結婚の催促
「やあやあ、ソフィアさん、いつの間にか子供も出来たようで、すっかりマイア様の奥方のようだねー」
ソレイの辺境伯であるブレイデン様がやって来た。
勿論従者のレンさんを連れての突然のご訪問。
ソレイの流儀になれた私はもう驚かない。
「いらっしゃいませ、ブレイデン様。宜しければこちらをどうぞ」
ブレイデン様の冗談に愛想笑いを浮かべながらお茶とお茶請けを出す。
今日はソレイ牛の乳で作ったミルクプリンで、エリオットとルナさんのお気に入りだ。
「マイア様とソフィア様の仲が良さそうで安心致しました」
レンさんが私に笑顔を向けてくれる。
ホッとしている様子からこの方もマイア様が大好きなんだなと分かる。
以前レンさんにはソフィアと気軽に呼んでくださいとお願いしたのだけれど、マイア様とお付き合いをしていると知ってから、またソフィア様呼びになってしまった。
レンさんは自称マイア様の友人であるコリンさんたちとは違い、ブレイデン様の従者なのでそれも仕方がないのかもしれないが、少しだけ恥ずかしい。
エルフ公爵夫人として見られているようだからだ。
「いやー、今日のデザートも美味しいねー、マイア様がきちんと食事を摂るはずだ。ソフィアさんの料理は素晴らしいよ」
「あ、有難うございます……」
やけに私を持ち上げニマニマするブレイデン様の姿に嫌な予感がする。
前回は夜会への出席の話だったけれど今回は一体何だろう。
遅れて居間へとやって来たマイア様を見て、ブレイデン様の顔がもっと緩んだものへと変わる。
ああ、やっぱりこの人はコリンさんと兄弟だな。
その笑顔を見てそんな事を思ってしまった。
「マイア様、お忙しいところ申し訳ありません」
「ああ、別に大丈夫だよ。それに何か用があったんでしょう? ブレイデンなら仕方がないよ」
辺境伯の忙しさをマイア様は理解しているのだろう、手を上げ気にするなと意思表示をする。
マイア様のその優しさがソレイ流儀である突然訪問に繋がったのだろうなと考えながら、マイア様にもお茶を出し部屋を出て行こうとした。
「ああ、ソフィアさん、ちょっと待って、ここにいてくれるかな。ソフィアさんにも関係する話があるんだ」
ブレイデン様に引き留められてマイア様の横へ座る。
マイア様のお部屋で勉強しているエリオットのところへ行こうと思っていたけれど仕方がない。
それにエリオットの事はヤトさん達が見てくれているので心配は無いだろう。
ブレイデン様のように男らしい男性は父を連想させるので会わせない方が良いとのマイア様の判断だったけれど、今日のニマニマしているブレイデン様を見ていると私もそんな気がした。
ソレイの辺境伯のイメージが今日のブレイデン様で固まってしまっては困る。
だってちょっと変質者の様だから……
エリオットの情操教育に良くない気がした。
「コホン、えーと……マイア様とソフィアさんの結婚ですが、いつぐらいに予定しておりますか?」
「「結婚?」」
ブレイデン様の問いかけにマイア様と同じような表情を浮かべてしまう。
気持ちが通じ合った事で満足し、恋人兼婚約者とはなったけれど、特にいつまでに結婚したいという具体的な想いは持っていなかった。
今のままで十分に幸せ。
そう思っているので急いで結婚する気など全くないのだ。
「えーと……結婚は、そのうちかな? ねえ、ソフィアさん」
「ええ、そうですね」
マイア様の問いかけにうんと頷く。
今の恋人としての時間がとても好きで、このままずっとこの穏やかな生活が続けばいいとマイア様もそう思っているようで、同じ考えが嬉しいと感じる。
「マイア様、そのうちって……ソフィアさんは人族であり、適齢期の女性なのですよ。マイア様のそのうちだと十年後か、はたまた五十年後とかでしょう? そんな事では我々はソフィアさんとの結婚を応援できませんよ。気が付いたらソフィアさんがおばあさんになっていたでは困るんですよ」
ブレイデン様は呆れた様子でマイア様に釘を刺す。
隣に座るレンさんも同じ思いだったのだろう、マイア様の前だというのに小さくため息を吐いた。
エルフはのんびりしていて困る。
二人の様子はそんな言葉を表しているようだった。
「えっと、あの、ブレイデン様、レンさん、私は結婚しなくてもーー」
「ダメです!」
「えっ?」
「ソフィアさん、マイア様と結婚しないなんて許されませんよ!」
「えっ? ええ?」
ブレイデン様の圧に驚いてしまう。
マイア様はソレイ領の大恩人、結婚して幸せになって欲しいという強い思いがあるのだろう。
コリンさんと似たその顔から発せられる圧にたじろいでしまう。
「えっと、じゃあ、そうですね、マイア様さえ宜しければ、教会で登録だけでも済ませましょうか?」
マイア様に声をかければそうだねと笑顔で頷かれる。
私たちは明日から夫婦になる。
新婚カップルだ。
なんだか嬉しいけれどちょっと照れくさい。
二人してそんな想いで照れあっていると、ブレイデン様がテーブルをドンッと叩いた。
「二人とも何を言っているんですかっ!!」
「「……っ!」」
ブレイデン様の迫力に二人して息をのむ。
結婚しろと言われたから結婚すると言っているのに、この方は何を怒っているのだろうか。
もしかして牛乳が飲み足りないのではないだろうか。
牛乳屋のガイ君に頼んで辺境伯邸に届けて貰おう。
「あ、あの、もしかして私達の結婚には両親の承諾が必要という事でしょうか……」
カルシウム不足でイライラしているブレイデン様を落ち着かせようと、怒っている原因を言ってみたのだが怖い顔のままフルフルと首を横に振られた。
隣にいるレンさんに助けを求めるが「この方達は……」と呆れている事がその目で分かる。
「マイア様、宜しいですか、貴方はこのソレイの大恩人、この領の民が尊敬する公爵様なのですよ!」
うん、知ってる、だから何? とそんな感じでマイア様が頷けば、ブレイデン様のこめかみの血管が浮き出てしまう。怖い怖い怖い。
「あのね、ブレイデン、私はエルフなんだよ。エルフの結婚は神聖な森の中で家族に祝われて厳かに迎えるものなんだ。だから私とソフィアさんは二人きりで森の中でお祝いでもすればそれで十分なんだよ」
マイア様に「ねえ、ソフィアさん」と同意を求められ私も「はい」と頷く。
元から結婚に思い入れが無い私はマイア様と両想いになった事で満足しているし、結婚はおまけに近い。
マイア様と二人でピクニックがてら、使い魔たちと森の中で結婚のお祝いを出来たらそれで十分だ。
そんな思いでマイア様を見つめ、目が合うとお互いニコリと笑う。
一緒にいられればそれだけで幸せだよね。
いつも言っているその言葉が、お互い心の中に浮かびフフフと笑い合う。
なんだかちょっと本物の恋人同士のようで嬉しい。
通じ合っているようだ。
「コホンッ! フフフ、そうですか、そうきますか……」
さっきまでの怒りはどこへやら、ブレイデン様はニッコリと良い笑顔で笑っている。
だけどその笑顔がちょっと怖い。
マイア様が不味いコーヒーを淹れた時に「豆が泣いていますね」と笑うコリンさんのようだ。
「つまり、マイア様はソフィアさんが美しく着飾る姿を見たくない訳ですね……」
「えっ……?」
マイア様の顔から笑顔が消える。
そんな事は考えていなかったと驚いているようにも見える。
「ああ、それにソレイできちんと結婚式を挙げなければ、ソフィアさんがマイア様の奥様ではなく家政婦だと思うものはこの先もずーっと居るでしょうねぇ……」
「はっ……?」
マイア様の眉間に皺が寄る。
レンさんも「またあの時のような愚か者が現れるでしょうね……」と遠くを見つめだした。
彼には何かが見えているらしい。
これが演技なら今すぐ有名な役者になれるだろう。
「ああ、そう言えば、今日もソフィアさんに届いた釣書を持って来たんですよ」
さっきまで釣書のつの字も出していなかったのに、ブレイデン様は思い出したかのようにレンさんから釣書を受け取ると、テーブルの上にどさりと置いた。それもマイア様の目の前に……
前回よりも釣書が多い気がするのは気のせいだろうか。
ニ十冊は超えているように見える。
マイア様からふわり風を感じ、攻撃魔法を使いそうで恐ろしくなる。
ここは屋敷の中、危険な魔法を使えば家が吹き飛ぶ可能性がある。
第一、この釣書が本当に私宛かも分からない、ブレイデン様の悪戯の可能性もある。
そこまで怒らなくてもいいのにと思いながらも、マイア様の怒りがちょっとだけ嬉しかった。
「はぁ~、まあ仕方がないですね、マイア様が気にしないのであれば、どうぞお二人だけで結婚式でもなんでも行って下さい」
もう話しは終わりだとブレイデン様とレンさんが立ち上がろうとする。
そんな二人を止めるようにマイア様が手を上げた。
「やるよ!」
「えっ?」
マイア様の気合の入った言葉が部屋に響き、「ほう」と言って良い笑顔でブレイデン様が座り直す。
してやったり、そんな笑顔に見えるのは気のせいだろうか。
「ブレイデン、ソフィアさんと結婚式をするよ、大々的にね!」
「マ、マイア様?!」
結婚式をするのは構わないが、大々的という言葉に私は驚く。
公爵であるマイア様が盛大な結婚式を開くと言えばどこまでの大きさになるか分からない。
私の背中には嫌な汗が流れだした。
「ソフィアさん、私は君を誰にも取られたくはない! この美しい女性は私の妻になるのだと全世界に認知させる必要があるよ!」
「いや、えっと、マイア様、私はそんな大したものではないのですから……」
特に美人でもない私に今現在釣書が届くのはマイア様の関係者だと世間が認知したからであって、私個人に何か思い入れがあるわけではなく、一時的な物だ。
なのでそこまで力を入れなくても大丈夫、そう思ったのだけどそれは遅かった。
「ええ、マイア様やりましょう! ソレイの大聖堂で大々的に結婚式をやりましょう!」
「えええ~」
ガッチリと握手を交わすマイア様とブレイデン様。
私の意志はどこへ行った?
そんな思いでレンさんにまた助けを求めれば「諦めましょう」とニコリと笑われた。
マイア様はソレイ領の大恩人。
何が何でもお祝いをする!
ブレイデン様の鼻息荒い姿を見て、その想いの重さを十分に理解した私だった。
おはようございます、今日も読んで下さりありがとうございます。
ブクマ、評価、ありがとうございます。
ヤル気頂いております。
ブレイデン、悲願達成。
夢子
完結作品
パン屋麦の家
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