第十七話 寮長の突拍子もない一言から始まったなんちゃってパーティー。
そんなこんなで、色々とトラブルはあったものの、パーティーは無事に開催されそうだった。
俺達は今、会場である食堂に全員集まっていた。
アリス達が作った飾りでドレスアップした食堂。
テーブルには、あたり一面に真っ赤なテーブルクロス。
その上に乗っかった筑祢ちゃん(とその他の皆様)が腕によりをかけて作ったご馳走の数々。
それを虎視眈々と狙うチビ二人をお説教する、彼らよりも更に小さい幼女。
…………最後のはツッコミ待ちなのだろうか。
雷華と風太がしょんぼりと正座しながら筑祢ちゃんの小言を聞いてる最中、無情にもパーティー開催の挨拶が始まってしまった。
緊張のあまりかギクシャクとした様子で、何故かマイク代わりにしゃもじを持った修治が「あっ、あー、あーマイクテストマイクテスト」と呟いている。
……大丈夫かアイツ。
「えー、ただいまより…………っと、あの、これって何のパーティーだったっけ?」
「馬鹿でぃすね修治さんそんなことも分からないのでぃすか皆無な知恵を搾り尽くして考えなくてもこれぐらい分かりますよね?」
修治がぼそぼそ呟いた瞬間、説教してたはずの筑祢ちゃんが一息で毒舌を吐いて、またお説教に戻った。
なんつー理不尽な言葉の暴力だ……。
俺は心の底から、彼に同情の念を送った。
「うぅ……なんでこんなことに……」
そういや彼がこんな役回りをやってること自体おかしいし、さっきからミョーに様子がおかしいが、昨日俺のいない間に何かあったんだろうか。
帰ってきた途端に聞こえてきた独り言も、メリーさんのひつじのノリで『筑祢ちゃんのげぼく〜げぼく〜……♪』ってなんか珍妙な歌になってたし……。
「ぐす……では、ただいまより『寮長の突拍子もない一言から始まった暇だからパーッと騒ぎますか的ななんちゃってパーティー、ついでに大和の歓迎会ってことでいいや』を始めます」
オイオイオイちょっと待て修治!
それでいいのか!?
ありのまま事実を伝えることが必ずしも正しいとは限らないから!
ていうかサブタイトルみたいに俺の歓迎会って言わないで虚しいからッ!!
なんか祝われてるんだかどうでもいい存在なのか分からない虚しい気分!
「それでよし、でぃす」
いいのかよ!
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パーティーが始まると、各々(おのおの)が自由に動き回る。
食事を取ったり、お喋りをしたり、何気ないけれども普段とはちょっと違う時間を、それぞれに楽しんでいるようだった。
俺はというと、テーブルの一角で美味珍味に舌鼓を打ちつつ、アリスと昨日の準備でのことを話していたりした。
「あははは。大和くんも災難だったねッ」
「笑い事じゃねぇだろアリス〜……あと一歩で大惨事になるところだったんだから……」
思い出すだけでも疲れがどっと出てきそうだったので、俺はがつがつとご馳走を食べるのに集中した。
アリスがそれを見てくすくすと笑う。
「でも雷華ちゃんも、今回ばかりはやり過ぎだねッ」
「ホントだよまったく……肝心の能力制御装置はあっさり外されて意味ないし……取り外し不可にさせた方がいいんじゃねーのか?」
「うーん、それはどうなんだろう……外せなかったらいざというとき大変なんだよ。能力がなかったら雷華ちゃんもただの女の子だもん。悪い人に襲われたりしたとき手も足も出ないからねッ」
「爆弾兵器を隠し持ってるただの女の子だけどな」
「……むしろそっちの方の対策を練るべきかも」
「それが出来たら苦労しないだろうな。主に怯助さんが」
正面向こうのテーブルでは、やっとお説教から解放された雷華と風太が、どちらの方が運動神経がいいかということで言い争っていた。
ちょっと微笑ましい。
「ふん、風での移動に頼ってばっかで運動不足な風太に雷華様が負けるわけないのだ」
「お馬鹿さんな妹には分からないのかァ? あれは点と点で移動する空間移動じゃなくて、単に“俺の移動速度が速すぎて見えない”瞬間移動だっつーのォ。あぁ、これでもまだ分かんねェのかなァ? つまり俺はワープなんてしてないし、お前らの目に写ってないだけであってちゃぁんと走って移動してるんです〜」
微笑ましい……どころか険悪な雰囲気じゃん。
若干両者の口調に棘があるようだが……兄妹ゲンカか?
「う、うるさいなっ! それぐらい知ってたもん!」
「本当かァ〜? ついでだから言っとくけど、熱量を電流に変換して放出するだけ、なぁんてことは運動には入らないのも知ってるかなァ?」
小馬鹿にした口調で挑発する風太。
おかしいな、ヤツは生粋のシスコンだったはず。
「だっ、黙れ黙れ雷華様に口ごたえするなぁっ! 馬鹿にしてるのかぁ!?」
「だって、お前が本当に馬鹿なだけだろォ?」
「むがーっ! コイツブッ殺ス!!」
雷華の体からバチィッ! と閃光が轟く。
音が聞こえると同時、さっきまで風太が立っていた床の辺りには、絨毯の焼け焦げた跡だけが残っていた。
「ちっ! アイツどこに――」
「ここだけど?」
まさに一瞬。
秒を刻むか刻まないかの間に雷華の背後に回った風太は、懐から銀色の何かを取り出し――
かしゃん。
気が付けば雷華の手首に手錠が。
「なっ! このやろ――」
「はいはい猛獣捕獲〜」
手錠かけられてるにも関わらず、じたばた暴れる妹を後ろから抱き締める兄。
すっかりいつもの調子に戻って、どさくさに紛れて彼女の背中に頬をすりすりしている。
「おーゥよしよし可愛い可愛い……はぁぁ〜♪」
「ひぅうう! くっ……お前はムツ○ロウかぁっ!? 雷華様は動物じゃないしそれより早くこれを外せぇっ!」
「無理ムリそれの鍵は今オレの枕の下にあるから」
「なんでそんなところにっ!」
背中をすりすりされるのがよっぽど不愉快なのか、ぞわわゎぁという効果音が付きそうな顔で堪えている妹。
爪先立ち且つ背中をシャチホコみたく反り返らせても、少女の兄は一向に止めてはくれない。
「さぁてェ、ど〜してくれよっかな〜ァ? そうだ、さっきまで運動について話もしてたことだし妹よ、お兄ちゃんと一緒に運動をしようじゃァないか。大丈夫初めてだろうけどお兄ちゃんがちゃんとリードしてやるからァ〜……いや、リードするんだからやっぱり首輪だよなァ……主従関係……ふふ……」
「ひいぃぃぃぃいいっ」
すっかり縮こまって脅えきっている少女の目尻には涙が。
……今にも泣き出しそうだ。
一方で雷華の体をがっちりホールドしつつ、耳元で熱っぽく囁く風太は、山賊のような表情を浮かべながら両手をわきわきさせていた。
「…………ええと、アレは『悪い人に襲われる図』でいいのかなぁッ……?」
躊躇いがちに呟くアリスと、
「能力制御装置なくても対抗出来てない、な……」
しみじみと考えを改め直す俺であった。
取り返しがつかなくなる前に、止めた方がよかろうか。
と、思案してたら、震子さんがどこからか取り出したハリセンでぶっ叩いていたので、止めた。
十分痛そうだしね。
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「はぁ……今頃みんなどうしてるんだろ……」
「……あら、元気を出して怯助くん。きっとまた会えるわよ……」
「でも……っ! あ、あのときの彼女達とはもう会えないじゃないか……きっとみんな、時の流れの中で変わってしまうに決まってる……」
また別のテーブルにて、今度は怯助さんと震子さんが静かに語り合っていた。
どうやら相変わらず落ち込んでいる怯助さんを、震子さんが慰めている形らしい。
内容からして、なんだか外部の人との人付き合いの話みたいだが……。
「怯助くん……この世のものに不変なんてないのよ……変わってしまったからといって、あなたはそれを全否定するの……?」
「だ、だだ、だって……どう接したらいいか分からないじゃないか……ひひ久しぶりに再会したとしても、昔とは違う彼女達にどう話しかけたら良いか……」
「……怖がらなくていいのよ。例えどんなに見た目が変わっていても、本質的なところはそう簡単に変わりはしない。彼女が彼女であることに変わりはないのだから……」
「そそっ、そうだね……ぅっ……」
そう言って、怯助さんは微かにすすり泣き始めた。
なんだろう、よく分からないが『彼女』とは誰なのだろう……あの怯助さんとそれほどまで親しい人ってことだよな。
「ぼ、ボク、もう一度付き合ってみるよ……」
再会。彼女。もう一度付き合う。
………………はいぃぃいいいいい!?
「うん、そ、そうと決まったら、じゅっ準備をしなくっちゃ……ちょっと楽しい気分に、なななってきたかもしれない……」
えと、ちょ、あの、なんだ、つまるところアレか、
――元彼女!?
お、落ち着け俺。
いくらなんでもまさか、あの怯助に限ってそんなことはないだろ。
いやしかし震子さんとは若干普通に会話出来てるし――ってそれだと震子さんはどうなるんだよ!
しかもこんな話聞かされて心中複雑……な、はずだよなぁ……あの人、何考えてるか顔に出ないから分からないけどさ。
ええそうですとも。奇人変人まみれの中でも、震子さんの思考回路ほど読めないものはないですよ。はいそうですね。
決して彼女を嫌ってるわけではなくてですね、これは不可抗力――つーか、なんで俺は自問自答で言い訳なんかしてんだ?
「…………それでいいんじゃないかしら」
いいのかよ!
「あ、ありがとう震子ちゃん……おかげでぼぼボク、なんとかやり直せそうだ……」
怯助さん気付いてくれ。
パッと見、いつも通りのポーカーフェイスだけど、その人微弱ながら目が笑ってないような雰囲気がするよ。
震子さんも震子さんで一体どうしたいんですか。
応援してるのか違うのかどっち?
「……で、とりあえず、まず誰からかしら?」
――あれ? まず誰から……って待てよ。それはつまりどういうこと……“彼女達”……?
思考をその先に飛ばそうとしたその時――
「ええと……やっぱり最初はジェニファーかな……いやステファンでもいいし、マイキーも捨てがたい……ロビンソンやジュリエッタも久々に見たいしミーシャとアイリスも……」
「な・ん・に・ん・い・る・ん・だ・よ!!」
――ツッコミによって無理矢理中断させられた。
しまった。つい声に出してしまったじゃないか。
突然の俺の介入によって「ひいいぃぃぃっ!」と驚くだけにしては大袈裟なリアクションを取った怯助さんは、硬直そのままに「な、なにがだい……?」と応じた。
震子さんは無表情の中に呆れ顔を混ぜていた。
「さっきから黙って聞いてればどんなプレイボーイですかアンタ! しかも付き合う女性みんな外人ってまさかの洋モノ趣味なんて知りたくなかったですよ! くそっ、怯助さんのくせにっ!」
「けけ結局どの感情を伝えたいのか分からないよ!? とっとりあえず落ち着こう大和くん!」
「とりあえず鳥取砂丘にでも埋まっててください!」
「今の会話のどこから鳥取砂丘が!? ややや大和くんホントに落ち着け!」
「……二人とも落ち着きなさい。誤解があるようだから訂正するけど……」
ぽつりと、そこだけ浮き出るように震子さんが呟いた一言は、
「……人じゃないわよ?」
俺の思考の時を止めた。
「だだ、だから違うんだよ……ジェニファーもステファンもマイキーもロビンソンも、みみみんな『ボクの罠』の名前で……みんな雷華ちゃんや風太くんのぎっ犠牲になったから、誰から作り直してあげようかなぁ……ってのをはは、話してただけで……」
ややこしいわぁぁあああああああ!!
しかし口に出さなかった……今日までの一連の流れですっかり疲れて出せなかったのだ。
代わりにため息を一つこぼし、俺はパーティー会場ごとその場から立ち去ることにした。
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なんかもうあちこちから嫌でも聞こえてくる会話を聞いてるだけでツッコミの嵐が俺の中に渦巻き、のんびりパーティーを楽しめないと実感したし。
疲れるぐらいなら自室で休ませてほしい。
というわけで、今は人気のない廊下を一人、部屋に向かって歩いていた。
はぁ……と、俺はここに来てから何度目かも知らないため息を、またもついてしまう。
もはや癖になりつつあるのをなんとかしたいが、奴らが許してくれるわけない。
容赦なく俺に精神的負荷を与えてくるのだ。
……正直、ここ数日間。寮に来てからの疲れが、まったく取れてない。
気分がブルーになる。たまにはゆっくり寝かせてほしい。
疲れも取れるし何よりこのブルーな気分が俺は堪らなく嫌いだ。
今すぐ治したい。だから寝かせてくれ頼むから。
アイツらの前でこんな弱いところ、見せたくない。
なんとなく負けた気持ちになるから。
しかし神様はどこまでも非情なようだった。
「やっぱり……来ると思ってた」
今の状態で一番会いたくないヤツがいたからだ。
「ちょっと、お話したいことがあるの」
アリスが、俺の部屋の前に立っていた。
というわけでパーティーがやっと書けた……と思いきや、全然パーティーを活かせてないような。まぁワケは一応ありますが。
次の話はちょっとシリアス入るので頑張りたいところです。やっとヒロインとゆっくり話せるってどうなんだろ。