第八話 侵食された俺の学校生活。
「えーみんな席に着いて静かにするように。ほら席着けー。今日は転校生を紹介するぞ。渚、前へ」
「は、はい。ええと新しくこの学校へ転入してきました、渚大和です。よっ、よろしくお願いします」
ぎこちない自己紹介が終わると共に、クラス中から控えめな拍手がぱちぱちと聞こえてきた。
どうやらこの学校は人数の関係もあってか教室が一つしかないようで、学年もバラバラでクラスメートの年齢もバラバラだ。
俺と同い年ぐらいの奴もいれば、まだ小学校一年生ぐらいの小さい子まで同じ教室で勉強するらしい。
ちなみに私服オッケーだが、制服みたいな格好の子も、ちらほらいる。
……学習内容に差がありすぎるよな、どうやって授業進めるんだろう。
また、生徒は街から来てるのがほとんどで、むしろ俺みたいな奴の方が珍しいらしいな。付属のはずなのに寮のことを知らない子もいたし。
それ以前に、あの寮付属ってところでまずいろいろと怪しいのだが。
その後、俺は転校生恒例の席――窓際かつ一番後ろの席を案内され、ギクシャクしながらも着席するのであった。
こ、ここまで結構緊張するもんだな転校って。
さっきの自己紹介も――怯助さんほどじゃないけど――あちこち噛んじゃったしなぁ。
「大和だっけ? よろしくなー」
「あ、あぁよろしく!」
俺が椅子に腰かけて一息ついたとき、右隣の席の男子が話しかけてきた。
ジャージ姿で白い歯のよく似合う爽やか体育会系で……年は俺と大して変わらないぐらいか。
「何か分かんないことあったな遠慮するなよ? ほらこんな環境だからな。聞きたいことなんて山ほどあるだろ?」
「え!? そ、そんな、悪いよ……」
「いいのいいの。僕たちだって早く大和に馴染んで欲しくて言ってるんだし」
「みんな根はお人好しのいいやつばっかだから答えてくれるよ。ね! みんな!」
「「イェーイ!!」」
うわぁ、なんでこんなに親切なんだろう……。久々に人の温かみに触れた気がして目から水が。
けっして今までの扱いと比較して感動してるんじゃない、けっして今まで遠慮が許されず質疑応答も認められず仕舞いだったからなんかじゃないぞ。
……あ、なんかいろんな意味で泣けてきた。
「な、これで心配はいらな――っておいどうした!? みんなー! 大和が突然泣き出したぞー!」
「えぇ!? ちょ、大丈夫か大和!」
「どうしたのー?」
「男の子が泣くなんて情けないわよー」
「悩み事でもあったのかなぁー?」
「元気だしてー」
「やまとー」
「とまとー」
「否、人には時に不安定になる瞬間も在るモノよ」
「へぇー」
なんか様々な声が飛び交っていたが安堵したせいか、連日の精神的な疲れもあったからか、俺はあっさり意識を手放して机に伏せるのだった……。
――――――――
――――――
――――
あっという間に放課後。
――学校って、こんなにフレンドリーなところだったっけ……。
とか思うくらい上級生も下級生も先生も親しげに俺とも話してくれるし、俺もそれに応えて分け隔てなくフレンドリーに接したつもりだ。
前の高校のときはここまでクラス一人一人が親密な関係じゃなかった気がする。
だからなおさらしみじみと、この学校の素晴らしさを感じる俺であった。
もう幼い子たちは公園でみんなで遊ぶらしく、一人の子がボールを持ちながら「はやくいこーぜー!」なんて他の子達に呼びかけながら、走って帰っていく姿が目に映った。
そんな光景を感慨深く眺め、いい気分でさて俺も帰ろうかな……と席を立ったそのとき、
「大和さん、ちょっといいですか?」
俺は同年代のクラスメイト四人に囲まれていた。
「驚かせてスマン。ただこの話はチビ達――無関係なヤツがいるところではしにくい話だからさ……」
最初に俺に話しかけてくれた、隣の席の爽やか男子が声をかける。
その表情は苦笑いなのか引きつってるのか分からない、なんとも微妙な情報しか俺に与えてくれなかった。
そいつはただ申し訳なさそうに、頭をポリポリ掻いているだけだった。
「本当にごめんなさいっ……けど私達、『何故あなたがここに来たのか』が気になって……」
さらに一人、今どき珍しいロングスカート(でもヤンキーとは真逆の雰囲気)の女の子がもじもじしながら呟いた。
ウェーブが綺麗な長い髪の毛を耳にかけ、先ほどの男子と同じ曖昧な表情で視線だけを送る。
「そ、それどういうこと? 俺がここにいるのは変なのか?」
「そっそうじゃないの! けど『あの寮からは君一人しか来ない』から……」
何か違和感が。
「えっと……ごめん、話がよく見えないんだけどよければ説明してくれないかな……?」
「……ま、そうだろうと思ったよ」
突然、さっきから席に座っていたままだった――白い学ランを着たおかっぱ気味の髪の優等生風少年が、文庫本を片手に持ったまま立ち上がって呟いた。
「ど、どういうことだよ」
「危険度A以上の者しか入れないあの寮から、本来この学校に来る奴なんて皆無。というか行かせられないんだろうね。存在自体が不安定かつ危険すぎるし、ちょっとした衝撃で僕らに危害を与えかねない」
優等生は何故かはぁー……と溜め息のように息を吐くと、本に目を通しながらぺらぺらとわけ分からん説明を続ける。
ちなみに俺は、そのわけ分からん説明を半分も理解しちゃいなかった。
「防御するにしたって彼らの力は僕達……教員含めても最高でBプラスぐらいしかいないから、本気で暴走されたら手も足も出ない。だからこそあの寮から人が来るわけないんだ」
本をぱたんと閉じて、優等生は初めて俺と目を合わせた。
本人はそのつもりはないのか真意は分からないが、その瞳には俺に対する批判めいた色が伺えた。
――そう言えば以前にも、寮長が似たようなことを言っていたような――
「でもま、君は僕達以上に『ただの凡人』にしか見えないですからね。実際まだ能力も何もなさそうだし。何故あの寮に配属されたのかは知らないけど、君なら別に危険性の欠片もなさそうだからじゃないかな」
「………………」
俺は別に特別な奴になんてなりたくないし、かっこいい能力なんてそこまで欲しくはない。
みんなが一般的に言う退屈な日常の方が俺は好きなんだ、と思う。
ただ一つだけ言おう、こいつムカつく。
「なぁ、俺からも質問いいか?」
「なんですか」
お決まりのメガネをくいっと上げる仕草をしながら、優等生はぶっきらぼうに答えた。
「まず一つ目、今言ったことが事実ならなんでここはあの寮直属の学校なのか。二つ目にお前達は何者か。三つ目はそういうお前達はどこに住んでるのか、でいいか?」
「…………本当に何も知らないんですね。来たばっかだからしょうがないんですか?」
呆れた、といった具合に盛大なため息を吐くと優等生は他の人に視線を浴びせた。
その態度、チョー腹立つんですけど。
「えっと……ここからはおれが説明するな?」
険悪なムードを察してか、爽やか体育会系が口を挟んできた。
仕方なく俺も、静かに煮えたマグマを沈静化させて耳を傾ける。
「まず最初の質問、これは寮の奴らを一般の社会……まあ学校とかの環境で暮らせるよう教育するため作られた施設なんだが……過去に何度かトラブルがあって今では……。そして二つ目と三つ目、これはいっぺんに同じ回答で平気だな。おれ達は――」
「僕達はたそがれ寮の姉妹――あかつき荘の住人です。まぁこちらの生徒会も兼ねているんで、そっちの方で覚えてくださって構いませんが。こちらでは危険度ランクCからBの若者を集めてるそうで、僕らは全員それに該当しているんですよ。もっとも、能力は比較的安定してるから特に問題はないけど」
結局優等生がいいとこを持っていく。
え、えぇっと? またややこしいことになってるなぁもう……。
「ま、普段はただのクラスメイトだって思ってくれればいいから。近いからいつでも遊びに行けるけどな――自己責任で」
爽やか体育会系がそう言い、
「初日から変なことを聞いちゃってごめんなさいっ……! わたしたち別に大和くんの敵ってわけじゃないの……ただときどき学校外でも会うことになるだろうから、ご挨拶しようと思って。それに、あの寮の子達とも――こっちが勝手に思い込んでるのかもしれないけど、とにかく仲良くさせてもらってるから、あなたを通して学校に来て欲しかったの……ごめんなさい」
ロングスカート少女が長々と謝罪し、
「では用も済んだしこれで――失礼します」
あのメガネがちゃっちゃと廊下へ消えていく。
次々に人はいなくなり、最終的に俺ともう一人見知らぬ子だけが教室に残った。
「…………ほわ〜」
「……ほわ〜?」
訳が分からずオウムのようにして聞き返すと、肩まで伸びる髪に丸首シャツ、ジーパンという普通の格好をしたその子は、俺の背中辺りを指差して一言。
「えへへ〜。だってきみの後ろによう――」
「そんな非現実的なモノはいませんんんっ! ほらっ、お姉ちゃんと一緒に行きましょう!」
「かわいかったのにぃ……はぁ〜い」
先ほどまでおろおろしてばかりだった、ロングスカート少女の意外としっかりとした一面を見つつ、俺が呟いたのは一言。
「…………長かった。そして疲れた」
何がなんだかいまいち掴みきれてないが、まず最初に思ったことがそれだった。
どこかから知らないがお疲れ様、と聞こえた気がした。
あの寮なりの学校生活。ちなみに安息など与えられもしないのである(笑)
なんか急に詰め込みすぎてすいませんいっそ忘れてくれて構いません(うるせえ)
寮長が同じようなことを〜のところは第六話参照。