第二十三話 ウソツキ。
あれから一時間半、俺達相変わらずレーシングゲームをやっていた。
「よし曲がりきった――ゴール! よっしゃぁぁあ!」
拳を作って両手を天井に突き上げ、天井を見ながらガッツポーズ。
いったいこれで何十回目になっただろうか。
俺はやっと、念願の一位を獲得し、勝利の余韻に浸っていた。
いっそゲーム種目を格ゲーやら落ちものパズルにでも変えた方が早かったのではないか、とも考えたが。
「や、やった……俺はやったぞ……」
拳を突き上げたまま、プ○トーンのポーズに移行し、俺は背中からベッドに倒れた。
全身に解放感と疲労がドッと押し寄せてくる……疲れた。
「お疲れぇ〜」
もうくったくたの俺に対して、全く疲れた素振りを見せない百合亞。
いつもの間延びした口調で、ベッドの上でぐったりとしている俺に話しかける。
「じゃあ、お待ちかねのごほうびタ〜イム。ドンドンぱふぱふ〜」
気の抜けるような効果音付きで。
「ぱふぱふ〜」
何故“ぱふぱふ”だけ二回言ったし。
そして何故、俺の上に馬乗りになる?
「ってのはジョークでぇ……あれぇ? ねぇ、ぱふぱふ知らないのぉ?」
ばっちり分かるわぁぁあ!
あえて流したのに復唱するな!
と、頭の中でツッコむが、声に出すことは出来なかった。
何故なら百合亞が、俺に馬乗りになったまま、顔を近付けて先程の質問を尋ねてきたからだ。
「って近い。顔近い」
「あぁ、このままキスでもいいよぉ。ごほうび」
くす……と妖しげな笑みを浮かべ、俺に迫る百合亞。
慣れた手つきで俺の両手を絡め取ると、そのまま眼前にまで顔を近付けてくる。
重力に従って垂れた、長い銀の髪が俺の頬に当たってくすぐったい。
ごくり、と唾を飲むその音が、俺の喉から、やけに大げさに聴こえた。
瞬間――全身が硬直する。
「ってのも冗談でぇ〜」
途端に百合亞がパッと手を離し、顔も離れていく。
「は……?」
呆然とする俺。
そして気付く、というか思い出す。
……コイツ、こんなナリでも『女じゃない』んだった。
「くすくす。緊張しきった大和、おっもしろかったぁ……まだ顔が真っ赤だよぉ?」
「ばっ、ち、違ッ! それはお前が絡み着いてくるから暑苦しかっただけだっての!」
必死に誤魔化して否定するが、実際は百合亞の言う通り。
何を勘違いしたのか、百合亞に近寄られたとき、俺の身体は硬直して思うように動かなかった。
美少女に似つかわしくない虚ろな瞳をしているが、美少女風の外見である百合亞に詰め寄られたら、何故か自然と緊張してしまったのだ。
「だ、だから決して異性と勘違いしたわけじゃなく……」
「ふぅ〜ん? まぁ、いいやぁ」
ようやく話が流され、俺はホッと胸をなで下ろす。
「んじゃあ、約束通りヒントをあげるよぉ。正直に、ね」
そして、一言だけこう言ったのだ。
「百合亞たちは嘘つきなの」
「はぁ?」
何をイマサラ。
俺は口をへの字に曲げて、不満をありありと表す。
「んなもん分かりきってるわ! ヒントじゃねーじゃねぇか!」
「えぇ〜……知ってたのぉ? 結構重要なヒントだと思うけどなぁ」
馬鹿言うな。どこがヒントなんだよ。
「俺が聞きたかったのはそんな下らないことじゃなくて……」
「九つの虚言の中に一つの真実を隠せ。それは匂わせる程度でもよい。偽りのみでもよい」
突然俺の言葉を遮って、何かを読み上げるかのように百合亞は呟く。
「生憎、こう教育されてきたものでぇ」
ニヤリ、と百合亞は笑った。
……どんな教育されてんだよ、お前。
「つまりなんだ。全ッ然分からない中、お前らの戯れ言の中から自力で答えを当てろってか?」
「真実は自分の目で見極めなきゃぁ」
「もっともらしいこと言うな嘘吐きが」
はぁ……と落胆する俺。
結局何も分からないんじゃないか。
もう一回、はぁ〜と溜め息をつく。
「……しょーがないなぁ。とっておきの大ヒントをあげるよぉ」
やれやれと言わんばかりに、手を上げてわざとらしいポーズを取る百合亞。
馬鹿にされているようで腹が立つなオイ。
「あの子と一緒に、いろんな人の話を聞くといいよぉ。あの子と一緒に、だよ」
百合亞にしては真剣味を帯びた声色だったが、言ってることはカナリ普通の回答だ。
あの子とは、アリスのことだろうか。
なんでそこまでアリスと一緒に、ということを強調するのだろう。
「ふぅ、真面目な話ばっかで疲れちゃったぁ。百合亞、今日はもう帰るぅ」
真面目な話ばっか? どこが?
ほとんどの時間が下らないことに費やされてたぞ。主にゲームとか。
「はいはい用が済んだならさっさと帰――ってもういない!?」
またしても、あっという間に百合亞は姿を消していた。ホント神出鬼没なヤツだ。
アイツの正体って何なのだろう。まるで幽霊みたいだけど。
でも触れるんだから実体だろう。つまり霊体じゃない。
幽霊なんかいるわけないし。いるわけないし。
気付けば窓の外は夕日が傾いていて、ふと部屋の目覚まし時計を見ると――
「あ、あ、あと二分……夕食まであと二分!?」
夕焼け空をのんびり眺める暇もない。
俺はダッシュで部屋を飛び出し、ドタドタと階段を駆け降りる音を響かせるのだった。