第二十話 7・10事件。
今日は食堂にて事件が起こりました。
「分かってない、風太くんは分かってないッ!」
「いやどう考えたってオカシイだろォ!?」
なんと珍しいことに、アリスと風太が言い争いをしているのです。
「なんでこの素晴らしさが分かんないかなぁ……絶対人生損してるよッ」
「一生理解したくねェよ」
「ふーん。そんなこと言うんだ」
ちなみに今はお食事中。
二人を除きみんな、目の前のそうめんを貪るように食っている。
まっ昼間のあっつい中、元気に白熱した口論を繰り広げる余裕なんて俺にはない。
かなり真剣な口調のアリスに対し、風太は額に手を当てて、やれやれといった様子で溜め息をつく。
不服そうに頬を膨らませたアリスは即座に反撃した。
「そうやってアリスのことキチガイみたいに言うけど、風太くんのその趣向だってどうかと思うけどなぁッ」
「な……ッ、お、オレのはまだ正常な趣向だろォ! アリス姉ちゃんみたく変人じみた趣向じゃねェし」
「そうだねッ。アリスが変人というのは聞き捨てならないんだけど……少なくとも風太くんみたいに老けてはないねッ」
「老け……ッ」
お、コレは有効打だったらしい。
風太は膝をつき、四つん這いになって落ち込んでいる。
頭上に何本もの縦線と「ガーン」という文字が見えそうだ。
「だっておじいさんみたいなコトばっかり言うんだもん。趣向シブすぎ」
「い、いいじゃねェかよォ! オレぐらいの年がワビサビを楽しんじゃいけねェのかよォ!」
必死に自分の主張を訴える風太。
その歳でよくワビサビなんて言葉知ってるよなぁ。
うーん。意外すぎるというか……ガキのお前に、合わないんだよ。
と、こっそり考えながらそうめんを啜る。
さすがイボの糸、のどごし最高。
あーうまい。
「ワビサビ……? アリス、わさびは嫌いだな。お寿司とかサビ抜きじゃなきゃダメだもんッ」
おいおいアリス……ひょっとしてお前、天然入ってる?
「……コホン。とにかく、話がだいぶ逸れた。もう一度言おう」
気を持ち直した風太は一つ咳払いをすると、ズビシッ、とアリスを指差し、広々とした食堂に響くほどの大声で宣言した。
「とにかく! 『いかキムチ納豆巻』なんて物は断固として認めない! 白米、味噌汁、納豆! これが俗に言う夏の……納豆の大三角形だろォ!?」
質素すぎる。あまりにも質素すぎるぞ風太。
せめてたくあんぐらいは付け加えさせてくれ。
てかそれ朝食メニューだ。
いやマテそもそも朝から納豆なんて口臭ヤバいから無理。
「第一、アリス姉ちゃんは食い物の組み合わせがオカシすぎる。なんでそれ食いながらマンゴージュースなんて飲めるんだよォ! しかも6Pチーズ食いながら!」
アリスは週に何度か、お昼ご飯をコンビニで買ってくる。
どうやらコンビニ商品が彼女の好みらしい。
わざわざそのためだけに街にまで行くほど、だ。
しかし買ってくる品物の組み合わせが“普通じゃない”ので、栄養面も彼女の味覚も非常に心配である。
今も風太が指摘したメニューを、目の前に広げて一人もぐもぐと食べている。
マンゴージュースの後の6Pチーズってどんな味だよ……いや、逆の方がツラいか?
「んにゃッ、アリスふぁ好きにゃもにょふぉ選んひぇ買っへるだぁけだもんッ! おいしいのに! いかキムチ納豆巻!」
口をもごもごさせながら喋るな!
「んなもん邪道だ! 納豆は藁から取り出して米にかけて食べる以外考えられねェ!」
っておいおい! 藁で包まれた納豆なんて俺でも食ったことねぇぞ?
俺が内心ツッコミを入れまくっている間に、何人かは「ごちそうさまー」と言いながら食器を片付けている。
真っ先に食べ終わった雷華が「はー満腹満腹」と腹をポンポン叩きながら食堂を去ろうとした瞬間、少女はいつの間にか兄に捕らえられていた。
速すぎる。
まるで瞬間移動のようだったぞ。
「んなっ! いきなり何をする風太!」
ガッチリと身体をホールドされ、身動きが取れず手足をジタバタさせる雷華。
風太は若干笑みを堪えながら妹にこう質問した。
「なァ、お前もオレと同意見だよなァ? いかキムチ納豆巻なんてもん、食いたくもないよなァ?」
「え、あ? キムチ入ってるなら雷華様は食べてみたいが……っひぃ!」
不気味なニコニコ笑顔で、ギリギリと拘束する力を強くする風太。
雷華は半分涙目だ。
「こら風太くん! いくら自分の意見を否定されたからって雷華ちゃんいじめちゃダメでしょッ!」
やっと奇妙な食事を食べ終えたアリスが、やっと正論らしい正論を言った。
「いじめてねェよ。愛情表現だって愛情表現」
「嘘だっ!!」
雷華は兄に拳でこめかみをグリグリされた。
うぎゃーと間の抜けた悲鳴をあげる。
「とにかくとにかく納豆は納豆ご飯に限る! それ以外は断固として認めねェ!」
「アリスは納豆も新しい道を開くべきだと思うねッ! せめて納豆巻ぐらいは認めようよ! お寿司にも納豆巻あるでしょ!?」
「いーやオレ的にはアウトだ。ひきわり納豆なんて気持ちワリィ」
「頑固者!」
「主張を曲げねェって言ってくれ!」
「ジジイ趣味!」
「なんとでも言え!」
「シスコン!」
「なんどでも言え!」
「「シースーコン。シースーコン。シースーコン。シースーコン」」
「なんでそこだけ全員大合唱!?」
それからしばらくは騒然と、こんな感じで騒いでいたのだが、ここは食堂。
あの人がこのまま黙っているワケがない。
突如甲高いホイッスル音が鳴ったと思えば、全員分の食器を洗い終えた筑祢ちゃんが、こちらをジトッと睨んでいた。
「いい加減にしなさいでぃす。そんな低俗でくっだらない心底どうでもいい言い争いはトイレの壁越しにでもやってて下さいでぃす。迷惑極まりないでぃす」
まさに鶴の一声。
場は一気に静まり全員の視線が、身長は幼稚園児並みの筑祢ちゃんに注がれる。
「そんなに納豆がお好きなら、明日から一週間ずっと、納豆ご飯、納豆巻、納豆オムレツに納豆チャーハン……お食事を全部納豆メニューにしましょうか?」
「「勘弁してくださいスイマセン」」
異口同音。
アリスと風太の声が見事に重なり、謝罪の一言を述べる。
寮長の言葉も有無を言わせないためコワいが、筑祢ちゃんの場合はあまり寮にいない寮長より俺らにとって身近なため、効果は絶大である。
ひっそりと「筑祢ちゃんは年増」という説が囁かれているのは内緒。
「まったく……アリスさん。好きなものを食べるのはいいですが、少しは栄養面を考えて下さいでぃす。せめてサラダは付けなさいでぃす」
「はぁい……」
筑祢ちゃんに叱られてシュンとうなだれるアリス。次は風太の番、と思いきや――
「…………風太さんも、悪ふざけはほどほどにして下さい、でぃす」
あれ……なんで風太には控えめなんだ?
筑祢ちゃんはもじもじしながら、何か言いたそうに風太の顔をチラチラ見ている。
「……わかった、わかったよォ。騒がしくしてすまなかった筑祢」
風太はそう言うと、ぽむぽむ、と筑祢ちゃんの頭を軽く叩いた。
それを聞いた筑祢ちゃんはホッとした様子で「では仕事がありますので失礼しますでぃす」とだけ告げ、一礼して去っていった。
何だったんだろ今の……まるで風太に対しては叱るに叱れない、言いたくても言えないような態度だったよな。
「ま、結論を言ってしまうとだなァ」
って、おーい。風太くーん。
さっきの筑祢ちゃんの話聞いてたかー?
しかし、俺の思ったことは杞憂だったようだ。
「つまり納豆はみんなに愛される食品ってワケだァ!!」
突如大声をあげた風太は、いつもの調子に戻って妹に語りかける。
「なァ妹よ。これで納豆の素晴らしさが分かったろォ? 納豆は愛される食品だって判明したぞ? これでお前も納豆を食べてくれる気になったかァ?」
「え、あー……」
はい? いつの間にか論点がズレてないか?
話がまったく読めないんだが。
気が付けば、熱っぽく納豆について語る風太と、兄から目線を逸らす雷華の図が。
「あのー……これはいったい……」
「あれッ、大和くん、話の最初の方聞いてなかったっけ?」
こちらもすっかりいつもの調子のアリスが、事情の分からない俺に向けて補足説明をする。
「最初は雷華ちゃんの好き嫌いを克服させなきゃ、って話だったんだけど、そこで納豆大好きな風太くんに火を点けちゃったみたいで……話が反れてアリスの納豆巻に目を付けた風太くんが突っかかってきたから、あぁいう流れに……」
あぁなるほど……って結局お前かい風太ァァア!!
頼むから筑祢ちゃん怒らせないでくれよ!
トラウマ蘇るから!
つーか元凶は雷華の好き嫌いかよ!
今すぐ直せそんなもん!
「……雷華、明日から一週間、お前の好き嫌い克服期間にしよう。俺が筑祢ちゃんに申請してくる」
「なぁッ! 勝手に決めるな大和ぉ!」
「オレもさんせー」
「あ、アリスもさんせー……」
「うがあああっ! お前らなんかだいっ嫌いだぁぁあああっ!!」
雷華の切実な叫びが寮中に響き渡った……ように思えた。
祝二十話突入!
段々いろいろな伏線が出てきましたが、これからも頑張りたいと思います。
そして遅れちゃいましたが七月十日は納豆の日でしたね!
いや我が家では特に何もしてませんが。
納豆大好きな自分ですがどっちかと言うとアリス派です。
だっていかキムチ納豆巻を食ったのは私ですから(笑)