1-3 キリンさんが好きです。でもウシさんはもぉーーっと好きです。
初心者の引っ掛かるような低級宿に引っ掛かった俺達は、冒険者達に妙な親近感を齎したのか、彼らの中から気安く話しかけてくる者も出てきた。
旅慣れない、町に出てきた御上りさんが引っ掛かる定番の罠らしい。
誰でも旅の初め、冒険者の成り立てに一度はあるようなお決まりの失敗談の一つと言う訳だ。
彼らに、俺達の目的が観光と買出しに来た事であると伝えると、おせっかい好きと言うか世話好きと言うかそんな一人の獣人が色々と教えてくれた。
まぁ、隣の宿に移動して飯を御礼に話を聞くことにし、俺達も軽く飯を食いながら色々と聞きたいことを質問する。
ギルドの隣の宿は『渡り鳥の止まり木亭』といい、こちらで出てきたパンは健康食品のサイトでお見かけするよりも粗末な黒パンではあったが、発酵の過程を加えた、より上等な物でパン工房で焼かれた物を出しているのだと言う。
俺達の前で遠慮無しに食べ物をかっ込んでる獣人の男の名はドミトリ。
山羊か羊の成分が多目のようで、それがかなり癖の強いウェーブがかかった長い金髪をしているところに表れており、一見してそこらのチョイ悪おやじといった感じの男だ。
スペツナがコスプレしたような山賊、もとい冒険者の中じゃ見た目とっつきやすい姿をしている。
俺達にドミトリを加えた5人でテーブルを囲み、更に料理をあれこれ頼みながら話に興じる。
パンも頼めば工房製の上等なパンを出してくれるらしい。
試しに頼んで出て来たものはバタールのようなパンだった。
これまた硬いが日本で食べられる物とそれほど違いは無いようだ。
とは言え、皮はともかく中身のほうは少しモソモソした硬いものではあったが、それでも十分にイケル。
早速全員分頼むとドミトリは目を丸くしていた。
少々値段が張る物なのかもしれないとは思いつつも、折角の美味い飯に妥協をするつもりは無い。
イイ笑顔で千切ったパンの欠片をシチューに浸しながら喋るドミトリに、酒も頼んで良いというと目を輝かせて、何でも聞いてくれ、と請け負ってくれた。
飯と酒が切れない限り何日でも話してやるぞ、とも。
まぁ冗談にせよ幾らでも聞きたい事はある。
次第にテーブルの上を占領していく皿を空にしたり、移動してスペースを空けたりしながら料理と話を楽しむ。
味付け自体は少々薄めの気もするが、普通の家庭料理としてなら美味いものだ。
どこかの家族経営のペンションで出てくるような料理が近いかもしれない。
昨日泊まった宿と違って、この宿の皿はきちんとした木皿だし、フォークとスプーン、ナイフも有る。
やはり泊まった宿がおかしいのだ。
テーブルの上を見たところ、煮込み料理の類が多いようだ。
と言うよりも焼く以外は煮るしかないと言わんばかりの品揃えだった。
葉物の野菜までも確り煮てあるので、新鮮なサラダが食べたいと思って尋ねてみると、昔から「生きたものを生きたまま食べてはならない。」ということだそうだ。
つまり、煮るなり焼くなり調理されていない生ものを喰うなということらしい。
衛生面では確かに正しいので、新鮮な生もの大好きな日本人としては残念ながら諦める事にする。
因みに、揚げる・炒めるというのが無いのは、実用的な値段の油脂が豚から取った獣脂しかない為だそうだ。
この辺りの人はあまり獣脂の味を好まないようで、一瞬「共食い?」という言葉が頭に浮かんだが、平気で肉を食べてるので豚の人もその辺りは気にしてないのだと思う。
周辺の家畜は豚が主であるため、ミルクは殆どをそのまま料理に使い、残りはチーズとして保存食にされるのでバターは作られていないそうだ。
テーブルの上の食事や食材については基本的には地球産のと変わらない物のようで安心した。
如何にも異世界産ですから、という見た目の馬鹿でかい虫を料理して出されても受け付けないだろうからな。
更に話は続き、食い物から離れ始める。
この辺りの地理や気候等は研究所を出てくる前に聞いたとおりのようだ。
ハルモニア大陸中央部から北部にかけて広がる大森林「デモンズフォレスト」。
一国家よりも更に広いこの森林地帯の北部には、東西に伸びる高さ数百メートルの崖があり、この崖はその両端を山脈に繋げている為に崖の上となる南側と街道が走る北側で動植物に違いが見られる。
具体的に言えば崖の上は大魔森林として魔物が跋扈する針葉樹林となっていて、崖の下はハンプシャーフォレストとして知られる広葉樹林であり、魔物は駆逐され、その数を減じて久しいという。
四季のあるこの地域に国を構えるはハーニッツ王国であり、この町はその王国の最南部の貴族領になるニューチェスターの更に最南部に位置する町である。
人と魔物の世界を分ける高い崖からは北に2時間近く歩いてきたから、まぁ5キロか6キロくらい離れてるのだろうか。
このクラサドルという町は東西の陸路交易の中間点ではあるが、交易の中心は森林地帯の北側を走るヨークシャー街道か最北の沿岸部を通るエジンバラ街道であり、最南端を行くハンプシャー街道は長距離の交易には使われない。
どうしても遠回りの道のりになる上に、森林地帯を抜けるために他の街道に比べて治安が悪く、魔物の他にも肉食の獣等も生息しているからだ。
しかし、この森林地帯から受ける恵みは多く、何よりこの町は先史時代の遺構の上に築かれていると言う事実が、大森林の中にある町や村の中で最大に発展した理由であるという。
ドミトリの話によると、先史時代とは人間という神の如き力を持った種族が獣人・亜人といった種族、つまり人間を除く全ての種族を奴隷として従え、統治していた時代だ。
その振るった力は魔術と呼ばれ、空と陸と海を支配する神の如き力であり、老いることすら無かったという人間。
その人間達が栄えた時代は5千年以上前とも1万年以上前だともいうが、正確なところは分からないらしい。
先史時代の終わりに、いや、世界規模の災害があったが故に先史時代は終わりを告げた。
大地は地獄の釜の底の如く融けて沸き立ち、町を飲み込み、山は均され谷は人々の死体で埋まり、海は煮えたぎって陸を蝕んだという。
この世界を蹂躙し尽した災害を後の人達は大破壊、或いは大崩壊と呼び、欲深い者達が起こした戦争の結果とも、驕り高ぶった人間に対する神の戒めともいわれている。
神の如き力を振るったさしもの人間達もこの災害から完全に逃れる術は無く、僅かな数を残してその先史文明と共に滅んだ。
旧時代とは、この大破壊を生き残った人間達が亜人達を率いて覇権を握らんと争いあった時代を言い、数百年に渡って戦争が続いたそうだ。
この戦争により、残った人間達も次々と討ち果たされ、純血の人間が全て滅んだ時をもって戦争は終結したという。
これ以後が現代という区分だが、大破壊を逃れた文明も戦争によって完全に崩壊し、奴隷として僅かな知識しか与えられなかった亜人達には復興すら儘ならず、殆どが穴居人同然の生活を余儀なくされた。
そして人間と亜人の混血だという者達が、人間から与えられた知識と魔術をもって町を興し人を集め、やがては国を形作っていく。
以降の歴史は、混血達が作った国の興亡と亀の歩みすら速いほどの遅々とした文明の復興であり、正確な歴史を書き記した書物は無く、旧時代の終わりより5千年以上は経っていると言う者もいるそうだ。
そして今ある国々の都市で大きく発展したものは、殆どが先史時代の遺構の上に建つものだ。
理由は分からないが、魔物と呼ばれる獣は遺構に入ることは全く無いという。
逆上して冒険者を追っている時でさえ遺構に近づくにつれて足は鈍り、冒険者が遺構に辿り着けば絶対に遺構に入ってまで追って来ることは無い。
普段、魔物が遺構から取る距離は1ミール程で、何かを追っているのでもない限りこれ以上は近づかないようで、説明を聞くに大体1マイルのことを言ってるのだと思う。
この習性ため、遺構に入れるかどうかが魔物と獣の区別になっているのだ。
とは言え、獣や盗賊は遺構に入れるのだから市壁は必要となるのだが。
概して魔物のほうが獣より凶暴で強いが、肉は獣より美味で強靭な素材を手に入れられる。
冒険者は、こうした魔物を狩って売り捌いたり動植物の採集を行う他、町の中での一時雇いの便利屋、遺構の捜索や調査、長距離交易の護衛といった仕事を請け負うのだそうだ。
ドミトリは街中の仕事を主に受けていて、戦闘はあまり得意ではないと笑った。
地理にしても歴史にしても、ドミトリの主観でのことなのだから全部鵜呑みには出来ないだろうが、まぁ街中の仕事が主だと言うならそこそこ社交的な性格はしているだろう、お節介焼きというか世話好きでもあるようだが。
態々昔話ぐらいで嘘を吐く必要も無し、全体的にアイツの話と整合は取れてる。
細部の違い位だ、それも日本人に「ももたろう」の話を語らせる程度のものだと思う。
人毎に細部の違いはあれど大筋はハッキリしているような話だ。
獣については、地球で見知ってる動物と違いは殆ど無いようだ。
この辺りには元々家畜として扱われるような、牛・豚・馬・山羊・羊の他、猪・鹿といったものから、狼・熊・虎といった肉食獣まで居るそうだ。
魔物については、基本的に獣の類に似ているものの、元の獣より概して体が大きく好戦的である。
同じ熊でも、獣と魔物の区別があり、腕の良い戦闘系の冒険者なら獣の熊を一人で狩れるそうだが、魔物の方は熊を狩れる冒険者でも容易に戦える相手ではなく、特に依頼で狩るのでもなければ逃げるのを最優先にする程だ。
とは言え、何事にも例外は付き物で、中には大人しい性格で人に馴れる魔物も居るようだ。
遺構に入れないので飼う事は出来ないのだが。
そして魔術に関してだが、これについては大したことは知らないそうだ。
魔術を使える人が殆ど居ない上に、居るとしても貴族や教会関係者等に多く、戦争でも起きない限り魔術を見る機会など滅多にあるものではないからだ。
聞く所によると、火を起こしたり、水を湧き出させたり、病気や怪我の治癒を促進させたりといったものだそうだが、魔術師なんてのは高慢ちきの守銭奴ばかりだし、治療なんて高すぎて頼めないからどの程度のものかは詳しく知らない、と。
魔術については異世界に来た日本人としては何よりも興味深いのだが、如何せん、自分達が使えるかも分からず実際に使える人も直に見つかりそうも無い。
これについては後で考えるとして一通り聞きたいことを聞いてしまうことにする。
後は経済について、奴隷制度について、冒険者の生活等の世間話の他、風俗や慣習についても色々と聞いておく。
ドミトリはそれはもうイイ笑顔で色々と教えてくれた、色々と、だ。
やはり世界は違えども、男に生まれたならば例え言葉は通じずとも魂は通じ合える。
俺達はドミトリに感謝し、食事の支払いに食事1回分の酒代を追加する。
次にドミトリが飯を食いに来た時にも酒を出してもらえるだろう。
それに口止め、と言う意味合いもある。
まぁ、あまり見かけないような服装の男達が、子供でも知ってそうな話を目を輝かせて聞いていた、と言う話が広まらない程度の額は払っている。
余計な噂が広まるのは余り好ましくないだろう。
官憲に出自の怪しい奴ら、と目を付けられるのも堪らないが、冒険者達にタカれる相手として見られるのも堪ったもんじゃないからな。
ドミトリに残りの飯の処理を任せて町に出ることにする。
が、先程の飯は十分に満足出来るものだったので、町に出る前に今日の宿を此処に決めて部屋を取る事にする。
1泊2食に風呂代わりのお湯1杯付で一番安い8人相部屋が、1人大銅貨5枚(2500~3500円)というから、カプセルホテル並みといった程度だろう。
4人相部屋では1人大銅貨6枚(3000~4200円)になり、この手の相部屋は2段ベッドになってるそうだ。
シングルベッドの個室で1部屋大銅貨10枚(5000~7000円)、シングルベッド2つの個室が1部屋銀貨1枚(9,000~10,000円)だ。
まあ1部屋貸切だと料理も値段に見合ったものが出るというから、相部屋ではなく2人部屋を2つ取る事にした。
話を終えて宿を取ったが、まだ昼には早い時間だし、トラの尾を踏まない為にも必ず行かなければならない所に行くことにした。
大抵の町や村には存在するという半官半民と言えるような施設であり、神の家と言われる存在、ぶっちゃけて言うなら教会である。
ドミトリも「宗教について聞くなら本職に聞くといい。」と言っていたが、正直、中世の宗教について良いイメージなど欠片も無い。
端的なイメージとしては、権力にしがみ付いて搾取に次ぐ搾取、生臭坊主と言う言葉が裸足で逃げ出すような腐敗した豚の集団が異端審問と言う恐怖を撒き散らす、そんなものだ。
まぁドミトリは、「あいつら説教が長いから嫌いだ。」といった程度だし、アイツはそこそこ有用な施設と言ってたし、それほど酷い場所でも無さそうではあるか。
だが、宗教絡みについて起きる問題は大抵がトラの尾だろう。
どこの世界にも狂信的な奴ってのはいるもんだ。
そんな奴らに喧嘩売って回るつもりは無いのだから、宗教上のタブーってのにはよくよく気をつける必要があるだろう。
「なんつぅか、お前らのイメージってどんなんだ?」
俺が3人に話を振ってみる。
「やっぱ、美形のエルフっす。トールキン先生も大絶賛の猫派ひんぬースレンダリエな神官っすよ!」
スレンダリエって何なんだよ。訳ワカンネーよ。
トシがそう答えるとソノも自分の好みを訴える。
「シベリアンハスキーなオッドアイがいいです。ボンキュボーンな銀髪でお願いします。」
何をお願いするんだよ。俺が知るかよ。
余りに抽象的な質問過ぎたか、自分の好みをそのまま語りだす二人。
猫派と犬派の宗教戦争を始める気か。
ケンタに目を向けるとこっちは苦笑いしながら答える。
「中世のキリスト教やイスラム教よりは理知的な感じですかね。少なくとも、同じ程度の文明レベルで考えればFaith or Death(信仰せぬなら死ね)の暗黒のヨーロッパよりはましです。」
そりゃ確かだわな。
実際、聞いた範囲では現代日本人の考える、「常識的な範囲での生臭坊主」程度の印象だ。
商売人というか、ちょっとばかり金に関して意地汚いというか、そんな程度の印象ではある。
免罪符を売ってたりする訳でも無ければ、荘園を管理して搾取をしている訳でも無いのだし、ちょっとした頼み事をするのにお布施を要求するくらいなら問題ないだろう。
いや、別に俺が教会を管理してるんじゃないから、裏で何やってようが知ったこっちゃ無いんだが。
「まぁ、実際のところマシだとは思うよ?聞く限りはな。信者を洗脳して国家転覆を図るような新興宗教よかずっとマシだわ。」
俺の言葉に頷きながらもトシは何かを期待するように続けて言う。
「いや、でも異世界で宗教に関わるときたらやっぱり邪教ですよ、邪教。こう、若くてひんぬーの美人エルフを石舞台に縛り付けて、裸にひん剥いて信者達が代わる代わる・・・。」
うぉい、ありえねぇ妄想が飛び出したぞ畜生!娼婦はいるし奴隷制度だってあるのに、山賊だの海賊だのでもない限りそんなリスク負う訳ねぇっての。
「お前はどこに向かって突っ走ってるんだよ!ひんぬーエルフから離れろよ。ねーから、そんなオタクの妄想全力全開の宗教なんてねーから!」
それに対してソノが何やら反論するべく、歩く俺達の先頭に出て振り返ってこう宣った。
「いえ、異世界が存在したのでスよ。剣と魔法の正統派ファンタジーでありながら奴隷とか虐殺とかおkなんデスから、これはアヘ顔ダブルピースで邪神召喚の儀式が行われるのもありデスよ!」
俺はもう付き合いきれない気分になって「あーそんな宗教も在るといいなー、うんうん。」とか適当に頷いておく。
トシとソノは邪教設定が大いに気に入ったらしく、二人の間で邪教の淫靡な設定が生まれ育てられていく。
俺とケンタは苦笑いして、付き合い切れねーよ、とばかりに肩を竦めて、先を歩きながら白熱した議論をぶちかます二人の後に続いていく。
周りには朝の宿を出たときよりも人通りが増え、石畳をカッポラカッポラと荷馬車を引いた馬が歩いていく。
行き交う人々は、やはり普通の人間なんて者じゃなく、耳なり尻尾なり毛並みなりどこかに獣っぽい特徴を備えている。
しかし、人と動物をモーフィングで融合させたような姿ではない。
忙しなく行き交う人に混じって、荷物を入れたバッグを持ち歩いているのは奥様方だろう。
騒がしくお喋りしながら歩いてくる奥様方の集団とすれ違う時に、さり気なく荷物を確認するとそれぞれが袋一杯に別々の食材を詰め込んでるように見えた。
おそらく近所同士で纏め買いをしてるのだろう、値引き交渉で店主をやり込めるおっかさんの姿が容易に思い浮かぶようだ。
こういうのを見ると異世界だろうが種族が違ってようが奥様方というのはたくましいもんなんだと思う。
何にせよ、通りを行き交う奥様方が笑顔でいられるということは、この辺境と言ってよい町自体の経済的な状況としてはかなり良いという話もそれなりに信用できるだろう。
国家間の交易路としては重要視されない街道の中継地だというし、町の立地や規模を考えれば物資の流通はかなり良い状態と見える。
この世界にやってきたのが神意だろうが人為だろうが、少なくとも最寄の町が此処だったというのは僥倖だろう。
それ以外は最悪の出だしだったが。
今こうして歩いていられるのも、幾つもの幸運に支えられていると言える。
いや、幸運に支えられていなければ生きてはいられなかったのだから、『不運な俺達』という存在から観測される『今の俺』は奇跡のような存在に見えるだろう。
選択肢1つの違いやボタンを押すタイミングの僅かなズレでバッドエンドに直行するゲームのキャラクターよろしく、ミンチや獣の排泄物に成り果てる運命を受け入れた『無限の俺達』には、こうして下らない事を考えながら歩く事すら出来なかったはずだと考えれば、これは必然だともいえる。
などと哲学的なようであるが、実は何の意味も無い取り留めのない事を考えながら歩いていると、ここが教会ですよ、とケンタに呼び止められた。
ケンタ曰く、ここが教会であるそうだ。
ギルドよりも町の中心に近い場所に建つ2階建て相当の建物。
しかし、何処からどう見ても3階建てのギルドの建物の2階部分を達磨落しで抜いたような外観だ。
いや、屋根に申し訳程度の十字架が立っているのを見れば、教会という建物である事に説得力は持たせられるのだが。
結局のところ、ある程度の規模の建物はみんな同じ設計なんだろう、と思う。
宿屋もギルドも教会も。
周囲のアパルトメントらしき建物や個人宅と思しき建物は、2階建てか3階建て相当の木造モルタルな感じはほぼ同じだが、それぞれに設計が違って一応個性があるから、教会等は何かの理由で同じ設計なのだろうとは思うが。
考えていても仕方が無いし、中に入って情報収集だな。
そうと決まれば。
トシ、と声を掛け、「突入せよ!」。
トシは嫌そうな顔した後、作り笑いを浮かべて「どうぞどうぞ。」と言ってきたので俺も負けじと作り笑顔で「いえ、どうぞどうぞ。」とやる。
トシも別に入るのが嫌だという訳ではないのだろうが、大人しく従うのが気分的に乗らないのだろう。俺も素直に従うのが癪だし。
そんな遣り取りをやっているといつの間にかケンタが扉を開けてExcuse me!とやっている。
俺とトシは眉を寄せて気まずい雰囲気ながら、ケンタ、ソノに続いて中に入る。
中は表から見る間口で想像するよりも奥行きがあった。
手前から左右に並んだベンチタイプの木の椅子が奥に向かって整然と並んでいるのは、日本でも見かける町の教会といった趣がある。
天井はキッチリ2階分の高さがあり、明かり取りにか天窓が幾つも並んでいる。
四方の壁には窓が無い為に教会の中は薄暗く、太陽が高くなっているので、ヤコブの梯子よろしく光の帯が下りて来ている。
その光に幻惑されて奥までは完全に見通せず、朧気にしかわからないが、正面奥の左手に扉、中央に何がしかの像と並び、右手には説教台か何かに見える台が置かれている。
ステンドグラス多用の豪華な大教会に比べれば、町の教会としてはテンプレのように質素な落ち着いた雰囲気だし、こりゃ出てくるのが司祭にせよ牧師にせよ、脂の抜け切った好々爺辺りを想像するのが正しいか、と思いながら奥に向かって進んでいく。
暗いながらも奥の方まで来て像の詳細が分かるかどうかというところで、ガチャ、とドアノブを回す音が聞こえ、思わずそこに立ち止まる。
「はい、は~い。何か御用ですか~。」
聞こえてきた間延びするような暢気な声に驚いた。
否、それどころではなかった。
確かに、現れたのは黒い修道服様のローブを身に着けた若い女性だった。
その事自体は驚くべきことであろうが、しかし驚くべきは其処ではなかったのだ。
少し寂れた教会の若い女性であるのもそうだが、それ以上にその間延びした話し方に違わぬ、垂れ目がちの優しいお姉さん風の美しい容貌とアップに纏めた輝くような金髪。
だが、それすらも霞む様な脅威があった、いや、胸囲的な驚異だった。
ゆったりした様なローブであるはずの修道服がもう、パッツンパッツンだったのだ。
普通の修道服であるはずの物が、彼女が着るだけで既にけしからん修道服になっている。
「き・・き・・キタァーーーーーーーーーーー!」
ソノが突然の大声を上げる。
ビクリ、と飛び上がるほど驚く、けしからん修道女。物理的に躍る胸。
「結婚から!始めばぁ!」
不穏な内容を日本語で口に出そうとしたソノの顎を思わず叩いて押し上げる。
ガチンと音がして無理やり口を閉じさせられたソノが、あがぁ・・・と蹲る。
「だ・・・大丈夫ですか?」
戸惑った様子で聞いてくる修道女。
「いえ、お気遣い無く。貴方が余りにも美しいので驚いただけですよ。そしてそれは僕にしても同じことです。」
にこやかに応対する流石のケンタだった。
「あら、まぁ~。美しいだなんて~、うふふ。」
修道女の方は満更でもない様子で、恥ずかしそうに左右に身を捩る。物理的に躍る胸。
「それでぇ~、何か御用ですか?」
一頻り恥ずかしがって身悶えした後、用件を聞いてなかった事を思い出して問いかけて来た。
腹部で両手の指を組んで立つ彼女であるが、それはもう凄いことになっていた。
ソノが既にガン見しているのは仕方が無いとして、俺も注目せざるを得ないとしか言えないソレは正に凶器。
と、俺もソノを見習ってガン見しようとして気付いたのだが・・・垂れてる?
あまりの重量ゆえにブラを着用しない状態ではこうなのかと、垂れぬこそをうなはよけれとおぼえしか。(字余り)
と、下らない事を考えてみたがどうも違う。
ヘソ上辺りまでを覆う、その大質量には頂点が四つあるように見える。
「ふく・・・にゅう?」
と思わず口に出しながらトシとソノを見ると二人ともコクコクと頷いている。
思わず、マジかよ、と口に出すとケンタと二人で話していた修道女がMagic you?と聞き返すので何でもない、と誤魔化す。
どうやらケンタは、ギルドの二人やドミトリ相手の『設定』を彼女に説明しているところのようで、俺達は彼女に自己紹介し、彼女はアニータ・ファン・ツェンブルです、と名乗ってくれた。
カウなのにブルなのか、という突っ込みは無しの方向で。
ソノはどうにも抑えきれない様子でウズウズしており、終いには
「そ!その、その、その胸は自前ですか!?」
と、トンデモ発言でズレた質問を叫んでしまった。
彼女は、あははぁ、と苦笑いして
「牛系の血が濃い人は乳房が四つの人が偶にいますね~。大きさは、その、人それぞれですが。」
少し恥ずかしそうに身を捩る姿がとても可愛らしい人だった。
手を組んだままなので、本当に酷くけしからんことになっている。
他の女性と同じ位置に一対、その下に副乳が一対。
そう考えれば垂れているのではなく、張り出している、と表現するのが正しいだろう。
それはもう、メートルで表現することも出来るんじゃないだろうか、という位だから歩いてるだけで18禁だろう、コレ。
そして、アニータをケンタが完全にロックオンしている。逃げて逃げて~と言ってやりたいくらいだ、言わないけど。
俺達は近くの椅子に座り、彼女にこの世界の宗教について色々と説明をしてもらう。
凡そ彼女の語った内容はこういうものだ。
神は唯一つの存在であり、数多の世界を創造する存在である。
或る時、神は空間を広げて「天」とし、其処に永遠に広がる「地」を作り、その上に水を満たして「海」とした。
要約しているが、永遠に広がる「地」とは広がり続ける、では無く永遠に歩き続けても果てに辿り着かないほど広大という意味らしく、「地」の上に「海」があり、世界はその海から突き出した「地」の一部、つまり島であり、大陸であり、それが世界であるということらしい。
つまり大陸一つ一つが「世界」だという認識らしいが、その様な認識に為るほど航海術がお粗末なのか、それともパンゲアの如き超大陸なのか。
まあ世界の形を知るのも今後の課題の一つか。
その世界を作った神様だが、地に生命を満たす手伝いをする、ある存在を生み出す。
それが「人間」だという。
正直、この段階で人間が出ますか、という感じだが。
その人間達は神から与えられた道具と知識を使って、地を均して森を広げ、其処に数多の生き物を放って殖やし、海もまた同じように生命で満たしたという。
空(天の下、地の上を空と言っている。)と地と海が生命で満ちた事に満足した神は、後の管理を人間に任せ、新たな世界を作るために旅立った。
人間達は自らに似せて亜人種を作り出し、世界の管理の手伝いをさせていたが、或る時、別の世界で作られた人間達がこの世界にやって来て、この世界を手に入れようと戦争を仕掛けた。
同じ神を父とするも、この世界を荒らし奪わんとする他の世界の人間に対し、この世界の人間と亜人種は手を取り合ってこの侵略者に立ち向かい、撃退することに成功する。
しかし、神の道具と知識を武器に相争った人間達はこの世界を滅ぼしかけ、僅かな者を残して死んでいった。
世界を管理する者を失うわけにはいかず、人間と亜人種は混じり合いその数を増したが、戦争で失われた神の道具と知識は戻ることは無かったという。
以後、神から人間に託された世界の管理は亜人種に受け継がれたが、その為の道具と知識は失われたままであり、これを取り戻すことが教会の重要な役割の一つである。
一般的な歴史と宗教の教義の上での歴史は必ずしも一致しないものではある。
支配者として君臨した歴史上の「人間」と世界の管理を任された宗教上の「人間」か。
まあ地球上の、殆どが嘘で塗り固められた巨大な搾取システムよりかはマシかもしれんな。
結局のところ、宗教的な歴史にしても亜人種が他の生物に対する上位存在であることの補強が主であるわけだし。
後の内容は、まあ、細々とした習俗・習慣やら宗教的儀式、職分け・身分分けといったものだ。
神様やら人間の顔に泥を塗るような行為はするなよって話だな。
魔法については見せて貰えなかった。
神から与えられた知識の一つであり、在野の魔術師なら兎も角、教会の関係者が濫りに使ったり教えたりする事は出来ない、と。
とは言いながらも、血が薄いのか覚えた詠唱が間違ってるのかは分からないが、辛うじて使える、と言える程度なので披露するのは恥ずかしい、と笑って言ったのでこっちの理由の方が大きいのだと思う。
因みに、アニータは貴族の庶子であり、相続に纏わる争いから逃れる為に自ら教会に入った、と何でもないように教えてくれた。
「ファン」が相続権が無い貴族の子女を表し、家名がツェンブルなのだそうだ。
驚いたことに、この教会はアニータが「牧師」として赴任しているそうで、戸籍管理等の為に他に数名の弟子や職員(?)がいるらしい。
「ツェンブルさんとお呼びした方が宜しいですか。」
と聞くと、アニータでいいわよ~、と笑っていた。
実に気さくなむねだ、いや、むすめだ。
弟子と思われる少女が呼びに来たので、名残惜しいが町の散策に戻ることにする。
「また来て下さいね。」
と笑顔で別れを告げるアニータが、
「絶対、また来ます!」
と気合い十分のソノの返答を受けて苦笑に変わる。
ソノには悪いが、ケンタのロックオンがアニータを標的にしていることを後で告げてやらねば。
というか昼飯時になっているので、それと無く打ち切らせる為に呼びに来たのかも知れないな。
「ンじゃ、ま、飯にしますかね。」
外の日差しが、薄暗い教会に慣れた目を強く刺激する。
トシとソノは嬉しそうに声を合わせて、
「アラホラサッサー。」
と答え、思い思いに食べたい物の名前を口にする。
この世界では、焼く・煮る・揚げる・蒸す等の最低限の料理方法は存在しているのが分かっているが、材料や手間、費用の関係からかなり貧相な物になっている。
日本のファーストフードやファミレスでさえ、海外では優れている部類に入る。いわんや異世界をや。
それでも其れなりには頑張っている店はあるので、十分な金を払えば美味い飯にはありつけるのだろうが・・・。
食材自体は地球産に似た物が多く、味も大した違いは無いのだから、やはり調味料の違いなのだろうとは思う。
そんな事を考えながらも、ラーメンを出すような店はこの町を隅から隅まで探しても、やはり見つかりはしないんだろうな、と思うと足取りはやや重くなるのだった。
2014/01/01 脱字修正
2014/02/28 ルビ修正