第6話
世の中そんなに甘くない。
人間だと思っていたら、まさかまさかの魔物転生オチだったとは。
常識的に考えれば、俺があそこで思い浮かべていた体だけど、人間として考えればありえないよな、と今更に思う。
これだけの体、分類するなら化物か怪物だろう。
なぜあそこでこんな体が良いと願ってしまったのか。
過去に戻り、一つ忠告できるなら言ってやりたい、『普通が一番だぞ』と。
流石にコレは挫けそうになる。
鏡を見て深く深くため息をつくと、何かを察したように、室長がフローを入れてくれる。
「まぁ、この世界での肉体は“魂が一番望んでいる己の体”を反映しているのではないかとの統計結果が出ていますので、余り落ち込まないほうがいいですよ」
「……つまり、俺の魂は“厳ついゴリマッチョ、モンスター風味”を望んでいたと言う訳ですね」
「ふ、ふふふ……な、なかなか斬新な例えですね」
くぉぉぉ!? 笑われた!?
俺にとってはかなりショックな出来事だったのに。
「……一応聞いてみますけど、ただのオーガみたいな人間っていう可能性は……どうなんですかね?」
「無いとは言い切れませんが……種族は“鬼種”と考えておいたほうがいいでしょう」
「……で、でも、ほら、俺に角とかありませんし!」
無駄な足掻き……いや、現実を受け入れたくないだけなのだが、それでも縋るような気持ちでその事を口にする。
と、どうした事か、俺のその言葉に室長は腕を組み少し考えている様子である。
しばしの沈黙の後、室長は真面目な顔で、その重い口を開いた。
「…………本来で有れば、後日座学として学んで頂きたい事でしたが、その事について触れておきましょう。
そもそも、魔物とは何か? 貴方たちの世界において、こういった魔物などは空想の産物なのでしょうが、この世界では我々人類と勢力を二分する生き物なのです」
「そんなに強い勢力を持っているんですか!?」
「ええ、そしてそれぞれの種族で階級が存在し、我々はその区分を“兵士級”“騎士級”“男爵級”“伯爵級”“公爵級”“大王級”そして“皇帝級”と、その個体の強さ・影響力・希少性とで分類しているわけですが……」
「……ですが??」
と、そこまでいってしばし逡巡する。
おそらく、あまり良い話ではないのだろう。
「人類種以外の転生者は全てこの階級が適用され、それぞれに対象となる魔物を倒した時、この階級が上がるようになっているようです」
ん? どういう事だ?
それがどういう事かの塾考が終わるまえに、室長はその答えを言う。
「例えば、オーガ種の場合ですが、兵士級は比較的サイズが小さく、角が無い事が特徴です、
しかし、騎士級になると体のサイズが大きくなり、頭部に小さいながらも角が生えてくるようになります」
つまり、こういう事か?
「俺がオーガ種だった場合、階級で見るとポーン級だから今は角が無い。だけど、ナイト級に成長すれば角が生えてくると」
「ええ、そういう事になります。事実、別種族ではありますが、魔物と同種若しくは近似とされる転移者でこの階級上昇による成長が過去確認されています」
これは……諦めて認めるしかないようだ。
しかし、階級による成長か。
魔物の進化とか……変な所で異世界チックな……。
―――とか考えてましたけど、詳しい話を聞くとどうやら俺が少しだけ勘違いをしているようだった。
魔物の階級はあくまで、その強さに合わせてこちらが定めたもので、別に魔物が条件を満たして上位階級に進化するわけじゃないようだ。
そして、俺のような分類上は魔物と近似種である場合、その近似種を倒せば倒すだけ、その種に傾いていく……いうなれば上位階級の個体へと成長していくという事だ。
魔物では起こりえない事だから、恐らくこの体が造られたときに何らかの仕掛けが施されているのだろう、という見解だった。
この世界で、数多くの転生者を見て、聞いて、研究してきた彼らの言う事だ、聞いておくべき価値があるだろう。
しかし……倒せば倒すだけ魔物に近づくとか、それなんていう呪いだよ! って訳ですよ。
「と言う状況ですので、もし事を構えることがあればその覚悟だけはして置いてください」
「わかりました、心に留めておきます」
今後の事は解らないが、コレは絶対に忘れないようにしておこう。
「でも、魔物がそんなに多くいて、生活に支障がでているのなら人を動員して狩ればいいんじゃないですか?」
「いやいや、そういう訳には行かないんですよ。魔物と言ってもそれこそ多種多様いますから。それに、彼らも私たちと同じこの星に住む生物ですし、魔物の住む領域への軍事侵攻は大きな問題も有りますから」
「大きな問題??」
そして、コレが俺の勘違いの一つ。
この世界において、必ずしも魔物≠倒すべき敵では無いという。
その事を過去の歴史を振り返りながら語ってくれた。
数百年前まで、この星は人類よりも魔物の方が勢力が強かった。
当時は今ほどの技術も文化も高くなく、魔物が住む領域への開拓など、思うように進まなかったそうだ。
しかし、キラ星のように突如として現れた異世界人たちによって状況が一変。
人類は破竹の勢いで魔物の領地へと進み、そこを人間の土地へと変えていった。
だが、こうした中である問題が発生。
その一つが各国の利権問題。
当時の水準からして、異世界からの転生者は己の知識をフルに活用し、新しい技術、体勢、政治、経済あらゆる面で今までの常識を覆し、世界に革命を齎した。
これまでに無いもの、その圧倒的な知識に人々は酔った。
そう、転生者たちはやりすぎたのだ。
時の為政者たちは、新天地確保のため、技術革新を起す為、その鍵となる転生者を囲うために各地で争いを起し、いがみ合い、大小さまざまな戦争を引き起こした。
無論、その戦争にも転生者たちは利用され、その戦火はみるみる拡大、以降世界規模での停戦平和条約が締結されるまでの百年近く、続くこととなった。
最終的には、条約により転生者たちの人権保護、各国開拓の制限、及び軍事侵攻の禁止が決定されたそうだ。
だが、ここで新しい問題が生まれることとなる。
それが、魔物への対応である。
とある生物学を専攻していた転生者達が魔物を実地で調査。
その結果、『魔物とは環境に適応し、生存競争を勝ち抜いてきた生物だ』と発表したことでその扱いが議論された。
さらに、今で言う人類種以外の転生者が増加の傾向にあったこと、などの理由から、各国は緊急時以外での魔物との戦闘行為の停止を宣言した。
ただ、それでも異種族は異種族。
生存圏が重なる地点では魔物による被害が多く、また、下位階級の魔物はその繁殖スピードが高いことから、小さな農村部ではこの方針に反対する声が多かったという。
さらに、増える人口に対し、食糧の不足という事態まで発生。
このままではマズイと立ち上がった者達がそれを救うべき、非政府組織を設立、人々の支援のための“協会”を起した。
これにより、開拓地や各村町で起こる小規模な魔物の被害を協会が受け持ち、国は全体を襲う大規模な厄災に備える運びとなったそうだ。
「……ん? 結局どういうことですか?」
「ああ、要するに、魔物がいなくなると人間同士で争うから、一定の水準で魔物と敵対しておこうって政策ですよ」
みもふたもない。あれだけ長かった話が、実質コレだけの内容。
結局の所、狩るべき魔物が居ないと争うのが人間って事らしい。
「一応、種族的観点から『魔物を保護しよう』って団体もあるんですよ。魔物って一括りにしてますけど、人型に近い種は人類種との交配も可能ですから」
「…………え゛?」
「本当ですよ? ただ、あくまで生物的に“可能”というだけで、実例は報告されてませんけどね」
「……そうですか……それはよかった……のか?」
「まぁ、転生者が人類種以外の種族でやってくるようになったので、彼らの子孫が結構な数生活していますけど」
「あ、俺達転生者もそういった事が……子供が作れるんですね」
「ええ勿論。かく言う私も転生者の家系の三代目ですよ。祖父が転生者だったので」
「えっ!? そうなんですか!?」
おっと、これはびっくりだ。
やはりこの世界に来て早々だから、知らないことが多いな。
「……と、もうこんな時間ですね。あとの詳しい話は担当の者が来ますので、そちらに聞いてもらう形になります。
それと、今後の予定ですが、これから最低一ヶ月、最長半年間、この施設で勉強をしていただきます」
「……勉強ですか?」
俺のその言葉に頷くと、
「ええ、その通り。転生者の方は会話は問題ないのですが、この世界の文字は理解出来ないようなので、それを習得していただくことと、この世界における最低限度の常識、そして魔法の習得」
「魔法! そうだ、この世界は魔法があるんだった!」
はしゃぐ俺に室長は笑うと、
「転生者はどのような方でも魔力を保有しています。ただ、適正や能力に偏りがあったりしますので、その聞き取り調査と、適切な魔法の選択とその指導ですね」
「魔法ってそんないあるんですか?」
「ええ、各国特色がありますけど、いくつか上げれば【属性魔法】【元素魔法】【神聖魔法】などさまざまありますよ」
「へ〜、ちなみに、ここビジュ国は何魔法が特色なんですか?」
「この国は【精霊魔法】の聖地として広く知識を提示していますよ」
「……精霊魔法か」
俺はその言葉に魔法というモノに胸を躍らせる。
やはり、魔法と聞くとロマン溢れる気がする。
「まぁ簡単ですが、以上で初期説明は終わりますが……何か質問はありますか?」
質問……っと、非常に大事な事が一つ有った。
コレを聞かないとこれから先やって行けない。
「大事なことが一つ。…………いい加減肌寒いんで、服……いいっすか?」
俺は手で隠しつつ、今一番大事なことを頼むのだった。