2:生と死の境界線
公社の自動運転車が、高速道路の閉鎖された区画で静かに停止した。カイがドアを開けると、ツンとした焼けたプラスチックの匂いと、微かなオイルの匂いが鼻をついた。
目の前の光景は、非現実的なほどに静まり返っていた。大破した車両が、まるで現代アートのオブジェのように、アスファルトの上に無造作に転がっている。
カイがタブレットで現場の3Dスキャンを開始しようとした、その時だった。彼の隣にいた同僚のサトウが、ぴくりと動きを止めた。
「…カイ。聞こえるか?」
サトウの問いに、カイも集音感度を上げる。すると、金属の軋む音に混じって、か細く、途切れ途切れの音が鼓膜を震わせた。それは、子供のすすり泣く声だった。
「生存者だ!」
サトウの声に、現場の空気が一変した。カイたちの表情から、それまでの無機質な冷静さが消え、緊張と使命感が浮かび上がる。彼らは即座に連携し、救助ツールを手に、声のする車両へと駆け寄った。
カイは、歪んだドアの隙間から、後部座席でうずくまる小さな影を捉えた。彼は、自分でも驚くほど優しい声で、その影に語りかける。
「大丈夫、もう怖くないよ。すぐに出してあげるからね」
彼の声に反応したのか、すすり泣きが少しだけ小さくなる。その間に、サトウが油圧カッターでドアを慎重に切断していく。
ドアが取り払われると、カイは身をかがめて車内に入り、怯える子供をそっと抱き上げた。五歳くらいの男の子だった。サトウは、子供が父親と思われる運転席の遺体を見ないように、その目を優しく手で覆った。
「よく頑張ったな」
上空から、救護班のドローンが静かに降下してきた。カイは抱き上げた子供を、医療カプセルへと慎重に引き渡す。医療カプセルのハッチが「プシュー」という気密性の高い音を立てて閉まる。その音を合図にしたかのように、カイとサトウの表情から、安堵と優しさが完全に消え去った。
カイの腕から、子供の小さな体の温もりが消える。代わりに、今まで意識していなかった現場のオイルの匂いが、急に鼻をついた。彼は子供を抱いていた腕を数回振って、残っていた感触をリセットするかのように、その筋肉の緊張を解いた。
彼は、子供が乗っていた車の運転席に目をやる。彼の脳は、まず対象のバイタルサインをスキャンした。【生命兆候:検出不能】。その判定が下された瞬間、運転席の人間は「誰か」である前に「生命活動が停止した物体」として分類された。
カイは、まるで最初からそこに置かれていたかのように、自然な動きで腰のホルダーからタブレットを引き抜くと、冷静な声で告げる。
「オブジェクトA、活動停止を確認。損傷レベル3。処理を開始する」
先ほどまで子供をあやしていたサトウも、今はもう何も言わず、カイの指示に従って処理用の機材を準備し始めていた。