坊ちゃまの初恋
目の前に現れた青年は、以前のお屋敷でお世話していた "坊ちゃま" ことベンジャミン・アンダーソン様。
アンダーソン伯爵家の嫡男で御年十五歳。
小さな頃の面影はどこへやら、今ではロイに負けないほどの身長となっている。
ただし鍛えている訳ではないのでロイのように横には大きくない。
ひょろひょろっと伸びた身長に、まだ幼さが残る面貌。
ただ分かれた時よりも大人びて見えるのは、お世話していた者の欲目だろうか。
坊ちゃま、すっかり大人になって……
そんな干渉に浸る私に坊ちゃまは「話しがしたい」と、なんだなんだと騒ぐ周りを気にしながら声を掛けて来た。
周りを気にする事が出来るようになるだなんて……
やっぱり坊ちゃまも少しは成長しているようだ。
「では、あちらのお店に入りましょうか」
ソレイにある外見賑やかな喫茶店を指さし、坊ちゃまに同意を求める。
そして私は近くにいる数匹の鴉をおいでおいでと手招きし「少し帰るのが遅くなります」とヤトさんへの伝言をお願いする。
鴉が「カー」と行って飛んで行く姿を見ると、私まで魔法を使えているようで楽しい。
きっとフィリップも同じ気持ちだったのだろう。連絡なしで来てもいいとマイア様が言って下さっているのに対し、いつも鴉に前触れを頼むのだから、フィリップの楽しそうな様子が目に浮かんだ。
「ソフィア……その子は……?」
席に着くと、坊ちゃまがエリオットの事を聞いて来た。
年齢的に考えると二十歳の私に五歳の子供はかなり無理があるのだが、見た目的にエリオットは幼く見えるため 『もしや私の隠し子?』 とでも勘違いしたのか、坊ちゃまが心配気に聞いて来た。
「弟です。色々とありまして、今一緒に暮らしているんですよ」
エリオットの頭を撫でながら、ご挨拶しましょうねと促す。
体格のいい男性を前に少し怯えていたエリオットだけど、私の表情を見て大丈夫だと安心したのだろう。「初めまして、エリオットです」ときちんと挨拶が出来た。うちの弟はとっても良い子だと思う。
「坊ちゃまはどうしてこちらに?」
「あ、うん、学園を卒業したから友達と……ソレイへの卒業旅行なんだ……」
「まあ、卒業旅行でしたか、おめでとうございます。坊ちゃまが無事卒業出来て私も嬉しいです」
「うん、ありがとう……ソフィア……」
坊ちゃまは大人しくって人見知りをする子供だったから、学園に通いだした頃は友達が出来ない、先生が怖いと、泣く日も多くあったけれど、無事卒業出来たと聞いてお世話係としてはホッとする。
それに友人との卒業旅行だ。
そこまで仲良くなれた友達がいたのだと思うと、やっぱり私も嬉しくなる。
最終的には学園生活を楽しめたのだろうなと分かると、あの時泣いている坊ちゃまに頑張ってと応援しつつ学園へ通わせて良かったと思えた。
「あの、お友達は……?」
坊ちゃまが一人で街をウロウロしていたのかと心配になり、まさか迷子じゃないよね? と疑問を持って聞いてみれば、坊ちゃまの顔に苦笑いが浮かぶ。
「実は午前中にソフィアを見かけた気がして、私だけ馬車乗り場でソフィアを待っていたんだ……」
どうやら坊ちゃまは私とエリオットがハンナさんの宿屋に向かう所を見かけたようだ。
ソレイの街を探し回るよりも馬車乗り場で待っていた方が確実だと判断した坊ちゃまは、友人たちとは別行動でずっと私が現れるのを待っていたらしい。
卒業旅行の大事な一日を私の為に無駄にした坊ちゃまに申し訳なさが募る。
急な解雇で挨拶もせずに出て行った私を、坊ちゃまはずっと気にしてくれていたのだろう。
自分のせいだと思い悩んだであろう坊ちゃまの事を思うと、ソレイに来て毎日が楽しい私は申し訳なくなった。
「ソフィア、ごめん」
「えっ? 坊ちゃま?」
注文したお茶が届き、ウエイトレスが離れていけば坊ちゃまが勢い良く頭を下げる。
「僕……いや、私が場所を考えずあんな風に想いをぶちまけたから、ソフィアは我が家を辞めるしかなくなった……あの後の両親の振る舞いも他の使用人から聞いた……ソフィアに対し無体を働いたって……私のせいで、本当にごめん。私はソフィアを傷つけたい訳ではなかった、一緒に幸せになりたかっただけなんだ……」
エリオットがいるからか、それとも坊ちゃまが少し大人になったからか、あの時の告白を少し濁す感じで坊ちゃまは私に頭を下げる。
全然気にしていないと言ったら噓になるけれど、あの日の出来事があったから私は今このソレイに居ると言える。そう思えば旦那様に頬を打たれたことも、奥様に扇子を投げつけられてことも、いいきっかけになったと考えられた。
ただクビになっただけだったら私はあのままあの土地で新しい仕事を探していただろう。こんなところにはもう居たくない! そう思えたからこそ私は今ソレイに居る。そう考えれば感謝こそすれ、坊ちゃまの事を責める気にはなれなかった。
「坊ちゃま、もういいんです」
「でも」
「本当に、私今とても幸せだから……」
「ソフィア……」
私の言葉に嘘はないと、笑顔でこのソレイが大好きなのだと坊ちゃまに伝える。
この街には優しい人しかおらず、私はとてもこの街が気に入っているのだと坊ちゃまに伝えれば、坊ちゃまはホッとしたような息を吐いた。
「ソフィアが幸せそうで良かった……それに前以上に綺麗になったし……その水色のワンピースも凄く良く似合っている……」
「まあ、坊ちゃま、有難うございます」
坊ちゃまのお世辞を素直に受け取る。
ここで「そんな事はない」と言えば、私を美化している坊ちゃまは大きな声で否定しかねない。
それに貴族の礼儀として女性を褒めることは普通の事だ。
あの時の二の舞はふんではならない。
もし坊ちゃまにまだ私への想いがあるのならば、尚更平常心でいるべきだろう。
まあ大人になった坊ちゃまなら同じことはしないと思うけれど……
「ソフィア……私があの時言った言葉に嘘は無いんだ……」
「えっ……?」
同じことをしないで欲しいと願っている矢先にそんな事を言われ、嫌な予感がする。
「私は幼いころからソフィアの事がずっと好きだった。ソフィアの優しい笑顔を見る度、君が運命の相手だとずっとそう思っていた」
「坊ちゃま……」
「でも君は私の事をずっと弟のように思っていたんだね、今日エリオット君と君の姿を見て、君が私に向けていた視線や笑顔がどういうものだったのか理解できた気がする……」
反省したような様子を見せる坊ちゃま。
嫌な予感は当たらなかったらしくホッとする。
運命病も治りつつあるようだ。
坊ちゃまの目が覚めてくれて嬉しい。
きっと私との事は彼の中で終わったことに出来たのだろう。
それならば良かったと胸をなでおろした。
この先何があっても私が坊ちゃまを男性として意識することは無いだろうし、坊ちゃまには私よりももっと可愛くって、貴族令嬢らしい女の子が似合うと思うから。
「私も謝らなければなりません。私のせいで坊ちゃまの縁談がダメになってしまったと聞きました。旦那様も奥様も良いお相手だと喜んでいらしたのに、大変申し訳ございませんでした」
私が頭を下げれば、坊ちゃまが「それは自分のせいだから」と慌てた様子を見せる。
エリオットも姉の私が頭を下げたからか、一緒に頭を下げて「申し訳ありません、ぼっちゃま」と謝ってくれた。
「縁談の話しは断りたかったから丁度良かったんだ」
「えっ……?」
「父と母があまりにも乗り気だったから焦ってソフィアに告白してしまったというのもあるけど、あの子の事はちょっと苦手だったんだ……」
縁談の話しが進むにつれ、坊ちゃまは焦ってしまった様だ。
お相手の事は大嫌いというほどではなかったけれど、話も合わないし、一緒に居てもつまらなかった。
それに私への初恋があったからか、どうしても乗り気になれなかった。
このまま縁談が進めば彼女にも悪いと、そう思ったらしい。
「ソフィア、改めて言わせて欲しい」
「えっ……?」
「私は未だに君が、ソフィアが好きだ。すぐに結婚して欲しいだなんてそんな事は言わない。だけど男として見てもらうためにも、恋人として付き合ってもらうことは出来ないだろうか?」
「坊ちゃま、あの……」
「うん、分かっている。私が頼りないのは分かっているんだ。だけど、学園も卒業したし、私はもう一人前の男だ。ソフィアに相応しい男になるために努力もする。それにこのままソフィアはこのソレイで暮らしてくれて構わない。遠距離恋愛であっても私のソフィアへの気持ちは変わらない自信がある」
「坊ちゃま、あの、私には」
「うん、だからどうか前向きに私の事を考えて欲しい。先ずは友人として、出来ればその後恋人として、私の手を取ってはくれないだろうか? ソフィア、どうか、お願いします」
坊ちゃまが私に手を差し出した。
幼いころから知る可愛い坊ちゃまのお願いを聞いて上げたいと思うけれど、こればかりは無理だ。
私の心には既にマイア様が住んでいる。
それにやっぱり坊ちゃまの事は可愛い弟にしか思えない。
坊ちゃまの拗らせている初恋をキッパリ諦めさせるためにも、ここはちゃんと断ろう。
そう思って「ごめんなさい」と謝ろうとしたその時
「悪いけれど、それは無理だね」
息を切らせたマイア様が現れ、私の代わりに返事をした。
「マイア様!」
驚く私をマイア様が引き寄せ抱きしめる。
「ソフィア、心配したよ……」
ホッとするマイア様の顔を見て私も息を吐く。
坊ちゃまからの突然の告白に、知らず知らずのうちに私も肩に力が入っていたようだ。
「ソ、ソフィア、その方は……?」
驚いた表情を浮かべる坊ちゃまの視線がマイア様に向く。
尖った耳や美しい容姿を見て、このソレイで有名なエルフ公爵様だと坊ちゃまもピンときたらしい。
私は坊ちゃまに笑顔で頷いた。
「坊ちゃま、この方は私の大好きな人であり、そして私の未来の旦那様です。申し訳ありませんが坊ちゃまの告白はお受けできません。私の運命の相手はもうこの方だと決まっておりますので」
これが坊ちゃまからの告白に出した、私の答えだった。
おはようございます、今日も読んで下さりありがとうございます。
ブクマ、評価、ありがとうございます。
ヤル気頂いております。
坊ちゃま撃沈です。分かり切っていた事ですが。ザンネン。
夢子
完結作品
パン屋麦の家
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