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召喚勇者の結末  作者: 稲荷竜
召喚勇者の末路
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トラサカキツトの場合1

 男は激痛で目覚めた。

 首から上が弾けるような痛みだ。気分はまるで腐った果実。脳味噌から漏れた発酵ガスが頭蓋を突き破って破裂する光景を幻視した。

 反射的に顔をさするが、そこには髭のない素肌の感触があるだけで、違和感は欠片もない。

 過去イメージ現在リアルにひどいギャップを覚える。

 ……現状の確認が必要そうだと生来の冷静さで判断し、辺りを見回した。


 景色はまるで祭壇だった。

 それも神を奉る荘厳さとは縁遠い。

 招きたいのは邪神か悪魔か。剥がれた石壁、立ち並ぶおびただしい数のロウソク。ゆらめく炎まで怪しい輝きを放っており、にじんだ視界に光がこびりつく。


 となるとロウソクに囲まれた中心にいる自分は、悪魔か邪神か。

 彼は少し心外に思った。

 呼び出されるならばもっと崇高なものとして扱われたかったという願いが自分の中にあるのに気付く。


 その願いの発見は、彼にとって意外で、それから恥じるべきものだった。

 ……善いことを行なってきた自覚はあるものの、それは誰かに認められたいとか、崇高に扱われたいとか、そのような打算的なものではなかったはずだ。

 いつの間に自分は変質してしまったのだろう。


 苦笑しつつ、彼はついにこの空間からの出口らしき場所を発見する。

 偽装も何もされていない、ただの扉だ。

 材質は木製。

 厚さにもよるが、たとえ鍵がかけられていたって破ることは不可能ではないだろう。

 幸いにも、周囲には燭台ぶきだってある。



 現状の理解は完了した。

 ならば次はここに至るまでの経緯を推測する。



 彼は自分が死んだものと思っていた。

 死んだその瞬間の記憶こそないものの、疑いようもなく死ぬ状況にはあったはずだ。

 それが今、知らない場所にいる。


 死んだはずだが、死んでいなかった?

 死んだと思いこんで意識を喪失している間に、どこかに運ばれた?

 ……まさか国の機関に死んだ人間……死ぬはずの人間を利用して悪魔召喚でもするみたいなものでも存在するのだろうか?

 21世紀の日本に?


 さすがにありえないオカルトだと首を振る。

 まだ脳に酸素が回りきっていないのだろう。

 手足を触り、意識を体中に巡らせて、自分の体調をチェックする。


 そのように思った瞬間――

 彼は、視界に文字が浮かび上がったのに気付く。



 HP

 MP

 スキル

 ステータス



 そのような項目の、様々な文字や数字だ。

 彼はそれらに触れようとするのだが――無理だった。

 宙に浮かんでいるのではなく、視界に浮かんでいるらしい。



 彼はこの時、人生で一番の恐怖を覚えた。



 まったく意味のわからない文字の羅列が、いきなり視界に現れたのだ。

 彼の知識ではおおよそ理解できない代物なのも、より恐怖を駆り立てる。

 しかも、だ。




 HP:999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999(略)




 という、子供が『十秒間でいくつ9を書けるか』という遊びをしたような数字の羅列ばかり。

 スキルという欄にも、『戦士レベル』などの項目がいくつか設けられているのだが、それらにもこのふざけた9の羅列が大量にあった。


 彼は本気で自分の脳に障害が出ているのではないかと不安になった。

 少なくとも、まったく意味のわからない数字で視界が埋め尽くされるというのは、気分がいいものではない。

 必死に『消えろ』と念じる。

 すると、素直に謎の項目群は消えてくれた。



 一安心する。

 と、その精神の間隙を狙ったかのように、部屋の扉が開かれた。



 入って来たのは青い髪の少女だった。

 現実で見るにはあまりに不自然な色合いだ。

 最近はこのような色に髪を染める女の子もいるのかと、彼は感心しそうになる。


 だが、見れば見るほど、どうにもその青は、染料のようには見えなかった。

 透き通るような青、とでも言えばいいのか。

 清流を思わせるさわやかな、明るい青。

 瞳の色も同じく青で、肌は白くきめが細かい。

 服装は青を基調としたマーメイドドレスだ。


 昔、どこかで聞いたお伽噺を思い出す。

 水の精霊――そんなものがこの世に存在するのであれば、それは彼女のような姿をしているのではないかと思えた。

 少女は彼を見て言う。




「勇者様! お待ちしておりました!」




 彼は首をかしげた。

 勇者様。

 その響きが自分に向けられたのだと理解するのに、しばしの時間を要したからだ。

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