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未来

 婆は黙ったまま、ぴくりとも動かない。部屋の中は相変わらずろうそくの灯りがゆらゆらと揺れ、物音一つしない。

婆が僕のなにを気に入らないのか、また結果とは一体どういう内容なのか。水晶を覗き込む前にそれらが気になった。

が、婆がその疑問に答えてはくれそうにない。嫌な威圧を感じ、それらの疑問の言葉を飲み込み恐る恐る水晶を覗き込んでみた。


 水晶の中に、見たことのある風景が映っていた。小汚く狭い部屋、見たことのある家具、出しっぱなしの本。それは間違いなく僕の部屋だった。

そして、その部屋の中でせかせかと動いている人物がいる。……あれは僕だ。

大学へ行く準備でもしているのだろうか。それにしてもなぜ僕がこの水晶に映し出されているのだろう……。

「驚いたかい。そこに映っているのはあんただ」

「これは一体どう意味なんですか?僕であることは間違いなさそうですけど、これはいつのことなんですか?」

 水晶に映る僕は準備を終え、玄関を出るところだった。しかしありふれた光景のため、一体いつのものなのかわからなかった。

「これはあんたの未来さ」

「……え?」

 僕は意味のわからない婆の言葉に、それ以上言葉が出てこなかった。そんな僕を見てか婆の口の端がつりあがり、笑っているように見えた。

「まぁ未来であることは間違いない。……ただし、あくまで一例さ」

「一例?」

「……水晶を見ていりゃわかる」

 僕は婆に言われた通り、水晶を再び覗き込んだ。水晶の中の僕は、アパートを出て大学へ向かっているようだった。

大学へつくまで普段の僕と変わらない風景だった。これが本当に未来なのかと、少々疑問に思えてきた。

が、すぐに信じられない光景が映し出された。

 ゼミの教室に入ると同時に、僕は笑顔でほかのゼミ生に挨拶をした。それに応えるようにほかのゼミ生も笑顔で僕に挨拶をしている。

僕はそのまま席に座ると、その挨拶をしたゼミ生が僕のところにやってきて会話を始めた。僕は楽しそうにゼミ生たちと話している。

「……これは一体なんですか?」

「だから、あんたの未来だと……」

「嘘だ!」

 思わず大声で怒鳴った。婆は開いていた口を閉ざした。

「僕に話しかけてくるやつなんていないんだ!ゼミの教室に入っても僕はずっと一人だ。いいや!大学にいる間ずっと僕は一人で過ごしている!

 なのに、なのにこの水晶に映る僕は違う。こんなの僕の未来なわけがない!それとも、今の僕を馬鹿するためにこんなものを……」

「いい加減にしな!」

 婆が大声で僕を一喝した。その声は空気までも震えるような、そんな大きな声だった。僕はびっくりして我にかえった。

婆は開いていた本を手に持つと、その本を僕に見せるように水晶の横に開いたまま置いた。

「……この本はどのページも人の名前とその人に関する情報が細かく書かれている。いや……正しくは浮かび上がってくる」

「う、浮かび上がってくる?」

「あぁ。なぜなら……この本は死者の本だからだ」

「死者の本……?」

 意味を聞かなくてもなんとなくその本の意味がわかるような気がした。さきほどから寒気を感じているが、それが一層強く感じられる。

恐る恐る開かれている本を見てみると、そこには両ページびっしりと人の名前が書かれていた。

人の名前がページの一番左に書かれていて、すこし間を空けてその人の性格、次に所在地、現世での様子など書かれてある。

一ページにおよそ五十人以上書かれていて、字が小さく、見た感じではページが黒くなっているようにしか見えないほどだった。

その本を眺めていると、婆の老けた手が伸びてきてあるところを指差した。

「ここに薄く浮かび上がっている名前を見てみな」

 僕は婆の指差すところを凝視した。確かにそこにはうっすらと、文字のふちをかたどっているかのような薄い字が浮かび上がろうとしていた。

「イイ……ダ……マコ……ト?!これは……僕の名前じゃないですか!」

「そうさ。あんたもこの本に載ろうとしているのさ。……この意味、言わなくてもわかるだろう?」

 僕は本から目をそむけた。きっとこの本に載っている人たちはもう死んでしまった人たちばかりなのだろう。

つまり、僕の名前が載ろうとしているということは僕は死にかけているという意味だ。

「……この本とさっき見せた水晶の中に映る僕と、一体どういう意味があるんですか?もう僕はどうだっていいんです、早く結果を教えてください」

「まぁ結果を知りたがる前に、水晶のあんたとその本について説明してやろう」

 水晶の中に映る僕を見てみると、相変わらず楽しそうにゼミ生と会話をしている。

水晶の僕は今までに見たことのないような明るい表情で、今の僕とは大違いだった。

こんな僕が未来の僕とは信じられない。見ていると腹が立つほどだった。

「その水晶の中の世界は、間違いなくあんたの未来さ。ただし、さっきも言ったように一例でしかすぎない」

「一例って……でも僕の未来なんでしょう?それとも僕の未来は複数あるってことですか?」

「あぁそうさ」

 婆が冗談を言っているとは思えなかった。淡々と語る婆を僕は黙って聞いた。

「この水晶に映っているあんたは、この生死の狭間から生き返り、今までの人生を悔いた。

 死という絶対的な恐怖を体感したことによってあんたの考えががらりと変わったのさ。

 人と接することに対し怖気づいていた自分を変えたい、もっと人と交流したいと思うようになった。どうすればいいかと考えた結果がこれさ」

 水晶の中の僕は、確かに僕で間違いなかったが顔の表情が全く違う。

ゼミの講義が始まったが、うつむく様子もなく発言者をしっかりと見ている。その瞳に濁りは一切見えない。

考えが違うだけでこうも人間は変われるものなのだろうか。

「その結果自分を変えようと努力をした。最初はうまくはいかなかったが、それでも努力をした。

 やがてあんたにも友と呼べる人ができた。……例えばこの水晶のあんたは、手料理をゼミで披露したことによって打ち解けたみたいだよ」

 婆は再び水晶の上で手をかざし始めた。なにかを念じ始め、やがて水晶の中に別の風景が映し出された。

「……正直うらやましいです。手料理は僕のなかで唯一自信があることですから。そんな未来が僕に用意されているなんて……」

「ふん。あんた、人の話をちゃんと聞いているのかい?この未来は一例だと何度も言っているだろう。……もう一度水晶を覗きこんでみな」

 言われる通り、再び水晶を覗きこんだ。

が、水晶は真っ暗でなにも見えない。目を凝らして見続けていると、ゆっくりと人の形をしたものが浮かび上がってきた。が、様子がおかしい。

暗いもやが晴れていくと、そこには人が倒れていた。地面にはべっとりと血の海が広がり、その上に息絶えたであろう人が倒れているのだ。

「ひっ!」

 思わず水晶から後ずさりをした。だが、婆は素っ気無く僕に言い放った。

「これもあんたの未来の一例さ」

 顔が青ざめていくのがはっきりとわかった。自分が死んでいるところを見るのがこんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。

声が震えるのを抑えながら声を絞りだした。

「じゃ、じゃあ今水晶に映し出されている人は……僕なんですか?!ど、どうしてあんなことに……」

「せっかく助かったのに、あんたは死という結果を捨て切れなかった。その考えが態度にも出てしまったんだろうねぇ。

 ますますあんたの存在は薄くなり、嫌がらせやいたずら、挙句の果てには犯罪にまで巻き込まれてしまった。

 耐え切れなくなってしまったあんたは自ら命を捨てた。それだけさ」

「そ、そんな……」

「ま、一例だ。そんな気にすることじゃない。どの未来を選ぶのか、それともこのまま死を選ぶのか。ふふ、おもしろいだろう」

 婆はにやにやと笑った。

「まったく、人間というのはおもしろい生き物さ。生きたいと懇願するやつもいれば、あんたのように死を選びたがるやつもいる。

 それぞれどう選ぼうが婆は知ったこっちゃないが、いろんなやつを見てきて思ったことがある」

 というと、婆は本をぱらぱらとめくり始めた。僕は黙ってその様子を見た。

「……ここにいる記してあるやつと全員、あんたと同じように質問した。

 死と生。生きている間、死後のことなんてわかり得ない。だから簡単に死を選ぼうとする。そりゃ死ねば少なくとも今から逃げられる。

 婆からみりゃ同じ人間さ。人間同士がなにをしようが関係ない。ここにくれば皆、死者なんだ。

 生きていたなかで起こった出来事は必ずこの本に文字として浮かび上がる。どんなに現世で隠そうが出てくる。

 仕打ちを受けた側、仕打ちをした側、必ずここで清算される。ここは現世ではないからねぇ、それに事情など興味がない。

 この本に記されているやつの中にも、たくさん死を望んだやつがいるよ。こいつらは婆からすれば哀れだ。

 あんたにもさっきから見せている通り未来なんて決まっていない。たまたま今まで歩いてきた道が悪かっただけなんだよ。

 それに気づかないで悪い道をひたすら歩こうとする。そりゃ途中で逃げ出したくなるさ。……そんなやつらを見ていると腹が立ってきてね」

 婆はぱたんと本を閉じた。

「そこであんたに未来の一例を見せてやったのさ。……簡単に考えなんて変わるわけないことは承知さ。

 それでも人間は優秀だ。一つ奮起すれば少しは世界が変わる。あんたも、そういう風になるかはわからないがね……」

 さきほどまで感じていた寒気が少しずつ遠のいていき、楽になっていた。さっきまで死しか頭になかった僕だが、迷っていた。

迷っている自分が恥かしく、婆を見ることができなかった。僕は黙ったまま俯いていると、婆はいきなり立ち上がった。

「立ちな。あんたはここにいるべき人間ではない」

「え?そ、それじゃ……僕は」

「そうだ、あんたの占いの結果は、現世だ。さぁこの部屋から出るんだ」

 婆は僕の腕を掴むと、そのまま玄関へと僕をひっぱった。見た目の割りにかなり力が強い。

「ちょ、ちょっと!現世に戻るって一体どうやって戻るんですか!それに僕はまだ婆に聞きたいことがたくさん……」

 婆は僕を気にする様子もなく、玄関のドアを開けた。すると、いきなり直視できないほどに光っていた。

まぶしすぎるため、その向こうになにがあるのかさえ確認できない。婆は玄関を開くと、玄関の横にあったシンクからなにかを取り出した。

「現世に帰るための薬だ。飲みな」

 なにかを確認するまえに、婆に無理やり口に押し付けられ飲み込んでしまった。なにか生臭い飲み物だった。

そのせいで咳き込む僕の腕を離し、婆はその様子を黙ってみていた。

「……なんですか、いきなり飲まさせるなんて。本当にこれで……」

 落ち着いた僕を確認すると、婆はいきなり僕を強く押した。

とっさのことで僕はよろけながら玄関から出そうになる。光る玄関の外に倒れそうになる前に、少し婆が見えた。

「……婆は人間ではない。もし、次ここにきたら正体を教えてやるよ。それまで悔いの人生を歩むんだね……」

 その口元はにやけていた。

それきり僕は意識を失った。僕はどんな未来を選ぶのか、それは僕自身にしかわからない。





以上で、この作品は終了です。

……なんというか、シリアスな作品は私には向いていないということが改めてわかりました。。

物語がむちゃくちゃになってしまいましたね。申し訳ないです。しかし、なんとか話をまとめることができました。

生と死について書きたかったんですが、やはり簡単ではありませんでした。

まだまだ文章能力が不足のようです。。がんばります。


ここまでお読みくださり、心より御礼申し上げます。

ありがとうございました。



今更ながら気づいたのですが、プロローグとあるのにエピローグがありませんでしたorz


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