第5話
「―――それより、俺はいつまでこうしていればいいんだ?」
俺は視線を上にあげ、不満を隠すことも無く、顔をしかめた。
その視線の先……そこにはにこやかな顔の初老の男性が優雅にデスクに頬杖をついている。
俺の感覚でも、若い頃はさぞやモテただろう、金髪碧眼の貴族然としたその態度。
ダンディーなイケメンか。
ああ、畜生、うらやま……じゃない、ねたま……でもない。
育ちの違いがはっきりと痛感できるようだった。
……まぁ俺、過去の記憶が無いんですけどね。
身長が二メートルを超えているだろう俺が見上げる……と聞くと高い所にいるとか俺よりも身長がデカイとか、そんな風に取られるだろうが、なんてことは無い。
単純に、俺が鎖で簀巻きにされ、絨毯の上に転がっているだけだ。
俺は頬に当たる絨毯の感触を『あ、これ絶対高級品だ、すっげぇ気持ち良い』とかなんとか思いながらも、コレまでの経過を思い出す……。
◇◆◇
ガラガラと音をたて、周囲の風景が動いている。
歩き往く人々が俺を見ると、「ヒッ!?」とか「キャアッ!!」とか「ば、ばけもの」とかへっぴり腰になり悲鳴を上げていく。
……大丈夫、俺の心はそんな事じゃ挫けない。
「ハハハ、いやぁ〜予想以上に皆脅えますね、やっぱり彼の顔が怖いんですかね」
「情けない、たかがオーガ一匹で。こんなモノ少し森に出ればいくらでも居るだろうに」
お、俺の心は挫けないぞ、挫けないんだからな!
「というか、いい加減鎖を解け。あと、俺はオーガじゃない、ちゃんとした人間だ」
何度目かになる指摘を口にしながら、俺は身体に巻きついた鎖をガチャガチャ鳴らす。
現在、俺はどこかの建物内だろう……気がつけば……いや、段差を越えた衝撃で目を覚ませば、廊下を搬送されて行くところだ。
でかでかと魔法陣が書かれた部屋に来たと思えば意識を失い、恐らく壁に立てかけてあった台車に乗せられ……というか転がされ、運ばれていくところだろう。
「……ん、まぁその辺りは後で話すから。あと、この鎖だけど解くのは無理かな」
「なんでだ? それに、俺を歩かせたほうが楽だろう?」
拘束されているのが嫌! と如実に訴えながらも、交渉を挑んでみる。
先ほどの『姫さん』と呼ばれてた女性と違い、俺が話しかけている男……青年といっていいのだろう、苦笑を浮かべながらも、俺の言葉にキチンと受け答えしてくれる。
なかなかの美男子……あのおっさんたちとは違いイケメンだ。
ちなみに、彼もデザインと色が違うが、ローブを着ている。
あのおっさん達は濃紺の筒状のローブ。
そして彼の場合……いや、此処ですれ違う全ての人がコートに似た白いローブを着ている。
まぁ、そんなイケメンな彼だが、話は通じるようだ。
比較対象がいきなり火を放ってくるおっさんたちや、廃人になってないことに首を傾げる女性なのだが、それでもまぁ、理知的に話してくれるのはありがたい、いや、ほんと。
「今更この状況で暴れ回るような人物は此処に送られて来ないだろうけど、今その鎖を解くと少しマズイんだよ」
「マズイ……それは……この周りの反応のせいなのか?」
周囲の反応を気にし、鎖を解かないのだろうか?
反応を見るに、俺はそのオーガなるモンスターとそっくりなのだろう。
まぁ、コレだけ大柄で強靱な肉体を持つ存在がいきなり目の前に現れると……そりゃ引くか。
「う〜ん。それもあるけど、今鎖を解くと……見えるからね」
「……は? 何が見えるって?」
「いや、ほら。君の大事なモノがモロリするから……それはマズイでしょ?」
「…………そうだな、うん、了解した」
俺は『じゃ、服を用意してくれればいいじゃないか!』とか思うことも無く、少し気まずい思いをしながら、ガタゴトと台車に揺られていく。
「……ところで、何処に行くんだ?」
「ああ、うちの責任者の所かな。そこでいろんな説明を受けてもらうことになっているんだ」
「へぇ〜。此処ではだめなのか?」
「うちもお役所仕事みたなモノだからね。それに説明が重複したり、抜けるのを防ぐ意味合いもあるから」
「……なんか大変そうだな」
鎖で簀巻きにされた男と、それを台車で運ぶ男のなんともいえない会話。
傍から見れば、シュールな光景なんだろうが、それ以上に俺を見る人の脅えた視線が痛い。
そんな話をしつつ、俺を運ぶ台車はある部屋の前で止まる。
「失礼します。室長、ただ今戻りました」
「―――どうぞ、入ってください」
立場が上の人物がいる部屋なのだろう。
彼は居住まいを正し、ノックして部屋へと入っていく。
その部屋をなんと形容すればいいのだろうか。
イメージとしては中世の貴族の一室。
綺麗な赤い絨毯、そしてその先にはしっかりとした執務机とそこに座る初老の男性。
「ようこそ……と、言いたいところだけど、今回の“星”はまた個性的な人が来たようだね」
「ええ、資料は此方になります……では、私たちはこれで」
「……失礼します」
そんなやり取りを聞いていると急に台車が傾き俺は絨毯の上に転がされる。
「ふぎょ!?」
あ、へんな声でた。
首を動かし、何事かと見ると、先ほどの女性が台車を手にし、部屋から出ようとしている。
……アイツが俺を転がしたか!?
「ちょっと姫さん。……ごめんね、うちの姫さん、珍しい生き物とか解剖できる検体とかにしか興味ないんだ」
「ちょ、それマッド!」
なにそれすごい、そんなの本当に居るんだ。
そんなやり取りの果てに、女性は一瞥もせず、男性は「がんばってね」と手を振りながら部屋を後にする。
あ、結局俺、この鎖を巻いた女性の顔見てないや。
運ばれる間も、先ほどのやり取りの間も、全て死角に位置しどんなヤツだったのか見ることが出来なかった。
ただ、最後に見た後姿……小柄な体型流れる銀髪が印象的だった。
「さてさて、はじめまして今からチュートリアルをはじめようかね」
「―――それより、俺はいつまでこうしていればいいんだ?」
という事がありましたよっと、回想終わり。
そんなことがあり、俺は目の前のオジサ……マ? でいいのか、男性と部屋で二人っきりとなってしまった。
「うん、その鎖はね、後で解いてあげるよ。どうせ服も一式必要だろうからその時まとめてがいいだろう」
そんな事を言いながらも、居住まいを正し、俺に真っ直ぐ目をむけ言葉を続ける。
「さて、私は異界移民管理部・室長を務める【虚歩】レーゲンワルツ・シルバリエという者です」
「あ……俺は…………」
目の前の男性は俺にそう名乗った。
だが、俺はその名乗りにどう応えたら良いかわからないでいる。
なぜなら……。
「ああ、気にしなくても大丈夫。ここへ送られてくる転生者たちは皆、名前を忘れていることを知っていますから」
「……すみません。しかし……転生者……ですか? 転移者ではなく?」
予想していた事だが、この世界に送られてきた人間は相当数いるのだろう。
死後のやり取りや、こういう風に組織だっている事から、ある程度は想像していた。
しかし、転生者とは……。
「その事ですか、よくある質問の一つですね。此処へ来る方はよく『赤ん坊からやり直して無いから転生ではないだろう』と口にされますから」
あ、俺もその口だ。
転生=赤ん坊などからの再スタートだと思っている。
「異世界より此処へ来る方は皆一度死んだ方……つまり“再度の人生”と言うわけです。ですので、分類上転生と表記して話を進めるようにしています」
なるほど、そういう区分なのか。
「……なるほど、解りました。しかし、やっぱり俺みたいな人が大勢いるんですね」
「ええ、この機関だけでも年間を通し百名弱ほど確認していますから。全体で言えば年間でこの五・六倍はいると予想しています」
「そんなに!?」
どうやらかなりの数がこの世界に送り込まれているようだ。
「さて、それでは説明ですが、既に聞いているかとも思いますが、今、我々がいる国、名をビジュエタンセラントと言います。少し言いにくく長いので皆はビジュ国と呼んでいます、そして、ここは異世界より来た転生者の窓口を行う部門、異界移民管理部と呼ばれる場所です。……ここまでは大丈夫ですか?」
俺は頷くと次の話に耳を傾ける。
「では。この転生者ですが、古くは五百年以上も昔から確認され、世界各地で発見されています。
既にある程度の情報は集まっているのですが、そちらの世界とは違い、この世界では魔法や魔物などの要因もあり、技術の進歩・産業の発展といった分野で大きく遅れています。
そこで、転生者の方々にそういった分野での活躍を期待し、各国スカウトを行っているわけです」
なるほど……そういうわけか。
ちなみに、各国と言っても地球に有った国と比べれば数は少なく、有力な大きな国が此処を含め三つほど、ほかは小国が集まった連合国のようなものが複数あるらしい。
「大型の国家で無いと転生者の察知や保護に人員を回せませんからね」
とのことらしい。
チュートリアルと言っていたのでどんな話かと思っていたのだが、基本、この世界の事、俺のような転生者の事などが主であった。
この室長曰く、転生者の事情……要は罪を犯した咎人の魂で有ることや、殆どの記憶を持ち合わせて居ない事など、既多くの事を知っているとのことだった。
更に、それ以上に俺も知りえない事……これまでの転生者の傾向や能力からの分析データから更なる情報を教えてくれた。
「どの方も、此処へ来る前に新しい肉体を創られますが、その基本となる総合スペックはどの方も同じなんですよ」
「……どういう事ですか?」
「ええ、つまり選んだ個性とでも言いますか。例えば、最初の質問で「魔力を重視」と言った人物の場合、転送直後であれば全く同じ魔法出力を得られていることが統計上わかりました。つまり、その肉体を製造する際、ある程度のパラメーターのようなものを数値化し、振り分けることで最初の身体能力を決めているんだと考えられます」
「なんか……ゲームみたいですね」
いや、ゲームだろ、それ。
……まあ地獄だか冥界だかも製造管理しやすいようにマニュアルがあるんだろう。
感覚的に造るよりよっぽど効率が良いだろうし。
「だからと言ってこの世界でそんな数値化した身体能力とかは有りませんから、コレもよくある質問の一つです」
「……ああ、それも解る気がする……という事はスキルとか能力とかも?」
「ええ、もちろん有りません。
……いえ、厳密に言えば、各々個性や素質といった形で明確な能力が与えられているようですが、こちらではそれらを確認する事が一切出来ないという事です」
「そ、そうなんですか……」
これは……マズイんじゃないか?
いや、普通に生きていく以上、必要が無いとは思うのだけど、異世界転生ときたら、こういった超常のスキルがあるモノと思うじゃないか。
「それと、貴方にとって最重要な要素が一つあるんです」
「え?」
なんだろう……?
目の前の室長の纏う空気が……重くなった気がする。
「肉体の要因などに一定の規格がある……というのは理解してもらえたと思います。しかし、先ほど言った事意外にもいくつか存在するんですが、その中の区分けの一つに“種族”というモノが存在します。
まぁ、名称など解らないので、こちらで勝手に区分するんですけど」
……なんだろう……いやな予感がする。
「転生者の多くは我々と変わりない人間……“人類種”とでもいいましょうか、それを選択しているようなのですが、稀……でもないですね、統計上約四割ほどは違う種族を選択している傾向に有ります」
……なんだろう、聞きたいような……聞きたくないような。
「その中でも比較的多いのが動物的な特徴を有する“獣人”です。人によってどこまで動物的要素を含むかは違いますが、耳、腕、脚場合によっては殆ど獣だろうというレベルまで、様々な方が居ます。
他にも、多いのが竜の要素を取り込んでいる“竜人”、魚の要素……まぁほぼお決まりですが“人魚”、機械を含んだり、完全に機械仕掛けの“機人”など、かなり個性に富んだ方もいらっしゃいます」
……イヤナヨカンガスルヨ……イヤナヨカンガスルヨ。
「その中の一例に、見た目が鬼……まぁ大小さまざまな体格が居ますが“鬼人”と呼んでいる区分があるんですが……見てもらったほうが速いですかね」
そう言うと、室長は指を鳴らし……今まで俺を拘束していた鎖を消してしまう。
「そこに鏡があります……ごらんになってください」
俺は立ち上がると(だいじょうぶ、ブツは手で隠している!)、その姿見に向き直る。
「……おおう!?」
そこに映し出された姿……この身体になって初めて全身像を見ることになる。
その第一印象は……デカイ。
二メートルオーバー……だけどコレは三メートル弱と言ったほうが良いかもしれない。
まぁなんとも太い腕、広い肩幅、厚い胸板……最初のイメージ通りではあるのだが、とにかく縦にも横にもデカイ。
黒い短髪に、獣目風の金瞳、イケメンというよりもかなりの強面だ。
たしかに、こんなのがうろうろしていたら……それはびびる。
小さい子供なら泣いて逃げるかもしれない。
「見てもらったね? そしてコレも見てもらいたい」
そう言うと、目の前の大きな鏡が揺らぎ、とあるモノを映し出す。
……どこかの森か??
と、何か動くモノが居たと思ったら、次第にそれを拡大していく。
「…………これ……は?」
そこに映し出されたのは……それはそれは大きな体だった。
赤褐色の肌、鍛え上げられたような肉体。
髪の色は薄いオレンジ、鋭い瞳に……そして額から生える二本の角。
肌の色、髪の色、顔の雰囲気、そして角の有無。
それら違う要素こそあるものの、全体としては俺に良く似ていた。
「それは、この世界全域に生息するモンスターの一種で、かなりの凶暴性と強い膂力を持つ存在です」
嗚呼……ここまでくれば言われずとも、そのモンスターの名前ははっきりとわかる。
なるほど、間違えられるわけだ、恐れられるわけだ。
俺ですら本当にそっくりだと思ってしまったんだから。
「……一般的にオーガと呼ばれるモンスターです」
散々否定してきたのだが……どうやら俺はオーガに転生したようだ。