で、あなたは人間ですけど、話し合えばきっと仲良くできると思うんです。だから、あきらめずに対話をしましょう。そうすればきっとわかってくれるはずです。あなたたちが思うほど僕らは野蛮人じゃないということを。それに、こちらだって、僕らが思うほどあなたたちが傲慢でないと、きっとみんな、理解できます」

「何を言っている!?」

「だから、話し合おうころしてやるって言ってるんですよ。あきらめずしつように歩み寄りの精神うらみつらみで、何度も何度も、あなたが話を聞いてくれるしぬまで、根気強くくるしめて話し合おうころしてやるって」


 彼は、主観的にはあくまで理想を語っているつもりで。

 現実、彼はどこまでも、恨みを綴っていた。


 彼はなおも思いつきを語る。

 まるで、誰かと相談しているかのような様子で。


「……なるほどね。シャーロットの言うことは正しい。たしかに、会話するのに手足はいらないね。手は武器を握るし、足があると蹴られるかもしれない。あくまでも平和的な解決を望んでるんだから、野蛮なのはよろしくない――うん、君らしい優しい意見だ。……ああ、サンドラ、止血はお願いするよ。死んだ相手とは会話ができないからね。手違いで悲しい事態になりたくはない。僕らの目的は話し合いなんだから」

「おい!」


 軍団長が叫ぶ。

 現実に張り上げられたその声はしかし。

 幻想と会話する彼の耳には届かない。


「うん、そうだよアダム。戦いは何も解決しない。すぐ暴力に訴えるから、野蛮人と思われるんだ。僕らの方にも非があることは認めなくちゃ。レナを見てごらん、君があまり乱暴なことを言うから、怯えてしまったよ」

「聞け! 聞いてくれ! 私の話を!」

「……ははは。マルは相変わらず商売のことを考えるのが大好きだなあ。わかってるよ。血の一滴だって無駄にしない。交渉ふくしゅうだ。交渉ふくしゅうをしよう。僕らのすばらしさを人間族のみんなにも教えてあげなくちゃいけないよね。勘違いで襲われることがないように。バルドー、レオ、旅の支度をしてくれるかな? アレク、エダは何度も街に行ったことがあるよね? 案内を頼もう。ああ、それからミラ――」

「おい! 何をする気だ!? やめろ! やめるんだ!」

「――うん、わかってるよ。きちんとやるさ。さあ、対話ふくしゅうを始めよう。思い切り、引っこ抜いてあげて」


 軍団長の手足が、力尽くで引き抜かれる。

 声にならない悲鳴が上がった。

 命というものが最後に思いがけない力を発揮するのであれば、軍団長のその叫びこそが、命の最後のきらめきだったのだろう。


 常人ならば、たとえ仇敵が相手でも哀れに思ってしまうような、悲痛な叫び。

 しかし彼は笑う。

 もはや、笑顔しか浮かべていない。


 だって彼は幸福だからだ。

 仲間たちと一緒に、いつまでもいることができる。

 しかも、新しい理解者も増えた。


 差別はなくなり。

 そこから生まれる争いもなくなり。

 だからきっと、未来永劫、神様からもらった力を使うことはないのだと。


 ……彼は。

 まさにその力を使いながら、そう思った。



 ……軍団長の声が消える。

 苦しみから解き放たれ、四肢をなくして這うだけの死体なかまとなった。



 彼は満足げにうなずく。

 そして、王都方面を見た。



「さあ、まだまだ対話しなきゃいけない相手はたくさんいる。行こうか。僕らの未来のために」



 彼の視点で、彼はそのように言った。

 現実には、おぞましい復讐の開始を彩る呪いの文言。

 だけれど彼の見ている世界はあくまでも満たされているから、誰かを呪う必要なんてない。


 彼はいつまでも死体と話し続ける。


 奇しくも。

 あるいは、予定通りに。


 ――君の死後、多くの人が君の死を嘆くような力をあげよう。

 ――魂の底から慟哭し、君という存在の大きさを感じざるを得ないような力を。

 ――それこそ、後追いをしてしまうほどのものを、君にあげるよ。


 神が予言した通り。

 彼の見ている世界は彼の死とともに終わり――

 その世界で、彼はきっと、多くの人からその死を嘆かれることだろう。

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