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美味しい夕食

「すみません、一人分の食事をお願いします」


 食堂へ向かった私はエプロンを掛けた女性に声を掛けた。女将さんに似た容姿から娘さんだろうと分かる。


「あ、新規のお客様ですね、はい、母から聞いてますよ。こちらの席へどうぞ」


 女性は二人席に私を案内し、今夜のメニューを教えてくれた。


「今日の夕飯はソレイ領自慢のソレイ牛のワイン煮込みです。丸パンかバケットが付きますけど、どちらにしますか?」


 宿屋の夕食は一品のみ。

 食事処ではないのでそれが当たり前だ。

 私は柔らかいであろう丸パンを選択した。


「お飲み物はソレイワインかソレイオレンジジュース、無料だとお水になりますが」

「じゃあお水で」

「かしこまりました。お料理のお代わりは半額料金で提供出来ますので気軽に声をかけてくださいね」


 女性はニコッと笑うと私から離れ、次のお客さんの下へ向かった。

 あの女将さんの娘さんだけあって人当たりが良い。

 私より少し上ぐらいの年齢だろうか、接客も手慣れた様子だった。


 それにしてもソレイワインに、ソレイオレンジ。

 ソレイ領にはどれだけ特産品があるのだろうか。


 就職先が決まってお財布に余裕が出来たら是非ソレイワインを飲んでみたいものだ。ソレイ領の良さを知った今期待値が高い。

 食べることが大好きな私だけど、無職のうちは贅沢は我慢しようと、ソレイワインを飲みたい欲望にどうにか打ち勝つ。


 料理を待っている間、暇な私は他の客を観察する。

 皆美味しそうに料理を食べ幸せそうな顔をしている。ワインをお代わりしている人もいてちょっとだけ羨ましい。

 隣の席の人が「美味しい美味しい」と連呼している言葉を聞き尚更食事が楽しみになる。


 それと食堂では宿着を着ている人が殆どのため、着ている物で客の素性が分かる事もなく、皆仲間といった空間のような物があって、目が合えばお互いに笑顔を返す、とても暖かい場となっている。

 なので食堂内は和気藹々としていて、女一人旅の私を誰も気にすることも無く悪目立する事も無かった。


 地元ではある理由があって目立っていた私。

 ここでは私が貧乏であろうと、貴族令嬢でありながら平民よりも下の生活をしていようとも、笑ったり噂したり後ろ指を指すものなどいない。


 こんなにも穏やかな気持ちになったのはいつぶりだろうか……


 あの日、私が外へ出ようと決意した日。

 この穏やかなソレイ領を進めてくれた駅員さんに心の中で感謝した。




「お客様、お待たせ致しました。ソレイ牛のワイン煮込と丸パンとお水です。それとオマケにソレイオレンジもどうぞ、甘くて美味いですよ」


 料理を提供すると、ごゆっくりと言って女性は離れて行った。

 オマケに出されたオレンジは、くし切りにされた物が二つ小皿に盛ってあった。


「いただきます」


 自慢だというソレイ牛をまずは口に入れる。

 その瞬間ホロリと塊肉が蕩け口の中に旨味が広がっていく。


「美味しい……」


 昨日からパン一個とオレンジ二個で飢えを凌いでいたからだとか、海辺を沢山歩いてお腹が空いていたからとか関係なく、ソレイ牛のお肉はこれまで食べていたお肉が別物に思えるほどとっても美味しい。


「あ、良かった、パンも柔らかい」


 丸パンを手に取るとそのパンの柔らかさに驚く。

 元職場では絶対に食べられない代物だ。

 職と住処探しの旅としてソレイ領にやって来たけれど、図書館や海、それにここでの食事でバカンス気分は充分に味わえた。


「はぁ~、幸せ~」


 余りにも美味しい食事に私は悩む。

 こんなにも美味しい食事ならば小食な私でもお代わりが出来そうだ。

 だけど夕飯が美味しいということは、明日の朝食も美味しいはず。

 食べすぎて胃もたれを起こし朝食が食べられなかったら意味がない。


 それに就職先がすぐ決まるかも分からない。

 いくら安いと言っても、今日はかなりのお金を使っている。これ以上は許されない。


「うん、デザートにオレンジが付いているし、それだけで満足しよう」


 お腹いっぱい食べたい気持ちを落ち着かせながら、一人ごちる。

 好きなだけ美味しい物を食べたいという夢は次回に持ち越しだ。


 残りの料理に舌鼓を打ちながら、出来るだけゆっくりと食べ進める。

 食べ終わってしまうのが勿体なくって、食堂にいる誰よりも丁寧に夕食を食べ終えた。


「ご馳走様でした」


 大満足した食事にお別れの挨拶をし、私は立ち上がる。


「お客さん、お皿はそのままテーブルに置いといて下さいね」


 目ざとく気が利く娘さんが声を掛けてくれた。

 優しくて気配りが出来る良い店員さんだと思う。笑顔も素敵だ。

 さすが女将さんの娘だけある。好印象しか湧かなかった。



「お客さん、ソレイ牛、どうでしたか? お口に合いました?」


 食堂を出ようとすると、娘さんが声を掛けて来た。

 私が一人旅と知ってか、気にしてくれているようだ。


「はい、とっても美味しかったです。ソレイ牛、想像以上に美味しくって驚きました。私の人生ナンバーワンなお肉でした」

「アハハ、それは嬉しいです。ありがとうございます」


 私は貧乏な家に産まれたので、これまで大したお肉など食べてこなかった。

 強いて言えば勤めていたお屋敷でたまに下げ渡される筋の多い牛肉ステーキが一番のご馳走だっただろう。


「このソレイ牛は、エルフ公爵様が品質改良っていうのをしてくれてここまで美味しくなったんですよ。それに面白いんですけど、ソレイ牛は小さい頃から歌を聞いたりお話を聞いたりして人間の子供のように育てられるんですよねー」

「牛に歌とお話ですか?」

「ええ、そうです。それに餌の中にはソレイオレンジも混ぜているから、ソレイ牛のお肉は臭みがなくって微かにオレンジの香りがするんですよ」

「オレンジの香り、凄いですね」

「そうなんです。だからこの宿ではソレイ牛を多く出して自慢してるんです。私達の領にはこんなに美味しいものがあるんだぞっ、また食べに来いよって」

「アハハ、ソレイ牛で客の胃袋を掴むんですね?」

「そうそう、その通りです。どうでした? お客さんもまた食べたくなったでしょう?」

「ええ、ワイン煮込だけじゃなくってパンもオレンジも全部美味しくってキッチリ胃袋を掴まれました。もう既に明日の朝食が楽しみでしかたないです」

「アハハ、やりましたね、思惑通りです」


 正直な感想を伝えれば娘さんは喜んでくれた。

 自分の住む街の特産品を褒められて心から喜んでいるのが分かり、ちょっとだけ羨ましくなる。

 私の住んでいた街にはそんなものは無かったからだ。


 ではごゆっくりと挨拶され、部屋へと戻る。

 ベッドに飛び込めばお日様の香りがしてすぐに睡魔に襲われた。


「やばい、ソレイ領、凄すぎる」


 それに何と言ってもエルフ公爵様が偉人過ぎた。

 同じ人間とは思えない。いや、エルフだったっけ。


 でももし自分が長生きな種族だとしても、エルフ公爵様のようなことは出来ないだろう。

 エルフ公爵はきっとこの世界を愛してやまない人だ、私とは違う。


 気分が良いままウトウトとした私は、会ったことがないエルフ公爵様をぼんやりと思い浮かべる。

 きっと優しくて素敵な人なのだろう。そうに決まっている。

 それにエルフの人達は見た目が美しいと聞いている。

 美丈夫でしかあり得ない。


 その日、勝手に私の夢に登場させたエルフ公爵様は、絵本に出てくる王子様そのものだった。


『お嬢さん、この私と一緒にソレイ領のお肉とオレンジとワインを食べませんか?』


 夢の中でエルフ公爵様はそう言って食いしん坊な私を誘惑したのだった。


おはようございます。

ブクマ、ポイント、ありがとうございます。

励みになっております。

夢子

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