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この世に本物はあるのか?〜梅田の星乃珈琲店で彼女と語る、対話形式のショートストーリー〜

掲載日:2026/09/04

⭐️ 前書き ⭐️


今回は、とある青年と彼女の会話を中心とした、対話物語形式の短編小説として書いていこうと思います。


物語を楽しみながら、「本物とは何か」について一緒に考えていただければ嬉しいです。


※本作には『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』と『【推しの子】』の内容に触れる部分があります。

⭐️ 本編 ⭐️


休日の梅田は、いつ来ても人が多い。


買い物袋を提げた人、待ち合わせの相手を探す人、足早に駅へ向かう人。その流れから逃れるように、僕と彼女は阪急三番街にある星乃珈琲店へ入った。


店の奥には、梅田の喧騒から切り離されたような時間が流れていた。


僕たちは向かい合って座り、彼女は星乃ブレンドを、僕はアイスコーヒーを注文した。


「それで、今日は何の話?」


注文を終えると、彼女が聞いた。


「この世に本物ってあると思う?」


彼女は少し目を丸くした。


「急にどうしたの?」


「比企谷八幡が『本物が欲しい』って言ってただろ。それを思い出して」


「ああ、『俺ガイル』ね」


彼女も作品を知っているらしく、納得したようにうなずいた。


「それで、本物って何なんだろうと思ったんだ。嘘のない関係なのか、お互いのすべてを理解して、何も隠さない関係なのか。でも、もしそうなら、この世に本物なんてほとんどないんじゃないかと思って」


そのとき、店員が二人分の珈琲を運んできた。


「お待たせいたしました」


彼女は店員に「ありがとうございます」と笑いかけた。


店員も微笑み、そのまま離れていった。


「今の笑顔は本物?」


僕が尋ねると、彼女は怪訝そうな顔をした。


「私の笑顔?」


「うん」


「普通に本物だと思うけど」


「心の底から、珈琲を運んできてくれたことに感謝してた?」


「心の底からって言われると、そこまで大げさなものじゃないよ。普通にありがとうって言っただけ」


「じゃあ、建前?」


「そう言われると、何だか嫌だな」


彼女は困ったように笑った。


「礼儀でしょう?」


「本音ではないけど、嘘でもない?」


「難しいことを聞くね」


彼女はカップを持ち上げ、珈琲を一口飲んだ。


僕もアイスコーヒーに口をつける。冷たさと苦みが、ゆっくり口の中に広がった。


「僕は、この世のほとんどが嘘で出来ていると思ってる」


「ほとんど?」


「苦しくても『大丈夫』と答える。会いたくない相手にも笑顔を向ける。納得していなくても『分かりました』とうなずく。本当は寂しいのに、『一人でも平気だ』と振る舞う」


「それなら、私も毎日嘘をついていることになるね」


「たぶん、僕も」


僕たちは、そうした言葉を礼儀や建前、気遣い、強がりと呼んでいる。


けれど、本当の気持ちとは違うものを相手に差し出しているという意味では、それらも嘘なのかもしれない。


「でも、思ったことを全部言えばいいわけでもないでしょう?」


彼女はスプーンで珈琲をゆっくりとかき混ぜた。


「嫌いな人に『あなたが嫌い』と言ったり、似合っていないと思った服を『似合っていない』と言ったり。それが正直な気持ちでも、わざわざ相手を傷つける必要はないよね」


「だから分からないんだ。嘘って何なんだろう。本音って何なんだろうって」


「本音は、心の中で本当に思っていることじゃない?」


「じゃあ、好きな人と喧嘩して、一瞬だけ『もう顔も見たくない』と思ったあとに、それでも『一緒にいたい』と思ったら、どっちが本音?」


彼女のスプーンが止まった。


しばらく考えてから、彼女は答えた。


「どっちも本音じゃない?」


「矛盾していても?」


「人間なんて、矛盾しているものでしょう」


彼女は何でもないことのように言った。


けれど、その言葉は僕の中に静かに残った。


誰かを好きだと思いながら、同時に憎らしいと思うことがある。


応援したいと思いながら、その人の成功を妬むこともある。


一緒にいたいのに離れたくなり、離れてから会いたくなる。


その中のどれか一つだけが本音なのではない。


矛盾する気持ちのどれもが、その瞬間には本当なのかもしれない。


「じゃあ、その中から何を言うか選ぶことは、嘘になるのかな」


「どういうこと?」


「腹が立っていても、相手を傷つけない言葉を選ぶ。逃げたいと思っても、その人の隣に残る。自信がなくても、自分を信じてくれる人のために前へ出る。それは最初に浮かんだ感情とは違うから、偽物なのかな」


彼女は首を横に振った。


「私は偽物だと思わない」


「どうして?」


「だって、そうしようと決めたのも、その人でしょう?」


彼女はカップへ視線を落とした。


「心に浮かぶ感情は選べないけど、そのあと何をするかは選べる。だったら、勝手に浮かんできた感情より、迷った末に選んだ行動の方が、その人の本当なのかもしれない」


本音とは、心に浮かんだことを何でも口にすることではない。


自分の中にある矛盾から逃げず、そのうえで何を大切にするのかを選ぶこと。


その選択もまた、その人の本音なのかもしれない。


「じゃあ、嘘は?」


「難しいなあ」


彼女は腕を組んだ。


「自分を守るために、相手が知るべきことまで隠したら、それは悪い嘘なんじゃない?」


「相手が判断するために必要な真実を奪う嘘?」


「うん。でも、誰かを傷つけないために全部を言わないことまで、悪いとは思わない」


「真実が人を傷つけて、嘘が人を守ることもある?」


「あると思うよ」


その言葉を聞いて、僕は星野アイのことを思い出した。


「星野アイは『嘘はとびきりの愛』だと言った」


彼女が小さく笑った。


「今度は『推しの子』?」


「アイドルなら、それも一つの正解なんだと思う」


アイドルは、大勢のファン一人ひとりを深く知っているわけではない。


それでも「愛している」と伝え、「あなたのために歌っている」と笑う。


その言葉のすべてが、そのままの意味で真実とは限らない。


けれど、その嘘によって救われる人がいる。


明日も生きようと思える人がいる。


孤独な夜を乗り越えられる人がいる。


僕がそう話すと、彼女は静かに聞いていた。


「それなら、嘘から本物が生まれているね」


「どういうこと?」


「アイの『愛している』が嘘だったとしても、それを受け取って幸せになった人の気持ちは本物でしょう?」


僕はうなずいた。


「小説やアニメも同じじゃない?」


「フィクションだから?」


「うん。登場人物も、そこで起きる出来事も作り物なのに、見ている私たちは本当に笑ったり泣いたりする。存在しないものから、本物の感情が生まれている」


「じゃあ、嘘は芸術なのかな」


彼女は少し考えてから答えた。


「少なくとも芸術は、嘘から本物を生み出すものなのかもしれないね」


僕はストローでアイスコーヒーの氷を動かした。


グラスの中で、氷同士が小さな音を立てた。


「でも、僕は嘘が愛になるとしても、本当に大切な人には嘘をつきたくない」


「どうして?」


「本当に大切な人には、嘘の愛じゃなくて、本当の愛を伝えたいから」


「アイはファンには『愛している』と言えたけど、子どもたちにはなかなか言えなかったね」


僕はうなずいた。


ファンに向けてなら、星野アイは愛を演じられた。


笑顔を作り、相手が求める言葉を届けられた。


それはアイドルとしての嘘であり、彼女なりの愛だった。


けれど、アクアとルビーに対しては、同じように嘘をつくことができなかった。


二人が大切ではなかったからではない。


むしろ、誰よりも大切だったからだ。


「大切だったからこそ、嘘の『愛している』で済ませたくなかったんだと思う」


「自分の言葉が本当か分からなかったから?」


「たぶん。それまで嘘で愛を配ってきたからこそ、二人にまで嘘をついてしまうのが怖かった」


嘘を愛だと言いながら、最も愛したい相手には嘘をつけない。


一見すると矛盾している。


けれど、その矛盾にこそ、アイの本音があったのではないだろうか。


嘘で愛を配り続けた人が、たった二人にだけは本物を渡したいと願った。


その願いは、言葉になる前から、すでに本物の愛だったのかもしれない。


そして最後の瞬間、アイはようやく二人に「愛している」と伝えた。


言葉にしてみて、それが嘘ではないと分かった。


「愛している」と言ったから愛が生まれたのか。


すでに存在していた愛に、ようやく彼女自身が気づいたのか。


その境界は分からない。


ただ、アイドルとして届けてきた「愛している」と、母親として伝えた「愛している」は、同じ言葉でありながら違うものだった。


前者は、多くの人を幸せにするための芸術だった。


後者は、誰かを演じることをやめた、彼女自身の言葉だった。


「でもさ」


彼女が少し意地悪そうに笑った。


「八幡もアイも、実在しないよね」


僕は答えようとして、言葉を止めた。


確かにそうだった。


比企谷八幡が「本物が欲しい」と願ったことも、星野アイが嘘を愛として届けようとしたことも、現実に起きた出来事ではない。


二人が登場する作品は、どちらもフィクションだ。


「じゃあ、二つとも本物の作品ではないのかな」


「君はそう思う?」


僕はすぐに首を横へ振った。


「二つとも僕が大好きな、本物の作品だと思う」


「でも、作り話でしょう?」


「作り話でも、それは本物ではないんじゃなくて、本当の出来事ではないんだ」


彼女は「なるほど」と言い、少し冷めた珈琲を飲んだ。


「フィクションは本物ではないんじゃない。現実ではないだけなんだと思う」


「現実ではないことと、本物ではないことは違う?」


「八幡もアイも現実にはいない。でも、二人の言葉を受け取って心を動かされた僕は、ここにいる」


八幡の言葉をきっかけに、人との関係について考えた。


アイの生き方を見て、嘘と愛について考えた。


物語を見て笑い、悲しみ、涙を流した。


それらはすべて、僕の中で実際に起きたことだった。


存在しない人物の言葉によって、現実にいる人間の考え方が変わる。


起きていない出来事によって、現実の人間が涙を流す。


フィクションとは不思議なものだ。


すべて作り話であるはずなのに、そこから生まれた感情まで作り話になるわけではない。


「それが、本物の作品ということ?」


彼女が尋ねた。


僕は少し考えてから答えた。


「分からない」


「ここまで話して、それ?」


彼女が笑った。


「考えれば考えるほど、分からないことが増えていくんだ」


「哲学なんて、そんなものでしょう」


「でも、フィクションは現実ではなくても、本物の作品にはなれると思う」


「どうして?」


「現実ではうまく言葉にできなかった感情に、形を与えてくれるから」


僕たちは、自分の中にあるものを、いつも正確に言葉にできるわけではない。


悲しんでいる理由が自分でも分からないことがある。


誰にも見せられない感情を抱えることもある。


フィクションは、架空の人物や出来事を借りて、現実では語れなかった感情に形を与えてくれる。


作品そのものは、作り話によって出来ている。


けれど、その作り話が、現実の中にあった名前のない感情を見つけ出してくれる。


それはまさに、嘘から本物を生み出す芸術なのだと思う。


「ところで、本物といえば、もう一つ思い出した」


僕が言うと、彼女が嫌な予感でもしたように眉を上げた。


「まだあるの?」


「テセウスの船って知ってる?」


「名前だけなら」


「古い船の傷んだ部品を、一つずつ新しい部品に交換していく。長い時間をかけて、最後には最初の部品が一つも残っていない船になる。その船は、最初と同じ船だと言えるのか、という話」


彼女は考えるようにカップを見つめた。


「私は、違う船だと思う」


「どうして?」


「全部新しい部品なんでしょう? だったら、元の船とは違うよ」


「でも、一度に全部を交換したわけじゃない。少しずつ直しながら、同じ場所にあって、同じ名前で呼ばれ、同じ船として使われ続けてきたんだよ」


「それでも、最初の部品が一つも残っていないなら、新しい船じゃない?」


「じゃあ、どこから違う船になる?」


「どこから?」


「部品を一つ交換しただけなら、同じ船?」


「それは同じ船だと思う」


「二つなら?」


「たぶん同じ」


「半分なら?」


彼女は答えず、少し考え込んだ。


「全部が交換されたら違う船だと言うなら、どこかに同じ船から違う船へ変わる境界があるはずだろ。でも、その境界がどこなのかは分からない」


「部品の数だけで決められないということ?」


「うん。そもそも、本物の船を本物にしていたのは何なんだろう。最初に使われていた木材なのか、船の形なのか、名前なのか。それとも、ずっと同じ船として扱われてきた歴史なのか」


「でも、元の材料が一つもないなら、やっぱり違う船に感じるな〜」


彼女はそう言ってから、少し首をかしげた。


「それが、さっきの話とどうつながるの?」


「人間も似ていると思わない?」


「人間?」


「人間の身体も、ずっと同じ物質で出来ているわけじゃない。細胞の中には長く残るものもあるけど、多くは入れ替わっていく。食べたものや吸った空気を材料にして、身体は少しずつ変わり続けている。生まれたときと今とでは、姿も考え方も全然違う。それでも僕たちは、自分は昔から同じ自分だと思ってる」


「それは同じ人でしょう」


彼女は迷わず答えた。


「船は違うのに、人間は同じなの?」


「船と人間は違うよ。人間には意思があるし、記憶もあるから」


「でも、理屈は船と同じだよ?」


彼女が黙った。


「どちらも、構成しているものが少しずつ入れ替わっていく。それでも人間は同じで、船は違うと言う。その違いは、本当に意思があるかどうかなのかな」


「そうじゃない?」


「じゃあ、記憶を失った人は別人になる?」


彼女の表情がわずかに変わった。


「それは……同じ人だと思う」


「性格や考え方が大きく変わったら?」


「それでも同じ人でしょう」


「じゃあ、その人を同じ人にしているものは何?」


彼女は答えなかった。


カップの横に置かれたスプーンへ、指先でそっと触れた。


「身体でもない。記憶だけでもない。意思だけでもない。それなら、僕を僕にしているものは何なんだろう」


「周りの人との関係とか?」


「関係?」


「たとえば記憶を失っても、その人の家族にとっては同じ人でしょう。本人が自分を忘れても、周りの人がその人と過ごした時間まで消えるわけじゃない」


「なるほど」


「船にも、それがあるのかもしれないね。同じ船として大切にしてきた人たちがいて、同じ名前と歴史が受け継がれているなら、部品が全部変わっても同じ船だと思う人はいるかもしれない」


「さっきは違う船だと言ってたのに」


「考えている途中で意見が変わることくらいあるでしょう」


彼女は少しむっとしたように言った。


「じゃあ、今は同じ船だと思う?」


「分からない」


僕は思わず笑った。


「僕と同じ答えになったね」


「君が面倒な質問ばかりするからだよ」


そう言いながら、彼女も笑っていた。


テセウスの船が同じ船なのか、違う船なのか。


僕を僕にしているものが、身体なのか、記憶なのか、意思なのか、それとも誰かとの間に積み重ねた時間なのか。


僕たちは答えを出せなかった。


けれど、本物とは変わらないものだと考えるなら、この世に本物はほとんど存在しないことになる。


人間も、関係も、作品も、時間の中で変わり続ける。


変わらないから本物なのではない。


変わっていくものを、同じものとして受け継ごうとする何かがあるから、僕たちはそれを本物と呼ぶのかもしれない。


「結局、八幡が欲しかった本物って何だったんだろうね」


彼女が空になったカップを見つめながら言った。


「僕は、嘘が一切ない関係ではないと思う」


人間である以上、僕たちは本音を隠す。


相手を傷つけないために言葉を選び、関係を壊さないために笑う。


自分でも気持ちが分からず、間違った言葉を伝えてしまうこともある。


そして僕たちは、昨日とまったく同じ自分でもない。


身体も変わる。


考え方も変わる。


大切にしたいものさえ、いつか変わるかもしれない。


だから、本物とは、完璧に分かり合うことでも、永遠に変わらないことでもない。


「分かったふりをして保つ関係じゃなくて、分からないままでも相手を知ろうとする関係だったんじゃないかな」


彼女は何も言わず、僕を見ていた。


「相手が変わっても、今までと違う考えを持つようになっても、それで別の人だと切り捨てない。見せたい自分だけじゃなく、知られるのが怖い自分まで、いつか知ってほしいと願う。相手の本音が自分に都合のいいものじゃなくても、受け止めようとする」


「それなら、君は私に本当の自分を見せている?」


不意に尋ねられて、僕は答えられなかった。


彼女に嫌われたくなくて、言わなかったことがある。


心配させたくなくて、「大丈夫」と伝えたこともある。


何でもないふりをしながら、本当は気づいてほしいと思ったこともある。


黙っている僕を見て、彼女が聞いた。


「今、何を考えているの?」


僕はしばらく迷ったあと、正直に答えた。


「本当の自分がどれなのか、僕にも分からない」


彼女は小さくうなずいた。


「じゃあ、一緒に探せばいいんじゃない?」


その言葉が彼女の本音なのか、僕には分からなかった。


僕を傷つけないための優しい嘘かもしれない。


この場の空気を壊さないための建前かもしれない。


いつか彼女の気持ちが変われば、失われてしまう言葉なのかもしれない。


それでも、その言葉を聞いて安心した僕の気持ちは本物だった。


会計を終えて店の外へ出ると、阪急三番街には大勢の人が行き交っていた。


それぞれが何かを隠し、誰かが求める自分を演じながら歩いている。


誰もが少しずつ変わりながら、それでも昨日と同じ名前で呼ばれ、同じ自分として生きている。


この世のほとんどは、嘘で出来ている。


そして、この世のすべては変わり続けている。


それでも、すべてが偽物だとは思わない。


嘘の笑顔に救われることがある。


演じていた優しさが、いつか本当の優しさになることもある。


現実には存在しない物語が、現実を生きる人間の心を変えることもある。


すべての部品が変わっても、同じ名前と歴史を受け継いだ船を、本物だと思う人もいる。


本当とは、事実と一致していること。


現実とは、実際に存在し、起きていること。


そして本物とは、嘘も矛盾も変化も含んだまま、それでも大切にしたいと願い続けられるものなのかもしれない。


隣を歩く彼女が僕を見た。


「結局、本物が何なのか分かった?」


「まだ分からない」


彼女は呆れたように笑った。


「ずっと話していたのに?」


「うん。でも、分からないままでも、君のことを知りたいと思ってる」


「明日の私は、今日とは違うかもしれないよ」


「僕も違うかもしれない」


「それでも?」


「それでも、そのときの君を知りたい」


彼女は何も答えなかった。


ただ、少しだけ歩く速度を緩めた。


その沈黙が何を意味していたのか、僕には分からない。


僕に気を遣っただけかもしれない。


何か別の気持ちを隠していたのかもしれない。


けれど、無理に答えを求める必要はないと思った。


本物とは、最初から完成された答えではない。


変わっていく相手を、分かったふりで終わらせず、それでも知ろうとすることなのかもしれない。


フィクションは現実ではない。


けれど、フィクションから生まれた感情は本物になり得る。


嘘は真実ではない。


けれど、嘘から生まれた愛が、本物になることもある。


昨日の僕と今日の僕は、まったく同じではない。


それでも僕は、僕として彼女の隣を歩いている。


そして、彼女のことをもっと知りたいと思った。


少なくとも、今この瞬間の気持ちだけは、嘘ではなかった。


⭐️ 後書き ⭐️


「本物とは何か?」という問いについて、最初は僕自身の考えを、そのまま文章にしようと思っていました。


ただ、それだけでは長々と説明する、少し退屈な文章になってしまう気がしました。


そこで今回は、僕の大好きな『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』と『【推しの子】』、そして「テセウスの船」という思考実験を題材に、彼女との対話形式のショートストーリーとして書いてみました。


嘘や本音、愛やフィクションについて考えていくうちに、問いは「何が本物なのか」だけではなく、「変わり続けるものを、なぜ同じものだと思えるのか」というところまで広がりました。


部品をすべて交換した船は、元の船と同じなのか。


身体を構成するものも、記憶も、考え方も変化していく人間は、それでも同じ人間なのか。


人を同じ人にしているのは、身体なのか、意思なのか、記憶なのか。それとも、他者との関係や、積み重ねてきた時間なのか。


結局、この物語の中でも明確な答えは出ていません。


それでも、二人の会話を通して、本物について一緒に考えてもらえたなら嬉しいです。


そして、この物語そのものもフィクションです。


現実に起きた出来事ではありません。


けれど、ここに書いた問いや、二つの作品を好きだと思う僕の気持ちは本物です。


ちなみに、舞台を星乃珈琲店にしたのは、『【推しの子】』を思い浮かべたときに星野アイの「星野」が浮かび、「”ほしの”といえば星乃珈琲店だな」と思ったからです。


ちょっとしたダジャレです(笑)。


今回登場した阪急三番街の星乃珈琲店には、僕自身よく行くので、物語の舞台としても自然に思い浮かびました(笑)。


それでは、またお会いしましょう!

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