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第十四話 どこまでものどかな道。

 春のような陽気の不思議な道。小川はどこまでも穏やかで、音も立てずさらさらと流れていく。

 その脇には青々とした草っ原が川の流れる方向に広がって伸びていき、さらにその横には土を固めただけの小道が、遥か先に見える町まで続いている。

 俺達はその道を、町に向かって歩きながら話しをしていた。


「何をしている愚民どもー! 早く来ないとそのまま見捨てて置いていくぞー」


 ハードル走の距離、約四十メートルぐらい前方で雷華の声が聞こえるが、俺達はそれをやんわりと無視する。


 辺境の寮から町までは結構遠く、そこへ行くには徒歩で五十分はかかるらしい。

 だから普段食料は寮長の部下である黒スーツ軍団が車で買いに行くか、町からわざわざ食料を届けてくれる配達屋に任せているようなのだが、今回は急な買出しの為それはできない。

 黒スーツも今回は別の仕事が入っていたため、皆出払っているようだ。

 聞いたところによると、意外とあの軍団の人数は少なく、まだ十人前後らしい。


「しっかし、のどかだなーこの道。散歩にはうってつけだな」

「散歩が趣味なヤツなんてあの寮には一人もいねェーよォ」


 適当な受け答えが幾つか通った後、俺はふとある事を思い出し、


「えっと……そろそろ自己紹介して下さってもよくありません?」


 俺の左隣を黙々と歩く人影に話しかけた。


 切れ調の瞳は薄っすらと輝く褐色。中性的かつ精悍な顔立ち。

 肩まで伸びた長い桃色の髪にはところどころ黒いメッシュが入っている。

 服装は黒スーツ。うわぁお久しぶり。これには忌々しさを拭い切れないぜ。なにせ全ての発端がアレだし?

 どこまでも無表情なその顔が、キュイ、と機械的な動きで右斜め四十五度。一寸の誤差もなくこちらを向いた。

 なにこの人サイボーグ?


「ひそひそ……(おい風太。お前この人について何か知らないのかよ)」

「ひそひそ……(生憎だが全ッ然分かんねェ。こんなヤツ黒井軍団の中にいたっけ……?)」


 ちなみに黒井軍団とは、某黒スーツの男共のことである。

 簡単に言えば寮長の部下。

 …………寮長、恐るべし。


「ひそひそひそ……(おいおいそんなわけないだろ!? あんな狭い寮の中だぜ……? 顔すら知らないヤツとかいるもんなのかよ)」


 そうだよあんな狭い寮なんだから面識ぐらい……せま、狭い…………よ、なぁ……?

 迷子になった回数を誰かに数えられていたら非常に危険。

 そのぐらい迷いましたがこれでも狭いと言い切りますか、なあ俺。


「ひそひそひそ……(意外といるもんだぜ……最近になって寮生同士の交流が出来たようなもんだし。寮が出来た当初のメンバーなんて、出て行ったか引き篭もってるかで噂すら聞かねェよ)」

「ひそ……(マジかよ……)」


 そういえば、数年前に出来たばかりだって寮長も言ってたじゃないか。

 ホント最近だろうに寮についての馴れ初め話とかなかなか聞かないなぁ。

 その初期メンバーとやらも行方不明だっていうし。

 …………うーん、ミステリアス。面白そうだから誰かしてくれないものか。


「………………桜妃」

「ひそひそ…………え?」

「我の名は桜妃(おき)。主、黒井霞に仕える身なり」


 俺達の誰にも当てはまらないアルトな声。

 珍妙な喋り方から声の主がかのサイボーグな方だとかろうじて分かったけど……しばらくは目を点にしていたと思う。


 ――た、タイミング遅ッ!

 とにかく、意思疎通は可能だと分かったのだから……は、話をなんとか続けないと…………。


「え、えっと、あの……桜妃さんは普段は何を……」

「主の護衛または事務処理を少々」

「ご趣味は…………」

「特にない。主の側に常に待機しているのが我の役目故」

「この寮にいるときはいつも何処に……?」

「事務室にて主の代わりに情報処理を。監視対象が多すぎてこれがなかなか困難を極める」


 何このぎこちない感じのお見合いトーク。


「あぁ、あの『開かずの事務室』かァ。なんでも人体実験してるとか錬金術で禁忌を犯そうとしてるとか噂は絶えなかったけどなー」


 体の一部が鋼で出来てる兄弟はこのお話には出てきません。一応。


「……我は、四大聖獣の一人、青龍の化身の一人なり」

「「………………え?」」


 俺と風太が声を揃えてハミング。声の音程が違うので合唱とかも出来そうですね。

 いやそうじゃなくてというかこの人さっきから不意打ちばっかりでやりにくいんですがいかがなさいましょう。


 俺ネットワークにアクセス。俺の中枢に君臨する一番偉い俺が指示。

『くじけるな、敗戦は我等には許されない。お国のためにも逝ってこい』

 俺の皆、よく聞け。司令官殿から死ねと命令だ。

 隊長! そもそもこれ戦争じゃありません! そしてお国もまったく関係ないッス!


 完全にスベった脳内で俺と俺による(つーか俺しかいない)仲間割れが起こっている中、肝心の俺は戸惑いながらも質疑応答を繰り広げるのに奮闘していた。


「せ、青龍って、あの火の鳥とか亀とか白い虎とかの……」

「朱雀に玄武に白虎か」

「そうそれ」


 青龍、朱雀、玄武、白虎って……どうしても昔やってた近代版ベーゴマアニメが思い浮かぶ俺は低脳ですか。筑祢ちゃんに今にも言及されそうだ。ああああその言葉はクリティカルヒットですって人間やめたくなるから止めてー。

 俺が妄想の中で筑祢ちゃんの毒舌に叩きのめされてる間に、不意に風太が質問した。


「ところで……ケシンってナニ?」

「化身とは、神や仏が形を変えてこの世に現れた物。青龍の化身はこの世に幾つもあり、我はその中の一つというわけだ」


 即座に彼(?)は説明を入れてくれた。


「って事は、貴方はその四大聖獣の青龍という事なんですね」

「それも少し違うのだ」


 俺と風太は首をかしげる。


「青龍の化身とはいえ本体は天界にその身を置いているし、化身それぞれに個々の人格が備わっている。だから何と言うべきか……青龍の使いや強いて言えば子供、といったところなのだ」

「な、なんだか複雑ですねぇ……」

「無理に理解しなくても別に構わない。それは我自身もよく解らぬ故」


 桜妃さんはそう言って肩をすくめる。

 ここで初めて無表情が一瞬軟らかくなった気がした。


「んじゃあ、あの寮に来た経緯は?」

「とある世界のとある国で、当てもなく彷徨っていたところを主に拾われたのだ。我は突如この姿のまま生まれ落ちた為、肉親も何も無かったからな」


 最後のあたりをやや皮肉っぽく言うあたりからして、やはり寂しいものは寂しいようだ。


「主には感謝している。ただ居続けるだけの存在になりそうであった我に仕事を与え住処を与え、そして【居場所】を与えてくれた」

「黒井の姉ちゃんも“たまには”良いコトするんだなァ〜」


 おい、聞こえてたらどうするよ?

 なんか独特の寒気がするのは俺の気のせいかオイ。


「だから我は主に一生仕え、主を一生敬う。その為なら何でもする」


 そう言ったその顔はとても満ち足りていて、こっちまでなんだが清々しい気分になった。


「結構大変だったんですね……苦労してるとゆーか」

「……我はまだ幾分か救いがある。主や我らが管理している他の者達の方が……」


 そのとき、突如冷たい努気が辺りを包んだような感覚が俺の身を襲った。


「…………風太?」


 風太はうつ向き具合に、頭は桜妃さんに向けたまま一言も言葉を発しない。

 ――ぼさぼさの前髪の隙間から見えた瞳から、刺すような、鋭い眼光を宿していた。


「……失言だった。申し訳ない」


 桜妃さんが無表情のまま頭を下げる。

 …………余程タブーに触れたのだろうか。


「おい貴様らー! 雷華様を一人待たせてどういうつもりだっ!」

「わりィ、いやァすまんすまん雷華」

 すっかり忘れてたぜェ、と風太は先程の様子が嘘のように元に戻った。


「……大和殿」


 急に桜妃さんが声を潜めてこう告げた。


「寮にいる者達の、過去はなるべく詮索しないで欲しい」

「……どうしてですか」


 それこそ愚問だ。分かってはいるが念のため聞いてみた。


「…………彼等は少なからず、何かしら望む日常を送れなかった者」


 ――その過去は、俺達が易々と踏み込んでは、ならない。

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