第十六話 少女の思い、兄の想い。
前回同様、大和視点じゃない場所は三人称になっております。あらかじめご了承下さい。
では本編をどうぞ。
「はぁ…………」
ここはデパート唯一の静かな場所、階段。
ただでさえ静かな空間が停電のおかげでさらに暗くなり、何か出そうな、近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
そこに腰掛け、溜め息を漏らす少年が一人いた。
大和に言わせれば『さわやか体育会系』の少年である。
名前は……確か、五十嵐。忘れてなんか、いな、い。
彼の側にはぶくぶくと限界まで膨らんだ大量の白いビニール袋。
それが軽く七個から九個ぐらいはあろうか、少年の周りにはすっかり調達品によるサークルエリアが出来上がっていた。
「なんかおれ、ミョ〜に損な立ち回りのような……」
途中から寮生の“監視”に意識が移ったからとはいえ、気が付いたら自分を無視して話が進む一方。
悲しきことかな。やはり彼は、寮の人間にとっては部外者なのである。
あの荒垣兄妹ですら、彼には執拗に関わろうとはしなかったぐらいだ。
そしてつい先程のこと。
やっと話しかけられたと思ったら……
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「とにかく屋上に急がないと!」
「しかし大和殿、その前にこの荷物をどうにかしなくては……」
「あ、あの……」
「ならよォ、今存在に気付いたんだが(親指で少年を指差しながら)コイツに持たせればよくねェ?」
「今存在に気付いた!? ぅえっ! ちょ、ちょっと待――」
「……風太殿、このような“空気”に一体何が出来ると申すか?」
「空気! おれ“空気”!?」
「いやいやお前らさりげなく差別するなよ! 仮にも二足歩行なんだから荷物持ちぐらい出来るだろ」
「や、大和〜……ただ最後のはフォローになってないような……」
「そりゃあコイツ他のヤツらと比べて個性薄いし、周りの雰囲気に同調する感じだからたまに存在希薄になるし、つーかいたの? って思うし、非常に遺憾ながら俺とキャラ被るし、特に秀でた能力値ないし、ロクな技覚えないし、使い捨てだし、まぁつまり空気だけどさぁ……」
「何の話? ねぇ一体最後のって何の話!? ていうかお前が一番容赦ねぇよ!」
「すまない空気殿」
「ごめん空気、ちーっと調子乗っちまった」
「だからおれの名前は空気じゃねえよ!」
「いいじゃん覚えやすいし……ってか、そもそも名前なんだっけ?」
「お前らなぁぁぁああああ! おれの名前は五十嵐! 五十嵐だってば! 頼むから覚えてくれよ空気じゃねえよおおおおぉぉぉぉ……」
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こうして、最終的に空気な彼は荷物持ちということで可決。
現在の状況が作られている、とわけであった。
まったく、どこがどう間違ってこのような扱いになったやら。
やれやれだぜ…………と、一人鉄筋コンクリートの天井を仰ぐ。
すると、ふいに胸元のポケットから、ピピピピと耳障りな音が鳴り始めた。
無機質な電子音が、階段のフロアにエコーする。
さすがに不愉快だったのか五十嵐は顔をしかめ、音の発生源である通信端末を取り出し、矢印のマークがついたボタンを押した。
「はい、こちら五十嵐――誰だっけじゃないですよだから五十嵐ですってば。……ええ、なんか妙なことになってます。そっちはどうですか?」
通信端末からは、僅かに女性の声が漏れ聞こえていた……。
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――――――
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「一体あの馬鹿は何がしたいんだ!?」
と言いつつも、俺たちは大急ぎでデパートの最上階に向かっていた。
階段で。
「さ、さすがのオレでもコレはきちィぜェ……」
「今はしばし我慢せよ風太殿。ここで我らが行かなければこのデパートも我らも雷華殿も爆発に巻き込まれてしまう故」
柄にもなく大分バテてきた風太に対し、まだ涼しい顔の桜妃さん。
さすが青龍の化身……さすが寮長の側近。
つい先程、現在進行形で雷華がしてがした暴挙のせいで、照明の消えた今やデパート内は暗闇に包まれている。
……どうやら雷華が、突然放電能力を暴走させてこの停電を引き起こした、らしい。
おかけでエレベーターもエスカレーターも使えないため、俺達はこうして階段で移動しているのだった。
まったく、アイツの思考回路はどうなっているんだか。ショート寸前か?
……って考え事してる場合じゃない。早く屋上に行って雷華を止めなければ。
「それにしても、なんで急に雷華の奴キレたんだ?」
「………………さァな」
「…………?」
意味あり気に風太が言葉を濁したとき、視界が突如開けた。
「やっと最上階か……」
と、屋上のフェンスの前に雷華の姿が。
「雷華ッ!」
風太が彼女に向かって今にも走り出す勢いで叫ぶ。
だが一歩踏み出した瞬間、
「――ッ!」
視認出来るほどの電撃が目前まで襲いかかり、風太は反射的に前に出した足を引っ込めた。
「それ以上近づくなお前らっ! 近づくと即座にこの爆弾を爆破させるぞ!」
すっかりテロリストみたいだな……顔が本気と書いてマジだ。
「えー……もしもし雷華さん? 何故今回はこのような暴挙に?」
「貴様らが雷華様の事をナメてかかっているから天罰を与えてやるのだ」
「第一ですね、そもそもアナタが勝手にいなくなったんじゃ……」
「うるさい。貴様ら下僕がちゃんと雷華様を見ていないからそうなるのだ」
「デパートまるまる一個爆破って、そんなことしたら雷華さん、アナタまで巻き込まれ死んでしまうのですが……?」
「それは確かに遺憾に思うがこの際仕方あるまい」
「遺憾なんて小学四年生に意味わかるんですか?」
「……えーと、んっと使い方違う? って、そういうのがナメているというのだっ!」
説得失敗。かえって怒らせてしまいました、てへ。
……自分でやってて気持ち悪いな。忘れよう。
「雷華殿、だからと言ってこの暴動は少々やり過ぎではないか?」
そうだそうだ桜妃さんナイス!
もっと俺の代わりに突っ込んでくれ!
俺の代わりに…………。
誰か俺に休息の時と安息の地を下さい。
「雷華、お前…………」
何故か心配そうな顔をする風太を尻目に、雷華は――
ぽつ、ぽつと。
雷華の足元に黒い、小さなしみ。
「雷華――?」
俺の口から発した言葉が届く前に、少女はその重い口を開いた。
「…………前は、ちょっと雷華様が悪戯をしても皆、普通に笑ってくれてた。なのに、突然誰も構ってくれなくなって、気がついたら雷華は、わたしは一人になって…………皆に口聞いてもらえなくなって、わたしは何もわかんなくて、ただ一人は嫌だって……」
いつものとは違う、少女の口調。声の覇気。態度。
そんな姿だからか、いつも大きく振る舞っていた少女が、こんなにも小さかったのかと。俺は今更気付いたのだった。
「もう一人は嫌、もう、一人は嫌……無視しないで、見捨てないで、そんな冷たい目で見ないで――ッ!!」
「……ら、雷華? でもそれってこの事にあまり関係ないんじゃ――ッ!?」
もう一つ気付いたこと。
いつの間にか俺たちの上空を――雷雲が覆っていたことについて。
そして、カウントが迫っていること。
10……9……8……
暗雲立ち込める上空で、不穏な轟きが幾度も鳴り響く。
「――もう、一人はイヤぁぁぁぁ!!」
少女が泣き叫ぶ声、それに呼応するかのように落ちた稲妻。そして次の瞬間――
6……5……4……
「あ――――」
なんと手に持っていた爆弾を、屋上のフェンスの外へ放り投げたのだ。
――地上に落下した途端に爆発してしまう!
もう駄目だ、落ちる――と、その時。
空間を一陣の風が吹き荒らす。
突風は爆弾を捉え、まるで操られてるかのように爆弾を空高く舞い上がらせ――
3……2……1……
やがて、遥か上空で爆発音。
「………………風にぃ」
ぽつり、と。少女は自分の兄の名を呼んだ。
あぁ、そうか。今の突風は風太が操ったものか。
なるほど、風を上向きに操るとは……。
見ると、風太はまだ風を操るときの構えのままだった。
「――雷華。お前、あのときのことを覚えてるか?」
――お前は自分の気持ちをコントロール出来ず、自分でもまだ気づいていなかった能力を暴走させてしまい周辺一体を大停電にしてしまった。
それに気づいた黒井の姉ちゃんが即座にお前を寮に入れることにした。
けれど、何も分からない、ましてはまだ幼いお前を一人寮に住まわせるのは大変危険だった。
「オレはすでに幼少時代から能力に目覚めていて、自分で制御することも出来てたから寮に入れられることは本来無かった」
「…………知ってる」
「じゃあ何故今、お前と一緒にオレは寮にいる?」
「……………………」
妹である少女は押し黙ったまま、何かを堪えるように目線を下に向けていた。
「――お前は今は一人か? 誰もお前の傍にいないのか?」
段々と語尾が強くなる兄の言葉。
少女は目を伏せたまま、やっとのこと、微かな声で呟いた。
「ちがう……傍には、風にぃがいる」
「そうだ。オレはお前を一人にさせない為、一緒に寮に入って暮らすことにした。……だから、お前は今、一人じゃない。そうだろ?」
「…………うん」
雷華が小さく、こくりと頭を垂れた。
すると、さっきまで真剣な顔で見つめていた風太は柔らかな笑みを浮かべ、幼い妹を諭すように頭を優しく撫でた。
「なら、もうこんな事すんな。心配するだろが」
「……ごめん」
涙目になった顔を腕で拭き、ひとまず雷華の暴走はここで終了。
やれやれ、やっと一段落かよ……寿命がゴムのごとく伸び縮みした気がする。疲れた。
しかしやけにシリアスだったような。
「事情が我にはよく飲み込めないのだが……何故このような事に?」
そうだ、いきなり『一人は嫌だ』なんて言われても何が何だかさっぱりだ。
兄妹だから意思疎通が成せたのであって、俺達にはまったく分からない。
……あれ? もう“一人は嫌”って。
「あ、わかった。お前、迷子になって俺たちが置いていったんじゃないかと思って不安になったんだろ? それで一人になったのかと…………ふぅ〜ん? 意外に可愛いとこもあるんじゃないか」
「…………」
プチッ。
「しかもさっき自分の事『雷華様』じゃなくて『わたし』って、わたしって言ったよな? お前実は近頃噂のツンデ――ってうわぁぁあああなんで“俺の上空だけ雷雲”なの!? ちょっと待てゴメン調子乗りすぎたごめん! だからええと落雷とか落雷とか落雷とかだけは……ギャアアアアアアアアア!!」
――――――――
――――――
――――
後から風太が教えてくれたことだが、どうやら雷華はこの寮に来る前、クラスメイトの皆から無視され相手にされなくなってしまったそうだ。
あの横暴な態度や行動が同年代の子の反感を買ったんだろう。
それが、意地っ張りなあの少女なりのスキンシップだと気付かずに。
以降、雷華は『自分一人だということ』を認識すると急に不安になってしまい、暴走するのだという。
帰り道。
雷華はすっかり疲れてしまったのか、今や桜妃さんの背中におぶられて、すやすやと寝息をたてていた。
「寝顔は天使、ってかあ……」
そう呟きながらちょっと憎たらしいと思うのは状況が状況だからか。
俺と風太、あと空気はちょっとバテ気味だった。
あ、空気じゃなかった。多分五十嵐。
本人がしつこく訂正を求めるので直しておく。正直どっちでもいいよ。
本人はそこのところ大変気にしてるのか、事件が終わって戻り次第しつこく自分の名前を連呼してきた。
そんな気にすんなよ。
それはともかく俺達は、抱えきれない量のビニール袋を無理して両手で四、五個ぐらい持ち運んでいたりした。
正直キツイ。一種の筋トレになるよコレ。
「それはそうと、お前さっきはすごかったな」
急に風太を振り返りながら言ってみた。
雷華をなだめるところ辺り、事実、そう思ったわけだし。
「ん? あー……まぁ、あれぐらい兄として当然かなァと」
さすがの風太でもあれは気恥ずかしかったのか、ほんの少し照れながらそう答えた。
「うーんそういうもんか? 兄だからとはいえ、あそこまで妹の面倒見るヤツも少ないだろ」
「まあ、うん…………」
ごにょごにょと一人呟く風太。
何を言ってるのかまったく聞こえない。
「…………果てしなく長い時間、追い求め待ち続けてやっと手に入れたんだ。簡単に壊されてたまるか」
「え? なんて言ったんだ?」
「なんでもねェよ。さ、早く帰ってメシだメシ!」
雑草の生い茂る土手の向こうには、もう西日が輝いていた。
今回は雷華のトラウマと弱点(?)を出してみました。兄妹の入寮エピソードがさり気なく綴られてますね(笑)
そして空気。仕方ないよ君はそういう役目なんだ(何)
さて次回は本業のコメディーに戻ってパーティーですかね! 読者も増えてきてますしどんどん頑張りたいです!
サブキャラメインの番外編とかもやりたいけどー…どうしようか悩んでます(苦笑)
調理班のお話でも番外編で書こうかな。