第三話 階段から堕ちるときは細心の注意を払いましょう。
「寮を案内するって言っても、まず最初に寮の人達にご挨拶しなきゃね」
「挨拶周りはご近所付き合いの第一歩、ってか?」
「そういうことッ♪」
とりあえず部屋を出た俺達は、一階上の三階へと向かうため、中央にある階段を上っていた。
ちなみに先程まで俺が寝ていたのは二階にあるアリスの部屋で、彼女の話によると同じ階の空き部屋が俺の部屋になるそうだ。
「同じ階で嬉しいなッ。今度遊びに行ってもいいかな?」
あの弾けるような笑顔の前では、俺に断る権利も勇気も度胸もない。
……せいぜい、服やら物を散らかしたり、なんか後ろめたいモノや変なモノを置きっぱなしにしたりしないよう気をつけなければ。
そして三階に上がった途端、
「先手必勝!」
「のわっ! あだだだだだだだだぁッ!?」
俺は何者かに勢いよく突き飛ばされ、奇声を発しながら頭から階段を滑り落ちていった。
ゴスゴスと段差に身体を打ちつけ、階下まで落ちきったところで静止する。
「いつつ、痛ってぇ……いきなり何しやがる!!」
俺は相手に向かって思いっきり怒鳴った。頭の打ちどころが悪かったら危うく昇天してたかもしれない。幸いそれはなかったが、階段の角にさんざん当たったのでカナリ痛い。
だが突き落とした張本人は謝る素振りもなく、階段の上から見下ろす形で仁王立ちしながら偉そうにこう言うのであった。
「それは耐えられなかった貴様が悪いのだ! お前みたいなひ弱なヤツはこの雷華様がその腐れきった根性から叩き直してやる! さあ土下座でもして褒めよ讃えよ感謝しろ! 感謝感激雨アラレの嵐だっ!!」
句読点もなしに長ったらしい台詞を吐いたのは、俺より遥かに年下の……小学校四年生ぐらいの女の子だった。
まるでそれ自体が光を放ってるように輝く金色の髪をツインテールにし、太陽高く昇る曇りなき青空のような瞳は、強い眼光を俺に向けて一直線に放っている。
下は動きやすそうな短パンと、上は緑のタンクトップの下に黄色のキャミソールを重ね着。服装からして活動的な少女なのだろう。
しかめっ面、感嘆符のやけに多そうな言動……とくれば、なんか容易に性格が読めるのだが気のせいだろうか。
しかし出会い頭でいきなり階段から落とされるとは……洒落にならない。これは一種の宣戦布告と受け取っていいのか?
だとしたら、俺のやるべきことは一つ。
「なんだなんだ? 早速雷華様に畏縮されたか。つくづく弱っちいヤツだな……」
態度だけはご立派な少女の挑発に乗せられることなく、俺は至って冷静を装いながら階段をすたすたと駆け上がり、少女の前に立ち彼女のおでこに手をかざし停止させ、
ぴしっ!
思いっきり力を込めてデコピンしてやった。
「ッ! ぅ、ぅうぅ……ッ、い、いきなり何するんだ失礼なヤツめっ!」
「それを言うならこっちの台詞だ! 初対面で突然こんな目に合わされちゃコレくらい、いやホントだったらこれじゃ気が済まないのに、チビっ子だからってわざわざ手加減してやったんだ! 感謝するのはお前の方じゃねえのか!?」
「何をぅ! 新入りのくせに雷華様に向かって生意気な……!」
「だからそれを言うならこっちの台詞だっての!」
俺が負けじと言い返すと、少女はほんの少したじろいだがすぐ反論する。ちょっと大人げなかったような気がするが気のせいだ。
それにしてもあれだけ偉そうに振る舞ってたわりに、デコピン一つで涙目とは……こうなるとさすがに年相応だな。
しばらくぎゃあぎゃあ言い争っていると、不意にアリスが大声を出した。
「大和くんも雷華ちゃんもそこまでッ! ……でないと、アリス怒るよ?」
「ひっ!」
今の悲鳴は俺ではない。雷華……でいいんだよな、そいつが短くしゃっくりのような悲鳴を上げ、恐る恐るアリスの機嫌を伺っているようだった。
そんなに怒ると恐いのか……?
彼女の表情が(俺の見る限り)常に笑顔なので想像もつかないが。
改めてアリスから紹介される。
「この娘は【荒垣雷華】ちゃん。ちょっと元気すぎるのが困るけど、活発で負けず嫌いな可愛い女の子だよッ。仲良くしてあげてね?」
「ふん、せいぜい三日でくたばらないよう努めることだな」
たぶん仲良くなれそうにもない。俺は即座に結論を出したのだった。