師匠と弟子
エリオットがエルフ公爵邸に来てから一週間が過ぎた。
フィリップの所へ父からの連絡は今のところ何もない。
私はエリオットの姉と言ってもエリオットの記憶の中では会った事のない存在だった為、最初は遠慮気味にソフィア姉様と呼ばれていた。けれど、マルスやソールが私に遠慮なく甘えてくれるお陰で少しずつエリオットに笑顔が増え、そして二人に釣られ食事量も増えて、私にも「姉様、姉様」と言って笑ってくれるようになった。それが凄く嬉しい。
エルフ公爵邸はマイア様の魔法のお陰で、賑やかなソレイの街から隔離されているような場所なので、人を少し怖がっていたエリオットには丁度良かったらしく、虐待を受けていた酷い記憶も少しだけ癒されたようだった。
最初の晩はフィリップと一緒にエルフ公爵邸に泊ったエリオット。
やはり夜中に魘されたようで、ぐっすり眠れていなかったとフィリップから報告を受けた。
なので次の日は私と一緒の寝室で眠り、ルナさんやマルス、ソール、ヤトさんの温もりに囲まれて寝たことで悪い夢を見ることなく、次の日の朝には初日の顔色とは別人のようにスッキリとした表情になっていた。
「魔法を使うことも考えたけど、大丈夫そうだね」
朝のエリオットの様子を見てマイア様がそう呟いた。
魔法で悪夢を見ないようにすることも出来るそうだけれど、エリオットは大丈夫だとマイア様は判断した。
「あの子は強い子だね、それにミゲールによく似ている」
「えっ……?」
庭で遊ぶエリオットを見てマイア様は笑顔でそう言った。
ミゲールとは、剣豪スチュアートの名前だ。
まるで知り合いか、友人かのようにマイア様からその名が出て驚く。
「可愛いものだね……」
ソールとマルスと仲良くなったエリオットは、庭で追いかけっこや隠れん坊をして楽しそうに笑っている。
二人の名を呼び声を出して笑うエリオットの姿を見ると、年齢相応の子供らしくてホッとする。
父や義母から受けたひどい扱いを忘れたわけでは無いだろうけれど、エリオットは前向きになれているように感じた。
「エリオット君はもう大丈夫だよ。このままこの屋敷に居ればきっと幸せになれるからね」
「はい、有難うございます、マイア様。あの……マイア様は剣豪スチュアートを、ミゲール・スチュアートをご存知なのでしょうか?」
私の問いにマイア様がフフフと笑う。
「うん、ソフィアさんが嫌がるかもと思って言わなかったけれど、ミゲールは友人で、私の弟子といえる存在でもあるんだ」
「で、弟子……」
驚く私の肩を抱き、マイア様はクスクス笑いながら「驚いた?」と声をかけて、私は頷く。
マイア様の年齢を考えれば二人が知り合いで有っても何も可笑しくはないけれど、突然の情報に私は驚きしかない。
「まあ、昔の事だよ。それよりエリオット君だけど、来年にはソレイの学校に通わせてもいいかもね」
「マイア様……有難うございます……」
マイア様はこの屋敷でずっとエリオットの面倒を見てもいいと言ってくれている。
この方はどこまで優しく、私を甘やかすのだろうか。
フィリップはいずれは自分がエリオットの面倒を見るとはいっているけれど、実際商人であり新米店長であるフィリップが小さな子供の面倒を見るのは難しいと思う。
なのでこのままここに居てくれれば、そんな私の想いをマイア様は気付いてくれたのだろう。
「マイア様は優し過ぎます……」
私が呟けばマイア様から額に口づけが落ちる。
それにすっかり慣れて、恥ずかしいよりも嬉しいと思う自分がいる。
「好きな人を甘やかして幸せにしなくてどうするのさ」
優しく微笑むマイア様はとっても魅力的で、私の心臓をぎゅっと鷲掴みにする。
この方はどこまで私を夢中にさせるのだろうか。
「私、マイア様を好きになって良かったです。今とっても幸せです」
素直な想いをマイア様にぶつければ、マイア様は喜び私をぎゅっと抱きしめる。
「私だってソフィアさんを好きになって良かったよ。毎日が幸せで仕方がないよ」
マイア様の胸の中は温かくて、本当にこの方を好きになって良かったとそう思える。
「ずっとマイア様の傍にいたいです」
胸の中でそう呟けば、また額に口づけが落ちた。
「当たり前じゃないか、私がソフィアさんを手放すわけが無いだろう」
その言葉と共に私の唇にも口づけが落ちたのだった。
「エリオット君は弓に興味があるのかな?」
「えっ……?」
マイア様と私が弓の練習をしていた横で、エリオットが使い魔たちと一緒に私達の様子をジッと見つめていた。その瞳は来たばかりの頃の人形のような瞳とは違い、熱のあるものだった。
騎士になりたいと言っていたエリオットだ。
弓にも興味を持つのは当然だった。
「ちょっと引いてみるかい?」
「えっ……、でも、僕、あの……」
素直にやりたいと言い出せないのか、エリオットがもじもじとする。
可愛くってずっと見ていたいけれど、それは流石に可哀想だ。
姉として助け舟を出そうとしたところで、ソールとマルスがエリオットの背中を押した。
「僕、エリオットが弓引くとこ見てみたいー」
「僕も、エリオットが弓を使えるようになったら一緒に森に行けるしね。美味しい物を沢山捕まえられるよ」
友人となった二人に背を押され、エリオットはマイア様に歩み寄る。
マイア様はいつの間にか子供用の弓を用意してくれていたらしく、どこからか取り出したエリオットにぴったりの弓を持たせると、的に向かって構えさせた。
「うん、良いよ。ソフィアさんもエリオット君も体感が良いのだろうね、構えがしっかりしているよ」
父のしごきもエリオットの糧となっていたのか、マイア様が褒めてくれてエリオットの頬に赤みがさす。
「そう、最初は飛ばなくても良いからしっかり弦を引くことを意識して、的をしっかり狙ってね」
ピュンッと飛び出したエリオットの矢は的ギリギリのところで落ちる。
だけどマイア様も使い魔たちも「凄い!」とエリオットを褒めてくれた。
「エルフの子でも最初からここまで飛ばせる子はいないよ、エリオット君は才能があるんだね」
「さ、才能……でも、僕……」
褒められて嬉しいけれど、父の叱責を思い出したのか肩を落とすエリオット。
父が何を言ったかは簡単に想像できて、素直に喜べないエリオットを見て父に対し怒りが湧く。
「あのね、エリオット君、一番の才能は真面目に頑張る事なんだよ」
「真面目に、頑張る……?」
マイア様に声を掛けられてエリオットは俯きかけていた顔を上げる。
「そう、どんなに才能があったって、どんなに体に恵まれて至って、努力しなければ成長はしないだろう? 毎日のように頑張って強くなろうって努力することは誰でも出来ることじゃないんだよ」
こくんと頷くエリオット。
マイア様の言葉が胸に響いたのか、その目はキラキラと輝いている。
「エリオット君の手を見てごらん、ほら、努力の結晶があるよ」
「努力の結晶?」
自分の手をジッと見つめるエリオット。
そこには幼いながらも剣だこが出来ていて、小さな頃から毎日剣を振っていたことが分るものだった。
「私には昔弟子がいてね、その彼は初めて会った時はまだ幼い子供だった」
「僕ぐらい?」
「うん、エリオット君より少し大きいぐらいかな、彼はそれまで剣を握ったことも無かったけれど、そこから毎日努力して、彼はこの国一番の騎士とそう言われるようになったんだ」
「国一番の騎士……?」
「そう、この国一番の騎士だよ、凄いよね。私は長生きしているけれど、彼よりも凄い騎士を未だに見たことが無い。彼は努力で才能を掴んだ人なんだと思うよ」
マイア様は膝をつき、エリオットと視線を合わせた。
そしてエリオットの手を握りニッコリと笑う。
「エリオット君はまだ小さい。だからね、未来なんて決まっていないんだよ」
マイア様を見てこくんと頷くエリオット。
父に才能無しと言われただろうけれど、マイア様がそれを否定してくれる。
エリオットの未来はまだ決まっていない。
自分の努力次第だとそう教えてくれる。
「エリオット君さえ良かったら、これからは私が弓も剣も槍もエリオット君に教えてあげるよ」
「えっ?」
驚くエリオット。
マイア様が公爵であり、そして弓を扱う姿を見て、どれ程の人物なのか幼いながらに理解しているのだろう。そんな相手が自分を教えてくれると聞いて驚きしかない。ソレイのオレンジのような瞳がマイア様に向けられる。
「さあ、どうするかな? 勿論他のものに興味があるなら、そちらを選んでもいいよ。私は研究も得意だし、勉強も得意だ。エリオット君が望むなら何でも教えてあげる。私は君の兄になーー」
「師匠!!」
「えっ……?」
この屋敷に来て初めてエリオットが大きな声を出した。
そして膝をついたまま「ええ、師匠?」と驚くマイア様の前、エリオットは両膝をつく。
「師匠!! どうか僕に剣を教えてください!!」
ガバッと勢い良く頭を下げたエリオット。
マイア様はなんかちょっと違うと苦笑いを浮かべながらもエリオットの頭を撫でた。
「うん、分かったよ、エリオット君。今日から私が君の師匠だ、頑張ろうね」
「はい、師匠!」
この屋敷に来てから一番の笑顔を見せたエリオットは、マイア様が師匠になってくれると決まって「やったー!」と子供らしくはしゃいだのだった。
こんにちは、今日も読んで下さりありがとうございます。
ブクマ、評価、ありがとうございます。
ヤル気頂いております。
エリオットに「兄様♡」と呼ばれ頼りにされたかったマイア様でした。
夢子
完結作品
パン屋麦の家
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