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1.高取家の末姫様

うだるような暑い夏の日だった。

緑が日の日差しを浴びて煌めき、濃い日陰を作り出している。


笛姫ふえひめは繁みから顔を出し、きょろきょろと辺りを見回した。

周囲には誰もいない。

いつも笛姫に付き従っている乳母や侍女たちを無事出し抜くことが出来たのだ。


笛姫は齢十二。

世は未だ戦乱の時代ではあるが、情勢は安定しており、笛姫は健やかに日々を過ごしている。

この周辺一帯を治める武将である父と、その正室の母の三女として笛姫は生を受けた。

長兄はすでに元服を済ませ、父の右腕として立派に務めているし、物心つく前に嫁した二人の姉たちの記憶は笛姫にはない。

高取家の末姫として、笛姫は城の奥で大切に育てられてきた。


そんな笛姫であるが、今日は人生で初めての冒険を試みていた。

城の奥の深い森。周囲の者たちは絶対に行かせてくれないその場所に、どうしても行きたかったのだ。


きっかけは兎だった。

ある日城の庭に訪れた白い兎。笛姫はその愛らしい姿に一目で夢中になった。

ふわふわして、もこもこで、鼻をひくひくと動かし警戒しながら笛姫を見つめている。

ところが、笛姫が近寄ろうとしたところ、驚いたのか兎はあっという間に繁みの彼方に消えて行ってしまったのだ。

追いかけようとした笛姫だが、周囲の者たちに阻まれそれは叶わなかった。

城の奥に広がる森は深く、幼い笛姫には危険がいっぱいだというのだ。


聞けば森には兎のねぐらがあるのだという。

あのか弱い兎が暮らしていける森のどこが危険だというのか。

世間知らずは笛姫には分からなかった。

いつものように乳母たちが笛姫を怖がらせようとしているのだと思った。


(いつもそうなのだもの。タエたちは、姫を怖がらせたら何もできないと思ってるんだわ)

乳母のタエたちは時折こうして笛姫に恐ろしい話をして、笛姫の行動を制限する。


(姫はもう十二なのに。上の姉さまは姫の年にはもう嫁がれていたというのに…姫だけいつも子ども扱いして!)


笛姫は心に決めた。

自分はもう子供ではないということを皆に見せつけなければならない。

あの奥の森に一人で行って、可愛い兎を1羽連れ帰ってくるのだ。

ふわふわの白い毛並を思い出し、うっとりと目を瞑った。

あの可愛い兎がそばにいてくれれば、日々がどれだけ楽しくなるだろう。



そうして決行の日がやってきたのである。

結果から言えば、笛姫は無事森の入口にたどり着くことが出来た。

夜であれば簡単だっただろうが、さすがの笛姫も夜の森に一人で行く勇気はなかった。

しかし昼はどうしても人目が多い。ご不浄にだって絶えず人が付き従う環境なのに、抜け出すことなど非常に困難であった。

そこで笛姫は一計を案じ、仮病を使い、あの手この手で侍女たちを遠ざけた。

最後まで側にいた乳母のタエを追い払うのがどれだけ大変だったか。

こんな機会はきっと二度とないだろう。

何としても成功させなければ。笛姫は決意を胸に森に足を踏み入れた。




恐ろしい場所だと脅されたその森は、長閑な場所であった。

風が優しく木々を揺らし、ざわざわと音を立てる。

城内ではあまり聞かない種類の鳥の声が響き、夏の盛りとあってにぎやかな蝉の鳴き声が笛姫を優しく森の奥へといざなっていった。

木々が繁るその中を細い小道が抜けている。

時折獣道のように踏み抜かれた分かれ道はあるものの、迷うことなくその足を森の奥へと進めて行った。


(どこにいるのかしら…)

勢いで森まで来たものの、そういえば兎はどこに住んでいるのだろうか。

森に行けば会えると思ったのに、ここまで兎はおろか何にも出会っていない。

(兎は…そう、兎は土に穴を掘って住んでいるんだわ)

きょろきょろと辺りを見回したが、それらしき穴はない。

あの時の臆病な兎の姿を思い出し、道の側には住んでいないのかと思い立った。

人が立ち入る場所にはあまり来ないのかもしれない。


笛姫は脇にそれる獣道に足を踏み入れた。

所々草を踏み抜いた跡のある細い道である。

泥交じりのぬかるんだ地面はひどく歩きづらかった。


その時。

視界の先に白い姿が見えた。

繁みの先でこちらの様子を窺うようにしているその姿。

(兎!!見つけたわ!)

あの時庭に現れた白い兎とよく似た姿だった。

大きさも同じくらい。もしかしたら同じ兎かもしれない。

前回の教訓を踏まえ、兎を驚かすことがないように、そっと近づく。

ゆっくり、ゆっくり――。

出来るだけ音をたてないように――。


そうっと兎に近づいていく。

じっとこちらを見つめる兎は、しばらく笛姫を見つめた後、さっとその姿を翻した。

(――あ!!行ってしまう!)

小さい兎に目を奪われていた笛姫は気が付かなかった。

その先に道が無いことを。

踏み出したその足を受け止める大地はなかった。


「きゃっ――!!」

悲鳴を上げて笛姫は崖を落ちていく。

それは一瞬だった。

何が起こったかも分からないまま、笛姫は意識を手放した。


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