5:父との会話
週末の午後、カイは父親が暮らす「生涯資産管理センター」を訪れた。
「よく来たな」
父親は、カイの顔を見て嬉しそうに笑う。
「見てくれ、カイ。この間、昔のアルバムをデータ化してみたんだ」
ディスプレイに映し出されたのは、色褪せた一枚の写真。幼いカイが、海辺で母親と手をつなぎ、はにかんだように笑っている。
「懐かしいな」
父親は、懐かしそうに目を細める。カイもその時の楽しかった感情が、胸の奥からじんわりと蘇ってくるようだった。
「そういえば、ミサキさんとは順調かね?今度ぜひ、顔を見せにいらっしゃい。お前の母親も、きっと会いたがっただろう」
父親が、心からの笑顔で語る。和やかな空気が、部屋を満たしていた。
父親が、ふとディスプレイから顔を上げる。
「それでな、カイ。来期の『バイオ・アセット継続プラン』の件だが…」
その言葉が発せられた瞬間、カイの脳内で、何かのスイッチが音もなく入った。
穏やかな笑みが、すっと消える。彼の表情から温かみが抜け落ち、瞳は感情の色を失った。楽しかった記憶に温まっていた胸の奥は、絶対零度の静寂に包まれる。彼は無言でタブレットを取り出し、起動させる。
「父さん、プランAは現状維持だが、新しいプランBなら、月々のコストを7%削減できる。ただし、緊急時の対応レベルが少し下がる」
カイは、実の父親の「命の値段」を、よどみなく、客観的なデータとして説明する。
父親もまた、その説明を真剣な顔で聞いている。
「なるほど。コスト削減のメリットは大きいな。よし、分かった。じゃあ、来期はプランBでいこう。これで浮いた金で、お前とミサキさんで美味いものでも食べなさい。それが、わしにとっても一番効率的な喜びだ」
カイは「了解」と短く答え、契約内容を変更する。手続きが完了した、その瞬間。カイの脳内で、再びスイッチが切り替わった。彼はふっと、今まで止めていたかのように深い息を吐く。強張っていた肩の力が抜け、心にじんわりと体温が戻ってくる。
カイはタブレットをしまうと、ごく自然な笑顔を父親に向けた。
「じゃあ、また来るよ、父さん。無理はするなよ」
その声には、息子としての温かい響きが戻っていた。父親もまた、「ああ、気をつけてな」と、にこやかに手を振り返す。
まるで、何もなかったかのように。