4:ミサキのいる風景
公社の自動運転車を降り、アパートのエントランスを抜ける。エレベーターの壁に映る自分の顔は、まるで能面のように無表情だった。
自室のドアを開けた瞬間、カイの世界は色を変えた。
「おかえりなさい!」
エプロン姿のミサキが、弾けるような笑顔で彼を迎えた。部屋には、温かいシチューの匂いが満ちている。
「最近の自動調理器って、完璧すぎて少しつまらないよね。シチューだって、本当はジャガイモの煮崩れ具合が日によって違うのが面白いのに」
ミサキはそう言って、いたずらっぽく笑う。その笑顔と香りに包まれた瞬間、カイの無表情だった顔が、この日初めて、はっきりと和らいだ。
二人は食卓を囲む。
「今日ね、新しいカフェ見つけたの。今度一緒に行こうよ」
「いいな。週末にでも行くか」
「うん!それでね、カフェに行った後、気になってたVR水族館の新作、見に行かない?」
「いいね!じゃあ、日曜日は水族館デートだね」
食後、二人はソファに寄り添い、他愛のないコメディ番組を眺めていた。二人の手元には、この番組を見る時の「お決まり」である、少し塩味の効いたナッツの小皿が置かれている。
カイは、ミサキの柔らかな髪を、指でそっと梳くように優しく撫でる。ふと、彼女が風邪を引いたら、転んで怪我をしたら、と想像する。彼女が痛みに顔を歪める姿を思うだけで、胸が締め付けられるようだった。
ミサキは心地よさそうに目を細め、こてんとカイの肩に頭を乗せた。
「ねえ、カイ」
「うん?」
「今日のシチュー、美味しかった?」
「ああ、すごく。また作ってくれ」
「ふふ、よかった」
一日の終わりに訪れる、この穏やかな時間。カイにとって、それは自分が失ってはいけない唯一の領域であり、何物にも代えがたい、安らぎの瞬間だった。