★ベンジャミン・アンダーソン家の事情【後編】
ソレイでソフィアに会い初恋に終止符を打ったベンジャミンは、日常が味気ないものに感じ、何もヤル気が起きないでいた。
「……ソフィア……」
ソフィアが屋敷を出て行って早数ヶ月。
ソフィアの事を考え無い日は無かったと言っても過言ではない。
街の中を探し回ったこともあるし、どこかの屋敷に勤めているのではないかと、友人にソフィアの事を聞いたこともあった。
「まさかソフィアがソレイに居るだなんて……」
卒業旅行でばったりソフィアと会った時、やっぱりソフィアは自分の運命の相手だったのだと疑わなかった。
だけどソフィアには既に想う相手がいた。
その上その相手はあの有名なエルフ公爵様。
ベンジャミンがどう足掻いても勝てない相手。
ソフィアの笑顔を見れば一目瞭然。
ベンジャミンが入り込む隙などどこにもない。
それにもし万が一のことがあってソフィアと両想いになれたとしても、成人したばかりのベンジャミンではソフィアを幸せにする事など出来ないし、駆け落ちしてもソフィアに迷惑をかけることは目に見えていた。
「坊ちゃま、私は今とても幸せなんです」
そう言って微笑むソフィアはとても美しくて、この屋敷にいる頃の笑顔とは全然違っていて、ベンジャミンは自分の無力さを感じ、只々打ちひしがれていた。
結局ソフィアにとってベンジャミンは弟のような物でしかなく。
ベンジャミンにとってのソフィアは守りたい相手ではなく、甘えたい相手だったのだ。
対等でない時点でエルフ公爵様に勝てるはずがなかった。
「ベンジャミン、週末に宰相家の夜会がある。成人したお前も出席するから準備をしておけよ」
両親が領地の屋敷に来たかと思えば、そんな事を言われベンジャミンは渋々頷く。
今ベンジャミンは領地経営の勉強を未来の領主として学んでいる所で、ハッキリ言って両親の誘いは迷惑でしかない。
当然、遊びまわっている父から経営の指導を受けているのではなく、年老いた代官から教わっている状態だ。
出来れば今は夜会や茶会などには出席せずそちらに集中したいところだが、当主となるからにはそうもいかない。
いずれ親の跡を継いでアンダーソン伯爵となるベンジャミンには他貴族との顔合せは必須。
成人したのなら尚更だ。
暗い顔のまま「承知しました」と答えたベンジャミンを見て、両親は大きなため息を吐いた。
「ベンジャミン、お前はまだあの女の事を引きずっているのか? あの女は既に若い男と暮らしているんだろう? 可愛い顔をしてとんだあばずれじゃないか」
「そうですよ。ベンジャミンの心を弄んだ末に自分だけ呑気に田舎で男と暮らしているだなんて、やっぱり訴えておけば良かったのよ。ほんと、スチュアート家の者は信用ならないわね」
どこまで行ってもソフィアを悪者にしたい両親は、離れた場所で見守っていた護衛からの報告を自分たちの良いように解釈し、ソフィアが(見た目だけは)若い男と一緒に居たということを自分たちの都合よく受け止めたようだった。
「父上、母上、その話は止めてください」
いつになくベンジャミンは強気で止める。
だが両親は「なんて優しい子なのだ」とベンジャミンを褒めるのみ。
ソフィアの事を悪く言われるのは許せないけれど、この両親に何を言っても無駄であることはベンジャミンが一番分かっている。
ソフィアとの話をぶり返され、傷口に塩を刷り込まれるのはかなわない。
初恋は終わったと分かっていても、それを忘れることは簡単ではないのだ。
「夜会には出席します。それで宜しいでしょうか?」
さっさと話しを終わらせたくてベンジャミンは仏頂面で出そう答えた。
年頃の男の子が見せる反抗期だとでも思ったのか両親はそれでも楽し気だ。
いい加減ベンジャミンだって分かっている。
自分の両親がベンジャミンをどう思っているのかを。
この両親にとってベンジャミンはペットのような存在なのだ。
都合がいい時だけ可愛がり後は放置する。
だから自分たちの望む相手以外との結婚は認めない。
両親が居る部屋を出たベンジャミンの心はとても重い。
この歳になっても両親に逆らえない自分は、結局このまま両親の望むように生きてしまうのだろう。
「ソフィア……」
思わずソフィアの名を呟いてしまう。
辛い時いつも傍にいてくれたのはソフィアだった。
今も思い出すのはソフィアの笑顔。
ベンジャミンももう十五歳。
そろそろソフィア離れをしなければならないことは分かっている。
だけどずっとベンジャミンを支えてくれたソフィアへの想いは、中々消えてくれそうにないのだった。
「我が娘、ジャネット・コナインとアンドリュー・スチュアートの婚約が纏まりましたことを、本日のこの夜会にて皆さまにご報告させて頂きます」
コナイン侯爵である宰相家の夜会。
この国の宰相夫妻と共に登場した若いカップルを見て会場内がざわついた。
ジャネットは宰相家のご令嬢で美人で学園での成績もよく、王子二人とも幼いころから交流があり、王妃候補筆頭と噂されていた女性だっただけに、王子以外の男性との婚約と聞いて出席者皆が驚いたのだ。
「ジャネット、アンドリュー、おめでとう」
夜会には第一王子であるラッセル・ヴェランデオが出席しており、二人の婚約を最初に祝う。
その笑顔に嘘はなく、心から喜んでいるのが良く分かる。
「幼馴染と友人が婚約してくれて私も嬉しいよ」
「「有難うございます、ラッセル様」」
初々しいカップルは殿下に声を掛けられお礼を言うと、目を合わせ微笑み合う。
想い合っているのがその様子で分かり、政略結婚ではなく恋愛結婚だろうと皆が理解する。
自分にも他人にも厳しいあの宰相が良く結婚を許したなと疑問に思うが、後ろに控える宰相夫妻はとても嬉しそうで、娘の婚約を心から喜んでいる事が分かり皆驚きしかない。
「ラッセル様、ラッセル様の婚約も楽しみにしておりますね」
ジャネットの問いかけにラッセルは「ああ」と頷き満面の笑みを浮かべた。
ああこれはもうお相手は決まっているのだろうと、会場中の招待客がその事を悟る。
一体誰がラッセルの相手なのだろうか?
ひそひそとそんな会話が上がる中、ベンジャミンの両親の顔色はこの場に相応しくない程に悪いものだった。
「父上、母上、どうかなさったのですか?」
ベンジャミンの問いかけに両親はハッキリとは答えない。
「我々もお祝いのご挨拶に伺わないと……」
ベンジャミンがそう声を掛けても、両親は主催者への挨拶へ動こうとはしない。
「もしかしてご気分が悪いのですか?」
ベンジャミンの問いかけに両親は何故かハッとする。
「ああ、そうだ、そうなんだ、ちょっと飲みすぎたようだな」
まだ夜会は始まったばかり、父が飲み過ぎたなどとあり得ない言い訳をして、ベンジャミンの「どうした?」という疑問は深くなる。
「わ、私達、慣れない人ごみに酔ってしまったようね、オホホホ」
人が集まる場所が大好きで噂話も大好きな母がそんな事を言う。
いつもならば宰相家の婚約話に一番に食いつきそうなところだがそんな様子は見られない。
普段とは余りにも違う両親の様子にベンジャミンの眉根に皺が寄る。
「父上、母上、本当にどうしたのですか?」
そんな問いかけをするベンジャミンのすぐ後ろ「こんばんは」と品の良い男性の声が聞こえ驚く。
振り向けば先程宰相に紹介された優し気な雰囲気の男性が立っていた。
名前は確かアンドリュー。
別の場所で宰相とジャネット嬢が挨拶を受けている中、彼だけがベンジャミン達家族の元へやって来たようだ。
「こ、こんばんは?」
返事を返したのはベンジャミンのみ、両親は顔色を益々青くするばかりで何の返事も返さない。
もしかして顔見知り? そんな疑問が浮かんだベンジャミンの横までアンドリューは足を進める。
そして両親に向け「ソフィアが大変お世話になりました」と声を掛けるとニッコリと笑った。
「あ、あのソフィアって、もしかして……」
アンドリューの視線がベンジャミンに向き薄紫の瞳が細められる。
笑っているのにゾクリとする。
その瞳が全てを映し出す水晶の様だからだろうか。
「ああ、君がアンダーソン家のご子息か、ソフィアが可愛い子だと言っていたけれど、もう立派な青年の様だね。今日の夜会に来ているということは成人したという事で合っているのかな?」
「は、はい。成人いたしましたし、学園も卒業いたしました……あの、それで、貴方は、その」
「うん、私はソフィアの兄、アンドリュー・スチュアートです。先日スチュアート家当主になりました。君のご両親にはソフィアが大変お世話になった様だったので、ご挨拶をと思ってね……」
ニコッと笑うアンドリュー。
だけど何故かその笑顔には冷たいものが現れていた。
ああ、この人は知っているんだ。
ベンジャミンの両親がソフィアに何をしたのか、この人は分かっているんだ。
両親の様子が可笑しかったのも、アンドリューが誰だか知っていたからだ。
この国の宰相家を敵に回し、第一王子をも敵に回した。
そう分かったから焦ったのだろう。
挨拶に来たアンドリューを見る両親の顔色は酷いものだった。
目をキョロキョロさせながら「私どもは、なにも……」と答える両親はとても無様に見えた。
それとは反対にまだ若いアンドリューは落ち着いたものだった。
「ああ、そうそう、ソフィアへの楽しい噂も聞きましたよ。お二人が流して下さったそうですね」
ニコニコと笑いアンドリューは両親を追い詰める。
ソフィアが若い男と暮らしていると両親は勘違いをしていたのだが、まさかそれをあちこちで話していたのだろうか。
名誉棄損で訴えられても可笑しくない内容に、ベンジャミンは血の気が引くのを感じた。
「実はソフィアのお相手はソレイに住まわれている公爵閣下なのですが……若い男だと思われていたと知ったらきっとお喜びになるでしょうね。閣下は既に六百歳を超えていらっしゃいますからね、噂を聞いて妹とお似合いだと分かれば大喜びするはずですよ、ハハハ」
「ソレイの……?」
「公爵閣下……?」
アンドリューの言葉でソフィアの相手がエルフ公爵であると両親も分かったのだろう。
少し体が震えているようにも見える。
ベンジャミンもまたエルフ公爵のことを思い出し、胸がじくじくと痛みだす。
エルフというだけあって、公爵様は妖精のように美しい顔をしていた。
それにソフィアの傍へすぐに駆けつけるだけの力も持っていた。
それに対しベンジャミンはどうだろうか。
容姿は一般的、自慢できるのは背の高さだけ。
誇れる力など何も持ち合わせていない。
何よりもソフィアには今まで迷惑しか掛けていない。
「成人したてのお前など眼中にない」
遠回しにアンドリューそう言われたような気がして、ベンジャミンはまた落ち込む。
「ソフィアの事はさっさと諦めろ」
間接的にそう言われているのだと、アンドリューの言葉がベンジャミンにはしっかりと届いた。
「……」
落ち込むベンジャミンの事など気にせず、アンドリューの言葉は続く。
「この度私がスチュアート家を継ぐにあたって、小さいですが領地を戴くことになりました。フトウロ家の領地、と言えばアンダーソン家の方にも分かりますでしょうか?」
「フトウロ家……?」
「ああ、やはりお分かりですか、そうですアンダーソン家の隣の領地ですね。あの領地は小さいですが王都にも近く交易も盛んだ。あなた方アンダーソン家の前々当主が最初に欲しがった土地と言えばいいでしょうか? フトウロ家のご当主がしっかりしていた方だった為、そちらへ渡らず王家へと返還された土地ですよ。有難いことにそれをこの度私が頂きました。アンダーソン家の皆様、お隣同士宜しくお願い致しますね」
アンドリューはニッコリと微笑み手を差し出した。
両親は恐る恐るその手を取る。
「ああ、そうそう、スチュアート家の屋敷とフトウロ家の屋敷を調べたのですがね、違法と思われる取引の書類が多数出て来たのですよ」
「……」
アンドリューの握る手に力が入ったのか、父の顔が蒼白となる。
「私の父もそうですが、前々スチュアート家当主も学問の方は苦手だったらしく、不当な手続きで土地を手放してしまった様なのですよ……これから少しずつですが新当主としてそれらを清算していきたいと思っております。騎士でない私の武器はペンでしかありませんからねぇ」
では、これで……
アンドリューは美しい笑顔を浮かべ、ベンジャミン達の傍から離れて行った。
今の話を聞く限り、ベンジャミンの曽祖父は非合法な手段を使いスチュアート家の領地を巻き上げたようだ。
そしてそれをベンジャミンの両親は知っている。
そしてアンドリューはその土地を取り戻す気でいる。
スチュアート家の悪い噂を流し続けたアンダーソン家。
王の守護者と認められたスチュアート家の悪い噂。
あくどいスチュアート家からならば土地を取り上げても当然だと周りに思われたかったからなのかもしれないが、やり過ぎた。
その上ベンジャミンの両親はソフィアに対しても悪い噂を流し過ぎた。
宰相家や第一王子だけでなく、この国の恩人であるエルフ公爵をも敵に回してしまったアンダーソン家。
きっとベンジャミンが家督を継ぐ頃には領地の殆どがアンドリューの物になっている事だろう。
同じ文官科を出たはずなのに、アンドリューとベンジャミンでは見ているものが全く違う。
勉強だけが優秀だったベンジャミン。
けれどアンドリューは勉強も優秀だったのだ。
だから宰相に気に入られ、次期宰相候補とも言われるようになった。
本当に強い男とはアンドリューのような人物なのかもしれない。
僕もあんな風になれたなら……
アンドリューと会い、ベンジャミンの目標が決まった瞬間だった。
その後、ベンジャミンが家督を継ぐ時期は思ったよりも早くにやって来た。
王家の騎士として賜わったスチュアート家の土地を、不法に入手したアンダーソン家が見逃されるはずがなかった。
証拠がしっかり揃っていたのだ言い逃れは出来なかった。
ただし、前々当主の仕業であったため、両親は隠居で許された。
アンダーソン伯爵位は子爵位へと落され、土地の無い法衣貴族となった。
そのことに対しベンジャミンが思うことは無い。
アンダーソン家が行った事を考えれば軽く済んだぐらいだ。
それにベンジャミンは領地経営よりも王城勤めの方が向いていた。
毛嫌いしていた王都の屋敷にアンダーソン家の当主として住み、今は王城で文官として働いている。
そしてそんなベンジャミンの上司は、次期宰相と呼ばれるアンドリューその人だった。
「ベンジャミン、今日の予定は?」
「はい、第一王子と共にズーラウンド王国の外交官との面談がございます」
「そうか、会食もだったな」
「はい、会食にはカレン王太子妃殿下も出席予定です」
「分かった」
アンドリューとソフィアの顔はあまり似てはいない。
けれどベンジャミンを弟のように扱ってくれる態度は良く似ていて、傍にいるととても心地いい。
両親にペットのように扱われていたころを考えれば、今はとても生き生きと生活出来ている。
「さあ、ベンジャミン、お互い今日も仕事を頑張るぞ」
「はい、アンドリュー様、頑張りましょう」
アンドリューから背中をポンと叩かれ、ベンジャミンは笑顔で答える。
ある意味これも運命的な出会いなのだろう。
スチュアート家とアンダーソン家。
深い繋がりと運命を感じたベンジャミンなのだった。
こんにちは、ここまで家政婦ソフィア読んで下さった読者の皆様、有難うございました。
これにてソフィアのお話は完結になります。
バカップルを目標に?書いて来たのですが、ソフィアとマイア様はいかがだったでしょうか?
またこの最後の番外編は坊ちゃまの初恋の始まりと終わりを書きたかったのですが、いかがだったでしょうか?
坊ちゃまの甘えん坊気質は変わらない部分があるとは思いますが、アンドリューとは上手く行っている状態です。そのうち妹の誰かと結婚しそうですよね。
ここまでブクマ、評価、いいねなど、沢山の応援ありがとうございました。
毎日皆様の反応を確認するのが私の密かな楽しみでした。
どのお話が受けているのかな?このお話しはイマイチだったのかな?どこをどうしたらいいのかな?と色々と考える基準や目標を戴けたと思っております。
今後も出来れば自分が書きたい物語を中心に、読者の皆様にも楽しんで頂けるものを書いていけたらいいなと思っております。
また今回は休まず毎日投稿を目標にしていまして、それが達成できたことに自分なりに満足もしております。一度できたものは二度三度出来る!そう自分に言い聞かせ?これからも頑張って行きたいと思っております。
次回作品でもお付き合いいただけたら有難いです。
皆様本当に応援ありがとうございました。
夢子
完結作品
パン屋麦の家
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2202131/
こちらも宜しくお願い致します。




