第7話
「ふふ、その服……着心地はどうだい?」
「……俺はコレを服とは認めたくない」
俺はクスクス笑う室長を目の前にして、こめかみを押さえため息をついた。
そんな俺の格好だが、はたから見れば、巨大なテルテル坊主に見えることだろう。
何故こんなことになった? 応えは簡単だ。俺に合うサイズの服が用意できなかっただけだ。
しかし、このまま全裸で徘徊するわけにもいかず、急遽予備のカーテンを一枚持ってきてもらい、切れ込みを入れてそこに頭を通しているだけの状態なのだ。
「あんまり動くと危ないよ? それスカスカだから」
「解ってるわいっ!」
一応、腰に予備の布を巻いているのだが、万が一の事があったらそれこそ大変だ。
そんなやり取りをしていると、ドアがノックされ一人の男性が部屋へと入ってくる。
「室長、ただいま戻りました」
「ああ、ご苦労。では、語学やこの世界の常識など彼から教わってください」
そういうと、その男性は一歩前に出て俺に挨拶をするのだった。
「やぁ、さっきぶり。君の指導担当になった【翠鳥】ボーテルと言う者です。以後よろしくね。ああ、ボクには敬語は不要なんで気にしないでね」
さわやかな笑顔でそう告げる彼は、俺を此処に運んできたあのイケメン青年だった。
「さて、暫くはこの部屋を使うといい。とはいえ、寝るためだけのスペースだけどね」
「助かる。正直、今後の事とか一切解らなかったから」
現在、俺は案内され建物内のとある部屋へ……まぁ、仰々しく言わず、簡単にいうと、これから暫くの間、生活の拠点となる宿を紹介されたというだけだ。
どの部屋もそうだが、扉のサイズが俺に比べ小さく、天井も少し飛び跳ねれば頭を打ちそうだ。
「とはいえ、久しぶりに来たイレギュラーなタイプだから、ベッドとかは用意できなくてね、申し訳ないけど当分は床に寝てもらう形になるけど……いいかな?」
「いや、十分だ。床に寝具を引くのに違和感が無いから大丈夫だ」
「……へぇ、ひょっとしたら生前はそういう風土のお国柄だったのかもね」
そうかもしれないな。さっきの絨毯も気持ち良いと感じたし、この部屋も良いのを使っている。全然問題じゃないだろう。
それに、ベッドはどう考えても無理だろう。
どこかの貴族がつかうような天蓋つきのキングサイズとかならなんとかなるかもしれないが、そんなのを用意するわけが無いだろうしな。
「ところで、ヒスイ? ボーテル? どう呼べば良いんだ?」
「ああ、ボーテルで構わないよ。【翠鳥】というのは字名だから」
「……あざな? その辺も合わせて少し聞いても良いか? 俺の名前も無いんで不便なんだ」
「了解。じゃあ簡単にせつめいするね」
そういうと、ボーテルはこの世界における人の名について説明してくれた。
「簡単にいうと、この世界では人の名前を構成する要素は三つある。
一つ目が字名……まぁどういう能力かという称号みたいなものだね。
二つ目が個人名……これは説明不要だね。
三つ目が家名……この世界で代々続いている貴族とか商人とかがもっているね」
「なるほど……例えて言うなら【光の勇者】ヒロシってことか」
「ぷっ……だ、だれだよ、ヒロシって!」
いや、自分で言っておいてホント誰だろ?
こういうのがツボに入ったのか、ボーテルはクスクスと笑っている。
「ぁあ〜、久々に笑った。ここで働いている人は皆固くてね、なかなか変な事言わないんだよ」
「……いや、変な事ってなんだよ、変な事って!」
「それはさて置き……」
「いや、置くなよ!」
「さて置き、流石に勇者はこの世界には居ないね。異世界から召喚して『おお、選ばれし勇者よ!』って展開は起こらないから」
「ったく……そうか、やっぱり勇者は居ないのか」
まぁ、そうだろう。
これだけ転生者がいるならそういう事は起こりえないだろうからな。
「まぁ、勇者は居ないど、代わりに魔王は居るから安心してよ」
「…………は?」
「ん? どうかしたかい?」
何気なく……さらっと凄いこと言わなかったか?
「何が居るって?」
「魔王」
「……誰が居るって?」
「だから、魔王だって。あれ? 室長から聞いてない?」
「聞いてないっ! え? なんだよ、魔王って!!」
え、勇者の居ない世界に魔王っておかしいか!?
この二つは対になっているものじゃないのか!?
「大丈夫だって、魔王っていっても、魔物の王の意味合いの魔王だから」
「いやいや、普通魔王ってそうじゃないのか?」
「そうだな……魔物の階級の説明は聞いているかい?」
「ああ、一応は……」
ボーテルは「ふむ……」と思案げに腕を組むと、こう切り出した。
「魔物と同一の要素を持つ転生者は、適応した魔物を狩ることで成長し、階級が上がる……ここまでは理解してるかい?」
「それは聞いた、だからこそ、その時は覚悟をするように言われたが」
「うん。そして、魔物に傾いていった転生者の行き着く先が……魔王なんだよ」
「んなっ!? それは……聞いてない」
魔王になるって……いやまて、そもそもなんでこんなに落ち着いて話しているんだ?
普通魔王=世界征服とかそんなんじゃないのか?
「いやいや、魔王っていってもその種族に連なる魔族の統治者って意味合いだからね」
「魔族? 統治者?」
「うん、魔王の傘下にいる種族は魔物ではく、魔族って呼ばれるんだ。
例えばゴブリンの魔王……【奪賊】というのが居るけど、彼の支配下にある魔族は組織だって行動し、街道などでの他の魔物からの被害を軽減したりしているね」
「その……魔族っていうのは人と共栄してる……のか?」
「共栄っていうより、お互いが一歩距離を置いて過度の干渉をしないようにしていることが多いかな? それに、魔族の言葉はその系譜か、因子を持つ転生者しかわからないから」
「つまり、ゴブリンの言葉は同種かその魔王、もしくはゴブリンの特徴を持っている転生者が理解出来るってことか」
「そういう事」
「んじゃ、俺はオーガの言葉が理解出来るし、成長して強くなればオーガの魔王に成るってことか?」
「ん〜、まぁそうだけど、魔王はそう簡単には成らないからなぁ」
いやいやいや、そう簡単に魔王に成っても困るから。
「今、この世界で確認されている魔王は全部で八人。
一つ、【奪賊】――ゴブリンの魔王。
一つ、【隠蛇】――ラミアの魔王。
一つ、【猛牛】――ミノタウロスの魔王。
一つ、【氷狼】――ワーウルフの魔王。
一つ、【武犬】――コボルトの魔王。
一つ、【大壁】――ロックゴーレムの魔王。
一つ、【骸山】――スケルトンの魔王。
一つ、【焔魚】――マーメイドの魔王。
彼らが確認され、それぞれの種を統括している魔王だね」
「…………」
なんというか、どういっていいのか。
「一つ聞いて良いか?」
「うん?」
俺は痛くなる頭を押さえながら、どうしても聞かないといけないだろう、その質問を投げる。
「……その字名って、誰がつけているんだ?」
もっと早くに突っ込むべきだった。
無駄にかっこい……じゃない、中二病チックなのもあれば、ムサシとかいってそれ絶対に宮元武蔵モチーフだろ!? とか突っ込みたいのもある。
いや、きっとそのコボルトの魔王さんが二刀流なんだろう、そうじゃないと許さん。
他にも、俺の知識によればどこぞの召喚魔法で出てきそうなモノとか、普通にモンスター名とか伝説の妖怪とかあるし、というか、なんかゴブリンの魔王の字名が一番かっこいい気がする。
「ボクのも含め、字名はその人物の所属する組織が決めるね。国でなく、協会所属ならそこでの活躍に応じて公式に与えられるはずだよ」
「……魔王でも……そんな決定方式なんだ?」
「うん、魔王でもそんなんだよ? というか、魔王でも協会所属だから、そこが年一回功績に応じた字名を発行しているはず」
「魔王が組織に所属!? というか、協会って? そもそも年一の功績での発行って、魔王の功績ってなんだよ!?」
うわ、突っ込みどころが多いわっ!
「まぁ、落ち着いて。細かい話はちゃんとしてあげるから」
俺を「どうどう」と宥めながらボーテルは一つずつ、俺の疑問に答えてくれた。
魔王といえど、あくまでも転生者であり元々は人間である。
国に雇われて仕事をしているわけでないので国以外組織……つまり非政府組織である協会に所属することになっているそうだ。
そして、その協会というのはざっくりといえば“ギルド”とでも呼ぶべき組織である。
民間からの仕事依頼、あるいは国からの人員補助の以来など便利やの様な役割を果たしている組織だそうだ。
とはいえ、よくゲームや書籍で聞くような『村町の冒険者ギルド』的なものとは少し違うらしい。
そして一年の功績というのは……。
「この世界、年に一度七日間だけ人類軍対魔王軍での大規模な模擬戦争が行われるんだ。そこで勝てば、あらかじめ相手が提示した土地や物資を手に入れることが出来る。そこで目に留まり活躍した魔法師はその功績に応じて報酬と新しい字名を与えられるんだ」
「年に一度の擬似戦争……」
そうか、これがこの世界における領土解決問題なのか。
指定される土地も開拓が行われて居ない手付かずの土地らしく、それの支配権が与えられるとか。
というか、魔王が治めている土地って、誰が開拓してるんだろ?
「うん、この世界の一大イベントだね。毎年それを見ようと世界各地から多くの人が観戦に訪れるくらいだから」
「え? それ、イベントなの!? お祭りなの!? 血沸き踊る戦場じゃないの!?」
この世界の人間はそんなのを観て騒ぐ修羅の人々か!?
「大丈夫だって、戦場も指定された場所だし、民間人には一切手をださないから」
「いや、だからって戦争なんだろ? 死人が大勢でるだろうに」
「あ〜うん、毎年人間と魔族、合わせても千人を超す死者がでるね」
うわ……修羅の国だった。
「いや、それでも百年戦争時代の小競り合いとか考えれば凄く減ったんだよ。それに土地の権利なんかはそれこそ生存圏の拡大に繋がるから、各国文字通り必死なんだよ」
「……そうなのか」
まぁ、うちの世界での戦争を考えれば確かに少ないのかもしれないな。
「それに、そんな行事があるからこそ、人間同士の戦争が抑制されているんだから」
「そいえば、室長もそんな事言ってたな……『共通の敵が必要』って」
「そういうこと、その共通に敵になるべく、代々の魔王がこの模擬戦争に参加しているんだから」
なるほど、それは計算のうちなのか。
……しかし、それだと魔王にはメリットがあるのか?
「なぁ、それだと魔王軍はただ戦うだけの道化なんじゃないか? 世界征服を企むでもなく、進んで敵になる。彼らに何のメリットがある?」
「ん、それはだね魔王傘下の魔族には討伐依頼が来なくなるというメリットが有るんだよ」
「討伐依頼? どういうことだ?」
「うん、人々が住む町や村。その生活圏のすぐ側に同じように魔物の生活圏もあるんだ。
そして、相手がその生活圏内に侵入した場合、速やかにその魔物への討伐以来が協会に提出され、登録している魔法師によって討伐されるんだけど、魔王傘下の場合、法に照らして犯罪を犯して居ないのならその依頼が発生しない、いうならば安全が保証されるというわけだ」
「なるほどなぁ、理解したよ」
そのルールだと、魔族が人間と交易もできるということなのか……。
あ、いや、それだと言語の問題があるのか、通訳が必要になるんだろうが……どうなんだろ?
「まぁ君の場合、魔王になる可能性も否定は出来ないからね。その道も含め考えるのなら協会に。もしくは政務官など内政に興味がある、もしくは研究に興味があるのなら国か地方の役人を目指すべきだろうね」
そうか……今は此処に養われている、保護を受けている立場だが、半年もしないうちに俺はどちらかの道を選択しないといけないのだ。
これから先の人生……その事も考えて勉強し、世界の事を学ばなければ。
そんな事を考えつつ、俺は大事な事をまた聞きそびれていた。
「すまん、一つ聞き忘れていた」
「ん? なんだい?」
「それで……だ。俺はこれから何て名乗ればいいんだ?」
そう、俺にはまだ名前が無いのだ。