第11話
うだうだと長ったらしい身体測定が終わり、職員からいろいろと検査結果が公表されている。
あ、職員の方どうもどうも、お疲れ様です。
俺の顔を……というか姿を見て何割かの職員はいまだ恐怖を感じるのか、腰が引けていた。
そんな中で行われた身体測定だが、いくつか解った事がある。
俺は力が凄く強いらしい。
……いや、この身体を見たらわかるだろって言いたくもなるけどそれとはまた違うそうだ。
種族差を差し引いても、筋力が――いや、肉体ベースの出力が高いらしい。
また妙な単語だな? と訝しげにしていたら解説をくれた。
なんでも、体内で活性化している内に作用するエネルギー値が高く、これが実際の肉体を常に強化しながら動かしている為、物理的な筋肉量以上の力が出せるのだとか。
同様に、それが体力……いうなれば生命力をも強化していると推測され、相当にタフな身体になっているとの事。
そんな話を聞きつつ、なるほどと自分の事ながら感心していたのだが、次は欠点を指摘された。
俺は魔力が凄く弱いらしい。
検査で魔力出力と総量というモノを測定したのだが、これが著しく低い値をしめしたのだ。
簡単に言うなれば、俺は魔法系ではなく戦士系という話のようだ。
その話を聞いたとき、俺は『へー、そうか』程度にしか思って居なかったのだが、この結果が出たとき、周囲の反応の変化は顕著だった。
先ほどまで腰が引けて引き攣った顔をしていたヤツらが急に俺へ嘲笑を向けだしたのだ。
魔法が不得手という情報の開示から急に態度が変わる職員。
無論、いままで通り普通に……いや苦笑しているが、接している者もいるのだが、三割強は嘲笑、あるいは蔑視の視線を向けている。
「これは……なるほど、そういう社会なのかね」
次の検査……いや、模擬戦の用意のため、脇に避けながら俺は誰とはなしにそんな事を呟いてみる。
国の公的機関であるはずの此処の職員が、ここまであからさまな態度を取る。
と、いう事は此処は……少なくともこの国は根深い“魔法至上社会”なのかもしれない。
魔力に関する能力が低いため舐められているのだろう。
さて、こんな視線の中、これからどう対応していくか。
取り巻く環境が矢継ぎ早に大きく変貌していく中、俺はこれからの事で悩んでいた。
まぁ、正直な話だ。
アレだけ脅えられてたのが急に手の平を返したように、見下されているのだ。
多少ではあるが、本当に多少であるが……気分が悪い。
いや、別に脅えられ悦に入っていたわけじゃない。
だって、話しかけても「ひっっ!?」とか「キャッ!?」とか悲鳴を上げられるのだ、コミュニケーションが取れないにも程がある。
だからといって、完全に見下されている環境の方が良いかと聞かれると……どっちが良かったんだろうか、とモヤモヤしてしまう。
「ここはガツンとやっとくべきなのかな……でもなぁ……」
あまり下に見られるのは面白くない。
かと言って、そう易々と対応が取れるわけでもない。
強いてあげれば、次の模擬戦で成果を出すことなんだろうが……。
「う〜ん。異世界に来て保護してくれる機関から雑な対応を取られると死活問題なんだけど……でもなぁ……」
これから先の事を考えても、ここで芋を引くのは不味い。
俺がどうやって生計を立てるのか、まだ確定していない中、この国からの援助や支援が無くなる、若しくは優先度が下がる危険もあるのだ。
それを考えるなら、俺の価値を上げるためにも模擬船での評価を上げるしかないんだが……。
「……でもなぁ……ボーテルからは釘刺されてるんだよなぁ」
そう、俺はこの身体測定の前にある釘を刺されていた。
『いいかい? 使うことが出来るようになった固有魔法は二つ。キミの自己申告によれば最低でもあと一つ使えるはずだ』
『だけど、使えるっても実質一つしか使えないんじゃないか? 能力的に』
『うんそうだね。だけど、その使える一つが問題なんだ』
『……問題あるのか? これ』
『そうだね……それをある程度使いこなせれば模擬戦程度なら余裕だと思う。だけど……いや、だからこそ厄介ごとが降りかかると思う』
『厄介ごと……そりゃなんだ?』
『ボクにもその時にならないと解らない。だけど、覚えておいて。模擬戦を手を抜いて、無難な評価で残りの研修期間を終わらせ、無難に職につくか、あるいは―――』
「ただ今より、評価試験を開始します。中央へお進み下さい」
っと、もう時間か。
結局結論が出ないまま、模擬戦の時間になってしまった。
広い戦闘スペースへと進む俺の目に、正面から俺が戦うべき相手が姿を表し……。
それを見て俺は絶句する。
「―――――なんで……メイド服」
それは自立する等身大の限りなくリアルなマネキン……。
明らかに人ではないだろう美しさを持ち、自立どころか人と遜色無い動きで俺の目の前に整列し、優雅に一礼する。
完璧なメイドさん。
いや、好きか嫌いかでいったら……嫌いじゃありませんね、男ですから。
恐らく、全ての存在が憧れる一品じゃないか? アレ。
試験官役の職員が目の前の存在を俺に説明してくれる。
アレは自動人形とよばれるアンドロイドの一種で擬似的な人格を与えて動かしているという。
なんでも過去、この世界にやってきた転生者が設計した渾身の一品らしい。
おい、その転生者……何者だ!? アレものすごく可愛い女の子じゃないか!
激しく同様する中、メイド達は各々武器を構える。
カチャカチャと音をたて、黒くて鈍く光るゴッツイものが……。
っておい、なんで銃なんだ!? せめてそこは箒とかデッキブラシとかハタキとかメイドちっくな武器にしろよ!
「ルールを説明します、敵対象物を破壊、あるいは行動不能に持ち込めばそこで試験終了です」
「いや、ちょっと速いっ! それに破壊って!?」
「貴方が気絶、行動不能になった時点でも試験終了です。なお、ギブアップなどの棄権は認められません」
「だからっ! 破壊ってアレをですか!?」
聞いてない!? いや、この人も聞く耳持たずの人ですか!?
くそ、俺と会話する人はかなりの確立で話が通じない!
「それでは開始してください」
「くっそぉぉぉっ! 話くらい聞けっ!」
かくして、『アレって、倒して良いの? いや、壊すって……人形かもしれないけど女性ですよ? やりにくいって!』という俺の魂の叫びを無視し、模擬戦という名の公開処刑が始まってしまった。
「いやいや、ここで終わらせられんでしょうよ!」
自己完結しそうな心境をむりやり再起動させ、意識を戦闘に向ける。
相手は十体の人形(可愛い女の子型)。
……どうしよう。
殴り壊す―――あんな可愛いモノ壊せません。
ギブアップ―――ルール上無理!
素直にやられる―――おいおい、相手は銃で武装だぞ!?
……まぢどうしよう。
このままでは埒が明かない。
かといって俺このままでは……
「いやまて、倒す=壊すじゃない、行動不能に追い込めば良いんだ」
とりあえず、あの物騒な銃器をなんとかして人形を無力化すれば良いんだ、そうだ間違いない。
ふと思いついた光明。
俺はソレを実行する為、気合いを入れなおす。
……もう、評価がどうこうは後で考える。
そんな事を考えながらやれる程器用な自信は無い。
――――――だったら。
「行くぞ! 《tactical formation》」
俺の固有魔法……その起動キーを口にし、魔法を発動させる。
身体に重さを感じない青白い光の膜が、そうまるで鎧のように全身を覆う。
「まずは攻撃の手段を封じる!」
目標はあの銃……自動小銃というヤツか?
俺の攻撃の意思を確認したのか。
メイド達は散開しつつ、俺に向かい一斉に射撃を開始し……。
「はんっ! 効かんっ!!」
その声と共に、砕かれた金属片が中を舞う。
開始早々、真正面から突っ込んだ俺の右ストレートが、まるでガラスを砕くかの如くあっさりと銃を破壊したのだ。
一瞬、銃を破壊されたメイドと目が合い、感情を感じさせないはずのその目から……なんだか驚愕の色を感じさせられた。
と、俺は拳を振り抜いたまま、左手でメイドの袖口を掴むと身体を巻き込むように捻りながら引っ張り、そのまま場外まで投げ飛ばす。
「コレで一人脱落!」
この間、僅か数秒足らず。
周りの観客は口を開け、目を見開いている。
なぜなら……。
「ま、流石にゴム弾か。実弾じゃなかったのは救いか?」
とそんな事を言いながら俺は銃弾を受けながら、次の目標へ視線を向ける。
辺りには銃の射撃音だけが響き、それを受けても意に返さないというなんともシュールな光景が広がっている。
なんてことは無い、ただの魔法の効果だ。
俺が覚えた固有魔法の一つ――強化魔法《tactical formation》。
効果は簡単、自分自身に攻防に優れた強化フィールドを貼り付けるといったモノだ。
発動中はタフな俺が更に堅くなり、腕力の強さが鉄の塊であるはずの銃火器すら拳一つで粉砕できるようになる、というモノだ。
故に、ただのゴム弾など痛くも痒くも無い。
実弾だったら……いやどうだろう? あんまり効果が無かったかもしれないな。
しかし、この魔法の価値はそれだけじゃない。
その魔法の名が示す通りの運用方法がある。
このまま現在の基本モードでも大丈夫だとは思うが……。
メイド達は戦場の移り代わりを理解しているようだ。
先の一撃、あれは虚を突いたがゆえに成功した言うなれば不意打ちだろう。
しかしながら、いまので俺が素手で銃を破壊できることが知られ、警戒されてしまった。
もう易々とは懐に入れてくれないだろう。
何故なら、俺への接触はそのまま自身の破壊……いうなれば敗北へと繋がるからだ。
高性能ぽかったからそうだろうとは思ったが、より一層やりにくくなった。
「状況を理解し、勝利の為に最善手が取れるか。何も考えずただ射撃を繰り返す人形じゃないと」
ああ、まったくやりにくい。
脚を止めての打ち合い……もしくは対処への突撃破壊だけなら気が楽なんだけど。
見れば、メイド達は俺から一定の距離を保ち、俺を倒す……というよりも牽制の溜めに銃を撃っているようだ。
「このまま追っても逃げられるだけか。それに……なんだかやばそうなのが居るようだしな」
銃では俺を倒せないと見たのだろう。
一番奥にいるメイドは銃を捨て、手をこちらにかざしなにやら呟いているようにも見える。
「だったら先にアレを潰す!―――《phalanx》」
俺は自分に掛かっている固有魔法の効果を切り替え、目標へ向け突っ込んでいく。
旗から見れば無謀な正面からの突撃。
先ほどよりも弾の数は少ないはずなのに、身体に衝撃が通る。
だが、先ほどよりも圧倒的に俺の動きは軽やかである。
強化魔法の派生の一つ、《phalanx》
俺に掛かっている強化のバランスを攻撃と速力に大きく傾け、防御力を削ったもの。
無論、生身のときよりも堅いが多少の強化程度である。
しかし、突撃する事に関しては強力な一手であり、元々の力も相まって凶悪なまでの効果を発揮する。
俺はメイド達の密集地へと突っ込んでいき……そのままの勢いで立ちはだかるメイドの銃を砕き、弾き飛ばし……何か、恐らくは魔法であろうソレを呟いているメイドをひっ捕まえ、そのまま場外まで投げ飛ばす。
……別に場外で負けとか戦闘停止とかいうルールは無いが、あの勢いで弾かれたり投げられるとそう簡単に戦線復帰は無理だろう。
だが、考えてもみてくれ。
俺は非武装なうえ、攻撃魔法が使えないんだ。
それなのに相手は銃で武装したメイドが十体。
破壊こそしたくは無いが、あまりグダグダやって怪我をしても面白くないじゃないか。
だったら少し乱暴でもコレが今出来うる最善の手だと思う。
まぁ、実際の所、怪我をする危険などなく、寧ろ遠距離攻撃の手段を持たない以上、ごり押しでやっていくしかないのだが。
しかし、その甲斐もあり、先の集団と合わせ計六人のメイドを戦闘不能に持っていくことが出来た。
後は戦線復帰される前に全員倒すだけだ。
だが、ここで俺は小さなミスを犯した。
戦闘経験が殆ど無いからこそのミス。
目に見えた危険度の高い敵に目を向け、それ以外からほんの僅かだが目を離したのが災いし……。
気が付いたときにはソレは既に完成していた。
「ちっ、さっきのは囮か!?」
さっきのあからさまに魔法を唱えていたメイドは囮。
それ以外のメイドは幾人かの護衛を残し散開し、俺の注意が逸れたところでひそかに魔法を用意していたのだ。
毒づきながらも振り返り、ソレを視界に納め……。
次の瞬間には爆発が俺を飲み込んでいった。
俺が視線を逸らしたことにより、死角からの魔法攻撃。
残りの四人全員が放った魔法により俺は爆炎に飲まれ、ソレを見た試験官は慌てて声を上げる。
「……っ、そこまでっ! 医療班、治療の用意を―――」
「―――――いや、まだだ、まだ終わってない」
俺の敗北を予想したのだろう。
停止と治療の声を上げた試験官を押しとめ、俺はいまだ消えぬ爆炎から声を上げる。
「ああクソ、また炎かよ。なんだってこう俺を祟ってくれるのかね」
そうぼやきながら、姿を見せる。
炎に照らされ、赤々と映る俺はぼやきながらも魔法をぶつけてくれたメイド達を視界に捉え、どうしてくれようかとフツフツと怒りを湧き上がらせる。
だがその姿を見てか、所々から悲鳴が上がる。
ざわめく観客。
慌てふためく人々。
絹を裂くような悲鳴。
そんな周囲を見ながら、俺ははたと原因を思い浮かべる。
「ああっ、また服が燃えちまった」
でも大丈夫、今回は全裸じゃない。一応下着だけは残っているぞ。