第五話 過剰な自己防衛は周囲の迷惑になるのでほどほどに。
「ところで、部屋の前でこんなに騒いでるのに中の人は出てこないのか?」
俺の素朴な疑問にまず風太が答えてくれた。
「さっき言っただろ? きょーちゃん……怯助は極度のビビり、簡単に言えば超ひきこもりなんだよ。シャレにならないレベルの」
そう言いながら少年が部屋に上がり込むと、他の一同も無断で室内に入っていく。
ちょ、ちょっと……勝手に入り込んでいいのか?
仮にも人の部屋なんだからプライバシーってもの、が……。
……部屋? 暗すぎてまったくよく分からない。
単に何も見えないからか本当に何もないなのか分からないが、空間がとても広く感じる気がする。暗室なのかな。
とりあえずどこかに照明のスイッチは……
――かちっ。
お、あったみたいだな。これで周りがよく見える――
あれ、全然明るくならないな。
ひょっとしたら照明のスイッチじゃなかったのかもしれない。
そして気のせいか風の通り具合がよくなっただけのような……?
「大和くん後ろッ!」
「え……っうおぉあぁッ!?」
俺が後ろを振り向いた刹那、真っ先に眼前に飛び込んできたのは――網!?
いや網じゃない! こ、これは巨大な――
ばちぃぃいん!!
――ハエ叩きッ!
▼きゅうしょにあたった!
大和は1000のダメージ。
大和はちからつきた。
「……や、大和くん! しっかりしてぇーッ!」
「あちゃー……また罠がパワーアップしてる……完全にダンジョンが出来上がってるぜェ」
「軟弱だなっ! 気を抜いてるからそういうことに――はぁぅっ!」
▼雷華はネズミ取りにひっかかったようだ。
雷華はみうごきがとれなくなった。
「言ってる側からそんな単純な罠に……ぷ、さすがは我が妹」
「笑うなぁぁあ!!」
「しっかし、早くもパーティメンツが二人も欠けちゃマズイなァ。きょーちゃんの隠れ家までは、地下・トラップ迷宮を越えなきゃいけないし……」
「ととと、とにかくッ! どこかに地下室への階段があるはずだよね、それを探さないと! ……この壁おかしいなぁ、ここだねッ!?」
かちっ。
▼アリスはおとしあなをはつどうさせた。
大和のあしもとにおおきなあながあいている。
大和はおちた。
「トドメはアリス姉ちゃんだったか……」
「ああぁぁッ大和くんが! 大和くーん! 大和くーん! やーまーとーくーんッ!!」
――――――――
――――――
――――
……どこだココ。
気が付いたら俺は巨大なクッションの上に大の字になって寝ていた。
確か巨大ハエ叩きに思いっきり叩かれて気絶していたと思うんだけどなぁ……いつの間にかステージチェンジ?
けど結局はここも、さっきの場所と変わらず薄暗い。
強いて言えば空気がひんやりとしていて、やや埃っぽい臭いがするぐらいか。あのときの牢屋と同じだ。
……いやそれ以前に、まずハエ叩きで気絶した俺ってどうよ?
そもそもなんであんなところに巨大ハエ叩きが、ていうかなんで巨大ハエ叩きなんてモノがこの世に実在しているんだよ。
俺の知ってる限りではあのハエ叩きを使わなきゃ退治できないハエなんていないぞ。あれじゃまるでハエ叩き人間用……
……不覚にも、いつもあんなので叩かれているハエに同情してしまった。
むやみに殺生をしてはいけないね、うん。
「とにかくじっとしててもしょうがないよな……」
そう言いながらやっと体を起こすと、何か冷たい物に指が触れた。
「――ッ!?」
突然のリアルな感触にびっくりして即座に手を引っ込める。
……シチュエーションに多少問題アリなので過剰に反応してしまった。
よく見てみるとそれは白くてやや細身の腕だった。体温はまったく感じない、というかむしろ冷たすぎるくらいで――し、死体!?
近寄ってその全貌を確認する。そこには女の人が横たわっていた。
肌も髪の毛も真っ白と言っていいほど色素が薄く、髪型は少し長めのボブカット。
顔立ちもとても整っており、儚げなイメージの美人に大人の禁欲的な色気も混ざった感じ。
服装は……ッ!?
胸元の大きく空いたチュニックセーター、そこから豊満な谷間を眺めることができ、袖や腰の辺りからはきめ細かな素肌をした四肢が伸びている。
意外とグラマーな体つきをした女性だなあ。ってソウジャナクテ!
なんでこの人『セーターしか着てない』んだ?!
いや確認したわけじゃない! 決して俺がそのようなコトをしたわけじゃないぞ!
だ、だって胸の辺りとかすごいギリギリだし、てかここまでオープンにしてたら中に着てるモノとか絶対見えるはずなんだし、それがないんだし、あと脚も太ももの付け根辺りまで見えてるし……ッ!
とそのとき、今までぴくりとも動かなかった女の人の身体がもぞ……と動き出した。
――し、死体が動いた!
まだ重たそうな瞼をゆっくり持ち上げた女の人は、虚ろな目で周囲を見渡し、最終的にその瞳は俺を見て静止した。
「…………」
「………………」
き、気まずい……。
どうしよう、こういう場合はまずコミュニケーションを取らなきゃまずいかな……仮にも元は人間だ。頑張れば意思の疎通ぐらいはできるはず……!
「……誰?」
ぽそ、と女性が呟いた。
あぁそうだよな、まずは自己紹介からだよな、ないすとぅーみーちゅーで済むわけない……。
「……あぁ、新入りの子かしら……そう、あなたも引っかかってしまったの……困ったわ怯助くんには」
俺の返答も待たずに彼女はあっさり俺の正体や境遇を言い当ててしまう。
……今まで会った人間と比べるとこの人は全然マトモな方だ。けどなんか……何か普通じゃない気がする。能力とかじゃなく、別の意味で。
こういうの、神秘的って言うんだろうな。
「あの、あなたは何故ここに寝ていたんですか?」
「……ご飯できたから迎えに行って……間違って落とし穴のスイッチを押してしまって、気付いたら……ずいぶん長い間寝てしまったみたいね……」
迎えに来た、ってことは……怯助さんの居場所を知ってるのか?
「一応……でもあの人毎回居場所変えるから、ほとんど勘かしら……」
なんとも頼りない回答である。
まあとにかく、何も当てがないよりはマシなのでせっかくだから案内(?)してもらうことにした。
――途中で俺は何度も罠に引っ掛かり、そのたびに何度も女の人に助けてもらったという裏話もあるがこれは割愛しておく。
……その辺は察してくれ、プライドの問題だ。
まぁそれもこれも、この迷宮を作り罠を大量に設置した『張本人』のせいなのだが。
しばらく迷路を突き進んでいくと不意に道が開け、迷路の終りを俺達に告げてくれた。
そこはちょっとした部屋のようになっており、周りは棚まみれ、その上には数々の謎の物体――おそらく爆弾か何か、が綺麗に陳列されている。カナリ異様な光景だ。
そしてその空間の中で一際浮いている、どこのオフィスにもありそうなビジネスデスクが一つ。
そこに彼はいた。
「……怯助くん、お客様の歓迎もしてくれないのかしら……?」
女の人の声が聞こえたときその人影は過剰にビクッと反応し、ぎこちない動作でこちらへ振り向いた。
「し、ししし震子ちゃん……なな何のよう……」
そこで俺とバッチリ目が合った。
「だ、だだだだ誰……? ぼぼぼ僕にな、何の用で……!」
いやいやいやいくらなんでもビビり過ぎだろう。
外見からしてみてもそのまんまだ。
地味な色のシャツにジーンズを履いただけの格好、髪は男にしては長めの黒髪で、片目は前髪で完全に隠れてしまっている。
いかにも『根暗です』と主張してるかのような姿じゃないか。
「……彼は例の新入りくんよ。たまたま迷路で会ったから一緒に来ただけ……それもこれもあなたの罠のせいだけど……」
「――ひっ! だだだってこうでもしないと雷華ちゃん達にイタズラされるから仕方ないんだよ、毎度毎度僕が丹精込めて作り上げたトラップを次々に盗っていくし悪用するし……」
そこは同感だ。詳しくは知らないがアイツらならやりかねない、いや絶対やるだろう。
さっき風太が仕掛けたと思われる爆弾も、きっとここから盗んできたものか。
しかしいくらなんでも度が過ぎていると思うが。
「……それでも、ちょっとやり過ぎじゃないかしら……」
またしても女の人は心を見透かしたかのように、俺の言いたいことをずばり言ってしまうのであった。
……そして、なんか底冷えするぐらい寒くなってきたのは気のせいか。
気のせいじゃない。俺達の周囲はすでに霜が張っており、気温は……何故か壁に掛っていた温度計によると、約四度。
――超寒い!!
冷気の根源は、その女の人だった。
「べべべべ別に僕は決して人を傷付けるために罠を作ってるんじゃなくて……! この迷路も、あちこちにたくさん仕掛けたトラップも、単に護身用として設置してるだけだって……」
女の人が(おそらく)怒っているのを悟ったか怯助さんはより一層慌てて弁解した。
……ってアレ護身用!?
ちょっと待て! ただの自己防衛なのにこんだけ規模デカイの!?
マテマテマテ自衛隊じゃあるまいし、つーか――やり過ぎだ!
そりゃ、アイツらのイタズラも相当悪質なモノであることは伺えるが。
「……新入りくん、彼が【暗田怯助】くんよ……」
あっさりスルー。いろんな意味、女の人は冷たかった。
それよりもまぁ、うわあすごい名前だな……超そのまんまだ。
「言い忘れてたわ……私は【氷室震子】……この寮に『怯助くんと一緒に』住まわせてもらってる身よ……」
さんざんお世話になっておきながら、そういえばお互い名前も知らなかった。
震子さんと言うのか。言われてみればアリスが名前を言っていたような気が……。
「そうだ! 地上にいるアリス達は今何を――」
「やっと全員揃ったか」
うっ、この有無を言わさぬオーラは……!
「……りょ、寮長……」
怯助さんがびくびくしながら、声の主を見る。
そこには最初に会ったあの女――寮長と、アリス、雷華、風太の三人がいた。
「大和くん! 無事でよかったぁ……」
「無駄話は後にしろ、私はまだコイツと話がある。……先程話の途中の途中で気絶してくれたからなコイツは」
ひぃぃいいいこのお方もお冠だぁああ……!
というわけで俺だけ強制連行され、残った面々は全員で怯助イジメを開始。
……自業自得だろう。
罠があってもなくても、結局イジメられる結果となった怯助さんの哀れな姿を見つつ、さらに可哀想な俺は半強制的にその場を後にした……。