第二話 出会いは時に唐突、時に強引である。
――目が覚めたとき、俺は自分がベッドに寝かされてることを認識するのに時間がかかった。
どうやらあの後、俺は叫び(と、ツッコミ)疲れた拍子にぶっ倒れてしまったらしい……。
なんとも情けない。てか前代未聞だよツッコミで倒れるのって。
しかしそれにしてもこの布団、ふかふかで気持ちいいなぁ……。匂いも、なんか甘い香りがするような。
やべっ、何だかまた眠っちゃいそうだ……。
「あ、やっと目ぇ覚ましたみたいだねッ」
パタン、と扉を閉める音をたて、入ってきたのは俺と同年代くらいの女の子。
――か、可愛い……。
華奢だが女の子らしい丸みをおびた身体のライン。ふっくらとした桃の頬に、くりくりとした瞳にはルビー色の輝きが宿っている。
長い薄茶色の髪を耳の下でゆるく結んでいて、服装は……ピンク色のセーラー服かな? 一見変わった制服らしき格好をしていた。
胸の上の真っ赤なリボンが、ピンク色の服と合わさって彼女の女の子らしさをアピールしている。
「ふぅ、寮長さんがキミを抱えてきたときはびっくりしたな。でも無事みたいでよかったよッ」
そして何よりも印象に残るのは、あえて点数を付けるならば文句なしに百点満点をつけたくなるようなその笑顔。
ぱあっと辺りを照らす太陽のように明るく、それでいて柔らかい日差しの暖かさも兼ね備えたその微笑は、無邪気とも穏やかとも表現できない程に輝かしい。
か、可愛い……。
「どうしたの? まだぼーっとしてるみたい――」
不思議そうに俺の顔色を伺う彼女の視線は、俺から俺の寝ているベッドへ。一瞬「あ」と呟き、頬にほんの少し朱がさす。
「……え、えっと、ごめんねぇ。今お忙しいから、空いてるのがアリスの部屋しかなかったの。……寝心地悪かったかなぁ、アリスのベッド……」
声も可愛い……さっきの長身黒女とは大違いだ。
ちょっと舌ったらずな少女の声は、何だか安心感を与えてくれる気がする。さっきの魔女とは違って。
って、あれ? 今彼女はなんて言って……。
――寝心地悪かったかな、アリスのベッド……。
「え……ぁ、わあっ! ごごごごごごめん! このベッド君のだったのか!」
今さら気づいたか馬鹿! と自分で自分にツッコミを入れてみる。
どうりでいい匂いがするわけだ。
周りをよく見渡せば、そこはシンプルながらも清潔感を感じさせる部屋。
ところどころに置いてある可愛らしい小物がいかにも女の子らしい。
つまり――ここは彼女の部屋なのか。
えっ、俺ったら初対面でナニやらかしちゃってんの?
いやいや気絶してたけどさ。
「ご、ごめん……勝手にベッドで寝ちゃって」
「いっ、いいよいいよ! 気を失っちゃってたんだから仕方ないよ。アリスは気にしてないよッ」
さっきよりも一層顔を赤らめぶんぶん手を振りながら、それでも笑顔で答えてくれた少女。
女の子の部屋に入って、しかもベッドで寝るなんて、気絶したとはいえ、結構すごい体験しちゃったかな。
……うむ、普通じゃ考えられないよな、うんうん。
「寮長さんからお話は聞いたよ、大和くんだよねッ? 新しくここに住むんだよねッ」
「……やっぱり、どうしても住むってことは確定してるのか。はぁ……」
先程リアルに体験しておきながらなんだが、どうやらあれは夢オチではなかったらしい。
……不満の声を出そうにも、もうため息しか出てこなかった。
「まぁ無理もないかなッ。今回は寮長さんも、なんだかちょっと強引だったし。大和くんが驚くのも無理ないと思うよ」
くすくすと、小鳥がさえずるように笑う少女。
今回は、ってことはもっと別パターンがあったのかよ。もうちょっと親切な。
「そっか。部屋があるってことは君も……」
「うん、ここの寮生だよッ。自己紹介がまだだったかな」
そこで彼女はいったん区切ると、くるっとその場でターンし、ちょこんとスカートの裾を摘んで微笑んだ。
「わたしは【アリス】。本日は大和くんに、寮をご案内する役目を寮長さんから預かっております。これからよろしくお願いします、だよッ♪」
極上のスマイル付きで挨拶され、俺はすっかり彼女に魅了されていた。
やっぱり、可愛いなぁ。この娘がいるなら、この何だかよく分からない寮生活も、悪くないかもなぁ……。
「……あの、急に黙りこくっちゃったけど、平気かな。まだ寝てた方がいいかなぁ……?」
「ううん元気元気ほら元気! すっかりさっぱり元気百倍さ!」
小首を傾げて本気で心配そうな顔をするアリスに、精一杯空回り気味の元気をアピール。
「じゃあ、早速だけど散歩がてら寮を案内するねッ。もう歩けるかな?」
「あ、あぁだいじょぶダイジョブ! 是非ともお願いするよアリスちゃん!」
アリスでいいのに、と微笑みながら呟いた少女に導かれて、俺は部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた……。
「――ようこそ、たそがれ寮へ。私達は貴方を心から歓迎致します……」
数分後、俺は早速この寮へ来たことを後悔する羽目に合うのであった。