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5.絶食(ハンガーストライキ)決行中です

卓子に次々と彩豊かな膳の数々が並べられていく。

どうやら夕餉の時刻らしい。

『――――――――――、――――――――――』

女が笛姫に話しかける。

笛姫を椅子に座らせ、食事をとらせるつもりのようだ。


(絶対に食べないんだから!)

笛姫はきゅっと唇を結び、目の前の膳を睨みつける。

見慣れない料理の数々。

城で食べなれたものと比べると、彩りが豊富だ。


(あれは何かしら…お豆腐?ではないわね。この茶色の塊はなあに?それにお米が無いし、おつゆもないわ)

余りにも笛姫の常識とはかけ離れた品々に、さすがに見ただけで食欲はわかなかった。

しかし、その匂いが笛姫の食欲を刺激する。


(…お腹すいた。今日は朝餉も食べてないんだわ)

自業自得だが、仮病騒ぎのお蔭で朝餉も食べられず、飲まず食わずで森をさまよったのだ。

空腹でないはずはない。


くぅ


可愛らしく笛姫のお腹が鳴る。

(――もう!!姫の馬鹿!油断しちゃ駄目なのよ。太ったら食べられちゃうんだから)



笛姫の腹の音が聞こえたらしい。

女が笑いを浮かべながら、笛姫の口元に匙を運ぼうとする。


笛姫はぷいっと顔をそむけると、椅子から立ち上がり褥に飛び乗った。

そのまま布に顔をうずめる。

困ったように女が何度も笛姫をゆするが、身じろぎしない姿を見て諦めたのだろう。

ため息をつくと、褥の周りのひだたっぷりの布を閉じた。


薄暗くなった寝台の上で笛姫はお腹を抱えるようにしてうずくまる。

(お腹なんて空かないんだから!我慢よ!逃げられるまでの我慢!)

くぅくぅ鳴ることで存在感を訴える腹を極力意識から切り離すように努力する。

この褥はやけにふかふかしていて、布も滑らかでとても手触りがよい。さらさらの布に顔を押し当てながら笛姫は思案する。


(でも逃げるって…どうやったらいいのかしら。そもそもここはどこなの?)

気を失っている間に連れてこられたせいで、笛姫にはここがどこなのかが分からない。

城からはそう離れていないのだろうか。

自分の足でたどり着けるのだろうか。

そもそも、東に行くのか西に行くのかも分からない。


(どうしよう…)

おとなしく助けが来るのを待つ?


(どうしよう…)

取り留めもないことを考えているうちに次第に瞼が重くなり、やがて笛姫は眠りの奥に吸い込まれていった。





翌朝。

ゆすり起こされた笛姫は、昨日と同じように身支度を整えられた。


食事を出され、拒否をして、ひたすら褥にうずくまる。

空きすぎたお腹は次第に諦めたように訴えなくなってきた。

空腹も麻痺してきたようだ。


逃げる方法は相変わらず見つからない。

入口は一つで、常に侍女が立っている。

一度出てみようとしたけれど、笑顔で押し戻された。



一方窓はというと、そう、初めて窓の外を見たときはたまげたものだ。

どうやらここは天守のようで、地面は遙か彼方であった。

とても逃げられそうにもない。


窓の外は意外なことに森ではなく、遠くまで見渡せる緑の平野であった。

高取の城は山の頂上にあり、その天守からは青々とした森が見えたものだ。

この景色の違いからもどうやらここが城から遙か離れた場所であることが推察された。


笛姫が閉じ込められているこの天守のような建物の周りには砦があり、武装した兵士が交代で守っているようだ。この窓からも何人もの兵士が見える。

そして砦の先には平野を横切る一本道。草木は低く、遮るものは何もない。

こんな中を逃げるなんて、「見つけてください」と言わんばかりではないか。

笛姫は早々に窓からの脱出をあきらめた。


こうしてぼんやりと外を眺めたり、褥で寝そべったりするうちに鬼の城での2日目が終わった。

笛姫は眠るというよりも空腹のあまり気絶するように床についた。





更に翌日。

褥から頭を上げるのが難しくなった。

起きようとすると、頭がくらくらとして、とても起き上がれなかった。

女が慌てた様子で笛姫の口元に湯のみを運ぼうとする。

水が入っているようだ。

だが笛姫はそれを拒んだ。

口に押し付けられたそれを一度に飲み干したい欲求にかられたが、負けるわけにはいかないのだ。


その時、部屋に控える侍女達のざわめきが響いた。

(…なに…?)

笛姫に湯のみを押し付けていた女が慌てて飛びのき、跪いた。


(…あの時の…鬼…!?)

その場にいたのはあの日見た鬼の姿だった。

そびえるように背は高く、がっしりとした体躯。

そして金の髪は肩のあたりまで伸びている。


(姫を食べにきたの…?こんなにご飯我慢したのに…)

鋭い眼光で見下ろされ、笛姫の体がカタカタと震える。

(こわい…こわいよう)

逃げたいけれど、こんなにたくさんの人がいて逃げられるはずもない。


鬼は控える女から湯呑を受け取ると一口にそれをあおった。

そしてそのまま笛姫に覆いかぶさる。

「やだ!食べないで!!!」

思わず悲鳴を上げた笛姫の唇に、鬼が容赦なく食らいついた。

「んーーー!!」


(食べられてる!やだやだ!痛いのこわい…痛…あれ?痛くない…?)

それどころか、口の中に液体が流れ込んでくる。


「ん!?ゴホッ!!」

いきなり流れ込んできた液体を飲み込めず、笛姫はむせた。

ゴホゴホとむせかえり、横を向いて苦しむ笛姫の背を、意外にも鬼が撫でてくれる。

笛姫の息が落ち着いたのを見計らい、再び鬼が顔を寄せてきた。


(…また!?)

どうやら鬼は笛姫を食べるのではなく、液体を飲ませようとしているらしい。

2回目は先程よりもむせずに済んだ。

そうして3回、4回と口移しで笛姫に液体を飲ませると、満足したように鬼は口元を拭った。


(…なんなの…一体…)

笛姫はぐったりと褥に身を預けている。起き上がる気力などない。

むせたせいで液体が胸元に零れてしまい、衣が肌に貼りついて気持ちが悪かった。


『――――――――――』

鬼は何事か笛姫につぶやくと、その身を翻して去って行った。

笛姫は呆然とその姿を見送り、また意識を手放した。



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