第二十二章 静候黎明
夜空には無数の星々が散りばめられていた。
街には色とりどりの提灯が掲げられ、それらはまるで星空を地上に映し出したかのように明るく輝いている。
一人の若い衆が店の看板を中に片付けながら、一人の青年に声をかけた。
「番頭さん、表の片付けが終わりましたぜ」
「ああ。ここ数日は注文が多くて大変だったが、皆のおかげで無事に出荷できたよ。酒席の予約は済ませてある。布問屋の皆には、先に路地裏の店へ行って待っているよう伝えてくれ」
「へい、承知しました。……ところで、番頭さん……」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
青年が顔を上げると、若い衆は彼の頭の上を眺めながら不思議そうに尋ねた。
「その野鳥ですが……どうして乞巧節の日になると、決まって番頭さんの頭に乗ってくるんですかい?」
その問いに青年は苦笑し、肩をすくめて答えた。
「……さあな。主人が戻ってきたから、居場所がなくなったこの小童が避難してきたんだろうよ。ほら、そんなことより早く行け。俺は顔を出さないから、皆によろしく伝えておいてくれ」
青年に促され、若い衆は首を傾げながらも、早く酒にありつきたい一心でそれ以上深く追求せずに店を後にした。
青年――阿和は帳簿を閉じた。幼さの抜けたその佇まいには、数年前の主人の薫陶のおかげで、確かな貫禄が備わっていた。
阿和は奥の厨房から浅い皿を持ってくると、そこへ少しの水を注いだ。
頭の上のカササギがすぐに飛び降り、水面に小さな波紋を立てながら水を飲み始める。
店内に残されたのは一本の蝋燭の火だけだ。阿和は椅子を引き寄せ、カササギが水を飲む様子を眺めながら、一つあくびをして呟いた。
「……お互い、楽じゃないよな。だが、うちの坊ちゃんはたいしたもんだ。数年で布問屋を立ち上げ、新しい技術まで開発しちまうんだから。数ヶ月前にもいろいろあったしな。……暇なら、今年分の無駄話でも聞いていくか?」
カササギは「勝手に喋ればいいさ、気が向いたら聞いてやる」とでも言うように頭を揺らし、また水を飲み始めた。
そのマイペースな様子には阿和も慣れっこで、彼は独り言のように語り始めた。
*
一方その頃、牛彦はある酒楼へと足を踏み入れていた。
「旦那様、こちらへどうぞ」
店員の案内で、彼はある個室へと導かれた。
大広間の喧騒とは切り離された、静かな独立した空間だ。
今日のような祭りの日に、これほどの席を確保するには、数ヶ月前からの予約が必要だったはずだ。
「こちらでお待ちください」
待ち合わせの相手はまだ到着していないようで、店員は彼を先に座らせようとした。
だが――。
「……待て。どこへ行くつもりだ?」
牛彦が店員を呼び止めた。何か言いつけでもあるのかと店員が振り返った瞬間、その手を掴まれた。
身なりは上品でも、時に粗暴な振る舞いをする客は珍しくない。
店員は慣れた手つきで微笑みを浮かべ、応対しようとした。
「旦那様、私に何かご用でしょうか?」
「用か。ああ、ちょうどいい」
牛彦は店員の手を離すと、彼が被っていた粗末な帽子へと手を伸ばした。
刹那、帽子の中から艶やかな黒髪がさらりとこぼれ落ちた。牛彦は奪い取った帽子を弄びながら言った。
「……待ち人はもう来たようだ。主人にそう伝えてこい。それから、すぐに戻ってこいよ」
それを聞き、相手は首を振ると、先ほどとは打って変わった鈴を転がすような女の声で言った。
「……その必要はないわ。あなたが来たらすぐに料理を運ぶよう、もう伝えてあるもの」
「よくもまあ、そんな保証ができたもんだな、オリシ。……どうだ、楽しいか?」
「ええ、悪くないわ。少なくとも、いい刺激にはなったかしら」
オリシは微笑みながら乱れた髪を整え、黒い髪帯で結び直すと、牛彦の向かい側に腰を下ろした。
牛彦はため息をついて言った。
「……勝手にしろ。だが、あまり店の主人を困らせるなよ」
「あの方も、もう慣れっこでしょうに」
オリシは他人事のように肩をすくめた。
二人は相変わらず口喧嘩を続けながら、互いの杯に茶を並々と注いだ。
ほどなくして、別の店員が豪華な料理を運んできた。
夜空の夏の大三角が、静かに天を巡っていく。
牛家の屋敷の一室からは、微かな話し声と、碁石を置く清らかな音が漏れ聞こえていた。
一人の青年と一人の女が向き合い、語らいながら、盤上の隙間を石で埋めていく。
星空の彼方では、一条の白線が静かに夜空を滑り、天と地を結んでいた。
夜は更け、軒下のざわめきが止むことはない。
さらに数時間が過ぎ、ようやく部屋の中の話し声が途絶えた。
一人が上着を取り上げ、
もう一人の肩へと、そっと掛けた。
そして彼はその隣に座り、
黎明が訪れるのを、静かに待ち続けた。
――完――




