1-2 町に来たはいいけれど
その日、俺たち研究所の面々は一番近くの町に買出しに出て来ていた。
全員御揃いの、濃紺の作業服上下に身を包み、運動靴を履いて遠足だ。
研究所の災害備蓄を食い潰す前に、新たな食料の入手手段を持たなければならないことから、俺たちが調査と調達を仰せつかったのだ。
テクテクと歩いてやって来た、この町の名はクラサドル。
ハーニッツ王国ニューチェスター領の最南端の町である。
ここには研究所の男4人で来たわけなのだが、敵に捕まる虞があり、危険な任務であるが故に、女は連れて行けないのだ。
嘘です。まあ色々と大人の事情で二手に分かれることにしたからだ。大人の事情で。
男達4人と女達2人で分かれる。彼女らには意図など元よりバレバレだな。
町に着いたのは昼飯にはちょっと早い時間で、宿を定めたらまともな飯でも食って英気を養い、これからの任務に全力を傾けんとする予定だ。
とは言え、この辺りの物価も分からないし、そもそもが売られている食品から日常品、嗜好品、凡そ売られている殆どの物が日常的に見慣れていたものと同一である保証がないのだ。
そこで町での滞在を3日として、物価も含めて生活する上で必要な情報を可能な限り収集し、滞在最後の日にそれまでの情報を元に検討した品物を購入する、と言うことに決めた。
まあ、風俗、習慣、食文化については多角的に検討すべき、との建前を盾に食べ歩きと幾許かの食料を購入し、宿で調理する、或いはしてもらうことに予算を組んでもらった。
という名目でお小遣いをもらったわけだ。
風俗、そう最初に持ってきた通り、そこに生活する人々の風俗は大事なものなのだ。その先頭に性と付いているかも知れないが。
しかし、こっちの意図などお見通しという顔で薄い笑みを浮かべて言い放ったのだ、あの人は。
「まあ、私は女であるからそういったことに疎いのかも知れんが、男に何が必要かなどは理解しているつもりだとも。我々が生活する上で必要な情報を得るために有効な方法である、と君が考えるならば、ありとあらゆる方法を肯定しようではないか。無論、限度と言うものはあるし、節度と言う言葉を知る君ならば心配もないだろうが。」
目的はとうにバレていた、普通に考えれば、というか考えるまでもなく、と言うところではあるのだが。
すげぇ気まずい、笑みを浮かべてるのが余計に。
まるで思春期に、シモにおわす暴れん坊将軍を構ってやってる時に、親に覗かれた気分のようだ。
だが、最早開き直った俺たちは、それはもういい笑顔で、全力を尽くします、と確約したわけだ。
そして今、俺たちは町に出た、否、解き放たれたのだ!
「フリィーーーーーダーーーーーーム!」
「URYYYYYYDamn!」
誰か今、適当な発音してなかったか?
まあいい、金ならある(まだ換金してないけど)、建前もある(バレバレだけど)、下心もある(溢れるほど)、よろしい、ならば戦争だ!(ベッドの上で!)
この町は旧時代の遺構に作られた町で、直径が1km強はある円形というから、住人も数万人程度は居ると思われるのでイメージで言えば町と言うより地方都市に近い。
王国の東西を繋ぐ街道のうち、最南端を通る通商南往街道、或いはハンプシャー街道という名前の街道の中継地点である。
この街道は、冒険者や商人に魔森回廊と呼ばれる最も危険な街道として知られ、同時に広大な大森林を背景に膨大な資源を供給する動植物の宝庫だ。
俺達はその森を抜け、崖を下り、更に森を歩いて休み休みやって来た。
アイツに聞いてはいたが、この町へ来るまでに6時間も掛かってしまった。
町への出入りはほぼ自由だと言うから怪しい風体の俺達でも安心して入ることが出来る。
街道には危険な魔物が多く出るらしいが、不思議と先史時代の遺構等には寄って来ないのだという。
俺達は早速とばかりに近くの安宿に突入し、さし当たって今日はここに泊まることに決めて二人部屋を2部屋取って、俺とトシ、ケンタとソノで分かれることにした。
宿の主人は痩せぎすの齧歯類っぽい顔と耳の男で、料理を担当し、妻も同じ獣人で料理以外の雑務をしているらしい。
二人ともぶっきら棒と言うか愛想の無い対応で、日本人から見たら面食らうような素っ気無さだ。
海外で、観光客が来ないような寂れた町での接客もこんな感じだったな、と思えばこの態度にも怒るよりも呆れるばかりだ。
部屋を取ってみればここは宿屋兼食堂であり、夜には酒場に変わるような所で。
高い天井にレンガ積みの柱が並ぶ中、十数個の丸テーブルに粗末な椅子が置かれていたので、適当な場所に腰掛ける。
町に繰り出す前に腹拵えとばかりに昼飯を頼んだはいいが、俺は此処で出された飯を生涯忘れることはないだろう。
シチュー(?)が薄味だったのはいい、塩や調味料は貴重なのだろう。
パンが固いのもいい、シチューにつけて食べるのだろう。
だが、平べったいパンの上に載ったゴムみたいな肉はなんなんだよ!サンダルの底か!サンダルの底なのか!
しかも、食器がスプーン1個って!スプーン1個って・・・。
周りを見てたら肉を手掴みだった。
釘を打つ為のパンと、シチュー(?)とパンに載った得体の知れない肉が昼食の全てだった。
宿の料金と一緒に昼飯の代金を先払いで払ってしまっていることに後悔しつつ、腹拵えとも言えない昼飯を終えた俺達は宿を後にし、町へと繰り出すことにする。
かくして、欲望塗れのむさい男たちの軍靴の音が鳴り響く。通りの端っこで。
なぜなら、基本的にこの町で通りを行き交う男達は優男が圧倒的に少なかった。
いかにも町人と言った感じの男達でも背は俺達より高めで、ゲルマン人に出会ったローマ人といった気分。
それこそ冒険者と言った風情の連中ならゴツイ体のヤローが多く、女も総じて背が高くて目つきが鋭い。
グリーンベレーですか、スペツナズですか、って感じの奴らが肩で風をブンブン切って歩き回ってるのだ。
しかもそんな奴らが阿呆みたいな馬鹿でかい剣を背負ってたり、コワーイお姉さんが両手でそれぞれ引き抜けるように、腰の後ろに短剣を2本吊ってるのを見たら・・・ねぇ?
博愛と謙虚が美徳の俺達日本人にアレはきつすぎる・・・。
とはいえ、道の端っこを、それはもう謙虚に歩きながらも俺達は初めて見るこの町並みに興味津々であった。
「おおお、あれはエロフ、いやエルフか。胸ポッチ万歳!」
ブラ無しだと明らかに分かるような、薄手の鎧下と思われる服を着た耳の長いお姉さんとか、
「犬耳、猫耳、あれは馬耳ですか?くっ・・・右手が、俺の右手が疼く!奴を倒せと俺を苛む!」
ピンと立った耳を前に横にと忙しなく動かす娘っ子とか、
「えええっ、銀髪に紫の目とかすげぇっス、貧乳とかすっげぇぇぇぇ!」
遠くからでも目立つアメリカンショートヘアーっぽい娘とか
「何ですかこのカオス・・・。あっ、あの娘可愛いなぁ。どんな声で啼くんだろうね。」
気に入った子を見つけた黒いのが、ロックオンレーザー斉射で暴走してたり。
町並みはどこに行った。最早収拾はつかなかった。
「ヤバいっス、狂乱の状態異常スよ、何人たりとも俺を止められないっス。フォォォォォォ!」
クソッ、勘弁してくれよホント。勘弁してくれ・・・。
周りから見たら、見事なお上りさんぷりを晒して歩いている俺達の姿を思うと頭が痛い。
さて、そのお上りさん達がキョロキョロしながら歩く通りの両脇、連なる町並みは中世風の質素な木造家屋だ。
中には商家なのか行政施設なのか、石造りの建物が数軒見受けられる。
全ての建物を見たわけではないから評価はし辛いが、服の作りを含めてみても産業革命以前のレベルであるのは間違いないな。
凡そ、普通の町人と思われる男達の服装は腿辺りまでの丈のワンピース様の服にベルトか紐を腰に回し、股引にも見えるようなズボンの者が多く、女達は地面に着きそうな丈のワンピースが多い。
男女共に、木か草染めのローブの者もそれなりにいるようだ。
靴は、男女の区別なく木靴かサンダルのような革製の靴が多く見える。
そして、件のスペツナズさん達はというと、やはり冒険者風と言ってしまうのが早い格好の者が多い。
と言っても、全身鎧を着ているような気合の入ったヤツではなく、軽装鎧と言うか革鎧が多い。
胸甲、肩当て、小手、スカート、脛当て。
このパーツをハードレザーで成型し、ブーツと言えるような革靴を含めて他はソフトレザーというのが最も多く見える。
その中でも、如何にも歴戦といった感じの者は胸甲を金属製にしてたりする。
因みに、ビキニアーマーは見ませんでした。全俺が泣いた・・・。
それどころか、おっぱいの形に成型した胸甲すらなかった。
なんというか、底面を菱形とする四角錐の頂点を削って滑らかにしたような胸甲を使っていて、胸の大きさも形も、頭のなだらかなピラミッドの中に隠されていた。
おお、この世に神は居ないのか!!
そうして町の中を回り、簡単な地図を作っていきながら指輪を換金して、日が暮れる頃には宿に戻った。
指輪を売る際に、お約束とかでトシとソノが値段交渉しようとしていたが、結局のところ事前に聞いていた買取の相場より安く始まった値段は上げることが出来なかった。
それどころか、不慣れな様子を見られて色々と難癖を付けられた挙句、足元を見られる形になってスゴスゴ引き上げてきたのだった。
宿での夕飯は昼飯のメニューに茹でた豆と温いビール様の物が付いただけだった。
それ以外のメニューを頼む時は別料金で、だと・・・。
何が悲しくて金払ってまで美味くもない飯を頼まねばならないのか。
ビール(?)は炭酸が殆ど抜けてる感じだし、妙にエグいし。
そして中世のお決まりに違わず、風呂などという物はなかった。
意外だったのはトイレが下水につながっていることだろうか。
とは言え、水洗を意味することではなかったのだが。
公衆浴場も無いというので、風呂は諦めて厨房から貰って来たお湯で体を拭って我慢することにした。
ベッドは板に藁を敷いてシーツを掛けただけの様だ。
研究の合間にベンチで寝転ぶよりはマシではあるのだが・・・。
不味い酒で酔っ払って馬鹿騒ぎする階下の喧騒、硬く寝心地の悪い藁のベッド。
異世界に絶望した・・・。
こうして町に来た第1日目は過ぎていった。
2日目の朝、余りに早く寝たためか、日が出る前には目が覚めてしまった。
何をするでもなくボケーッとしていると、うおおおおおおおぁぁああああ、とトシがすごい勢いで首筋から背中辺りを掻いている。
俺は大笑いしながら、LEDライトで照らしてトシの背中を見てやると、ダニのアレルギーなのか刺されたのか、掻いていた所に小さな丘疹が出ていた。
酷い目にあったっス、と涙目のトシを宥めながらケンタの部屋に行き、二人を叩き起こして階下に下りる。
どうやらその二人も酷い目に遭ったらしく、宿変えましょうよ、と縋ってきた。
厨房を覗くと、まだ朝の仕込が終わってないようなのでそのまま外に出て顔を洗うことにする。
宿の裏の井戸に行って釣瓶を落として水を汲む。
朝からこんな重労働とかさせられると、日本の水道は偉大だ、としみじみ思う。
3人は痒くてしょうがないのか持って来たタオルを濡らして首から背中を念入りに拭いて、上着をバサバサと親の敵のように叩いていた。
余りの必死ぶりに、更に笑いながら眺めていると3人から恨みがましい目で見られた。
「おいおい、そんなに見つめられると照れちまうぜ。」
被害に遭った君達は運がなかったな。
「何で一人だけ被害に遭わないんすか。」
トシは不満そうに愚痴をこぼす。
「アレだよアレ、主人公補正って奴?」
「ねぇっすよ、主人公だったら虫に刺されないとかねえっすよ。というより北川さんが主人公とかそれだけはありえねぇっす。」
「うぉい、酷い言い草だなそれは。謝罪と賠償を求めてもいいよな?」
「人はそれぞれが自分の人生の主人公なんです。」
いやソノ、そんなことキリッ、って顔されて言われてもな。
ソノ以外の全員の沈黙がいてぇ・・・。
そしてそんな俺たちに最後の駄目押しをしてきてくれたのが朝食だった。
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁまずい゛ぃ゛ぃぃ゛ぃ゛」
トシはそう言って食べるのを放棄した。
目の前にあるのは、恐らく麦粥と思われる、という断りを付けるに値する物だった。
多分麦だと思われる物、と何かの乳と水増しの雑穀と野菜を煮た物なのだが、オートミールをミルクで煮ただけの物より不味いのは何かの才能なのか。
流石にこれを完食出来た兵はいなかった・・・。
他に居た数名の客達も顰めっ面で食べているところを見ると不味い物は不味いらしい。その許容限度が低いというだけで。
こんな宿に2日も泊まれるものかと、俺達は全員一致で今日の最優先事項に宿探しを追加することにした。
さて朝飯が終わったとて、これほど早くに全部の店が開いているのかも分からんからどうしたものか。
宿で聞いた分には、食品関係は開店が早いそうだがな。
「さてと、これからどうすっかな。」
誰に言うとも無しに呟くと、ソノが目を輝かせて提案するに、
「朝早くから人が居そうなのは冒険者ギルドか教会なのでは?綺麗なエルフのお姉さんが受付だったり、神官だったりするのはお約束ということです。」
という話。
「お約束っすね、お約束。ギルド入って受付のおねぇさんに話しかけると、俺が狙ってたんだぞ、って絡んでくるチンピラ獣人。」
トシもノってきたのか、話を継いでくる。
「そうそう、それで獣人を凹するとギルド長に呼ばれてお前何者だ、って言われて一目置かれるんです。」
ソノもそんな展開に憧れでもあるのか、鼻息が荒い。
「俺もお前らには一目置いてるぞ。一発殴られたらショック死しそうなのに大した度胸だわホント。」
俺が苦笑すると、ケンタはこちらについたようだ。
「何かあったら二人に任せておきましょうか。先輩も僕も格闘は苦手なんで。それがいいですね。」
ソノとトシの二人は、唸って固まる。
絶対ケンタは誰かとトラブルを起こす。そしてその矛先はこちらに向かってくる、そういう気配が濃厚に感じられる笑みをケンタの顔に見たのだ。
俺もそんな事態はノーサンキューだ。ケンタに釘刺しておくか。
「お前ら、頼むから問題起こしてくれるなよ。スペツナズとガチ殴り合いとか俺らにミンチ以外の選択肢がねぇぞ。」
殴り殺されるとか頼むから勘弁してくれ、と思いながら通りを歩いていく。
先導していたケンタの足が止まり、昨日作った地図を見る。
「この先を右に曲がって暫く歩いた所ですねギルドは。教会は更に町の中央寄りになるのでギルドの方が近いですが。」
他人が見たら何か巨大な陰謀を企んでいる様なニヤリ笑いで俺の指示を仰がんとしているケンタ。
しかし、コイツはこの顔で大したことは考えてないのだ。
精々がちょっとしたお茶目な悪戯というのがいい所なのだが、俺とケンタを周りから見たら、悪の首領+参謀に見えるという。
俺の目つきが悪いのは生まれつきだ、ほっとけよ。
まったく、俺に被害が来るし、官憲に目を付けられるからその顔は止めてくれ。
「ンじゃ、ギルドにでも行ってみるか。くれぐれも問題起こすなよ。ギルドでボッコボコにされるのも、一人だけ逃げ出して後で主任にギッタギタにされるのも大して変わらないんだけどさ。」
上からド突かれ、下から突き上げられる、俺の悲哀。
悲しいけど、おれ中間管理職なのよね。
主任以外はヒラなんだけど、俺の立ち位置的には中間なんだよね、と。
「どっちにしてもボロボロになるのは変わらないんすね、先輩。」
ケンタ、お前が一番ヤバい雷管なんだけどな?
結局はなる様にしかならないもんだし、絡まれる時は呼吸するだけで絡まれる。
今、俺に出来ることは溜息を吐いて何事も無い事を祈るだけだ。
「言ってくれるなおっかさん。」
俺の祈りは、あの蒼穹に光の橋を架けたように見える白い帯の遥か先、神大陸の神様に届いたもんかね。
さて、ギルドに着いて中に入ってみると、
「くさっ、え?何この臭さ。」
思わず声を出してしまった。
他の3人も顔を顰めているので、やっぱり気のせいでなく臭いらしい。
なんと言うか、汗だの血だの様々な体液と僅かな腐臭と風呂に入ってない不潔な臭いと、もう表現の余地が『ヤバい』としか残されてない感じだ。
幸い、日本語だったし大きな声で言ったわけでないので周りに聞こえなかったが、|顰めっ面と思わず漏れた様子の言葉を耳にすれば意味は分からずとも言った内容の予想はつく。
入っていきなり喧嘩の原因を大安売りとか心臓に悪いわ。
「これはちょっと綺麗なお姉さんを期待するには厳しくないですかね。」
ケンタが暗にもう出ましょう、直出ましょうという気分でいることを訴える。
「俺も同意なんだが、ここまで来といて何も収穫無しとか有り得ねぇからもう少し待て。人間の鼻なんて同じ臭いを1分も嗅げばバカになるって。」
ケンタは不承不承ながらも分かりましたよ、と答えた。
ギルドの建物自体は泊まった宿屋と余り変わらない作りのようで、宿屋では厨房の出入り口になってた所に横長のカウンターが置かれ、その奥が事務所かなんかになってる様だ。
壁の一辺には木の板で作った塀の様な物に紙が張られているのが見えるな。
あれが依頼書ってヤツか。
そして期待すべきギルドの美人受付はと言うと。
カウンターに居たのは馬鹿話に興じる髭達磨な親父二人でした・・・。
見事に期待を裏切ってくれた、ある意味でお約束のような展開にげんなりしながら見回すと冒険者風の男が数名がテーブルに突っ伏している。
と言うか、テーブルの上の惨状を見る限り、ここで酒盛りをやって潰れたのが分かる。
普段からゲロぶちまけてりゃ、そりゃギルドの中も酷い臭いになるわ。
と言うより、よくもまぁこんな中で飲んでられるな・・・。
「冒険者ギルドじゃなくてルイーダの酒場でしたか。」
トシがキョロキョロと周りを眺めながら言うと、
「いえいえ、ギルドと酒場のセットもお約束でしょう。」
とソノが返す。
「バリューセットでも何セットでも良いんだが、さっさと用事を済ませて出るか。」
俺はそう言って髭達磨に声を掛けることにする。
しかし、いい歳したおっさんの頭に猫耳とかシュール過ぎんだろ。
まだ熊の方がマシってかなんていうか、やはりどの獣耳でも有り得んな。
「すみません。ここは冒険者ギルドでいいんですよね?ギルドの利用方法について聞きたいんですが。」
そう言って話しかけたが、こちらをチラリと見ただけでガン無視、そのまま二人で馬鹿話に興じている。
クソッ、給料分は働けっつうの。
「すみません、ちょっといいですか。」
もう一度話しかけると、カウンターに座っていた男の一人が面倒臭そうにこちらを睨んでくる。
「ああ!?なんだ?」
うお、何でこんなに喧嘩腰なんだよ。
「ギルドについて教えてもらえますか?」
重ねてそう頼み込むと意外な答えが返ってくる。
「魔術師様がギルド風情に何の用ですかね?」
魔術師って何のことだ?と思って聞いてみると、どうも日本語での会話が魔術の詠唱に発音が似ている、と言うより知っている単語が混ざっていたらしい。
それで魔術師だと思った、のだそうだ。
そして魔術師ギルドというものが存在しているという。
そんな事アイツは言って無かったぞ、畜生め。
俺達は或る地方の広大な森の中の隠れ里の出身で、長年外界との交流を断っていたが、その森を開拓する前の調査で国の調査団が俺達の隠れ里に辿り着いた。
それで俺達の里は開かれたが、俺達が使っているのは昔からその里で話されていた言語である、という事にして魔術師ギルドの者ではないと説明したが、カウンターの二人の態度は硬いままだ。
旅慣れてる様子も無いような胡散臭い男達の話だ、直に信用できる訳もないしな。
だが、人なら直にでも信用出来るモノの当てなら有る。
俺は銀貨2枚を取り出してカウンターに置き、人差し指と中指で押さえつけてそのまま男達の方に滑らせる。
まあ、男達の目は当然の如く硬貨に集中し、今にも手を揉み始めそうな喜色を浮かべる。
俺はそのまま硬貨を押さえつけながら色々と質問を続ける。
ギルド員の二人はロンバルドとエルドスというらしい。
話を聞くに冒険者ギルドと魔術師ギルドは仲が悪い、というか魔術師ギルドの方が上で他の組織やらギルドやらを見下すような扱いをしているとの事だ。
そのせいで魔術師だと思われた俺達には敵意丸出しの対応をしたと。
どうも魔術の行使には『貴い血筋』とやらが必要で、その血筋の者が『魔術の詠唱』をすることで魔術が使えるという。
偶発的に魔術師の血筋以外から魔術師が出ることは無く、親の知れぬ子だろうが隠れ里だろうが少なくともその血筋の証明は容易であるということだ。
元々が旧時代の支配者である王族だけが魔術を使用出来た事から、魔術師がその血筋であることは確かなのだそうだ。
無論、今の時代には今の国々を作った王族が居るので大抵の国では貴族の一種として扱われているらしいが。
まぁその割にはカウンターの二人の態度もアレな気がするが、貴族の立場もピンキリなのだそうで、高位の魔術師でもなければ楯突いた所でどうということは無いという。
他にもギルドの利用方法についても聞いていく。
ギルド施設の利用のうち、依頼の登録、素材の買取、小売、飲食、短期宿泊等はギルド会員、つまり冒険者登録した者以外でも利用できるという事だ。
登録した冒険者はこれに加えて、依頼の受領、依頼報酬の受け取り、個人評価点の集計、ギルド協賛店での割引、移動時に於ける通行税の減免等が加わる。
登録の方法だが、まずギルドに置かれている『冒険者ギルド登録機』という物、と言うより設備と言った方がいい代物(何しろ、時代物の木製カウンターそのものだ)に、『冒険者ギルド登録証明書』というICカードの大きさの金属板を置く。
するとカードの手前側に緑の光でキーボードのような入力ボタンというか、タッチパネルの様なものが現れる。
これにはかなり面食らったし、他の面々も興味津々で覗き込んでる。
カードをずらしたり、回してみるとそれにあわせてパネルも回転するので面白がって動かしたりカードを手に取ったりしていたが、ギルド員がニヤニヤ笑っていたので取り繕って先を促す。
正直、田舎者丸出しの姿を晒したようで恥ずかしい。
登録はこのタッチパネルで名前を入力した後、自分の生年月日を入力するか、現在の年齢と誕生月日の二つの情報を入力するかのどちらかを選ぶらしいが、生年月日は王国暦ではない様だ。
パネルには現在時刻として、『May 18,10093 07:38』と表示されている。
どうもギルドが創設された時期の年号を利用しているそうで、王国暦574年の5月18日の今は、旧暦の10093年5月18日ということになる。
これ西暦としたらとんでもない未来なのだが、どう考えても地球じゃないんだよなぁ、所謂『普通の人間』っていないし。
空には虹が掛かるように、白く輝く細い光の帯が掛かってるし、夜にはジャガイモみたいな月が2個浮かんでるし。
入力が終わった後はカウンター上のタッチパネルの『血液認証』という表示部分に血を一滴ほど垂らせば、次の日くらいに再びカードを載せるとカードが完成すると言う。
驚くことに、完成したカードには名前、生年月日、種族、性別、血液型、それから自分の顔写真等のパーソナルデータが表示されるのだ。
実際に二人のカードを確認させてもらうと本人に似た写真が表示されている。
どういう仕掛けか全く分からないがそういうものだ、と言うので仕方がない。
登録前のカード自体は、この世界のギルド本部から貰えるという話で、各支部は必要なだけ送ってもらうのだという。
カウンターがギルドにしかないので偽造などは出来ず、登録情報の詐称も同様なので本人の身分確認としては信頼性があるという。
完成時には本人の髪型、髭、肥満、傷跡等が反映されていないそうで、カウンターのタッチパネルで表示される本人情報のカスタマイズで外見特徴を追加すると反映されるらしい。
後は細々とした規則とかランクとかの話が主だった。
依頼を達成すると個人評価点を加算され、一定になるとランクアップ。
失敗すれば点数を引かれる。
冒険者のランクはAを最下位に、アルファベット順になっているようだ。
つまり、A、B、Cという様にランクアップしていくとのこと。
ボリュームゾーンはD~GランクでFランクぐらいになるとベテランと見られるランクらしい。
銀貨をギルド員に差し出し、他に聞くことは無いか皆に確認するも、特に無さそうなので依頼書を見てみることにする。
トシとソノが冒険者登録してみたがったが今は無理だ。
何故ならカードの情報が問題なのだ。
カードの情報は隠せず、そして俺達の種族は恐らくホモ・サピエンスかヒューマンと表示される可能性が高い。
この世界で純粋な『ホモ・サピエンス』という種族は居ない。
ギルド員の種族はホモ・シルベストリスとかだったし、人間に似た猿の獣人はいるが人間そのものは先史文明の支配者、つまり魔術師の始祖達だけなのだ。
そのせいか、猿の獣人には貴族が多いという。
人間との混血で先史文明崩壊後の支配者となったか、或いは人間に似ていることを理由に新たな支配者を僭称したか。
まぁ、そんな考察は後にして依頼の確認だ。
まぁ見たところ魔王を倒してくれとか、竜を退治してくれとかいう依頼が有るわけもない。
王国に巣食う悪の秘密結社の悪事を暴き、これを退けよ、みたいな依頼も無い。
有っても困るし、もっとマトモな組織なり機関に依頼しろよ、って話だが。
有るのは薬草の収拾とか増えた魔物を狩ってくれ、といった程度の依頼だ。
珍しい素材や食材の収拾らしい依頼もあるが、特に目を引くような依頼があるわけでもない。
暫くは朝一でやって来ては依頼を受けたり待ち合わせして出発する冒険者達を眺めていたが、腹が減って仕方が無い。
朝はまともに喰っていなかったのを思い出した。
ロンバルドに美味い料理屋について聞くと、ここで飲食するための料理や酒をギルドの隣の宿屋が用意しているが、そこそこ美味いという話。
しかし、泊まった宿屋の料理のことを思い浮かべるとどうにも頼む気がせず、何より料理の臭いを嗅ぐと折角慣れて我慢できてるギルドの悪臭が耐え切れなくなってしまう。
渋る俺に訝しんだロンバルドが理由を聞いてきたので、宿屋の酷い料理について説明すると大笑いされた。
ロンバルドの言うには、あそこは街にやってきたカモを捕獲する悪質な宿で、料理はゴミ、寝床は屋根があるだけマシ、の相部屋で一人大銅貨1枚(500~700円)も払えば御釣が出る程のゴミ溜めだと。
俺達一人銀貨1枚(9,000~10,000円)分捕られたんですけど、と言うと更に周りの冒険者も爆笑して俺達の背中を叩き、『災難だったな。』と口々に慰めの言葉を掛ける。
クソッ、何事にも先達はあらまほしかな、と。
2014/01/01 宿賃変更
2014/08/15 誤字修正
2015/01/22 誤字修正