表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

第12話 王都大博覧会と、わがまま皇女の襲来 ~そのハンバーガーは国境を越える~


王都のメインストリートは、かつてない熱気に包まれていた。

王家主催の「建国記念大博覧会」。

国内外の商会や貴族が、自慢の品を展示する一大イベントだ。

だが、民衆の注目は一つのパビリオンに集中していた。

ローゼンバーグ公爵家の展示ブースではない。

その会場に向かって、優雅に歩を進める「巨大な銀色の毛玉」にである。

「ひぃぃッ! 魔物だ!」

「で、でかい! あれは伝説のフェンリルじゃないか!?」

「上に誰か乗ってるぞ!?」

悲鳴と歓声が交差する中、私はポチ(フェンリル)の背中で優雅に足を組んでいた。

「……快適だ」

私は思わず呟いた。

ポチの背中は最高だ。

フカフカの毛皮が天然のクッションとなり、強靭な足腰が生み出す振動は、高級セダンのエアサスペンションすら凌駕する。

王都の石畳の凹凸など、存在しないも同然だ。

「グルルゥ……」

「よしよし、ポチ。人混みでも暴れないで偉いな」

私はポチの首元を撫でてやった。

ポチは嬉しそうに目を細め、尻尾を振る。その風圧で、沿道の屋台のテントが飛びそうになるのはご愛敬だ。

会場に到着すると、そこには既に長蛇の列ができていた。

看板にはこう書かれている。

【ローゼンバーグ家特設展示場 ~未来の暮らし、ここにあり~】

目玉は三つ。

一つ目は、体験コーナー「黄金のトイレ」。

一度座れば二度と立ち上がりたくなくなる魔性の椅子として、既に予約は三ヶ月待ちだ。

二つ目は、実演販売「揚げたて唐揚げのマヨネーズ添え」。

あの独特の匂いが会場中に充満し、人々をゾンビのように引き寄せている。

そして三つ目は、私がポチに乗って登場するパレードだ。

「アレクセイ様ー! こっち向いてー!」

「きゃー! 水の賢者様よ!」

「若様! マヨネーズ増量してください!」

黄色い声援が飛ぶ。

いつの間にか、私はアイドル扱いされていた。

やれやれ、私はただ、引きこもってゲームがしたいだけなのだが。

博覧会は順調だった。

国王陛下も「余の尻の守護者よ!」と満面の笑みで視察に来てくれたし、父上は唐揚げの売り上げを見て「これで城がもう一つ建つぞ!」と笑いが止まらない様子だ。

だが、平穏な時間は長くは続かなかった。

昼過ぎのことだ。

会場の空気が一変した。

「どけ! 道を空けよ! ガルディア帝国、第二皇女セシリア殿下のお通りだ!」

威圧的な怒号と共に、重装歩兵の一団が強引に人混みを割って入ってきた。

ガルディア帝国。

我が国の北に位置する軍事大国だ。

その中心を歩くのは、真紅のドレスを身に纏った、燃えるような赤髪の少女だった。

年齢は私と同じくらいか。

美少女だが、その瞳には「この世の全ては私のもの」と言わんばかりの傲慢さが宿っている。

彼女は私のブースの前で足を止め、扇子で鼻を覆った。

「……何かしら、この下品な匂いは」

彼女は唐揚げの匂いに顔をしかめた。

そして、ポチの背中にいる私を見上げ、ビシッと指を差した。

「そこの男! 降りなさい!」

「……私ですか?」

「そうよ! 貴方、名を何と言うの?」

「アレクセイ・フォン・ローゼンバーグですが」

「そう。覚えたわ」

セシリア皇女は不敵に笑った。

「アレクセイ。貴方のその魔獣、気に入ったわ。わらわに献上しなさい」

「は?」

「それと、あの『水が出る椅子』と『冷たい箱』。あれも全て帝国のものにするわ。技術者ごと連れて帰りなさい」

周囲が凍りついた。

それは事実上の拉致予告だ。

護衛のギュンターが剣に手をかける。帝国の兵士たちも槍を構える。

一触即発の空気だ。

「お断りします」

私は即答した。

「ポチは家族ですし、私の発明品は私が快適に過ごすためのものです。他国へ行くつもりはありません」

「……ふうん。わらわに逆らうの?」

セシリア皇女の目が据わった。

「帝国に逆らえばどうなるか、分かっていて? この場を灰にすることもできるのよ?」

彼女の背後で、宮廷魔導師たちが杖を構える。

脅しではない。彼女は本気だ。

ワガママで有名な皇女とは聞いていたが、ここまでとは。

「グルルルル……ッ!」

ポチが低く唸り声を上げた。

主である私への敵意を感知し、戦闘モードに入ろうとしている。

マズい。ここでポチが暴れれば、皇女どころか王都が消し飛ぶ。

(……武力衝突は避けたい。私の平和な引きこもりライフが遠のく)

ならば、やることは一つだ。

私はポチの背中から飛び降り、皇女の前に立った。

「殿下。殺伐とした話はやめましょう」

「命乞い? 遅いわよ」

「いいえ。お腹が空いているのではありませんか?」

「は?」

皇女が呆気にとられる。

私は懐から、あるものを取り出した。

先ほど工房で焼き上がったばかりの「生食パン」で作った、特製メニューだ。

二枚のふわふわパンの間に、肉汁たっぷりのハンバーグ、とろけるチーズ、シャキシャキのレタス、そして特製マヨネーズソースを挟み込んだもの。

「ローゼンバーグ流、携帯用宮廷料理。『ハンバーガー』です」

「ハンバーガー……? 何よ、その汚らしいパンは」

「毒見は私が済ませています。一度、召し上がってみてください。もしお気に召さなければ、私の首でもポチでも好きになさるといい」

私はハンバーガーを差し出した。

皇女は疑わしげにそれを見つめたが、漂ってくる暴力的なまでの「良い匂い」に、喉をゴクリと鳴らした。

「……いいわ。食べてあげる。その代わり、不味かったら即刻処刑よ」

彼女はハンバーガーを手に取り、小さな口で端を齧った。

ガブッ。

パンが沈み込む。

歯がパテに到達した瞬間、肉汁が噴水のように溢れ出した。

「んぐっ!?」

皇女の目が大きく見開かれた。

咀嚼する。

パンの甘み。肉の旨味。チーズの塩気。

そして、それらをまとめ上げる酸味の効いたマヨネーズ。

口の中でオーケストラが演奏を始めたような衝撃。

「な……な……っ!?」

彼女の手が震え始めた。

二口目。三口目。

止まらない。

扇子を放り出し、両手でハンバーガーを掴んで貪り食う。

口の周りにソースがつくのも構わず、一心不乱に。

「う、うまい! 何これ! 美味しい! パンが消える! 肉が溶ける!」

「殿下!? はしたのうございます!」

帝国の兵士たちが慌てるが、彼女の耳には届いていない。

あっという間に完食し、彼女は私の服を掴んだ。

「……もう一個」

「はい?」

「もう一個よこせと言っているの! あと、喉が渇いたわ! あのシュワシュワする水も持ってきて!」

完全に堕ちた。

チョロい。ポチと同じくらいチョロい。

私はニッコリと微笑み、追加のバーガーとコーラ(試作品)を渡した。

彼女はそれを幸せそうに平らげ、最後に「プハァーッ!」と親父のようなゲップをした。

そして、満足げな顔で私を見た。

「……アレクセイ」

「はい」

「貴方の処刑は取り消すわ」

「それは重畳」

「その代わり」

彼女は私の腕に抱きついた。

「わらわは、この国に『留学』することにするわ」

「……はい?」

「貴方の屋敷に住み込んで、この料理と、あのフカフカの狼と、トイレの研究をしてあげる。光栄に思いなさい」

周囲が再び凍りついた。

帝国の皇女が、人質……ではなく、居候宣言をしたのだ。

「殿下!? 本気ですか!? 皇帝陛下になんと報告すれば!」

「うるさい! 父上には『重要な外交機密を発見したため、潜入調査を行う』とでも言っておきなさい! わらわはもう、あの帝国の堅苦しい食事には戻れないのよ!」

彼女はポチの腹にダイブし、「あーん、極楽じゃー」と叫んだ。

ポチも満更でもなさそうに尻尾を振っている。

私は天を仰いだ。

国王、フェンリルに続き、今度は帝国の皇女まで。

私の屋敷は、いつから「問題児収容施設」になったのだ。

「……まあ、いいか」

私は溜息をついた。

彼女の持つ帝国の「魔導技術」は魅力的だ。

それに、金払いは良さそうだ。

エアコン開発の資金源として、精々利用させてもらおう。

「歓迎しますよ、セシリア殿下。ただし、我が家では『働かざる者食うべからず』です。マヨネーズの撹拌作業くらいは手伝ってもらいますからね」

「なっ、無礼者! ……で、でも、それを手伝えば、またハンバーガーが食べられるの?」

「ええ、ポテト付きで」

「……やるわ。撹拌でもなんでもやってやるわ!」

こうして、王都大博覧会は、「ローゼンバーグ家のハンバーガーが、帝国の侵略を食い止めた」という伝説と共に幕を閉じた。

私の周りには、また一人、カロリーの虜となった権力者が増えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ