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オルゴールとバレリーナ人形

作者: 紫雲すみれ

 私が五、六歳の時でしょうか。

幼い頃、田舎のおばあちゃんちに泊まっていた時のことです。

「お父さんとお母さんには秘密だよ」

おばあちゃんはそう言って、私にあるオルゴールをプレゼントをしてくれました。

それは一見すると簡素な黒い小箱ですが、箱の裏には小さな穴が開いていて、そこにゼンマイを差し込めるようになっています。

きりきりと金色のゼンマイを巻き、金色の縁のついた蓋を開けるとゆっくりと『エリーゼのために』が流れます。

中身は赤いフェルトが敷き詰められ、その中心では昔の少女漫画のヒロインような顔のバレリーナ人形が、小さな舞台の上でくるくると踊る。

私はそれをとても気に入り、一人の時に暇あれば箱を開き、玩具のバレリーナ人形が踊る様子をじっと眺めていました。

そんな時間が、大好きでした。

しかし別の玩具を買ってもらうとそちらの方で遊ぶことが多くなり、私はいつの間にオルゴールもゼンマイも失くしてしまいました。

気づいた時は一生懸命探しましたが、段々まあいいかという気分になり、私はオルゴールの存在を忘れていきました。


 月日は流れて、私は中学生になって初めての冬を迎えました。

そしてとある日曜、いらない物を処分しようと部屋片付けをしていると、埃まみれの黒い小箱が見つかりました。

埃を掃って蓋を開くと、赤いフェルトの上にはバレリーナ人形と見覚えのある金色のゼンマイが入っていました。

すぐに思い当り、ゼンマイを箱の裏の穴に差し込んで巻きます。

流れてきたのは、エリーゼのために。

「あっ!」

私は懐かしさで声をあげました。

忘れていた、幼い頃の記憶が呼びさまされていくようでした。

小さい時と同じように、中心でバレリーナ人形がくるくると踊ります。

どこか単調な、しかし響いてくるメロディーが私の心を癒しました。

その後部屋片付けをしていたことも忘れ、ベッドの上に寝そべりながらオルゴールを聴きました。

それから毎日のように、学校から帰ってきてはオルゴールを聴いて癒されていました。

しかし、ある日のことです。

机の上に置いていたオルゴールを、うっかり床に落としてしまいました。

ガシャンという嫌な音とともに、オルゴールにヒビが入ります。

おそるおそるゼンマイを回して蓋を開けると、聴きなれたメロディーが流れ、私は壊れてないことに安堵しました。

その代わり、バレリーナ人形の首がぽろりと、綺麗にもげてしまっていました。

家には接着剤は無く、また幼い頃と違って今の私はバレリーナ人形に興味がありませんでした。

私はそのまま首をごみ箱に捨てました。

首無しのバレリーナ人形はそのままに、その日もオルゴールに聴き惚れていました。


 それから数日。

落としてしまった事が原因なのか、オルゴールに異変が起こり始めました。

曲にノイズのようなものが混じったり、早くなったり遅くなったり、正しく音が鳴らないことが増えてきました。

しまいには原曲がわからなくなる程不安定なメロディーとなり、私はオルゴールを聴くことをやめました。

しかしある晩の事です。

その時は雪も降っていないのに、酷く寒気がしました。

一向に眠れず毛布に包まって震えていると、聴き覚えがある歪んだメロディーが耳に入ってきました。

起き上がり部屋の明かりを付け、机の引き出しをそっと開けます。

やはりその音は、オルゴールから聴こえてきたものでした。

ゼンマイを巻いて蓋を開けないと音は鳴らない仕組みなのに、何故……?

そう思いながら、私は確認するようにオルゴールの蓋を開きました。

過去にエリーゼのために『だった』メロディーは、更にうるさくなりました。

首なしのバレリーナ人形がくるくるとその場を踊ります。

それはとても不気味な光景でした。

私はもう、不快なメロディーを聴きたくありませんでした。

「もう、こんなオルゴールいらない!」

床に向かって乱暴にオルゴールを投げつけると、ピタリと音が鳴り止みます。

私は数秒ぼうっとして、その後床にへたりと座り込んでしまいました。

「ど……どうしよう……」

どうして良いかわからず、冷や汗がだらだらと流れ落ちます。

ついカッとなったとはいえ、これは昔おばあちゃんがくれた大事な思い出の品。

そんな事を忘れ、私はオルゴールを壊してしまいました。

「直ら……ない、よね」

私はどうしようか迷いながらも、オルゴールにゆっくりと手を伸ばします。

そっと触れると、ガランと蓋が外れました。

首なしのバレリーナ人形が、ついていないはずの目で私を睨んできたような気がしました。

よくも壊したな、と言われた気がしました。

お前も壊してやる、と言われた気もしました。

実際は何も聴こえていないはずです。

人形は喋らないはずですし、そもそも首から上が無いのですから喋ることはできないはずなのです。

そう、ですから、これは私の幻聴。


 私はオルゴールを捨てました。

しかしそれでもなお、私の頭の中では毎晩のように不協和音のメロディーが奏でられるのです。

そして首の無いバレリーナ人形が舞台で踊り続けます。

真っ赤なステージで永遠に、くるくる、くるくると。



END

読んでいただきありがとうございました。

色々改ざんしておりますが一部実話です。

尚私は壊れていません。多分。

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― 新着の感想 ―
[一言] オルゴール捨てた、、ところが怖かったです。 そうせざるを得なかった主人公の切羽詰まった感と 罪悪感と後悔と更なる不安が いい感じの後味の悪さを醸し出してますね。
[一言] 以前、読ませていただいた蝶と列車と比べると、テーマにあわせた文章と伝えたいことが何なのかがよくわかるようになっていて良かったです。 欲を言えば、もう少し長くても良かったかな、と思います。他の…
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