第七話 日常な非日常?
新しく俺の寝床となった角の一室は昨日の内に家具が運び込まれていた。
ちなみに俺の家からそのまま。なので新しい部屋とはいえ周りにあるのはすでに見慣れたモノばかりだ。
……なんか、それも微妙だなぁ。せっかくだし今度模様替えでもするかな。
「くわぁぁあ……今日何曜日だっけ……」
大きな欠伸ひとつ。まだ眠い。
枕元のデジタル時計には『A.M 9:30 SUN』と表示されている。
「まだ九時半かぁぁ……休みだし、もう少し寝るか……」
そう言ってまたベッドに倒れ込み、惰眠を貪ろうとしたその時。
『えーそこの部屋でぬくぬくしている立て篭り犯に次ぐ! ただいまお前の部屋は我々によって完全に包囲されている! 大人しく投降して一階に下りて飯を食わないとまもなくお前の部屋を爆破――』
「わかりましたわかりました今すぐそちらへ向かいまぁす!」
この寮でそのような行為は不可能だと知った十五の朝。
「遅いぞ馬鹿モノ! それでも貴様は軍人かっ!」
「いえ普通の高校生であります。お前こそ何やってんだ雷華」
扉の前にはやはり偉そうな金髪娘が腕組みしながら立っていた。しかし服装がおかしい。
「何って、この格好を見ればわかるだろう。軍人だ。米軍だナチスだ陸海空だ戦闘だ!」
「要は軍人ごっこだな」
時代錯誤した迷彩服に身を包み、威風堂々としているその様はまるで本当に軍人のよう。普通の軍人さんより遥かに厄介な能力を持っているが。
「とにかく食堂に行くぞ大和三等兵。でないと給食当番が五月蝿いからな。そして私のことは軍曹殿と呼べと言っているだろう馬鹿者が!」
「へーいわかりましたよ軍曹殿」
「返事はハイかサーイェッサーだ!」
「サーイェッサー!」
よい子のみんなは軍曹殿の体から電流が見えてきたら大人しく言うことを聞きましょう。
――食堂にて。
食堂は寮の一階にあり、なかなか広いし綺麗だった。
色あせた木のタイル床に、張り替えでもしたのか清潔感溢れる白の壁紙。
大きな空間には年期の入った長机が五脚ほど置かれており、その隅っこでは食堂に来て数秒で席に着いた雷華が、トーストに塗るハチミツ、それの入った瓶のフタと格闘している。
「本日の朝食はフレンチトーストとスクランブルエッグとオニオンスープでぃすよ。残さず食べてくださいねでぃす」
「あ、ありがとうございます……」
雷華のいう『給食当番』の子がわざわざ俺の座った場所まで食事を運んでくれた。礼儀正しい子だなあ。
しかしこの子、どうやっても五歳ぐらいの女の子にしか見えないのだが。
……教育が違うな教育が。
と思いながら隣の迷彩服の方を見てしまう自分に素直な俺。
雷華は口をハチミツでべとべとにしながら幸せそうな顔をしていた。
……え、なんでツッコミすべきところをスルーしてるか、って?
だって……何故五歳児がいるのかとかなんで幼い子が食事を作ってくれているのかとかは、もはやツッコミしてもしょうがないと思うし。ねえ?
――廊下にて。
「いっつもいつもお前らは俺が毎度注意してるのにあれこれ壊すしふざけんなよマジで……おかげで寮長に怒られるわ給食当番に怒られるわみんなに怒られるわ……うぅ、どうせ俺なんか世の中のクズ紙にしかすぎないんだ……どうせ俺なんか……」
「お、落ち着けって修ちゃん……悪かったって謝るしよォ」
割れた窓ガラスを前にして風太と誰かが体育座りしていた。
どうやら風太が窓ガラスを割ったのでその説教らしいのだが……すっかり立場が逆だ。
……声かけた方がいいだろうか。
「あの……」
「あー止めといた方がいいぞ大和二等兵」
まだ続いてたんだそれ。ていうかいつの間に昇格したんだ?
「修ちゃんは一度ああなると半日ぐらいはずっとあの状態だからな。雷華様達はしょっちゅうあの状態にさせてるから治す方法も知ってるが、素人がむやみに話しかけると危険だぞ」
どんだけ迷惑かけてるんだよお前ら兄妹……。
――同じく廊下。
「あらぁ! あなたが例の新入りくんね? やだぁ〜挨拶が遅れちゃったわごめんなさい私ったら……」
「はぁ、どうも……」
「そういえばあなた高校生なのよねぇ、ってことは私より年上ね。私、馴れ馴れしいからか年下に見えないでしょう? オホホホ!」
「あ、そうですね……」
「やだあもう正直に言い過ぎよぉ傷付いちゃうわぁアハハハハ! それにしてもなかなかいい顔してるじゃない? でも私に任せればもっと素敵に綺麗になれるわ。どうかしら、試しに一度……」
「いいいいいえ結構です大丈夫ですから!」
「えぇ〜残念だわぁ。せっかく新入りくんを私好みのニッポン男子にしようと思ってたのにぃ……」
「マジで結構ですマジでホント俺のことなんて気にしないでください! 本気と書いてマジです!」
父さん母さんお元気ですか。
俺は今、掃除用のデッキブラシを持った……オカマに絡まれています……。
「なんだかんだわけの分からないこと言ってるが単にお前仕事サボりたいだけだろオカマ」
雷華が淡々とした口調で事実を告げる。
その後、偶然通りかかった寮長の厳しい一喝が発せられるまで、俺が解放されることはなかった……。
「うぅ、疲れた……」
「あははは、そこはまだ入ったばかりだししょうがないよッ♪」
まだお昼前だというのに三日分ぐらい疲労した気がする……こんなんで本当に大丈夫か俺。そしてこのセリフも何回目だ、俺。
「まったく、休む日と書いて休日なのにこんな疲れちゃ意味ねえよ。平日はこれと学校……」
……ん?
「そ、そうだ学校だ!」
そうだよ、俺こんなところに住むことになったけど学校はどうなるんだよ! 家の近場にしたからここからじゃ遠いじゃんか!
「ふぇ……? 学校がどうかしたの大和くん。」
「いや、ここからだと遠すぎて今まで行ってた高校に通えないな、って……」
するとアリスはきょとんとした顔で答えた。
「あ、なぁんだびっくりした。珍しいね、学校に行きたいの? それなら全然心配ないよ?」
「え、ホントか!?」
なんだろう、タヌキにも見えない某ネコ型ロボットの持ってるピンクの扉みたいなものでもあるのだろうか。
「だってこの寮付属の学校に編入するものッ」
…………へ?
「だってこの寮付属の学校に編入するものッ」
「っておいおいちょっと待て? いくらなんでもそれは……」
「――イマサラ、でしょッ?」
確かにその通りでございます……。
とにかく何もかもが急すぎると実感して次回への伏線を張りつつ今回は終わります。
なんか俺のセリフじゃないよなコレ。