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第2話

「……さっそくでアレだが……此処はどこだ…………おい」


 半ばぼやきにも聞こえる俺の声は、風に乗り、拡散していく。

 先ほどまでいた場所、そして今いるこの場所。

 俺は……色々と考えないといけないのではないだろうか?


「よし、落ち着け俺、こういうときは焦って行動しても仕方ない。現状の把握に努めるんだ」


 精一杯、自分に落ち着かせるよう言い聞かせ、今までの行動を振り返る。


「まず、気がついたら見知らぬ廊下。歩いていくと、よく解らん人から俺は死んだと聞かされる。……うん、とんでもないが、何でか納得できるので次」


 自分の今際の記憶なんか残って居ないのだが、あの言葉はすんなりと受け入れられた。きっと嘘偽りは無いと思う。

 

「それで、新しい身体を作って見知らぬ異世界に飛ばされる。……うん、きっとアレ以外選択肢は無かった……問題ない」


 コレも納得できる。

 というか、説明通りであれば、コレは刑罰の一種だそうだし、身に覚えも記憶も無いが、罪人の魂と言われている以上、きっと強制だろう。

 

「……やっぱり俺に関する記憶は抜け落ちてるな、前提の話の真偽を確かめることが出来ないな」


 俺はため息をつきながら頭を抱える。

 

 俺に記憶が一切無い。

 厳密に言えば、俺の名前・年齢・出身地をはじめとした個人データが一切思い出せない。

 

「だが反面、知識としての情報であれば思い出せるな」


 そう、記憶が無いにも関わらず、恐らく生前に身に付けた知識……こまごまとした雑学知識や技能、あるいは書籍・テレビ・ゲームといった情報知識などは残っている。


「……あの通路……あれが俺から記憶を奪った? 確かどこかの神話か何かで記憶を奪う川があったような気がするな……あれも冥界にあるとかいってた気がする」


 記憶が無いことへの不条理を多少なりとも考えつつ、仕組みとして有りうるのかを俺なりに検証してみる。

 とはいえ、あまりにも情報が少ないうえ、今更どうこう言っても仕方が無いといえなくも無い。

 

 俺はどうしたものか、と多少憤り、乱暴に頭をガシガシと掻き毟る。

 と、今更になって気がつくことが。


「俺の髪の毛……結構短髪だな」


 なにぶん、新しい身体とやらが出来ても視界に入るのは首から下のみだ。

 つまり、今俺がどんな顔をしているのか、それは一切わからないのだ。


「……手で触ったところで判明できるわけ無いしなぁ」


 とか言いながらも、ペタペタと自分の顔を触ってみる。

 一応、首から下はかなり鍛えられた体躯をしており、なんだか凄く動けそうなイメージがある。


「……このカチムチとも言って良い身体で、顔が童顔だったりした日にはバランスが悪いだろう」


 思わず、一番心配していることが口に出る。

 願わくば、鏡を見たときに俺がショックを受けないような容姿であってほしい。

 

「っていうか、今更気がついたけど、向こうの通路では俺全裸だったはず……流石に服はくれたみたいだけど」


 俺は少し大きめのジャージのような上下を触りながら、そんなどうでも良さそうなことを考える。


 きっと俺は動揺しているのだろう。

 今更の事に気がつき口にしている。

 

 そんな事よりも、真っ先に考え対策を練らないといけないことが有るんじゃないのか?

 俺はその事に気がつきつつも、あえて気がつかないフリをしている。

 ……だが、そうも言っていられない。

 そう、俺が意図的に考えないようにしていること。

 

「……だからさ、ホント、此処どこよ」


 俺はどうして良いかわからず、盛大なため息をつき空を見上げる。

 視界には、青白く輝く巨大な月が見えていた。


 今、俺が居るのは漆黒の闇夜を、青白く月が照らす草原だった。





「いや、ホント、どうしろってんだ? コレ」


 異世界に転送します……それはいい。

 今の俺の所持品はこの一張羅のみ。


 当然ながら、地図も無ければお金も武器も何にも無い。


「……異世界いって手ぶらで生活開始って……なんてムリゲ?」


 再び、俺の口からため息が漏れ出す。

 俺の呟きは、夜の草原を吹く風が、どこか遠くへと吹き流していくのだった。








「ちくしょう、ちくしょう……盛大に怨むぞ呪うぞ祟るぞ……一度死んでるらしいからきっと効果あるぞ、こんちくしょう」


 口からはぼやき……いや、殆ど泣き言が零れ落ちる。

 俺の知識にある異世界召喚転生系の話は王城に召喚されたり、直ぐ近くに人里があったり、無限にモノが入る能力があったりと優遇されている。

 


 だがしかし。


「そりゃぁ、刑の執行でここに居て、流刑に近いんだからしょうがないと思うけど……ここまでハードモードでなくてもいいんじゃないかい?」


 小一時間ほど、自分に何が出来るかを調べてみたが、その結果“何も出来ない”事がわかった。

 加えて、身を守る武具も一切無く、人里に行く為の指針も地図も無く、月明かり以外何も無い夜の闇の中放り出された事を改めて認識した。


「……この暗闇の中、歩いて人里を探すのは……むりだったかなぁ?」


 結局、あのあと時間を掛け悩み、考え、絶望したのだが、なんとか気を持ち直し、人里を探す為歩き出すことを決めたのだ。

 まぁ、持ち直したといっても、間違いなく空元気である。


 俺も移動するべきか、ここに留まるべきかで悩んだ。

 いくら月明かりで最低限の光は確保しているとしても、こんな暗い中を歩くだなんて、きっと現代社会を生きてきたであろう、俺の経験にも無いだろう。

 

 ……まぁ、知識の上でなので、ひょっとしたら忘れた記憶の中にあるかもしれないんだが。

 それに、俺の持つ知識を探っても、この中を歩くのは下策だと考えられる。


 だが、俺はこの場に留まらず、歩くことを決心した。

 それはなぜか?

 俺をかつて無いほどの敵が襲ったからだ。

 その敵に抗うため、無為に立ち止まることは出来ず、体に鞭うり、意識を鼓舞し、当ての無い道のりを歩くことを決めたのだ。


 俺を襲う、その敵とは……。



「……やばい。おなかが空いた……眠い……眠い……でも、おなかが……」



 人間の三大欲求だった。




 周囲に人里の明かりが見えない以上、ここはだだっぴろい草原だと考えられる。

 そんな中、睡魔に襲われ、さらに餓えを感じる。

 

 野宿しようにもテントなどは無い。

 餓えを凌ごうにも、食料も無い。

 

 さらに言うと、今は我慢できるが、水の補給も必要だろう。


「あ〜、くそ。そういえば別れ際『肉体の欲求が解除』って言ってからな。それの影響か」


 あの人物がどさくさに紛れていっていたのはコレの事だろう。


 肉体の欲求。

 すなわち、食欲・睡眠欲・性欲だろうか。

 なるほど、先ほどまで肉体は死に、俺は魂だけの存在だったようだ。


 それが急に肉体を得たのだ。いままで取ってなかったモノを欲するのも当然だろう。

 本当に一気に襲ってきたのだ。


 その結果、俺は大いに悩むことになった。

 いや、不安になったと言っても良い。


 このまま此処に立ち止まって良いのか?

 この世界にはモンスターが居ると言われた以上、立ち止まって睡魔に負け、眠ってしまえば万が一の事が起こりかねない。

 

 かといって当ても無く彷徨うことになったら……。


 この二つがせめぎ合い、主張し合い、結果として俺は目的地も無いまま彷徨うことを決意したのだ。



「……とは言え、コレはキツイ、肉体的ではなく、精神的にキツイ」


 空腹と睡魔は我慢できる。

 だが、静寂に支配された暗闇を一人当ても無く歩くというのは、かなり()()モノがある。

 黙々と歩き続けるにしても、現在の心境では長くは持たないかもしれない。 

 歩き出してからどれだけの時間がたったのだろか?

 すでに時間の感覚も無い。


「っえええええいっ! 流石にしんどいわっ! モンスターでも敵でも何でも良いからいい加減出てきやがれっ!」


 もはやヤケクソ気味だが、俺の心よりの叫びが草原に響き渡る。

 だが、その声もむなしく、草原を吹く風によって霧散する。


 がっくりと肩を落とし、ため息をこぼす。

 と、次の瞬間、俺の目の前に巨大な光の円が音も無く、姿を現す。


「なっ!?」

 

 アレはなんだ?

 知らない世界に来て見知らぬ現象が目の前に現れている。


 アレがなんだか俺には解らない。

 何か解らないが、コレはチャンスなんではないだろうか?


 俺は急ぎ、その光の円へと走りだす。

 だが、その間にも、光の中に何かが現れようとしている。 

 徐々に薄れ、消え往く光。

 俺がその中に入ったときには既に光は消え、残ったのは三人の人影だった。


 眼と鼻の先に急に顕れた人間。 

 そして目が合う俺たち。

 余りにも唐突過ぎて俺も向こうもどうして良いのかわからず、お互いを見つめたまま硬直してしまう。

 

 だが、目の前に居るのはこの世界に来て初めての人間。

 ここは何とか話をして、此処がどこか聞き出さないと。

 

 俺は意を決し、話しかけようと手をあげ、にこやかな笑顔を作ろうとする。


 

 その瞬間、弾かれたように目の前の人たちは飛びのき、悲鳴に近い声をあげる。 



「くそっ!? はぐれオーガかっ!?」

「つ、杖を取れっ! 相手はたった1匹だ! 防壁で囲えば何とかなる!」

「よ、よし、わかった! 俺がアイツを足止めする防壁を張るから、皆はその隙に仕留めてくれっ!」



 この世界に来て初めての人。

 初めての戦闘。


 この日、俺は人からオーガと認識されたようだ。

 

 

 

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