素晴らしき図書館
「すみません、こちらで荷物を預かっていただけると聞いたのですが」
観光案内所でもらった無料のチケットを出し、図書館へ入館した私は、受付窓口にいる女性に声を掛けた。
「はい、お荷物ですね。図書館の利用者証をお持ちですか?」
「いえ」
「ではこちらにお名前をお願い致します」
差し出された用紙には名前と住所を書く欄があった。
けれど今の私は住所不定。
当然名前しか書くことが出来ない。
どうしようかと書き悩んでいると、受付の女性が声を掛けて来た。
「もしかしてこちらに移住希望でお住まいがまだ決まっていない方ですか?」
「はい、そうなんです。今日着いたばかりで……大変申し訳ないですが、荷物を持ったままで図書館を見て回っても宜しいですか?」
「お荷物は、そのボストンバッグですよね?」
「はい、大きい鞄はやっぱり図書館では嫌われますよね……」
本は高価なものなので、大きなカバンを持った者の入場は制限されることが多い。盗まれる危険があるからだ。
興奮のあまりそんな常識をうっかり忘れていたが、馬車の御者さんの言う通り先に宿屋を決めて荷物を置いてから図書館に来るべきだったのだろう。
でも食事より何よりも、大きな図書館に興味があった。本好きな私が我慢出来なかったと言える。
兎にも角にもまずは図書館!
元職場では本を読める時間が限られていた為、そんな思いが強かった。
「お客様、お荷物に貴重品は入っていませんか?」
「はい、貴重品はこちらのポシェットに入ってますので大丈夫です」
「でしたらお荷物をお預かりします。こちらが番号札になります」
「えっ? 良いのですか?」
「はい。このソレイ図書館は、帰る際必ずここを通りますから、お客様が荷物を置いて逃げることは無理ですし、何よりもお客様がそんな事をするような方には見えませんもの。本好きな方に悪い人はいません。そんな時間があったら本を読んでいるはずですからね」
「ありがとうございます」
「いいえ、楽しんで行って下さいね」
「はい、ありがとうございます」
ここソレイ領には良い人しかいないのだろうか。
私を担当してくれた受付の女性も、そのほかの受付の皆さまも、良い笑顔で私を本の世界に送り出してくれた。
開かれている扉を通ると、そこからは本だらけの世界だった。
右を向いても左を向いても本、本、本!
本好きにはたまらない空間だ。
このまま天に召されても悔いはないだろう。
「素晴らしいわ……」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。
でもこの場が図書館であることを思い出し、自分の口元を押さえる。
インクの匂いに紙の香り。
夢にまで見た本に囲まれる素敵な処。
仕事をクビになった時はどうなるかと思ったけれど、ソレイ領のこの素敵な図書館に来れただけで、クビになって良かった思えた。
坊ちゃま有難うございます。
解雇の原因となった坊ちゃまに心から感謝した。
「お嬢さん、ソレイ図書館は初めてですか?」
口を半開きにして本に圧倒されていたからか、半袖姿が多いソレイ領では珍しく、キッチリとスーツを着こなした紳士が私に話しかけて来た。
「はい、初めてです。本の多さに圧倒されています」
「ハハハハ、そうでしょう、そうでしょう。ここにある本の多くがエルフ公爵閣下から寄贈された物なのですよ。エルフ公爵閣下は、身分に関係なく本を楽しんでもらいたいと、図書館の利用者証もとても安く作れるように領主様にお願いして下さったのですよ」
「図書館の利用者証をですか?」
「ええ、このソレイ図書館では本の貸し出しも行っているので、本好きには利用者証は必須なのです」
「本を貸し出して下さるのですか?」
「ええ、そうです。領民だけにですがね」
高価な本を貸し出してくれるのだと聞いて私は驚く。
元住んで居た場所にも図書館はあったが、本を借りるとすれば大金がかかるので庶民に近い私には手が出なかった。それに図書館の利用料金だってかなりの金額だった。当然無料チケットなど無い。
まあ、私は自分の誕生日にご褒美として図書館に行くだけだったので、本は借りた事がないため確かな金額は分からないが、とても庶民が借りることなど出来い値段だったと聞いている。
それなのにこのソレイ図書館では領民ならば誰でも本を借りることが出来るらしい。
本好きな私はこの街に住みたい気持ちが尚更高まった。
「お客様、お時間がある様でしたら少し図書館をご案内いたしましょうか?」
「はい、是非。あ、でも宜しいのですか?」
紳士な男性の方こそ私に時間を使って良いのだろうか、仕事は大丈夫だろうかと心配すると、男性は笑顔を見せて頷いてくれた。
「ええ、大丈夫ですよ、私はこの図書館の関係者ですからね。案内も仕事のうちです」
「そうなのですか、でしたら是非お願いいたします」
「畏まりました、お嬢様。図書館の事なら私にお任せください」
素敵な紳士に「お嬢様」などと呼ばれ恥ずかしくなる。
貧乏子沢山な子爵家の令嬢である私だ、お嬢様などと呼ばれたことは一度も無い。
照れる私に紳士は優しい笑みを向け、案内を始めてくれた。
「今いるここが図書館のメインの場所となります。ここには領民ならば誰でも借りられる図書が集められていて、あちらに貸し出しの受付もあります。ここは元は晩餐会も出来る大広間だったそうですよ」
「大広間……」
確かにかなりの広さがあるのでそれも納得だ。
天井にある豪華なシャンデリアが大広間の名残と言える。
「では次に右側のスペースに行きましょう」
紳士の後について、右側にある開いた扉の方へと向かう。そこの本棚は今までいた場所のものよりも背丈が低く、私よりも小柄な人でも十分に一番上の段まで手が届く形になっていた。
「ここは子供向けの本が中心となっております」
「子供向けの本ですか?」
「ええ、お嬢様は絵本というものをご存知ですか?」
「いえ、浅学で申し訳ありません、絵本を知りません」
「いえ、いえ、知らなくて当然ですよ。子供向けの本は冒険譚などが主流ですからね。エルフ公爵閣下が小さな子供でも楽しめる本をと、絵本作家になれそうな人物を発掘し、ソレイ領で絵本を作ってくださったのです。まだまだ蔵書は少ないですが、いずれこの場所も本で溢れればと思っております」
「素敵なお話ですね。私、俄然絵本に興味が湧きました」
「フフフ、大人の方でも勿論絵本を読むことも借りることも出来ますから、是非手に取ってみてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
その後も紳士は丁寧に図書館を案内してくれた。
中央左扉の先には休憩室があり、自由にお茶を飲んだり持って来た食べ物を摂ることが出来る有難い場所だった。
それから二階には古書が集められていて、こちらは貴重な本の為、誰にも貸し出しを行っていないこと。ただし他の領と違って読むことは出来ること。
そして三階には資料や、ソレイ領の歴史について学べるものが置いてあるそうだった。
「本当に素晴らしい図書館ですね。私ソレイ領に住んで、毎日この図書館に通いたいぐらいです」
「ハハハハ、それは嬉しいですね。本好きな領民が増えればエルフ公爵閣下もお喜びになりますよ」
紳士な男性の嬉しそうな笑顔に、エルフ公爵様がどれ程慕われているのかまた分かった。
それにソレイ領に来たばかりの私だって、こんな素敵な図書館を作り出したエルフ公爵様を尊敬し、敬っている。地元の人は尚更だろう。
「私も早くソレイ領の領民になって、この図書館を沢山利用したいです」
私の本音を聞いた紳士な男性は、今度は満足そうな笑みを浮かべたのだった。
おはようございます。
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夢子