フィリップからの連絡
マイア様との恋人生活が始まった。
だけど家政婦としての生活に特に変わった所はなく、私はいつもと同じ時間に起き、いつも通りにマイア様の身の回りのお世話をし、いつも通りに仕事をしている。
恋人という名の婚約者になったらしいけれど、私達の関係に変わったところはなく、部屋も当然別々だし、「はい今日から恋人ですよ」と言われても急に甘い雰囲気になる訳が無かった。
それにマイア様は私に最初から優しかったし、親切だったから、これ以上を望むつもりもないし、今でも十分幸せだ。
ただちょっと前よりもっとマイア様の笑顔が優しくなって、ちょっとだけお互い視線が合うのも多くなって、ちょっとだけ距離が近付いた、それだけだ。
側から見たら恋人だとは思われない距離。
私達はそんな感じなのだが、恋愛初心者な私にはそれが丁度よかった。
「マイア様、朝ですよ、起きて下さい、ご飯にいたしましょう」
ここ最近ソールがマイア様を起こすのではなく私が起こしに行っている。
「朝目を覚ましたらソフィアさんの顔を一番に見たいんだ」
そんな事を麗しのエルフ様に願われてしまったら、叶えさせない訳にはいかないだろう。
それに相手は私の大好きなマイア様。
喜んでいる顔が見たいと、私は願いに頷いた。
私に仕事を取られたらソールが悲しむのではないかと、少しだけ不安になったが「僕も僕も、ソフィアに起こしてもらいたい」と尻尾を振りながらソールが言い出し、マルスも「僕も僕も」とマイア様のベッドにもぐりこみ、ルナさんまでも「私もお願いしようかしら」と言い出して、皆私のベッドで起床した後、わざわざマイア様の部屋に行き二度寝をして待っているのだ。可愛くって仕方がなかった。
「ソフィアったら、皆を甘やかして……」
仕事を終えたヤトさんが朝の水を飲みながらそんな事を言った。
呆れながらも微笑んで見えるのは、ヤトさん推しの欲目だろうか。
「仕方ないからわたくしも手伝ってあげるわ」
ヤトさんを肩に乗せマイア様の私室へ向かい、狸寝入りであろうマイア様たちに声を掛ける。
待ってましたとばかりにぱちりと目を覚ましたマイア様は、蕩けんばかりの優しい笑顔で「ソフィアさん、おはよう、今日も可愛いね」と挨拶を返してくれた。
「ああ、ソフィアさんに起こしてもらえるだなんて嬉しいな。今日一日が幸せになることはこれで確定だね」
「マイア様……」
私の手を引きベッドわきに座らせ抱きしめると、マイア様はそんな言葉を耳もとで囁く。
何の意図もなく私を喜ばせることを簡単に言ってしまうマイア様。
私の方こそマイア様のその言葉だけで今日一日が幸せであることは確定だ。
マイア様の言葉と温もりが私に幸福感を与えてくれる。
生まれてきて良かった。
私の人生で今が一番幸せ!
そう宣言できるぐらいマイア様との生活は充実していた。
「今朝のご飯も美味しいな、ソフィアさんの愛情を感じるよ」
私を見つめながら朝食をとるマイア様。
以前ならば考え事に夢中で食事を摂る手が止まることが多かったけれど、今は私を見つめることに忙しく手が止まることが多い、そんな感じだ。
私の顔なんて見ても何も面白くないだろうけれど、マイア様に見つめられることは嫌ではない。
私もついついマイア様の顔を見てしまう。
こういう所が恋人らしいところだろうか。
「マイア様、お口にソースが付いていますよ」
「んっ」
目を瞑り拭いてと主張するマイア様。
可愛い。
可愛すぎる。
この方は本当に六百歳を超えているのだろうか。
こんな六百歳は人間では考えられないだろう。
「ソフィアー、ご飯食べたー、おかわりちょうだーい」
「僕も僕も、お代わりいっぱいお皿に入れてー」
マイア様の口元を拭いていると、朝ご飯を食べ終わったソールとマルスからお代わりの要求が入る。
マイア様との恋が成就してから益々この二人の食欲が増したような気がするけれど、そこは気のせいなのだろうか。お皿におかずをよそいながら二人に視線を送れば、心無しか体も大きくなったような気までする。
「ソフィア、私もミルクのお代わりを頂戴」
「ソフィア、わたくしもオレンジ水がもう少し飲みたいわ」
ルナさんとヤトさんの要求もいつも通り。
だけど二人の体もやっぱり大きくなっているような気がして首を傾げれば、私の疑問にいち早く気付いたヤトさんが答えてくれた。
「主ってば、幸せ過ぎて魔力が溢れちゃってるのね、わたくし達にまで影響が出ているわ」
私を見つめながらフフフッと幸せそうに笑うマイア様。
どうやら幸せなマイア様は無意識で魔力が溢れているらしい。
私といるだけで幸せで、魔力が溢れてしまうだなんて……
マイア様ってば、本当に可愛すぎるでしょう!
自分の口元がにやけてしまうのが分かる。
心の中がくすぐったい。
両想いの破壊力は半端なく。
いつもの生活が桃色に輝いている。
マイア様を好きになった事で、こんな幸せがあるのだとマイア様に教えてもらった私だった。
「ソフィア、フィリップが会いたいそうよ」
「えっ? フィリップが、ですか?」
甘えたがりのマイア様を仕事部屋に押し込み、朝食の片づけを終えたころ。
ヤトさんの下に普通の鴉が飛んできて「カー」と一鳴きし報告をした。
以前私が運命病患者に絡まれた時もこうやって連絡を取ってくれたのだろう。
フィリップが街中でその辺にいる鴉に声を掛け「姉に会いたいです」と言っている姿を想像すると少し笑いたくなるが、今は我慢。
「ヤトさん、マイア様が大丈夫であれば、私も会いたいです」
そう言うとヤトさんはすぐに心の中でマイア様と連絡を取ってくれて、フィリップ訪問の了承を得てくれた。
「主がソフィアとの事をフィリップに報告したいそうよ」
「私との事? ですか?」
何だろう? と首を傾げるとヤトさんがクスリと笑う。
「ソフィアと主は結婚するんでしょう? その報告よ」
「えっ? ああ、そ、そうですね……私達、結婚するんですよね……」
私とマイア様は近いうちに結婚するんだ。
まだ恋人となって数日なのであまり実感がなく、ヤトさんに言われて何だか恥ずかしくって頬が赤くなる。
結婚式に関しては何も具体的なことは決まっていないけれど、恋人となり婚約者となった事で、いずれは結婚するのは本当の事で、まだ全然実感がない私は『マイア様と結婚』と想像するだけで胸がドキドキと五月蠅くなる。
「ウフフ、ソフィアってば照れちゃって、可愛いんだから」
「ヤトさん、揶揄わないでくださいよ」
「ウフフ揶揄ってなんていないわ。本当のことよ」
ヤトさんはクスクス笑うと、フィリップに返事を伝えてくると言って飛んで行った。
フィリップの話とは何だろうか。
あの夜会から一ヶ月は経っているし、もしかしたらまた実家に帰ったのかもしれない。
そうなるとやっぱりあの父の話だろうか。
嫌な予感しかしない。
父には私とマイア様の関係は知られていないと思うけれど、父がスチュアート家の家長ならば結婚に関していずれは話さなければならないし、許可を取らなければならなくなる。そう思うだけで気が重くなる。
マイア様はこんな厄介な家の娘である私でも良いと言ってくれたけれど、父と会った時マイア様がどう思うか……
公爵位にあるマイア様に父がすり寄る姿が目に浮かび、嫌な気持ちが大きな不安へと変わった私だった。
「やあ、姉さん、こんにちは、急に来てごめんね」
ヤトさんがフィリップと連絡を取ってくれて、お昼を一緒にというマイア様のお声掛けもあり、フィリップはお昼時間の三十分前に馬に乗りやって来た。
「フィリップ、いらっしゃい……」
フィリップを出迎え、声を掛けた私の動きがピタリと止まる。
ちょっと困ったような表情を浮かべるフィリップのその横に、スチュアート家の髪色である赤茶色の髪を持った幼い少年が立っていたからだ。
「エリオット、この人がエリオットの二番目のお姉さん、ソフィア姉さんだよ」
フィリップが優しく声を掛けるとエリオットが小さく頷く。
緊張しているのか少し顔色が悪い。
「ソフィア姉さま、初めまして、僕はエリオット・スチュアートです。どうぞよろしくお願いします」
生まれた時以来初めて会うエリオットの挨拶に私は驚く。
実家にいるはずのエリオットが何故フィリップといるのか。
それと共に五歳になるはずのエリオットの体の小ささと細さ、そして聞き分けの良さそうなちょっと覇気のない様子にも驚く。
「エリオット、いらっしゃい、会いたかったわ」
安心させるようにエリオットに微笑みかけ、ハグをしようとしたその時、エリオットの体がビクッと反応した。
「ご、ごめんなさい、姉様、僕……」
私のハグを拒否したと思ったからか、エリオットの顔色が益々悪くなる。
私は首を振り、今度はゆっくりとエリオットの手を取った。
エリオットは嫌がらなかったけれど、少しだけ怖がっていることが分る。
顔が引きつっているからだ。
人との触れ合いが怖い。
そう言っている姿に笑顔をつくりながらも胸が痛んだ。
「エリオット、謝らなくって良いのよ。貴方に会えただけで私は嬉しいわ」
ニコっと笑いかければ、エリオットの瞳に薄っすら涙が浮かぶ。
けれどエリオットは父からきつく言い聞かせられているのだろう。
まだ五歳だというのに涙を流すことはしなかった。
「僕も、姉様に会いたかったです」
そう言って微笑んだエリオットのその笑顔は子供らしくない、作り笑顔のようなものに見えた。
こんにちは、今日も読んで下さりありがとうございます。
ブクマ、評価、ありがとうございます。
ヤル気頂いております。
エリオット登場です。
末っ子、五歳、男の子です。
ソフィア本人が考えている以上に二人はラブラブしています。
夢子
完結作品
パン屋麦の家
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