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昼食

作者: 竹仲法順

     *

 正午になってから、あたしは食事を取りに近くのランチ店へと出かけた。外は快晴である。青い空に雲が一つもなく晴れ渡っていた。オフィスを出て、街の目抜き通りを歩く。さすがに仕事で疲れていた。生身の人間だから、疲労するのは当たり前だ。ずっと仕事が続くのだが、あたしも上手くこなしていた。確かにいろいろと悩むことはある。特に対人関係は一番きつい。ずっと仕事をしながらもストレスが溜まり、心身両面で疲れ果ててしまう。だけど食事時ぐらいゆっくりしたい。そう思いながら近くのランチ店へと入っていった。すぐに席が開き、同僚の美佳子と一緒にテーブルに座る。

「美味しそうね、どれも」

「ええ。……でもあたし、胃が痛くて」

「何かあったの?」

「うん。聞いて欲しいんだけど、仕事でストレスが溜まっちゃってて、それが胃に来てるのよ」

「病院行った?」

「ええ。胃カメラ飲んだら、ストレス性の胃炎だって」

「胃炎?」

「うん。今、多いらしいわ。過労とかストレスとかで胃腸やられる人が」

「薬とか飲んだ?」

「もらってきたわ。一応最低限だけどね」

 美佳子がそう言ってあたしに薬を見せる。緑色をした錠剤タイプの胃薬だ。胃腸の不具合には一番効く。そう言えば、あたしも最近胃がもたれたり、食事があまり入らなかったりする。やはり心身ともに疲れているからだろう。職場ではとても疲労するのだ。胃腸の痛みだけじゃなくて、頭痛や坐骨神経痛、それに椎間板ヘルニアなどいろんな病気が襲ってくる。相当警戒しているのだった。何せ夏という季節は一番体調が変動しやすい時季である。蒸し暑いのだし、室内は冷房が利いているのだが、何かに付けて億劫になってしまう。それがあたしたち会社の女性社員の悩みだ。そしてそういったことがいくらでも重なり、ストレスや疲労となって体に蓄積される。さすがに疲れていた。フロアでデスクに座り、パソコンのキーを叩くのが仕事だったし、就業時間が終わればオフィスを出て帰宅し、なるだけゆっくりする。美佳子は脂物が入らないようなので、あっさりした野菜サラダを一皿とアイスティーを一杯頼んだ。あたしの方は食欲があったので、ピラフ一皿にアイスコーヒーを一杯頼む。食事休憩が終わればまた仕事だ。パソコンに向かうのがあたしたちの業務で、もうすぐお盆休みに入るのだが、疲れていたので連休中はゆっくり休むつもりでいた。サラリーマンで彼氏の隆夫が自宅マンションに来るかもしれなかったが、あたしも彼と会ったら会ったで一緒のベッドの上に寝転がり、体を休める気でいる。夏場は何かと病気を発症しやすいので、休みはなるだけ寛ぐつもりでいた。目先の仕事のことにはあまり囚われないようにして。

     *

 その日、昼食を食べ終わりオフィスに戻ると、仕事が山積みだった。美佳子とはデスクが隣同士なのだが、やはり互いに疲れは隠せない。あたし自身、何を言うこともなく午後から仕事を再開した。やはり疲労が溜まっていると、互いの意中が分かってしまうようでどうしようもなくなることがあった。気にしているのだ。彼女の胃腸病を。まあ、どう考えても治るわけじゃなかったのだが……。あたしも休む間もなしにキーを叩き続けていた。カツカツカツというタッチ音が辺り一帯に鳴り響く。自分が体調を壊さないかどうか、頻りに気に掛けている。別に何もかもが綺麗さっぱり拭ったようになくなることはない。やはり知らないうちに心配事や病気などは遠慮なしに襲ってくる。仕事が続くから疲れてしまう。データの入力などには慣れていたのだが、デスクワークはやはりきつい。

 その日の午後五時半に仕事が終わり、残業なしで帰れる前にスーツのポケットに入れていたスマホが鳴り出した。隆夫からかなと思い、着信窓を見ると、案の定彼からだ。通話ボタンを押して出た。

「はい」

 ――ああ、お疲れ様。俺。隆夫だけど。

「分かってるわ。お疲れ様。何かあったの?電話掛けてきて」

 ――今度の週末、君のマンションに行こうかなって思ってるんだけど、大丈夫?

「ええ、いいわ。あたしも休みはゆっくりするつもりだし、あなたが来てくれたら一緒に楽しく過ごせそう」

 ――分かった。じゃあ来る前に一度連絡するよ。君も俺が来るってなると、準備がいろいろとあるだろうし。

「そうね。でも今週末はゆっくり出来そう。楽しみにしてるわ」

 ――ああ。今日も一日お疲れ様。家に帰ってきたらなるだけゆっくりしてね。俺も自宅に帰ったら即シャワー浴びるから。じゃあまた。

「じゃあね」

 恋人から掛かってきた電話が切れると寂しさが襲ってくるのだが、別によかった。あたしも会社の最寄のバス停でバスを待ち続ける。一日が終わると、疲れがドッと出てくるのだ。さすがに女性社員は大変である。今の会社に居続けて長いので慣れてしまっていた。だけど隆夫がいてくれることで安心できている。バスが着いたので乗り込み、揺られながら自宅へと帰っていく。あたしにも憎ったらしい上司がいるのだが、せめて仕事が終わればそういった人間たちからも解放される。社内ではずっとパソコンを使い、資料や書類などいろいろな物を作っていた。当然他の社員とはほとんど接触がない。せめて美佳子ぐらいなものだった。いつもお昼を共にするのだし。彼女の胃炎が気になっていたが、直に治まるだろう。今週末、隆夫と会えると思うと、それまでは仕事に精が出る。頑張ろうと思っていた。しがない一女性社員であるあたしにとって、美佳子と一緒のランチタイムが格好のときで、何も遠慮することないだろうと思っていた。

 そしてその週の土曜日、隆夫がやってきたのである。事前にスマホにメールが入ってきていた。<今から来るよ。じゃあまた後でね>と短文で打ってあり、あたしも<気を付けてきてね>と短文で打ち返し、夕食の準備などをした。それから彼が来たとき出迎える。玄関先で物音がしたときに行ったのだ。そして隆夫が入ってくると、いきなり抱きしめてくれた。絶えずキスを繰り返す。疲れたときは男女共に抱擁が一番なのである。腕同士を絡め合わせて口付けした。ゆっくりとベッドに横になり、くっつき合う。シーツはよれてなかった。普段から互いにずっと仕事ばかりだったので疲れている。遠慮なしに抱き合い続けた。いつも昼になると、美佳子と一緒にランチを食べながら過ごすのだし、こんな日は隆夫と共に一日を送るのが一番だ。互いに慰労し合う意味で。さすがに会えないときは長く感じてしまうのだから……。だけどお互い週末婚をしていて慣れてしまっていた。それだけ絆が強いということである。互いの間に。

                                 (了)


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