第12話
さて、俺の固有魔法《tactical formation》だが、その能力の方向性によって三種類の派生がある。
一つ目は基本型、バランスの整った《Tercio》。
これは特に指定が無い場合に、最初に起動する強化スタイルだ。
攻防や速度など、平均的に強化する形態ともいえる。
二つ目は特攻型、機動力と攻撃に特化した《phalanx》。
俺への防御に関する強化を可能な限りカットし、その分を速力と攻撃力へと注ぎ、突撃戦闘に特化した形態へと変貌させる。
そして、三つ目。
それが今俺が発動させている形態……《Testudo》。
この効果を見て、周囲で観戦している職員達は大口を開け、絶句している。
そもそもこの固有魔法、対人戦闘能力が極めて高いのだ。
見た目からは想像も出来ない速度で突っ込んできたかと思えば、拳の一振りで立ちはだかる敵を薙ぎ払い、かと思えば、撃ち込まれる銃弾(ゴム弾だが)を物ともせずその身で弾き飛ばす。
彼らからすれば、俺への対抗策に魔法を真っ先に挙げていた事だろう。
なによりも、この国……ひょっとしたら世界は魔法優位社会かもしれない。
ならば、尚の事、魔法がまともに使えない俺がこうまで活躍する様をみて立場がどうとかそんな事を抜きにして、良い感情など持ち合わせていないだろう。
故に、俺へ攻撃魔法が殺到したときは心の中で歓喜したはずだ。
『あの、調子に乗っている無能者を倒せ!』と。
だが、爆炎の中から無傷な俺が現れて周囲は言葉もなかったことだろう。
さて、結局の所三つ目の効果は何か? という話に戻る。
《Testudo》……俺の知識の中に残っていた単語でとある陣形を指す言葉だ。
歩兵戦術で“盾”を使い防御をしながら移動する突撃陣形。
実際に、この陣形は弓や投石などの飛び道具に抜群の効果があったという。
その名を付けたこの形態、すなわち防御陣形。
強化のバランスで攻撃力と速力に回す分を全て防御に費やす。
この形態では俺は自身の身体能力分の機動力と攻撃力しか発揮できないが、反面、非常識極まりない堅牢さを有することができるのだ。
この形態に移行しないと弾けなかったかどうかは定かではないが、前回は二人掛りの炎の魔法でかなり熱い思いをしたのだ。
万全を期して防御に回しても間違いではないだろう。
実際、この強化の固有有魔法を見たボーテルはめんどくさいことになるからあまり暴れないようにと注意していた。
まぁ、魔法がアイデンティティみたいな人間に魔法を弾く存在を見せたのだ。
周りは面白いくらいにアホ面をさらしている。
だからこそボーテルが釘を刺したのだろうが、それも今更だな。
そんな視線の中、形態を切り替えつつ残ったメイド達を仕留めに掛かる。
「………魔法士殺し」
数秒後、最後のメイドを場外に吹き飛ばしている俺の耳にそんな言葉が聞こえてきた。
さてさてさて。
このびみょ〜な空気、どうしたものか。
「え、え〜と。模擬戦ってのは以上ですかね?」
「ひっ!?」
あ、怖がられた。
試験官にそう訊ねただけなのに。
さっきまで俺の話なんてまともに答えてくれなかった人が、今度は俺を見て顔を引き攣らせ逃げ腰になっている。
……まぁ、会話が成立しないってのは結局おんなじか。
こういうときは会話が成立しそうな人を探すに限る。
俺は周囲を観戦席を見渡しながら、見知った顔を捜してみた。
っても見知った顔なんてボーテルくらいしかいないけど。
……あ、室長もか。
せめてどっちか見つけることが出来れば……。
そう思って見渡しているのだが、視線を向けた先、皆顔を背けるか脅えたりしている。
まったく失礼な話だ。
脅えられ、冷笑され、嘲られ、そして再び脅えられる。
この世界の人間の手の平返しの早さ、一体なんだろ――――。
「……ん?」
とか思っていたら、見知ったものを見た。
いや、人物じゃない。
それは髪の毛。
さらりと風に靡くような綺麗な銀の糸。
「……あ」
あ、目が合った。
俺を見つめ……いや、観察するかのようなその視線。
ほんの数秒間なんだろうが、体感としてかなり長い時間見つめ合ったかのように感じられる。
これで熱い視線とかだったら男としては嬉しいんだけど。
こんな場違いな場所でも、そう思わせるほどの美しさがそこには有った。
「やはり面白い個体……解剖してみたいわね」
「って、ほらやっぱりね! ロマンなんて欠片もないし!?」
って、あれって俺を此処へ運んだ張本人の片割れ、『姫さん』って呼ばれてた女性だよね?
案の定、ロマンの欠片も感じられない不穏当なセリフを吐きながら、その彼女はふわりと訓練場内に降り立つ。
……あっれ〜?? 今彼女が居たところ、十数メートルはある二階の観戦席だったんだけど?
「え、え〜と。今二階から飛び降りたよね? なんで、こうフワッとした感じで降りれたの?」
「――《縛鎖》では拘束出来ても意識は奪えなかった、先の観察データから推定しても、何重にも巻いてようやく捕獲できるか……却下、非効率極まりない、それに捕獲出来ても検証実験に解剖実験を同時に行えるほどの魔力が残らない。次案、検証実験だけに絞る……却下、あの魔法特性から考えて、自身の能力をそのまま増幅している。つまり、本人の特性をそのまま増幅している可能性がある。その場合、全パターンの比較検証及び、魔法耐性と精神耐性の有無の検証が困難になる。身体データから推測される残りの特性を考えても、必要なのは培養用の細胞データ。それを得るためには――――――プランとして―――」
「あ、ダメだ。話が通じない! またか、またなのか!?」
ああいうのを自分の世界に入るって言うんだろうな。俺の言葉を無視し、ブツブツ何か言い出したし。
ていうか、独り言なんだろうけど、言っている内容はかなり危ない。
何のようですか? って聞いてみたいけど、どう考えても得られる……いや、考えられる答えは唯一つなんだよね。
「―――そうですね、まずは必要な箇所に切り分ける為に解体してから検証実験と行きましょうか。『メルクリウス』刃を」
そう言うと彼女の肩に何かぬるっとした物質が現れる。
外観としてはメタルス○イムとか、どこぞの液体金属の存在とかそんな感じだ。
それが腕を伝ってほんの数滴、地面へとポタポタ落ちると、そこから地面を削りながら巨大な剣が生えてきたではないか。
「ってちょっと待ていっ!? なんでそこで刃物が出てくる!?」
恐らく、先ほど彼女に呼ばれたメルクリウスなる存在があの銀色不定形なのだろう。
「――《物質操作》同期完了。解体を開始します」
「まてまてまてっ! なんでそんな結論になる!?」
その剣……一メートルほどだが、柄は無く、つばも無く、ただ刀身部分だけの無骨なデザイン―――が宙を舞い、俺に襲い掛かりそうなこんな状況で、そんな批難を愚直にもぶつけてみた。
「やっぱり、まずあの腕からかな。なんの理屈があって魔法を破壊出来たのか……抵抗力だけでは説明がつかないし」
「あああああああやっぱ通じないか! 仕方ない、俺も抵抗させてもらうからな!?」
俺は目の前に迫る銀刃を拳で弾くと、そのまま場外へとお引取り願うべく腕を伸ばす。
現在のモードは《Testudo》のままだ。
この状態であれば、よほどの攻撃で無い限り貫かれる心配もないだろう。
俺の手が伸び、もう掴める。
まさにそんな時、目の前の女性は一切の動揺も見えないその瞳で見据えたまま、ボソリと言葉を口にした。
「暴れると《銀刃》が逸れる……《縛鎖》《縛鎖》《縛鎖》」
その言葉と共に、銀色不定形は辺りに己の体の一部を撒き散らし、その雫が地面に着いた先、かたっぱしから件の鎖を精製させる。
「またこれかあああぁぁぁぁっ!?」
発生基点は彼女の足元付近。
つまり、のこのこ手を伸ばして接近した俺は良い鴨で。
さらに、現モードだと攻撃力はおろか、移動速度も通常と対して変わらないという事で。
「……確保」
そして俺はあっさりと、前回の反省など一切活かされる事なく、前と同じように地面へと縫い付けられていった。
なるほど、堅くなってもこういう投げとか絡め手には弱いのか。
「……開放?」
一抹の期待を込め、そんな言葉を掛けてみるが、その視線は一切揺れ動かない。
完全に俺を研究材料のモルモットかそんな程度にしか見て居ない。
本数こそ少ないものの、前回同様に鎖で簀巻きにされた俺に、今回は物騒な刃が突きつけられる。
あ、これは不味い。
確かに、このまま《Testudo》を維持できていれば刃は通らないし、安全は確保できるだろう。
そう、維持できるのならば……だ。
忘れてはならない。
俺はまだ魔法を使いだして三日だという事を。
そして、俺の魔力総量は限りなく少ないという事を。
正直、全開で維持できる時間はおよそ十分かそこらといったところだ。
メイド達はほぼ瞬殺で、合計でも数分もかかって居ない。
だけど、目の前の相手は切れないからと言って諦めるかどうか解らない。
さらに、周りの職員も一切助けに入る気配がない。
つまり、俺がこのまま亀のように丸くなっていたところで打開は出来ず、魔力切れ=俺の死という公式がなりたってしまうのだ。
そして、こうしている間にも銀刃は俺の身体へと近づいてくる。
「ってふざけんなっ! なんで俺がまたこんな所で死ななきゃならないんだっ!!!!!」
ギチッと鎖が体に食い込むと共に、ギギギギギッと金属の擦れるいやな音が当たりに響く。
強化魔法も《phalanx》に切り替え、渾身の力を込め、鎖を引っこ抜く……いや、引き千切るつもりで踏ん張る。
強化された出力に対し、俺の体は未強化そのものに近い。
しかも、忘れていたかのように、俺は前回同様半裸に……否、下着一枚と身を守るものすらないのだ。
身体を縛る鎖はついには皮を破り、肉へと食い込むことになる。
頑丈さゆえか、それとも火傷も直ぐ消える回復力のおかげか、あまり痛みを感じないのでその辺の傷を頓着せず、力を込められる。
血を鎖にしたらせながら、まさに必死に足掻き……。
「……まぢか」
視界の直ぐ先に刃が翻り――。
目の前が真っ赤に染まった。
「な……んで……」
俺の耳に初めてそんな驚愕の言葉が聞こえる。
目の前に映るのは真っ赤な光景。
それは間違いなく俺から流れ出た血液。
あまねく生物において、命と等しい価値を持つ血潮。
そして、魂の本質とも言うべき真紅の液体。
それが……その液体が目の前に迫った銀刃を引き裂いている。
無残にも切裂かれた残骸には、まるで超大型の肉食獣を思わせる爪あとが残っている。
理解できない状況。
静まり返った周囲。
はっきりと動揺が目に見える女性。
そして血に塗れた俺。
「なんじゃこりゃぁぁぁ!?」
辺りに鎖や剣だったであろう銀の残骸を撒き散らしながら、おれは盛大にそんな叫びを上げた。