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3.ふしぎな衣装

白い木の扉がゆっくりとこちらに向かって開く。

笛姫は目をそらすこともできずにその場に佇んでいた。


『――――――――――――――――?』

「え…?」


その場にいたのはふっくらとした姿の女だった。

年のころはタエと同じくらいだろうか。体つきも似通っていたが、違うのはその髪の色だった。

まだそんな年ではないだろうに、女の髪は見事な白髪だったのだ。


こちらに向かって何事か話しかけてくるが、何を言っているのか分からない。

鬼の言葉なのだろう。

姿を現したのが恐ろしい姿の鬼ではなかったことに笛姫はひとまず安堵した。

この、タエに少し似た女が笛姫を食べるようにはとても思えなかった。


女は不思議な着物を着ていた。

前で合わすのではなく、のっぺりとした上衣は、体の線をくっきりとあらわしている。

ふくよかな胸元は白いひだのある前掛けで覆われていて、逆に下衣はふんわりと足元を覆っている。

一方袖はぴたりと腕に沿っていた。

どうやら鬼はひだが好きらしい。

なんとも不思議な形の衣を着たその女は、その手に持った布をこちらに差し出しながら何事かしゃべっている。


(着替え…かしら?)

どうやら女は笛姫を着替えさせたいようだ。

見下ろすと、崖から落ちたその時のままの汚れた着物が目に入る。

泥にまみれた足袋もそのままで、室内を泥で汚してしまっているようだ。

腰まである笛姫の髪にも土がこびりついている。


(湯浴みが…したいわ)

温かい湯が恋しかった。

でも、見知らぬ場所で、何より鬼の棲み家で、のんびり湯浴みなどしてよいものだろうか。

髪をつかんでため息をつく笛姫を見た女は、側に控える侍女のような若い女に何事か告げ、こちらに向かってにこりと微笑んだ。


一歩、女が近寄る。

思わず笛姫は一歩後ろに下がった。


見慣れぬ者に触れられるのは怖い。

これまで城の奥から出たことがなく、家族と側仕え以外を知らない笛姫にとってそれは恐怖だった。


じわりと涙があふれる。

城に戻りたかった。

優しい乳母のもとに帰りたい。



「…タエ!タエ!!」

ぽろぽろと涙をこぼしながら、優しい乳母の姿を求めて泣きわめく。

いくら呼んでもタエはこない。


(姫が、わたくしが悪かったの!ごめんなさい!)


言いつけを破って城を抜け出したりなどしなければ。


(謝るから…助けに来て!!)



笛姫はその場にしゃがみこみ、ひたすらに泣きじゃくった。

声が枯れるくらいに泣きわめいた。

涙は人を冷静にさせる。

ひとしきり泣いたところで、次第に落ち着きを取り戻してきた。

泣き声は徐々に小さくなり、笛姫は顔を上げた。


先程の女が心配そうな顔で笛姫を見つめている。

泣き止んだ笛姫を見て、ほっとしたように顔をほころばせた。

タエによく似たふっくらとしたその掌で笛姫の涙にぬれた頬を拭ってくれた。

その暖かい手に触れられた途端、笛姫は抵抗する気が無くなってしまった。


(…タエに似てる。悪い人じゃないみたい)

笛姫が絶対的な信頼を寄せるタエによく似たこの女を警戒し続けるなど、もとが素直な笛姫には困難なことであった。


『――――――――――――――――?』

言葉が通じないのに、笛姫に向かって優しく語りかけるその声は穏やかで、なぜだか懐かしい気がした。






女の手を借り、湯浴みと着替えを行った。

笛姫が着ていたのは赤い小袖だったのだけれど、それを女がおっかなびっくり一枚ずつはぎ取っていく。

泥にまみれた着物は洗わないと着る事が出来ない状態になっており、笛姫はしぶしぶながら鬼の衣装に袖を通した。


襦袢の代わりに上下が分かれた白い衣を着せつけられた。ぴったりした上衣はともかく、下衣は珍妙な形をしていて、膝丈までの白い袴の裾を絞ったような形をしている。

左右の足にはそれぞれぴったりとした生地の筒型の衣をかぶせられ、膝の上で紐で縛られた。


更に驚いたのは、胸下から腰のあたりまで厚い布でできたようなかっちりとした物をあてがわれ、背中で縛られた事である。

それまで抵抗せずに立ち尽くしていた笛姫だが、さすがに目を白黒させた。

ぐぇっと息がつまりそうである。

そんな笛姫に気づいたのか、女が少しだけ背中を緩めてくれた。


すーーーはぁぁ


思わず深呼吸をしてしまう。


(くるしかった…!これは息を止めるための拘束具なのかしら!!)

女を信用しようと思っていたけれど、考えを改めた方がいいのかもしれない。


笛姫が腹に手を当てて息を整えようとしていると、頭から衣をかぶせられ、あたふたとするうちに袖に腕を通され、気が付けば身支度が整っていた。


着なれない不思議な形の衣装はひどく居住まいが悪く落ち着かない。

広がった裾がすうすうとして、風邪をひきそうだ。


着せつけられたのは桃色の衣だった。前掛けは付けず、胸元には短く切られた布の端のようなものがひらひらと縫いつけられている。

そして室内だというのに履物を履かせられた。

足袋のようではあるが、指が分かれておらず、足袋よりも少し厚みのある布でできた履物である。

履き心地は悪くないが、なんだか落ち着かず、笛姫はもぞもぞと足を動かした。



説明だらけの回になってしまいました。

洋装を知らない笛姫から見たらどんなふうに見えるだろうと想像しながら書いたので回りくどくてすみません。

膝丈の白い袴の裾を絞ったもの ⇒ ドロワーズ 、左右の足にかぶせられた筒状の物と膝で留める紐 ⇒ 靴下とガーター 、 拘束具みたいなの ⇒ コルセット(これでも子供用)、桃色の衣 ⇒ ドレス (胸元の布きれはフリル)、履物 ⇒ 布の室内履き。

戦国時代の着物は小袖で、帯は腰で結ぶものだし、現代の着物と比べてもゆったりとした着心地だったのかな…と思われるので、いきなりコルセットデビューした笛姫が目を白黒させるのも仕方ないかと思います(笑)

陛下の出番はもう少しお待ちください…。

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