第十二話 好きな子と給食着が同じでも、油断出来なかったり。
「ところで、扉の中で何やってたんですか怯助さん。あとその扉っていったいどこに繋がってんですか」
「えぇぇえぇええっと、ええと、な、なななんて言ったらいいのか……」
相も変わらず異常なくらいおろおろとしながら、怯助さんは質問の答えを探してるようだった。
……いきなり質問したとはいえ、いくらなんでもテンパりすぎだと思うが。
「えぇ、えっと……は、反省部屋……かな?」
「反省部屋?」
オウム返しのごとくそっくりそのまま聞き返すと、怯助さんは頬を掻きながら答えるのだった。
「う、うん……ほら、ボクっていつも……皆に迷惑かけてるじゃないか。だから特別に反省部屋を作ってもらって自分を責めたり罰したり自己嫌悪に陥ったり、ほっ、他にも……」
もういいです、もういいですから止めて下さいスンマセン謝りますから。
こっちまでテンション下がりそうだから止めて下さい。
「でもなんであんなところに扉が――俺が来たときは無かったのに」
「あ、あぁそそっ、それはね……えっとなんて言うのかな……あの部屋には普段は見えないけど、数えきれないほどの数の扉があるんだって…………そしてそれぞれが別々の、様々な場所に繋がってる……ボクらが来るとき、行きたいところに繋がる扉だけが現れるらしい、よ……? 『ゲカイ』に唯一通じてるのもここだ、ってりょ、寮長から聞いた気がする…………」
「外科医?」
「いや『下界』ね」
「下界――?」
――下界ってなんだ? 天界と下界なら分かる気がするけど……この寮の下界?
それにそんな便利なところなら誰かしら、というか誰もが利用するよな?
でもこんなのがあるなんて誰も…………。
そんな間に、ステンドガラスはいつの間にか夕焼けの空を映し出している。
オレンジの光が無数に差し込み、俺達の周りを優しく包んで――
「――って、ちょっと待った。怯助さん、今、何時ですか?」
「え? …………ぁ、も、ももももうそろそろ夕食の時間……! いいっ、急いで帰らなきゃた、大変なコトになるよ大和くん……!!」
今さらながら怯助さんが慌て出す。
彼の着けていた腕時計を見せてもらうと――じゅ、十八時五十二分!?
ゆ、夕飯まであと十分もないじゃないか!
「……まぁでも、俺ぶっちゃけそこまでビビらなくても平気な気がするんですけれど」
「甘いよ大和くん! キミはまだ『アレ』を経験したことがないから分からないんだ……寮生なら誰でも『アレ』だけは恐れる……あの雷華ちゃんや風太くんまでもが……!」
「い、いまいち実感わかないんですが……とにかく怯助さんがいつも以上に焦ってるのは分かります…………珍しく噛んでないし」
なんて言葉の押収をしながらも、Bダッシュで廊下を駆けて行く俺達であった……。
――――――――
――――――
――――
ここで我が寮の夕食について説明しよう。
この寮では予め申請しておかない限り、ほぼ全員揃って夕食をいただくのが恒例となっている。
食堂で数十人が並び、向かい合って座り、和気あいあいとした雰囲気の中みんなで「いただきます」をするのだ。
これがこの寮の夕食の良いところでもあり――悪いところでもあったり。
そう、ちょっとでも遅れると――
「…………怯助さん、大和さん」
「「は、はいッ!?」」
俺と怯助さんの目の前には一人の女の子が。
片手にはストップウオッチ、もう片方の手には銀色に光る『おたま』を握る――幼稚園卒業ぐらいの年齢の幼女がちょこんと立っていた。
そう、以前にも登場した『給食当番』さんだ。
「……怯助さん二分遅刻、大和さん三分遅刻。よって二人ともアウトでぃす」
「「わああぁあぁぁぁああぁああぁああぁぁああ!!」」
バックに雷鳴が轟いたような背景アンド轟音。
それと共に突如崩れるように、コントのように倒れるキング・オブ・ビビリ、怯助。
……え、ひょっとしてマジで失神ですか?
「怯助さんは気を失ったみたいでぃす。毎度のことでぃすから、もう慣れていますよ」
給食当番――筑祢ちゃんはそう呟きながら、彼女の年の子が絶対しないような表情をした。
……園児の呆れ顔って結構ショッキングな映像だな……だがしかし俺の網膜に写ってしまう不可抗力。
「――というわけでして、怯助さんと大和さんはもれなく……本日のお夕飯抜きでぃす」
「うわぁぁあああぁあぁあああぁぁぁ!!」
またしても背後で爆発。
例:戦隊モノのやられシーン。
「つ、筑祢ちゃん……大和くんはまだ寮に入ったばかりだし、アリスは今日だけなら許してあげてもいいと思うな……」
「あ、アリス〜……」
嗚呼、アリス様アリス様有り難き幸せ。
貴方様のお心の広さに、わたくし感激で涙が溢れてきます。
ただ、俺の目の前で美味しそうにエビフライを頬張りながら微笑まれても、こっちが反応に困りますが。
「……アリスさんは甘すぎでぃす。そうやって例外を毎度毎度認めていてはシメジがつかないでぃすよ」
「それたぶん“しめし”じゃ」
「うるさいでぃす遅刻魔は黙ってろでぃす」
渾身の力と何かを込めたお玉。それが俺の下半身めがけ一直線に――きゅうしょにあたった。
といいますか普通お玉で攻撃するなら叩くところを“突き”で来ましたよ。
彼女は躊躇なく男の弱点を突き潰しましたよ。おかげさまで必死に前屈みですよ僕。
うん、真面目に痛い…………。
指折り数えるほどしか会わないからよく知らないけど、この娘、キャラ変わってない……?
礼儀正しいの模範というべきようじょっ……少女だと思ってたのに。
ちょっとカルチャーショック。
「そもそも夕食が近付いていることに気付いておきながら何故時刻を気にしなかったのか、そこに大和さんの非があるのでぃす。この寮に時計なんてあちこちにあるものじゃないことぐらい分かってるんでぃすから腕時計は必需品なのでぃすよ。つまり全てはあなたの過失による結果、自業自得でぃす」
「で、でも俺だってあんな場所があるなんて知らなかったし……」
「あんな場所、とは?」
「『扉の間』だよ。気が付いたら迷い込んでたんだから帰り道なんてわかんねえし、変なヤツには絡まれるし……」
「……変なヤツ?」
ぎぎぎ、という音をたててそうな動きで首を傾げる筑祢ちゃん。
「うん。百合亞とかいうヤツで、これがまたとんでもない露出狂の変人でさ」
「…………大和さん、ご冗談をおっしゃっているなら止めて下さいでぃす。そんな方は私、見たことも聞いたこともありませんでぃすよ」
少女はそう冷たく言い放つと俺の瞳を覗き込み、まるで真偽の程を探っているようだった。
――幽霊でも見たんじゃないのか?
そのくりくりとした目から疑惑の色が映っているのが分かる。
……まぁ皮肉なことに、俺はしょっちゅう夢を見る。
たまに現実との境も分からなくなるような夢も見る。
今回もそれの類かもしれないという可能性は、否めなかった。
いやまぁそもそも幽霊なんてんな馬鹿な。そんなの俺がしんじてルわケナイジャン?
うんまっさかぁ〜! それはないよなうんないナイナイ絶対にうん。
「そうでぃすか……ならきっと……えぇ、そうなんでぃすね――」
五歳前後の筑祢ちゃんがうつ向くと、さすがに年相応に落ち込んでる子供のように見える。一見。
だがそれも一瞬で打ち砕かれた。
「きっと幻覚という名の妄想あるいは現実逃避またはイケない漫画やゲームのやり過ぎでホントにリアルに自分の理想の少女が現れたなんていう痛々しい幻想世界に意識がトリップしてしまった愚かしいお人なんでぃすね。嗚呼可哀想な大和さん、この寮には献身的な王道ヒロインもいれば生意気妹系ツンデレ少女まで様々な属性がいるのいうのに貴方はまだ物足りなかったのでぃすか。どんだけマニアックなんでぃすか気持ち悪いでぃすねぇ。マジでキモいでぃすいっぺん死ねばいいと思いますでぃす。馬鹿でぃすか? あなた本物の馬鹿でぃすか?」
…………………………言葉にできない衝撃が体内を駆け巡る。
これはなんだろう、ある種の石化呪文かな? それとも“どくどく”かい?
もしくは聞き間違いor幻聴だと大変嬉しい。
「私は世界を救う旅に参加してませんでぃすしボールに入れられた怪物でもありませんでぃす。そのような単調な例えを使用する辺り大和さんの脳味噌のお詰り具合が分かってしまいますのでお気をつけ下さいでぃす。見るまでもなくスカスカでぃしょうけど」
どうやら聞き間違いでも幻聴でもなさそうです。
そして彼女の言葉を借りて言うなら……さしずめ彼女の属性は『礼儀正しい幼女(毒舌標準装備)』かなぁ、と。
確か治療・修理担当の人……修治くんだっけ。
あの人確か毎回失敗するたびに「給食当番さん怖い……」って四隅でがくぶるしてたような。
毎度怒られてるらしいからもう慣れてもいいんじゃないかとは思ったが……。
――これが原因か。うん、聞いてるうちに死にたくなってくるな。
「さ、大和さん。もう二度と遅刻なんて“できないよう”きっちり小一時間ほどお話しましょうか。きっといい思い出として残りますでぃすよ」
「いや結構です有り難くご遠慮させて頂きます申し訳ありません。そしていい思い出どころか“いいトラウマ”として一生残り続けそうです」
しかしこの小さな少女はなおも引き下がらない。
さらに何をするかと思いきや――!
それはとても熟練された動き。
彼女は袖からちょっと出た指先で俺の上着の裾を掴み、上目使いで某チワワのような愛くるしい顔を浮かべて言うのであった。
「……ここじゃ嫌なら場所も変えますでぃすよ? 地下の牢屋にて、じぃっくりと」
――死の宣告をッ!
――――――――
――――――
――――
「……あ、や、ちょ、ちょっと待った筑祢ちゃ……ちょっ、ホントマジやめ……ごめんなさいごめんなさいそんな長時間無理でぃすってば口調が完全に写っちまうでぃすよ……や、ホントすんませんスンマセン! 侮辱してるつもりなんて欠片ほどありませんって! 舌が回らないだけなんですよねそうですよね! そこは年相応でギャップがグッ……けけ、喧嘩なんか売ってませんってほらこの目を見てください! 純真無垢な少年の瞳じゃないですか! いやマジ図に乗りすぎましたってスンマセン! ほ、ホント勘弁してくださいぃぃぃ…………」
こうしてずるずると大和が、自分より十歳以上年下の幼女に補導されてる間。
「ねぇこの前のお昼何食べたー?」
「三食ご飯と味噌汁必須。ついでに納豆か漬物があればベストだなァ」
「いやお前の食のこだわりじゃなくてさぁ……てか風太、意外にチョイスが渋いぞ」
「うるせェ修ちゃんに言われたくねーよ。古来から伝わる伝統的な食卓をオレは愛してるんだ。きょーちゃん見習って三食カ○リーメイトやウィ○ーインゼリーばっか食ってる間違ったヤローにオレの食事を批判されるいわれはねェ。修ちゃんは見習い方が見事に間違ってる。だいたい毎度毎度、筑祢にあーだこーだ言われてまだ懲りないのかよォ」
「そ、それを言っちゃオシマイだからマジやめろって……てかさっきから俺ら華麗にスルーしてっけど、大和くんカワイソウだな……入りたて早々筑祢ちゃんの餌食に合うなんて」
「あ、このたくあんウマいな」
「(こっちも華麗にスルーされた!?)」
「雷華ちゃんは? なんか食べ物のこだわりってあるかなッ」
「んーっと、焼肉!」
「「(それ厳密にはただの料理名…………)」」
「そういうアリス姉ちゃんは昨日の昼に何食ったんだ? 確か筑祢に頼んで昨日はコンビニで買ってもらったんだよなっ」
「そうなの〜エヘヘッ。前から食べてみたい組み合わせがあってねッ」
「へェーどんな?」
「『納豆巻』と『チョコアイスバー』と『ピーチティー』だよッ♪」
「「…………はぁ?」」
「納豆巻とチョコアイスバーとピーチティー。おいしかったよッ」
「(…………この娘の食の好みが分からない……)」
そんな何のへんてつもない、至って普通な日常。