第九話 てるてる坊主を逆さまに。
日射しも強くなり空気がしっとり……というよりじめじめとしてきた今日この頃。
天気予報によればもう梅雨入りらしく、さらにいうと現在外でひたひたと雨が降っている真っ最中だったりした。
そんな中、
「なんでだっ! 昨日ちゃんとてるてる坊主吊したのに、なんで雨が降ってくるんだ!」
湿気でべとべとしているこの不快感よりもうっとうしい少女の怒声が、雨音を遮ったのである。
少女の眼前の窓には確かに歪なてるてる坊主が吊されていて、お互い相手と向き合って真剣に(?)にらめっこしていた。
その距離、実に五センチ未満。
「妹よ、いくらてるてる坊主を吊したからって必ず晴れになるってわけじゃないのだが……」
「うるさい風太! 雷華様が『明日晴れにしなければもれなく公衆の面前で白昼堂々首吊りの刑だ』と念じながら作ったてるてる坊主だぞ!? つまり百発百中完璧な予報なのだ! なのになんで晴れさせなかった!!」
もうすでに公衆の面前で首吊りになってるからじゃないかと。
と軽く心の中でジョークを入れつつそれを眺めていると突如、視界が真っ暗になり目元が圧迫された感が……え、これってアレ、だよね……?
「ぅわっ!」
ぐいっとそのまま勢いよく後ろに引き寄せられる。耳元に誰かの吐息がかかってくすぐったい。あと、
――せ、背中になんかあ、あたっ、あたってるような感触……ッ!?
「だーれだッ♪」
「え、ア、アリス?」
正解ッ、とゆっくりと囁くように言う声。
アリスはいつも通り、素敵に無垢な天使の微笑を浮かべてそこに立っていた。
い、いろんな意味で心臓やらあちこち跳び跳ねるかと……!
「なになにッ? みんな何を話してるの……?」
俺のそんな赤裸々な内情も露知らず、アリスは相変わらず某ハンバーガー店の店員よりも完璧な笑顔を作ってみせた。
嗚呼、畜生可愛いな畜生。
「雷華ちゃん、てるてる坊主さんとにらめっこしてるけどどうしたの?」
「なんとも身勝手な自己流天気予報が外れたから」
「?」
俺は的確な答えを返してやった。アリスは小首を傾げている。
するとさっきから雷華をなだめていた風太が、突然何か(どうせろくなコトじゃない)妙案を思いついたようにニヤリと笑った。
「なァ妹よ、兄ちゃんイイ事思いついたんだが」
「ほう、例えば?」
「晴れなかったのはてるてる坊主のせいじゃない、お前が天候という名の強大な敵に対し準備が出来てなかっただけなんだ。分かりやすく言うなら……ゲームのラスボスに装備もアイテムも何も準備せずに挑んで無様にやられたということだなァ」
「な……ッ!」
雷華が不覚とばかりにとてつもない衝撃を受ける!
「じゃ、じゃあどうすればいいんだ……?」
「なァに簡単なコトさ」
そこで風太はわざとらしく一拍置くと、人差し指を立ててこう告げた。
「要は百個ぐらい作って備えりゃいいんだよ」
そこから意味も分からぬ大騒動へと発展した。
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「うぉぉおりゃぁぁああああああ!!」
雷華が目にも止まらぬスピードでてるてる坊主を大量生産している。
それに無理矢理付き合わされて、俺達は全員せっせとティッシュ製人形を作り上げていった。
「これ……いつになったら終わるんだ……」
「もう軽く……五百個ぐらいは作ったよなァ……」
「ら、雷華ちゃん……もう十分作ったと思うよ……少なくとも、寮の全部の窓一面てるてる坊主でうめつくされるぐらいには……」
ぴたっ、と雷華の手が静止。
「……本当か?」
「た、たぶん……」
「お前たちが単に休みたいからとかではなく?」
「「いやマジです!」」
「そうか、ならもういいだろう」
ほっと胸を撫でおろす一同。
「じゃあ次は寮内全域にてるてる坊主を配置だ!」
まだ地獄は終わってなかった……。
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「えいっ! やぁっ! おりゃぁぁあああ!!」
雷華が素早い動きで次々とてるてる坊主を吊し首にしていく。
が、しかし
「まだまだ甘いな妹よ!」
「な、何!?」
突然風太が、少女の吊したてるてる坊主を超高速で次々と逆さまに吊し直していった。
「う、裏切ったな風太ぁああ!」
「別に最初から味方になったつもりはなかったけどなァ。俺はこの勝負の罰ゲームとして、雨の中『ひろってください』とあえて水性ペンで書かれた段ボールに入れられる、かわいそ〜うな妹が見てみたいんで。んで遠慮なくお持ち帰りしてあーんなことやこーんな恥ずかしいことを……」
「この外道がぁぁああああああああ!!」
安易に想像出来てしまったのか、雷華は半分涙目だった。
それでもてるてる坊主を吊す手はまったくスピードダウンしない。まあ手を緩めたら終わりだしな。
一方の風太はその瞬速を生かし、逆さまのてるてる坊主をどんどん増やしていく。
彼は余裕の表情で、妹の必死の形相を見てご満悦そうだった。
お前、ひょっとして最初からこれ目的だっただろ……。
「……仲のいい兄妹だな」
「そ、そうだね……」
俺達はただ苦笑いしながら、手元のてるてる坊主を持て余すのだった。
「……あら、大和くん達……こんなところで何してるのかしら……?」
「な、なななんか向こうであの兄妹がまた変な競争してるみたいだけど……」
たまたま廊下を歩いてたのか、騒動が気になって出てきたのか。震子さんと怯助さんもやってきて、大量のてるてる坊主を見て絶句していた。
事情を説明すると二人はいとも簡単に納得したようだった。
あの兄妹にとってはいつものこと、らしい。
それでいいのかそれで。
「……せっかくだから、自分のなってほしい天気の方に吊したらどうかしら……?」
「つ、つまり?」
「……晴れになってほしかったら普通に吊す、天気が崩れてほしかったら逆さまに吊せばいいの……」
そう言うと震子さんは、足元に山積みになっていたてるてる坊主を一つ取ると、それを逆さまに吊した。
「じ、じゃあ僕は……台風になって仕事休めればいいなあ……」
「……そんなことになったら、また上司の方から一日中嫌がらせ電話が来るわよ……?」
「やっ、ややややだなぁやっぱり晴れが一番だよアハハハハ……!」
怯助さん、てるてる坊主を吊す手がすっげえガクガク震えてます……。
「じゃあ俺はあっちに吊してこようかな……うん、俺もやっぱ晴れかな、じめじめしたのは苦手だし」
そう言っててるてる坊主を本来の正しい吊し方に乗っ取り、窓辺にくくりつける。
「あ、アリスはどっちにしたんだ?」
「えへへッ。内緒だよ内緒〜」
「なんだよそれ、まぁいいや。そろそろあいつら止めないと俺達も寮長に叱られちまうな……」
この食べ盛りの年で食事抜きの刑はキツイからな……切実に。
――大和がその場を去った後、アリスは背中に隠してたてるてる坊主を取り、それを『逆さまに』吊した。
ちなみに翌日の天気は、なんとも微妙な曇り空となるのだった。