職業紹介所
宿屋で美味しい朝食を食べた私は、早速職業案内所へと向かう。
宿屋の女将さんに話を聞き、観光案内所で聞いた職業案内所への行き方を詳しく教えてもらう。
歩いてでも行けそうな距離に自分の財布の中身が心配な私はホッとする。
「今は駅が出来たばかりでどこもかしこも人手不足さ、お嬢さんみたいに可愛い子だったらすぐに良い仕事先が見つかるはずさ、もしどこも見つからなかったらウチで雇ってあげるから言っとくれ、食堂でお嬢さんが一緒に働いてくれたら客足も伸びるだろう。看板娘は何人いたってウチは構わないんだからね」
「……女将さん……」
「ほらほらそんな顔しないよ、美人が台無しじゃないか」
優しい言葉に泣きそうになる私を女将さんが慰めてくれる。見ず知らずの、ただの旅人でしかない私を雇ってもいいと言ってくれた女将さんの優しさに、朝から泣きそうになった。
「職業案内所の子はみんないい子だからね、お嬢さんの話をちゃんと聞いてくれて良い仕事先を見つけてくれるさ、だから安心していっといで」
「はい、ありがとうございます。行ってきます」
まるで娘を慰めるかのように女将さんに頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになる。
本当の母にはやって貰った事など無い触れ合いに、こんなお母さんだったら良かったのにとそんな事を思ってしまった。
「あの、こちらで仕事を紹介して頂けると聞いてきたのですが」
ドキドキしながら職業案内所の扉を開ける。
すると観光案内所のハンさんにも負けないほど日焼けした男性が笑顔で出迎えてくれた。
他にも数名紹介所には人がいるが、どう見ても余所者である私を見て嫌な顔をする人は誰もいない。
さすがソレイ領、穏やかな人ばかりだと言われる場所だけのことはある。緊張していた私は内心ホッとしていた。
「いらっしゃい、お仕事をお探しですか?」
「は、はい、あの、私、昨日ソレイ領に着いたばかりなのですけど、それでも仕事を紹介して頂けますか?」
「ええ、勿論ですよ。さあ、こちらへどうぞ」
個室に通され席に案内されると、女性職員さんが薄黄色のお茶を出してくれた。
「ソレイ花で作ったソレイ茶です、良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
甘い花の香りのするお茶に誘われ、そっと口をつけてみる。
レモンのような爽やかな味の中にほんのりと甘さがありとても美味しい。
ソレイオレンジと良い、牛肉と良い、このお茶と良い、ソレイ領の特産品はどれも美味しい物ばかりだ。昨日ワインを飲まなかったことが本当に悔やまれる。もし今日就職先が見つかったらお祝いにワインを飲もうか。そんな前向きな事を考えていると、最初に案内してくれた男性が私の前に座った。
「担当となるコリンです。よろしくお願いします」
「はい、ソフィアと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「ソフィアさんは住み込みの職場と通いの職場、どちらをお探しでしょうか?」
「出来れば住み込みでお願いします」
「住み込みですね、畏まりました。では、これまでの職歴が分かるものを何かお持ちですか? あと、紹介状があればそちらも出して頂けると職探しに有利になりますよ」
「はい、自分で書いたものですけど、経歴書のような物があります。ただ事情があって紹介状はありませんが……」
昨日の夜簡単にまとめた自分の経歴書をコリンさんに渡す。
自分の生まれからこれまでの人生をまとめるのに、学園に通っていない私は大して時間はかからなかった。
それではアピールポイントが少なすぎるだろうと、出来ることはなるべく書くことにした。
代筆や掃除洗濯、料理は勿論、子供のお世話も出来ると書いた。
田舎育ちなので家畜の世話だって出来るし、小動物なら仕留めることもできる。
そして仕方がなくだが子爵家の娘であることも書いた。
自分の住所も紹介状も無い私は、疎遠となった実家の住所を書くしかなかったからだ。
「ソフィアさんは五年間メイドのお仕事をされていたのですね……今回どうして退職されたのですか? 前からソレイ領が気になっていたとかですか?」
「いいえ、ソレイ領の名は知っていましたが、移住しようと思ったのは昨日が初めてです」
「そうなのですか……貴族のご令嬢でありながらメイドのお仕事をされていたとしたら、退職時に紹介状は渡されるものだと思うのですが、それがない理由をお聞きしても?」
「……」
どうしようかと悩んでしまう。
解雇の理由を話してもいいが、運命病によって解雇されたと素直に話して信じてもらえるだろうか。
下手をしたら年頃の男の子を弄ぶような酷い女だと判断されてしまう可能性もある。
それに勤務歴として元勤め先の名前を書いたのだ、問い合わせでもされれば、私の事は悪女のように語られるだろう。
そうなればきっとこのソレイ領にはいられなくなる。
温かい街に温かい人達。
そんな人達と触れあった私は、この場所から離れることが何よりも嫌だった。
「ソフィアさん、大丈夫ですよ」
優しい声色が聞こえ私は顔を上げる。
目の前に座るコリンさんの顔は私を怪しんでいるのではなく、心配しているものだった。
「ソフィアさん、大丈夫、悪いようにはしません、何があったか話して貰えますか?」
コリンさんの問いかけに頷き私は覚悟を決める。
そうだこのソレイ領の人達は皆優しい人ばかりじゃないか。
きっと私の話も色眼鏡を使うことなく聞いてくれるはず。
「実は……勤めていたお屋敷の坊ちゃまに結婚の申し込みをされまして……」
私はゆっくりとだが、これまであった出来事をコリンさんに伝える。
弟のように思っていた坊ちゃまに告白を受けた事。
それが原因で解雇された事。
駅員さんに勧められるままソレイ領に向かった事。
それだけではない、気がつけばこれまでの生い立ちもコリンさんに話していた。
貴族である子爵家で生まれたが、貧乏な子沢山の家だったため学園に通えなかった事。
弟や妹の世話をしていたので屋敷の坊ちゃまが可愛いかったこと。
繕い物や簡単な家の修繕も出来る事。
いつもお腹が空いていたので自分で鳥を仕留め料理をしていた事などなど。
聞き上手なコリンさんを前に、私はこれまでの鬱憤を吐き出すように自分の全てを話していた。
おはようございます。
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夢子