第3話
いきなりなんだってんだ!?
俺は目の前にいきなり現れた人影……恐らく、この世界の人間であろう、彼らの言葉に混乱をしていた。
俺が……オーガ?
目の前にいる人たちは俺を見るなりそう呼び捨てた。
あまつさえ、即座に戦闘の体勢に移行していく。
―――オーガ。
俺の持つ知識の中にあるそれは、“大鬼”であり、“人喰い鬼”であり、“怪物”である。
総じて共通項を上げるとするならば、巨大な体躯、暴威を振るう膂力、そして……倒されるべき人間の敵だという事だろう。
この時になり、ようやくこの誤解を招いた要因に思いつく。
一言で表すなら、俺の身体が原因であろう。
先ほどの邂逅。
一瞬眼があったのは間違いないのだが、その視線の高低差が大きすぎたのだ。
目の前の人物は声からしても男性……それも成人男性だろう。
その三名ともが、俺の胸辺りまでしか身長がないのだ。
少し小柄、推定……一メートル五十センチ〜七十センチか?
対して俺の身長はおおよそ二メートル五十前後はあるだろう。
さらに、この身体はかなりの筋肉質に造られている。
そんなそそり立つ様な体躯の存在が、いきなり目の前に現れたのだ。
しかも、現在は灯りなど一切無い漆黒の闇が支配する夜。
辛うじて月光があたりを照らしているのだが、それは対象の輪郭をうっすら浮かび上がらせる程度。
先ほどのように至近であれば、多少の造詣もわかるのだろうが、既に俺をオーガだと思い、警戒している以上再度の接近は叶わないだろう。
……と、混乱の中ではあるものの、どこか他人事のように冷静に分析してみたのだが、このままで良いわけが無い。
異世界に行きました、初日のうちにモンスターと誤解され殺されました……では話にならない。
というか、死にたくない、死ぬのはごめんだ。
ならば、どうするか?
誤解を解く以外に道はない。
俺は『誤解だ!』と声を掛けようと、手を伸ばしつつ、一歩前へ足を踏み出す。
……だが、これは二つの意味で悪手だった。
誤解を解き、平和的に対応するのであれば、遭遇のあの瞬間に声を掛け誤解を解くべきだったのだ。
そして、俺が混乱し考え込んでしまったあの僅かな時間に彼らは戦闘準備を完了させていた。
だからこそ、対話を望むのであれば、俺は前に進むのでなく、後ろへ大きく下がる……つまり、逃げるべきだったのだ。
とはいえ、混乱して原因を考えた時間はほんの数秒である。
この時の俺は知らなかったことだが、この場に転移してきた彼らは程度の差はあれど、この世界では比較的有望な魔法使いであった。
……この場の不幸をもう一つ上げるとするならば、彼らが優秀な魔法使いでなかったことだろう。
優れた者であれば、そもそもの誤解を招くことも無く、俺がどういう存在か把握することが出来たことだろう。
しかし、“もしも”“だったら”を言っても仕方が無い。
ほんの僅かな時間に小さな誤解が積み重なり、俺の今後を運命付ける一戦が始まってしまった。
「ちっ! 来るぞっ! 防壁で囲め囲めっ!」
「り、了解っ! 《堅牢なるモノよ、阻むモノよ、囲え囲え囲え―――硬石の城壁!」
誤解を解こうと、声をかけようと伸ばした手は、相手を触ることも、そのまま空を切ることもせず、突如として目の前にあらわれた……否、生えてきた石壁によって遮られた。
ちょうど俺の目の前、伸ばした腕を巻き込む形で生えたソレは、俺の腕を絡めとリ固定してしまう。
「んなぁ!?」
いきなりだ、いきなり目の前に壁が出来た。
ありえない、知識を総動員しても、コレが何なのか解らない。
俺の知りえないもの……見た事が無いモノ。
まさか、これが……魔法なのか!?
「くそっ、なんだこれ、どうなってんだ!?」
俺は声を出し、石壁に食い込んだ腕を引き抜こうとするが一向に抜けない。
石の隙間に挟まっているという感覚でなく、まるで石壁そのものに掴まれている感覚。
「くっ! 誤解だっ! 俺は人だっ! ニンゲンだっ!!」
誤解をうけたまま、こんなわけの解らない事に巻き込まれたくない。
俺は必死になり、自分の受けている誤解を解こうと声をはりあげる。
だが、その声はむなしくも 突如に発生した轟音にてかき消される。
「……なんだ……これ?」
暗がりの中でもはっきりと解る。
先ほど同様、勢いよく生えてきた石壁がお互いに食い込みながらも、俺の周りを囲うようにそそり立っていた。
……いやな予感がする。
俺は冷や汗を流しながら、遠方より風に乗って流れてくる声を聞く。
「―――完成っ! 《石棺》……いまっ!」
「いくぜあわせろよっ!」
「了解っ!」
「「《紅きモノよ、猛きモノよ、轟然と燃え盛り、降り注げ血涙―――紅蓮の雫》!!」」
声と共に、前方の空が赤く輝いたかと思うと、空から赤い雨が降り注ぐ。
―ジュゥゥゥゥゥ―
「ぐっがぁぁぁっ!?」
あついあついあついっ!?
降り注いだのは炎で出来た雨。
足元の草は一瞬にして燃え上がり、炎は容赦なく俺にも降りかかり燃え続ける。
まるで大量の火花が降りかかるような様そうだが、この炎の雨は消えることなく燃焼を続け、俺を、大地を燃やし続ける。
「ぎぐぅっっぅうっ!!!!」
その痛みと熱でうめき声が漏れる。
俺の周囲を石壁で完全に囲い、そこへに燃え続ける炎の雨を降らせる。
間違いない、間違いようが無い。
こいつらは……俺を殺すつもりだ。
逃げ場を奪い、焼殺を目的とするなんともエグイ戦い方。
俺が誤解だと、声を上げても届かない。
炎の勢いは弱まらず、髪が、肌が、肉が焼け落ちる臭いが鼻腔を刺す。
こんな所に来て、見知らぬ土地で、呆気なく殺されるのか?
――それでいいのか?
俺の人生はこんなモノなのか?
――それでいいのか?
俺は……また死んでしまうのか?
――それでいいのか?
……極限に引き伸ばされたかのような静寂の中……俺の知らない光景が…
――イチメン、アカイセカイ、ミルモノスベテアカイ――
……知るはずの無い、覚えているはずの無い…その光景が……。
――アカイウミニシズム、シズム、シズム……ミンナシムズム――
……俺を見る見知らぬ顔、顔、顔、そして向けられる濁ったようなガラス球……。
――オレモシズム、アカイウミデオボレテイク――
……そのガラス球に映りこむ、真っ赤に濡れた見知らぬ男が、無表情な顔で口を開く……。
――それで、ほんとうにいいのか?
「いいわけあるかっ!!!!!!」
俺は怒りと共に空いている左手を握り拳にし、眼前の石壁を殴りつける。
硬い。
殴りつける。
ビクともしない。
それでも殴りつける。
すでに炎の雨は止んでいるが、周囲の炎はいまだ俺を包んでいる。
壊れないなんて考えない。
ひたすらにひたすらにひたすらに……
このくそったれな状況を許して良いのか?
「簡単に命あきらめられるかよっ!!!!」
俺は左拳を思いっきり握り締める。
耳に骨の軋んだ音が聞こえた気がしたが気にしない。
「このくそったれがっ!!!」
生きたいっ!
ただその一心で。
この不条理を覆したい。
その思いを込め拳を放つ。
そして、周囲にガラスが割れるような甲高い破砕音が鳴り響くと共に、何処からなのか、呆然とした声が聞こえる。
「……ばかな……そんな、うそだ……」
周囲を明々と炎が囲む中、俺は呆然と信じられないモノを見るかのようにこちらに向けた六つの瞳を目にした。
砕けたモノは目の前の石壁。
俺の拳は健在。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」
腕を拘束していた石壁を破壊したことによる開放感。
炎で焼けた肌を冷やしてくれるかのような夜風。
そして、俺を殺そうとしたヤツらをぶん殴れるという高揚感。
その全てを込めた万感の叫び。
「ひっぃ!?」
「なんでだ!? オーガが何故防壁を、魔法を破壊できるんだ!?」
その叫びに当てられてか、呆然としていた彼らから悲鳴があがり、瞳からは未知の物、己の命の危機からの恐怖があふれ出す。
「ふざけるなふざけるな! オーガ如きがっ! 《荒ぶる炎よ、吹き上げる大地よ、災禍の一欠けらを此処に、星の息吹を今この手に、全てを飲み込み灰燼に帰せ―――》」
しかし、危機的状況に脚を踏み入れたからか、あるいは己のプライド故か。
先ほどまで彼らを指揮していた男がヒステリック気味に叫び声を上げ、呪文を詠唱、魔法の行使する。
俺はその光景を眼にしながら、開放された右の拳を力の限り握り締め、その男目掛け駆け出す。
「くたばれっ!《溶岩石の砲弾》っ!!」
そして俺めがけ飛んでくる魔法。
俺の真正面に赤黒く輝く直径五十センチほどの弾がせまり……。
「だらっしゃああああああああああっ!!!」
俺はソレ目掛け、力の限り拳を振りぬく。
魔法対拳。
その対決は一瞬のせめぎ合いも起こる事無く結果を迎える。
勝ったのは俺の拳。
その激突により、魔法は暴発。
衝突地点から周囲半径十メートルを更地にし、放った術者共々、かれら三人を薙ぎ払う結果となった。
俺は一人、拳を振り抜いたままの姿勢で固まっている。
視線だけで、戦場がどうなったか、彼らがどうなったかを確認する。
「………いってぇぇぇぇぇっ!」
右腕をプラプラと振りながら、息を吹きかける。
安心したら、気が抜けてしまった。