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第4話 人材発掘は泥沼の中で ~エルフは森の番人ではなく、精密機器メーカーの社員になっていただきます~


「……漏れている」

私は絶望的な溜息をついた。

目の前には、試作第一号となる陶器製の配管が並べられている。

地元の陶芸ギルドに発注し、最高級の粘土を焼かせたものだ。

だが、繋ぎ目から水がポタポタと滴り落ちている。

これでは下水道どころか、ただの漏水装置だ。

「申し訳ございません、若様!」

陶芸ギルドの親方が、青ざめた顔で平伏した。

「我々の技術では、これが限界でして……。土をどれだけ均一に練っても、焼く際にどうしても歪みが生じてしまうのです。ミリ単位の接合など、神の御業でもなければ……」

「できない、ではない。やるんだ」

私は冷たく言い放ったが、内心では頭を抱えていた。

親方の言うことも分かる。この世界にはノギスもなければ、温度管理された窯もない。職人の勘と経験だけが頼りだ。

壺や皿なら多少歪んでいても味になるが、工業製品としてのパイプに「味」はいらない。「精度」が必要なのだ。

このままでは、私のウォシュレット計画は「水漏れで屋敷が水没」という結末を迎えてしまう。

(人間ではダメだ。もっと、こう……機械のように正確で、微細な作業に適した人材が必要だ)

私は記憶を探った。

このファンタジー世界において、人間よりも手先が器用で、魔力制御に長けた種族。

ドワーフ? いや、彼らは鍛冶は得意だが、繊細さよりもパワー系だ。

となると……。

「……ギュンター。馬車を出せ」

「はっ。どちらへ?」

「隣の商業都市だ。『市場』へ行く」

私の言葉に、ギュンターの眉がピクリと動いた。

私が言う「市場」が、野菜や魚を売る場所ではないことを察したのだろう。

「……奴隷市場、でございますか」

「そうだ。役に立たない職人よりも、私の命令を忠実にこなす『手』が欲しい」

私の声は冷徹だったと思う。

ブラック企業の経営者も真っ青な発言だ。だが、背に腹は代えられない。快適なトイレのためなら、私は悪魔にでも魂を売るし、奴隷だって買う。

***

隣の商業都市にある奴隷市場は、想像通り最悪の場所だった。

えた臭い。鎖の音。そして、商品として檻に入れられた亜人たちの虚ろな目。

衛生状態が悪すぎる。早く帰って風呂に入りたい。

「へへへ、いらっしゃいませローゼンバーグ家の若様!」

小太りの奴隷商人が、揉み手をしながら近づいてきた。脂ぎった顔が不快だ。

「若様のような高貴な方にお似合いの、極上の商品が入っておりますよ! 元王国の騎士だった虎獣人に、夜の相手にぴったりの巨乳の女騎士……」

「いらん」

私は商人の言葉を遮り、檻の前をスタスタと歩いた。

筋肉だるまも、性的魅力も興味がない。私が求めているのはスペックだ。

「魔力持ちはいるか? それも、出力ではなく『制御』に特化したタイプだ」

「制御、ですか? はあ……それなら魔法使い崩れの人間が数名おりますが」

「人間はいい。もっと指先が繊細な種族だ」

私は歩き続け、店の奥、もっとも薄暗い場所にある小さな檻の前で足を止めた。

そこには、ボロ布をまとった一人の少女が座り込んでいた。

長い耳。透き通るような銀髪。

エルフだ。

しかし、その姿は酷いものだった。痩せこけ、肌は泥で汚れ、目は死んだ魚のように光がない。手足には魔封じの枷が嵌められている。

「ああ、それは『ハズレ』ですよ」

商人が嫌そうな顔で手を振った。

「森のエルフなんですがね、魔力量が少なすぎて魔法がろくに使えないんです。しかも体が弱くて重労働もできない。見た目は悪くないんで夜の店に売ろうとしたんですが、客の前でもずっとブツブツ独り言を言ってて気味が悪いと返品されまして……。近々、鉱山の毒見役にでも処分しようかと」

「独り言?」

私は眉をひそめ、檻に近づいた。

少女は、地面に落ちていた小石を並べていた。

ただ並べているのではない。大きさ順、色順、そして形状別に、狂気的なまでの正確さで「整列」させている。

ブツブツと彼女が呟いている声が聞こえた。

「……角度がズレてる。修正。左右対称じゃない。修正。ここをあと0.1ミリ削れば完全な球体に……修正……修正……」

私は戦慄した。

彼女は小石を指先で弄りながら、微弱な魔力を使って石の表面を削り、完全な球体を作ろうとしているのだ。

魔力が少ない? 違う。

彼女は、出力に回すべき魔力をすべて「精密操作」に全振りしているのだ。その操作精度は、おそらく顕微鏡レベル。

(見つけた……!)

私の心臓が高鳴った。

これだ。私が求めていたのは、この異常なまでの神経質さと、マイクロメートル単位の加工技術だ!

彼女となら、作れる。

水漏れしないパッキンも、髪の毛より細いフィラメントも、そして……ウォシュレットのノズルも!

「これを買う」

私は即決した。

「は? いや、若様、やめたほうがいいですぜ。こんな役立たず……」

「いくらだ」

「え、ええと、金貨3枚で……」

「10枚だそう。その代わり、今すぐ枷を外して風呂に入れろ。最高の食事と服を用意しろ。あと、爪の手入れもだ。指先は商売道具だからな」

私は金貨袋を商人に投げつけた。

商人は目を丸くして袋を受け取った。

「ギュンター、彼女を連れて帰るぞ」

「……はっ!」

ギュンターが感動に打ち震えた顔をしているのが視界の端に入った。

またか。

「(若様……! あのような汚れて弱りきったエルフを見捨てず、相場の三倍もの金を払って救い出すとは……! しかも『指先の手入れ』まで気遣うとは、なんと慈愛に満ちた御心か!)」

違うぞギュンター。

それは精密機器のメンテナンスと同じ意味だ。錆びた工具では良い仕事ができないからな。

檻が開けられ、エルフの少女がおずおずと出てくる。

彼女は私を見上げた。その瞳には、恐怖と警戒が混じっている。

「……私を、どうするつもり?」

彼女の声は小さく、震えていた。

夜の相手か、虐待か。彼女はろくな想像をしていないだろう。

私は彼女の前にしゃがみ込み、その汚れた手を取った。

細く、長い指。節くれ立っておらず、まさにピアニストか外科医のような手だ。

「名前は?」

「……シルフィ」

「いい名前だ。シルフィ、君に頼みたい仕事がある」

私はニヤリと笑った。

それは、慈愛の笑顔などではなく、優秀なエンジニアを見つけた開発部長の邪悪な笑みだったはずだ。

「君には、私のために『紙』をいてもらう。それも、今まで見たこともないくらい薄く、柔らかく、肌触りの良い紙をだ。一枚でもザラついたらやり直しだ。一日中、紙と向き合ってもらうぞ」

「……か、紙?」

シルフィはきょとんとした。

想像していた「酷いこと」と違いすぎて、混乱しているようだ。

「それだけじゃない。ゴムの加工、金属の研磨、魔導回路の配線……やることは山積みだ。君のその病的なまでの『こだわり』を、すべて私の快適生活のために捧げろ。衣食住は保証する。最高のベッドと、美味い飯をやろう」

「……修正、させてくれるの?」

彼女の瞳に、奇妙な光が宿った。

「ああ。気が済むまで修正していい。0.01ミリのズレも許すな」

その瞬間、シルフィの表情が変わった。

死んでいた瞳に、職人の(あるいはマッドサイエンティストの)狂気が灯ったのだ。

「……やる。私、やる」

こうして、私は最強の「工場長」を手に入れた。

周囲の人々は「薄幸のエルフを救った美談」として涙しているが、現実は違う。

私はただ、トイレットペーパー開発の責任者をヘッドハンティングしただけなのだ。

さあ、帰ろう。

屋敷に戻れば、彼女には地獄の「ダブルロール(二枚重ね)」開発が待っている。

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