ソフィアの告白
「ソフィアさん、私に落ち着けなんて無理なんだよ。だって私は君を好きなんだから」
マイア様の言葉に息をのむ。
私を好き?
マイア様が?
嬉しくてドクンと心臓が跳ねた音が耳に届く。
それと共に頭の中が冷えて行く自分がいる。
分かっている。
分かっているんだ。
マイア様の好きと私の好きは違うものだと、良く分かっている。
私の気も知らないで……
いとも簡単に私を好きだというマイア様に怒りが込み上げてくる。
どんな思いで私がマイア様への恋心を抑えようとしているのか、この方はちっとも分っていない。
理不尽な怒りだとは分かっていても、簡単に好きだと口にするマイア様が許せなかった。
「……マイア様、私、家政婦の仕事を……辞めさせていただきます……」
「……えっ?」
泣きそうになる思いをどうにか抑え、退職の意思を伝える。
初めて異性を好きになって、初めて恋のトキメキを知って。
マイア様の優しさに触れ、この方の傍にずっと居たいとそう願っていたけれど、それは叶わない。
だってマイア様の傍は、今の私には辛すぎるから。
「お世話になりました……」
「ちょ、ちょっと待ってソフィアさん、なんで急に家政婦を辞めるだなんていうの!」
逃げようとした私の肩を掴み理由を聞いてくるマイア様。
その行動は当然だと思うけれど、理由なんて言えるはずがない。
貴方の事が好きすぎて一緒にいられないんです。
そう言ってしまえばきっとマイア様の傍だけでなく、このソレイ自体にいられなくなるだろう。
一緒にいられなくても、せめて近くにいてマイア様の様子を知りたい。
そんな我儘な言葉が出せない私の前、マイア様が焦ったように喋り出した。
「ソフィアさん、もしかして私がベタベタ触るから嫌になったの?」
マイア様の言葉に首を振る。
声に出したいが涙が出そうで、今は何も喋りたくない。
ここで泣いたら流石に違和感を感じさせ、私の想いは伝わってしまう。
我慢、我慢。
泣かないことは得意でしょう。
傍で見守るコリンさん達が、セクハラだ、変態だと空気を読まない言葉を発しているがそんなことは無い。マイア様に触れられることを私が嫌だと思うはずがない。
父や母に抱きしめてもらった事など無い私は、マイア様に抱きしめられる度、頭を撫でられる度、心臓が五月蠅いと感じるほど嬉しかったし、幸せだった。
これが人の温もりで、愛情なんだ……
たとえ娘や孫扱いで、使い魔たちと同列でも、私はマイア様との触れ合いが嬉しかった。
「違います……私はマイア様に触れられることを嫌だと思った事はありません……」
「だったらなんで? 私がだらしないからかい? それとも研究ばかりしているからかい?」
家政婦を失いたくなくて必死なマイア様に首を振る。
マイア様がだらしないと思う部分は可愛いところだし、研究をしている所は素敵な所だ。
嫌いになるどころか大好きな部分でもある。
「ち、違います……私はマイア様の仕事熱心な所は尊敬していますし、可愛いと思う所はあってもだらしないだなんて思ってもいません」
コリンさん達の声がまた耳に入る。
だらしないよなー、引きこもりのおたくだよなーとボソボソ言っているが、外野の呟きなどマイア様にも私にもどうでもいい事だった。
「だったら、だったら、ソフィアさん、ずっと私のそばにいてよ。辞めるだなんて言わないで」
私を引き寄せ抱きしめるマイア様。
マイア様の胸の中は暖かくて、私に守って貰える安心感を与えてくれる場所でもあって。
手放したくないものであった。
「ダメなんです……だってコリンさんが……」
「えっ?! 私?!」
私の呟きにコリンさんの驚く声が聞こえる。
目の端にマイア様がコリンさんを睨みつける姿が入る。
「コリン……ソフィアさんに何を言ったの……」
「えっ? えっ? 私? えっ、いや……ええー」
意味が分からない様子のコリンさん。
それも当然だ。コリンさんは私がマイア様に恋をしているなど知らないのだから。
でもこのままではマイア様にもコリンさん達にも何故私が家政婦を辞めようとしているのか伝わらない。
それではマイア様が自分が悪いと責めたままになる。
やっぱりソレイで生きて行くのは諦めるしかないのね……
私は覚悟を決め、自分の想いを打ち明けることにした。
「私が、私がマイア様を好きだからです」
「えっ?」
「私がマイア様を好きだから、一人の男性として、マイア様が好きだから、だからマイア様の傍にはいられないんです。コリンさんから聞きました、マイア様を好きになった人は家政婦を辞めなければならないって、だから私は……」
泣くな泣くなと思っても涙が溢れそうになる。
人生初めての告白が、こんなにも悲しいものだなんて。
数か月前の私では想像もつかないことだっただろう。
「ずっとここに居たいけど、使い魔たちと、マイア様の傍に居たいけど……コリンさんとの約束があるから、辞めるしかないんです……」
どうにか涙を堪えて告白を終えた。
ずっと私を抱きしめていたマイア様には、ハッキリと私の告白が聞こえていたはずだ。
「ソフィアさん……」
私の名を呼びながら、恐る恐るといった様子でマイア様が私を離す。
私の顔を見たいということは、本心なのか確かめているからだろう。
もしかしたら冗談と思われたのかしら……
視線を上げればマイア様と目が合った。
私を覗き込むマイア様のその美しい顔には、何故か喜びのような物が浮かんでいて、辞めなければと思い込んでいる私には理解が出来なかった。
「ソフィアさん、私達は両想いじゃないか、だったらコリンが何って言おうと出て行く必要なんて無いよ! ずっとここに居て欲しい!」
「りょ、両想いって、私とマイア様では好きの種類が違います。私は一人の男性としてマイア様が好きなんですよ」
「私もだよ」
「えっ……」
「私も一人の女性としてソフィアさんが好きなんだよ。異性としてソフィアさんを好きなんだ」
「えっ……?」
意味が分からず逸らしていた視線を戻しマイア様の瞳を見つめてしまう。
ソレイの海色のマイア様の瞳はいつも以上に輝いていて、私の告白が本当に嬉しいとそう言っている様だった。
「ソフィアさん、もう一度言うよ、私はソフィアさんが好きなんだ。だからずっとここに居て欲しい」
マイア様の告白が今度は胸に響く。
ずっとずっと娘や孫扱いされていると思っていたけれど、マイア様はちゃんと私を一人の女性として見てくれていた、それが嬉しかった。
「私も、私も、マイア様が好きです、大好きです……だからずっとこのお屋敷に居させて下さい」
私の言葉を聞いてマイア様がまた私を抱きしめる。
そして傍で見守っていた使い魔達が飛びついて来た。
「ソフィア、ずっと一緒、一緒だよ」
「ソフィア、ずっと一緒にご飯食べようね」
「ソフィアなら私の妹にしてあげてもいいわ」
「ソフィアの事は私が一生守りますわ」
ワイワイと喜ぶ使い魔たち。
私がこの屋敷に残ることを喜んでいることが分り私も嬉しくなる。
「はい、ずっとずっと皆さんと一緒に居させてください。もう出て行くだなんて言いませんからね」
マイア様も混じり、キャッキャウフフ良かったねと笑い合う私達。
マイア様は私の肩を抱き、ソールは足元で駆けまわり、ルナさんは私の手の中に抱っこされすりすりと頬を寄せ、マルスはマイア様と私の二人の腕に絡みつき、ヤトさんは仲間を呼んでお祝いのようにカーカーと歌を歌い始めた。
「えっと、私達は一体何を見せられているんですかね……」
「ま、まあ、上手く行ったって事で良いんじゃないかな……」
「まったくマイア様もソフィアも手がかかるよなぁー」
呆れたような呟きが聞こえコリンさん達の存在を思い出した。
人生初の告白を三人にしっかり聞かれていたことに気づき、私は全身に熱が走った感覚を持つ。
きっと今の私は酷く赤い顔をしているのだろう。
その上照れ顔でデレデレのドロドロだ。
もうコリンさん達に顔を見せることは出来ない、そう思ったのだけど
「コリン、ハン、ロイ、ソフィアさんも私を好きなんだって、私を大好きなんだって! フフフ」
そう言って子供のように喜ぶマイア様を見て、私の羞恥心などどこかへ飛んで行った。
マイア様が喜んでくれるのならば、そんな小さなことなど「まあいいか」と思えた私だった。
おはようございます、今日も読んで下さりありがとうございます。
ブクマ、評価、ありがとうございます。
ヤル気頂いております。
両想いにはなりました……
夢子
完結作品
パン屋麦の家
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