第8話
「おっと、そうだったね。名前が無いと確かに不便極まりないね」
「だろ? こっちに来る転生者ってのは全員自分で適当に名前をつけてるのか?」
「他国では自己申告で名前を作成するところもあるようだけど、この国では少し趣が異なるからね」
そんな事を言いながら、ボーテルはこの世界における“命名”について語ってくれた。
「そうだね『名は体を表す』とも言うけれど、この世界には魔法という概念がある以上、名前というのも少し意味合いが変わってくるんだ。
例えば、資質において属性魔法が得意であるのなら、その属性と類似した名前……そうだな、例えば、炎属性が得意であるのなら子供の名前に炎を意味する文字を当てはめることでその魔法の効果を極僅かではあるけれど引き上げるという効果がある。
要は、自分の名というアイデンティティーが力を引き出すトリガーとなるって事だ」
「なるほど、プラシーボ効果か」
「お、良く知ってるね、その通り。“自分はこういう存在である”その暗示が掛かることでより大きな強化や成長に繋がるんだよ」
わからなくもない。
名に込める願いにも似ているだろう。
それによって僅かでも効果があるのなら、一考の余地はあるのだろう。
「と、これが一般的な命名の仕組みだけど、ここからがこの国、ビジュ国の命名の仕組みだ」
「なんだ? 今言った事とは別の仕組みがあるのか?」
「そうなんだよ。この国は精霊魔法を基礎として魔法研究が進められている。その為、子供に対しての命名方法もすこし変わっていてね」
「へ〜。ちなみにどんななんだ?」
「格の高い精霊が、その子にあった名前を授けるんだ」
おっと? それはどういう事だ?
親が子に名前を付けるんじゃなく、精霊が名を授ける?
そもそもの話として精霊が何か? というのは今は保留しておこう。
また話が脱線する。
考え込む俺の脳裏に浮かぶのは生まれたばかりの子を抱きかかえ、その親の前で高々と掲げ名を付ける呪術士……いやまて、その例えはおかしい。
冷静なってに考えれば、神の名の下に神父が名を授けることはザラだっただろう。
だったら精霊が名を付けるというのもおかしな話ではないのかもしれない。
「確かに、精霊信仰と言えなくも無いけどね」
「じゃぁ、生まれたばかりの子をどこかに連れて行って命名式なんかやるのか?」
「いやいや、生まれたばかりの子じゃ少し無理が有ってね。子供が五つになると、魔法師としての適正試験を受け、その結果によって精霊が名前を決定するんだ」
「え? それじゃ、この国の子は五歳になるまで名前がないのか?」
「うん、そうだよ。もっとも、それはこの国だけじゃないけどね。他の国でも子供の名付けは五つの時にうける適正試験後に決める事になっている。
だから、それまでは仮の名……幼名を付けたりしているんだよ」
ちなみに、幼名は完全に変える……“牛若丸”が“義経”になったとかじゃなく、例えば“アル”とか“イル”とか一区切りで言える名らしい。
そして正式に名を貰うと幼名と掛け合わせ“アルバート”とか“イルヴルーム”とかそういった感じの名にするようだ。
ちなみに、室長の幼名はワルツらしい。
「ちなみに、転生者もその資質の適正試験が終わって精霊が名前を授けるんだよ」
「なるほど……あれ? それじゃボーテルはどうなんだ? その理論だと名前が短くないか?」
「そりゃそうだよ、だってボクは幼名をもってないからね」
「ん? どういうことだ?」
「あはは、つまり、ボクは君と同じ転生者ってことさ」
…………なんとおぉ!?
「いやぁ、驚いたな。年間でかなりの数流入していると聞いていたから近いうちに遭遇すると思っていたんだが、まさかここまで早くに出会っているとはな」
「ボクもどのタイミングで言い出そうかと考えてたんだ」
「なるほどな。ドッキリとしては大成功だろう」
いや、ほんと愕いた、いやマヂで。
こんな近くに居て、話ができるとは。
「本来なら、この教員役はこの世界の魔法師に任される仕事なんだけど、すこし事情があってね」
「事情とは? 俺がオーガだってことか?」
「いや、そうじゃない。本来、教員役はその転生者を発見した探索員が受け持つ仕組みになっているんだけど……それだと少し問題がね」
「……言いたいことは解った。なるほど、そりゃ無理だ」
「察しがよくて助かるよ」
つまりボーテルはこう言っているのだ。
本来であれば、自分と一緒に居たこの世界の魔法師が俺に常識やら知識やらを教えることになっていると。
だが、思い出して欲しい。
初見で常人なれば、意識をふっ飛ばし、廃人になるような魔法を俺に使い、珍しいからという理由で解剖しようとする、絶対に会話が成立し得ないあの女性を。
あんなのに一般常識とやらを教えられた場合、どうなってしまうことやら。
「まぁ、それ以前に、姫さんは自分が興味あるモノ以外一切関心を寄せないから。あれほど教育に不向きな人物はそうそういないよ」
「それ、フォローになってないぞ」
俺達は苦笑をうかべながらも、細々とした点の質疑応答を繰り返した。
この世界における文明・文化・科学技術の発展度合い。
生息している魔物や自生している植物。
俺達転生者がやるべきこと、そして目指すべきものはなにか、ということ。
「技術って言っても、ぶっちゃけて言って、これだけの人数の転生者が居れば国家主体の改革や発展なんかは進むんだけど、その恩恵が全ての国民に行き渡るかといえば……そうでもないんだ」
「それは技術的な面での事か? それとも人員的なことか?」
「う〜ん、人員も含め物量的なことかな。
そうだ、この世界の技術だけど、ボク達がいた世界とは決定的に違う点が一つある。なんだとおもう?」
技術において違う点……。
思いつくことは幾つかあるが、さて、それがこの質問の答えかどうか。
「そうだな、簡単に思いつくことは、それが“他者から与えられたモノ”か、“多くの失敗から産み出された研鑽の果てのモノ”かという事か?」
「………………」
あっれぇ〜? 外したか!?
「……違ったか。じゃあ、単純に魔法の有無か?」
「いや、まぁボクの求めた答えは確かに魔法の有無だけど……まさか、あんな答えがでてくるとはね。ホント、キミは生前何をしていたんだろうか」
「いやいや、そんな大した答えじゃないだろ? だって今までの話からすれば、“余所の世界から転生してくる”という人間はこの国だけで年間で百名弱も居るんだろうけど、“未知の技術を体系的に指導できる人間”は年間で百名弱しか現れないって事じゃないか」
さてさて、コレはある意味において重要な問題だろう。
いくら知識を技術を持っていようと、それを誰かに伝える。それは容易なことではない。
なぜならゼロから新しい技術をもってくるのだ。
その技術を伝える為の土台……つまり、前提となる基礎が無ければ専門的な技術や知識はただの“奇跡”や“呪文”に成り下がってしまう。
凄く簡単な例を出そう。
例題一、何故鳥は空を飛べるのか。
何も知らない人は「羽を羽ばたいて飛んでいるのだと」言うだろう。
ある程度の知識があれば「風に乗って飛んでいる」と答えるかも知れない。
そして航空力学などの知識があれば「鳥は風を受け、揚力を得て上昇している」とそう説明するだろう。
さて、ここで問題となるのは異世界人は航空力学を知らないという事である。
さらに、技術を知識を与えようともこういった世界において「全て魔法で解決できる」という暴論に至るのだ。
過去の偉人は「空を自由に飛びたいな」という切なる願いから鳥を観察し、翼の構造、骨格あらゆるものを観て、調べ、貪欲に学んだ。
その結果、長い年月を掛け飛行機の発明へと繋がっていったのだ。
だが、魔法がある世界ではどうか?
誰かが「空を自由に飛びたいな」と願いを言えば、それをかなえる為、「飛行魔法」や「転送魔法」など科学技術を無視し、物理法則も度外視した結果を得ることができるのだ。
そんな世界において、科学技術を学ぶための下地があるのだろうか?
故に、この世界において、そういった積み重ねが必要なモノは用意には浸透しないのだと思う。
「この世界で必要とされる知識は、“向こうの世界の知識”そのままじゃない。こちらの世界の技術体系との融合……つまり、双方の知識が必要になってくるはずだ。
例外的に、内政関係など政策その物を実行すれば実現するモノならそう困難はないんじゃないか?」
「いや、実のところその通り。国家機関に関しては例えば、戸籍の作成や下水の完備、医療知識の進歩など確かに進んでいる。
でも知識だけはどうにもならない、あれこそ積み重ねだからね。
多くの人間が学び、考え、夢を見て、そして挫折し、再起する。この集大成が知識であり言うなれば経験だ。
だからこそ、その知識だけ耳で聞いても理解出来ない」
「あとは、何よりも頭数が足りないだろ?」
「うん、それも有るね」
俺達転生者は生前の記憶がない。
一応知識は有るモノの、自分が何をしていた人物かわからない以上、ソレを有効活用できるかといえば、疑問が生じる。
自分一人が周囲だけにその知識を使い潤いを富を与えるのなら簡単なのだ。
この世界の総人口が何人いるのかは解らない。しかし、その人々への知識の礎となるだけの人数が確保できているとは思えないのだ。
結局の所、新しい技術を広めようと思うのなら、自分自身が魔法について学び、多くの人が学べる新しい学問として確立させないといけないだろう。
そこまでしてやっと、世界に新しい知識と技術が広がる。
「まぁ、色々考えたところで、教鞭をとる筋骨隆々のオーガなんて……どうなんだろうな」
「身もふたも無いなぁ。まぁ、一般人の視点からすると……すごいだろうね、威圧感が」
「……だよなぁ、ここの職員ですら軽く引いてたし」
結局、今俺が考えたようなことを思い考えている転生者とこの世界の人たちがどれだけ居るかだろう。
ここの職員からですら、悲鳴を上げられたし、完全に逃げ腰だったし。
んっと、そうだ、職員で思い出した。
「あ、結局脱線したけど、その適正試験って何時やるんだ?」
結局、本題が解決していなかった。