第十話 憂鬱な日よこんにちわ。
――さぁ皆さんご覧あれ。
世にも珍しい者達による世にも奇妙な、滑稽な物語の始まりでございます。
ただ傍観するも良し、野次を飛ばすのも良し、途中で退席なさるのも大変結構です。
どうぞ心行くまでお楽しみ下さい。
私ですか?
私は役者ではございません。
私はしがない『傍観者』でございます。
ですが、『傍観者』は『傍観者』なりに、この無慈悲な人形劇に干渉することが出来るのですよ。
くすくす。くすくすくすくす。
愛しい、無力で愚かな人形達。
もう幕は、上がってるんだよ?
くす、くすくすくすくす!
梅雨が明けたのか明けてないのか分からん天気が続く今日この頃。
本日、生憎の雨だったりした。
昨日は真夏日を感じさせる、外に出たくなくなるほどの強い日差しだったのになぁ。
本調子じゃないにも関わらず頑張ったツケがきたのかな、と俺は一人そんなことを考えていた。
まぁ太陽の健康管理など知ったこっちゃないが。
雷華は外で遊べないからか、相変わらず不機嫌そうに眉を寄せてるし。
その兄である風太も、さすがに連日降ったり止んだりが繰り返されて、どうも調子狂うらしい。
退屈そうな表情で妹の髪の毛をいじりながら、溜め息を溢した。
毎回毎回、寮内全域にかけて迷惑を撒き散らすこの兄妹。
騒がしいときは「少しは静かになんねーかなーコイツら」と思うのだが、いざ静かになってみても……これはこれで迷惑な気がするから不思議だ。
いつの間にか、談話室全域に湿っぽい雰囲気が満ちている。発生源はもちろんアイツら。
「お前らなぁ、それこそ外のお天気じゃあるまいしじめじめしてんなよ」
「……じめじめしてるじゃない、鬱鬱してるんだ」
うわぁお、もっと重苦しいネ。
「それにじめじめはオレらよりきょーちゃんだろ。一人押し入れでモヤシ栽培してそうなくらいじめじめしてるじゃんかよ。まあモヤシよりもマニアックな物を栽培してるけどなァ」
それを言うなら製造の間違いでは。
軽く失礼な発言だがどうも否めないのが皮肉なところ。
押し入れに篭ってモヤシの成長を眺めている怯助さんを想像してみたが……なるほど、確かに似合う。
……ん? そういや今日また震子さんが探してたような……いつも会うはずの朝食のときもいなかったし。
もしかして本当にモヤシ栽培に夢中になってたりして。
「とりあえず何か気分転換でもしたらどうだ? 少しは気分も晴れるだろ」
「うーん……じゃあ、部屋の中に埋もれたゲームの発掘でもするかな……でもなぁ、あそこ長年放置し続けてたし、素人が触ると大変なことになるしな……」
片付けろよ。
「大和く〜んッ♪ そんなところで何してるの〜?」
「あ、アリス。ちょうどよかっ――何それ?!」
俺の問いかけは少女の抱えていたモノに掻き消された。
それはシックで趣のある焦茶色に包まれており、いかにも古い洋館にありそうな凝った作り、職人の技を感じさせる彫り具合。
独特の雰囲気をかもしだす――
「……アリス、念のため聞く。それは巨大チョコレートとかみたいな非現実的なメルヘンなモノじゃないよな? 見たまんま……で、いいんだよな……?」
「もう、何言ってるのか分かんないよ大和くん」
アリスはさもおかしそうにくすくす笑って、当たり前のことを告げるように躊躇なく言った。
「これが『ドア』以外の何に見えるのッ?」
――どこの世界に一枚の巨大なドアを抱えて移動する女の子がいるかなぁ……。
しかも大きすぎるためか彼女一人では抱えきれず、よいっしょッ、という掛け声と共に持ち上げ……というかほんの数センチ浮かせて一歩前にずらす、なんとも地道な移動方法だった。
「まさかとは思うが、そのドアをピンク色に塗ってどこでもいろんな場所に行けちゃう某ドアを作るんじゃないよな?」
「あはははッ、大和くん今日は一段と面白いねッ♪ そんなことアリスしないよぅ。でも、少しは似てるかなッ?」
それも面白いだろうけどねッ、とアリスはちょっと舌を出してはにかんだ。
「アリスはお掃除のついでに部屋の模様替えだよッ♪ 部屋に飾ったら、まるでここからどこかに行けるみたいで素敵かなぁと思ってね、いいでしょ?」
確かに夢があっていいかもしれない。アリスらしい発想だ。
でもやはり、女の子が扉を持って歩いてる光景への違和感は拭えないのだが。
「じゃあ俺手伝うよ。一人じゃ大変だろ? 男手がいるだけでもだいぶ違うもんだ」
「わ……あ、ありがと大和くん……」
そう言って二人でドアの両端を持って立ち上がる。
心なしかアリスの顔が紅潮しているが……ま、まぁ気にすることはない。
正面のアリスの顔を見れず、そのままそっぽを向いてしまう俺。
「おーおー、こちとらブルーな気分を絶賛満喫中だってのによォ……見せ付けてくれんじゃーん……」
「ひゅぅひゅー……」
気が付いたらあの兄妹がソファーでぐったりしながらこちらを見ていた。
冷やかす声にも覇気がない。
「……お前らも手伝うか? 少しは気晴らしになるだろ」
「パス……」
「だりぃ…………」
希少価値の高い光景……だが、これはこれであまり見たくないな。
俺はしみじみそう思うのであった。
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――――――
――――
「いやぁ、結構大変だったな……それに掃除もこまめにやらなきゃダメなんだよな。勉強になったよ」
「えへへッ♪ こっちこそ大和くんが手伝ってくれなかったら今頃一人寂しく掃除してたよ……本当によかったぁ」
そう言いながらアリスは、心底ほっとしたというような安堵の表情を浮かべ苦笑交じりに、はぁっと一息吐いた。
……くぅっ! いつ見ても可愛いよなぁもう。
その姿がなんとも男心をくすぐってたまんないよな……。
俺がそんなことを考えてるとは知らず、彼女は世間話に花を咲かせている。
話の一言一言の度にころころと変わる喜怒哀楽がなんとも愛らしい。
俺は時折相槌を打っていたものの、半分は彼女に魅了され、もう半分は自身の脳内語りに没頭していたので全く話を聞いちゃいなかった。
まだ出会ってから数日しか経ってないが……俺はすっかりアリスに骨抜きにされていると自分でも思う。
王道ながらも今時なかなか珍しいタイプだしなぁ……っと、自分で妄想しときながら何だが……これじゃまるで俺、ただの変態だよな。うん。
それにしても、最近ではなんだかんだでこの寮にも馴染みつつある。
……そりゃ、まだまだ知らないことはたくさんあるし、完全に理解するにはこの寮は謎まみれ。
けれどもすっかり、周囲に違和感なく溶け込んでいる俺がいるのも事実なのだ。
自分でも不思議に思う。
こんな滅茶苦茶な場所にいきなり放り込まれ、突如わけも分からず暮らす羽目になって、さらに住んでいる奴らはこれまたサーカス団よろしくな変人ばかり。
まぁ俺と現在俺の隣にいる少女は例外だが。
……いつの間に俺は、ここまで人との関わりに順応出来るようになったのだろうか。
「――大和くん?」
「……え、あ、あぁ! ごっごめん何かな?」
「あ、うん……なんか大和くん、考え事してたみたいだから……気になったの。それだけ、だよ?」
気付いたら俺達は既に掃除用具入れの前に立っていた。アリスはもう手元に何も持っていない。俺だけが一人、箒を手にしたまましばらくつっ立っていたようだ。
「じゃあアリスはもう行くね。きょ、今日は本当にありがとう……ね?」
「あ、あぁ……」
最後の方はお互い気恥ずかしくなってしまい、ややぎこちない様子のままその場を去っていくアリスの背中を……消え行くまでずっと、見つめていた。
「…………なんで俺までしけた顔してんだか。アイツにまで心配させて、どうかしてるな……」
と、その時
「…………」
掃除用具入れと、目が合った気が。
「………………」
「……………………」
もっと正確に言えば、掃除用具入れの隙間から、誰かと目が合った気がしたのだ。
「……誰か入ってます?」
「…………………………」
俺は腕に込めた力に任せて思いっきり扉を開ける。
バァン!!
「ひぃぃっ!!」
「……何時から居たんですか? 怯助さん」
掃除用具入れを覗き込むと、本当にいつの間に居たのやら怯助さんが体を縮めて狭い空間に押し込まれていた。
「…………ご、ごごご誤解だよ、ボクは別に何にも……!」
「何が誤解なんですか?」
「い、いや何も……」
「なんでアリスが掃除用具を閉まったときには(おそらく)いなかったのに、急にそこに入ってるわけないじゃないですか」
「そ、それは……えええっと、えっと…………」
「なんでですか?」
「ひっ、ひぃぃぃいいっ!!」
突然悲鳴を発しながら、怯助さんは脱兎の如くその場から逃げていった。
「……って、ちょっと待って下さい! まだ話もあるしまた震子さんが探してましたよ!? ちょっ聞いてますか怯助さーん!」
「ごめんなさいごめんなさいひぃぃいぃいい命だけはご勘弁をひぃいい!」
何を勘違いしているのやら、俺が追いかけると更に怯えて速度を上げる怯助さん。
……俺、脅した覚えなんてないんだけど。
彼を追いかけてどんどん知らない道へと迷い込んでいく。
ここから何処へ繋がるのか何処へ向かっているのか俺には分からない。
ていうかこの寮こんなに広かったか?
そもそもこんな道あったか?
はたして答えはこの先にあるのか?
……気が付いたとき、俺は前も後ろも分からない、見知らぬ廊下で、一人さまよっていた。
怯助さんは、気が付いたら見失っていた。
――予期せぬ訪問者、はーっけん。くすくす。
誰かの声が聞こえた……気がした。